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第3108回 飲み水の在処



 勝手な思い込みなのですが、海に住む生き物は体に染み込んでくる水分のお陰で、普段から飲料水を必要としないと思っていました。常に海中に身を置いているクジラやイルカが真水を飲むという話を聞いた事がないし、真水を得るために海の生き物が陸に上がったり、川を遡るという事はありえないと思えます。

 海で暮らす一部の生物には「塩類腺」と呼ばれる体内の余分な塩分を排出する器官が備わっていて、それによって飲み込んだ海水から水分を吸収、塩分を排出していると考えられていますが、ウミヘビなどのようにその割には塩類腺が小さく、とても日常的に海水を飲み込んで必要な水分を得ているとは思えないものも存在しています。

 最近の研究で判った事なのですが、南米で雨季が始まった直後に捕獲したウミヘビに真水を与えると飲んでくれるのですが、雨季がしばらく続いた後に捕獲したウミヘビに真水を与えてもほとんど飲んでくれないという事が観察され、雨季が始まった頃のウミヘビは脱水状態(喉が渇いた状態)にあり、雨季途中のウミヘビは脱水状態にない事が判ります。

 この事はウミヘビは水分を海水から得ていたのではなく、雨水に依存していた事を示していて、雨水を真水として飲む事で渇きを癒していた事を示しています。海に降り注いだ雨水は、すぐに海水に溶け込んでしまうような感じがするのですが、実際には比重の違いから交じり合うまでに時間が掛かり、その間にウミヘビは海の表面の水を飲み、混じり込んだ僅かな塩分を塩類腺から排出していた事になります。

 ウミヘビよりも遥かに体が大きい水棲哺乳類のイルカやクジラの場合は、海水の表面の雨水という訳にはいかず、オキアミや小魚などのエサを通して水分を得ているとされます。魚類に含まれる水分は75%ともいわれ、エサの中から発達した腸を使って水分を吸収する事で必要な水分を得ているとされます。

 また、イルカやクジラは体脂肪が多く、脂肪を分解する際に発生する水分も体内で利用しているともいわれ、優れたシステムが海中での生活を可能にしていると思えてきます。

 昔、見た映画で、遭難してゴムボートで漂流しているグループの中で、渇きに耐えかねて海水を飲んでしまい、意識障害を起こして錯乱しながら死んでいく人の姿が描かれていて、それ以降、何があっても海水は飲料水として飲んではいけないと思ってきたのですが、遭難当初の元気なうちは少量の海水を飲んでも大丈夫である事を知りました。

 飲む量が多かったり、繰り返していると腎臓に負担が掛かり、健康を害してしまう事になるのですが、体が対応できる少量であれば問題ないとされます。海は苦手な事もあり船旅をするという事はなさそうなので、まず遭難するという事は考えにくいのですが、もし遭難してしまったらウミヘビやイルカ、クジラの事を思い出してしまうかもしれません。


 
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第3107回 鏡への反応



 まるでドレスを着ているような長くて優雅なヒレと、全身を覆う青い色がとても綺麗で思わず熱帯魚のベタを飼ってしまった事があります。ベタは縄張り意識がとても強く、同じ水槽に二匹を入れてしまうと片方が死ぬまで闘うともいわれ、仕方なく一匹だけをキッチンに設置した水槽に入れて飼っていました。

 夜になると水槽に入れてあげたマグカップの中で寝ていたのですが、私がキッチンに入る気配を感じるとフワフワとカップから出てきてこちら側へとやってくるので、水槽のガラス越しに撫でてあげていた事が思い出されます。

 ベタを飼育する際、水槽の近くに鏡を置いてしまうと、鏡に写った自分の姿を縄張りを荒らしに来た外敵と思い、攻撃してしまう事があるので注意が必要と聞かされていたのですが、そんな事はなさそうな研究結果が公表されていました。

 大阪市立大の幸田正典教授を中心とした研究チームが行った実験によると、太平洋やインド洋に広く棲息する体調10cm程度のベラ科のホンソメワケベラを放した水槽に鏡を設置すると、最初の2、3日は鏡に写った自分の姿に噛み付くなどの威嚇行動をしていましたが、数日経つと鏡の前で踊るような行動を初め、鏡に写っているのが自分の姿である事を確かめている行動が観察されています。

 同様の行動は象やチンパンジーでも見られていて、自分の行動と鏡の姿が完全に連動している事を確認し、写っている姿が自分のものである事の確証を得ているとされます。鏡の中に自分に気付くと、ホンソメワケベラは鏡を覗き込む仕草が増えたとされ、自分を客観的に見詰める習慣が生まれた事を示しています。

 ホンソメワケベラは大きな魚に付いた寄生虫を取り除くという、「海の掃除屋」という役割を持っています。研究チームがホンソメワケベラの喉の部分に寄生虫に似た茶色い印を付けると、鏡を見たホンソメワケベラは水底の砂や石に喉をこすり付ける行動を繰り返し、寄生虫を取り除こうとする行動を採っています。鏡がない場合は、寄生虫に似せた印に気付く事がなく、こすり付ける行動はしなかった事から、完全に自分の姿と理解している事が伺えます。

 幸田教授は、鏡像が自分である事を認識していなければ一連の行動は起こさないと説明し、人間や類人猿より下等と考えられてきた生き物の賢さについて、根本的に考えを改める必要があると話しています。

 我家では鏡やガラスに写る姿を利用して、隠れた位置から私の事を観察している坊ちゃんの姿を何度も見ています。最近になって動物の賢さが再認識される事が増えてきていますが、多くの動物が人と変わらない賢さを持っているのでは、そう思えてしまいます。


 


第3106回 どことなく共通点

 侘び茶の大成者として知られる千利休。利休最晩年の天正18年8月から翌19年の正月までの間に利休は頻繁に茶会を開き、その回数は88回に上ったとされます。その88回の茶会中、68回も茶席に登場していた茶菓子が「ふの焼き」とされ、他の茶菓子と比べて極めて高い登場頻度から利休の好物であったともいわれています。

 最もよく知られたふの焼きは、小麦粉を水で溶いた生地を平鍋で薄く焼き、味噌を塗って丸めて仕上げられます。小麦粉を使った所謂「粉物」である事からお好み焼きのルーツのようにいわれる事もありますが、後に江戸時代に入ると江戸麹町の名物、「助惣焼き」のように薄く焼いた生地に餡を入れ、四角く巻くといったバリエーションを生む事になります。

 利休のふの焼きとの関連性は確認できないのですが、沖縄にもよく似た存在の「ポーポー」があり、同じように小麦粉を水で溶いた生地を平鍋で薄く焼き上げ、油味噌などを塗って巻いて仕上げられます。ポーポーによく似ているのが「チンピン」で、生地に黒糖が入って甘く仕上げられる部分が異なっています。

 ポーポー、チンピンに由来する可能性あるかもしれないといわれているのが新潟県の下越地方で見られる「ポッポ焼き」で、小麦粉に黒糖、水、炭酸、ミョウバンなどから作られています。

 ポッポ焼きの発祥の地は新発田市と見られていますが、確たるところは判っておらず、新発田市を中心とする阿賀北以北ではポッポ焼きではなく「蒸気パン」と呼ばれる事が多くなっています。

 蒸気パンと呼ばれるのは特有の焼き器から蒸気が立ち上っているためで、蒸気を使って蒸し焼きにしていると考えられがちですが、蒸気の役割は焼き器本体を炉の熱から守るためのもので、最近では蒸気の出ない焼き器も広く普及していて、蒸気パンという呼び名は少数派となってきているともいわれます。

 立ち上る湯気が蒸気機関車を彷彿とさせる事からポッポ焼きの名が付いた、蒸気の吹き出し口に笛を付けて「ポー、ポー」と音を出して客寄せにした、というのが名前の由来としては有力視されており、細長い形状やポーポーの名前、黒糖の使用などから沖縄との関連もいわれます。

 現存する資料としては1994年に新潟日報事業社から発行された「てくてくコレクション」に記載されているものが唯一とされ、そこではポッポ焼きは「カマ」と呼ばれる銅製の四角い箱にガス、または炭で火をおこし、タネを入れた焼き型を掛けて焼いたものであり、カマには小さな煙突が付いていて、そこからもくもくと絶えず蒸気が出ていて、その蒸気が出る様子からポッポ焼きと呼ばれるようになったと記されています。

 ふの焼きは巻いた姿が仏教の経典に似ている事から、古くから仏事に使われていたとされ、ポーポーは端午の節句に子供の成長を願って作られていました。ポーポーの生地に黒糖が加わるチンピンは琉球王朝の格式の高い宮廷料理であったとされ、それぞれ由緒正しいものであった事が伺えます。

 どこか共通点がありそうで繋がらないふの焼き、ポーポー、ポッポ焼きという三者ですが、素朴なお菓子として地域に根付いた存在となっています。詳しい由来を知る事ができなかったポッポ焼きですが、いつの日にか明らかになる事を願ってしまいます。



 




第3105回 考察、フライドポテト



 アメリカのレストランでいただいた格子状にカットされたフライドポテトの美味しさが忘れられず、自分でも作ってみようと思って調べてみると、格子状にジャガイモをカットするには「ワッフルスライサー」が必要という事が判り、その後、探しているのですが良さそうなものに出会えず、未だに我家のフライドポテトはくし型のままです。

 それでも格子状に切ったフライドポテトを出してくれるレストランを見付けていたのですが、久々に行ってみるといつの間にか普通の直線的な形に変わってしまっていて、「この店に来れば食べられる」と信じていただけに、かなりがっかりしてしまったという事がありました。

 某大手ハンバーガーチェーンでサイドメニューとして人気のフライドポテトですが、揚げたての香りに思わず食欲を刺激されたという経験を持つ人も多いと思います。香ばしく揚がった美味しさを再現しようと同じような切り方をして試してみるのですが、今一つ違うものを感じてしまい、業務用フライヤーでなければあのようには揚がらないのかと考えてしまいます。

 以前、ハンバーガーチェーンのフライドポテトの原材料が公表され、味の違いは揚げ方の違いではなく、原材料そのものにある事が判るという事がありました。切り分けたジャガイモを油で揚げ、塩で味付けするだけといういたってシンプルなはずのフライドポテトには17種類の素材が使われ、その内容には体に悪いとされるものも含まれていて、情報は瞬く間にインターネットを経由して拡まっていました。

 消泡剤や色の調整剤、保存料、遺伝子組み換えされた油などあまり口にしたくないものが並んでいて、頻繁に食べるべきものではないと思えてきます。そうした添加物が含まれていないにしてもフライドポテトはあまり健康に良くないイメージがあり、実際、油で揚げたジャガイモを週に2回以上食べる人と、油で揚げない別の調理法で料理されたジャガイモを食べていた人では、死亡リスクに明らかな違いがあるという研究結果も存在します。

 揚げ物であるためにカロリーが高い事が不健康な理由のようにいわれてきましたが、カロリーと肥満の関係が疑問視されるようになってもジャガイモには糖質が多い事が問題視され、デンプン爆弾とまで呼ばれてしまう事があります。

 高いカロリーや豊富な糖質が肥満に繋がり、健康リスクを高めているだけでなく、ジャガイモに豊富に含まれているアミノ酸、アスパラギン酸が100度を超える高温で熱される事で発ガン物質のアクリルアミドに変化してしまう事もリスクに繋がるともいわれます。

 揚げ油にも問題があるとされ、含まれているトランス脂肪酸が健康に悪影響を与えるとも考えられています。その反面、油に含まれている抗酸化作用のある成分が素材に移るとされ、油で揚げたジャガイモやカボチャ、ナスなどは炒めたり、茹でたりしたものよりも多くの抗酸化物質を含むとされます。

 油自体も脂溶性ビタミンの吸収を助けるとされ、必ずしも健康に対してマイナスに働くものではない事が判ります。メリットとデメリット、さまざまな要因を考えてみるのですが、揚げたてのフライドポテトには抗しがたい魅力があり、目の前にして食べないというストレスも体に悪いといい訳けしながら、思わず食べてしまっています。



第3104回 枯渇という悲劇



 簡単な筒状の機材に電気を流し、空気と水からアンモニアを作り出す技術が開発され、やがては水素を取り出すための化石燃料も大規模なプラントも必要なくなり、農地の一角で肥料が作れるようになるかもしれないという明るい未来が予想される反面、肥料という点からは非常に未来を不安視する要因も聞かれています。

 南太平洋にナウルという島国があります。バチカン市国、モナコ公国に次ぐ世界で三番目に小さい国で、その面積は東京都の港区とほぼ同じくらいだといわれます。目立った山もなく、川もなく、南太平洋らしさが感じられるビーチもない事から観光業などの産業が成り立たず、非常に貧しい国だといわれます。

 現状は貧しくてもかつては非常に裕福で、医療費や教育費、税金、公共料金は無料というだけでなく、ベーシックインカムとして生活費が政府から支給され、新婚のカップルには新築の2LDKの家が無償でプレゼントされていました。まるで産油国のようですが、そうしたナウルの豊かさを支えていたのがリンの鉱石で、岩礁に海鳥の糞などが堆積してできたナウルからは質の高いリン鉱石が豊富に産出されていました。

 リン鉱石は世界中で化学肥料の材料として使われていて、ナウルのリン鉱石は純度が高く良質な事で知られ、最盛期には170万トンものリン鉱石が採掘されていました。ナウルがリン鉱石で得た収入は5000億円以上ともいわれ、人口が5000人ほどであった事から国民一人当たり1億円にも達します。

 一時は島には主要な道路は1本しかなく、自転車でも1時間ほどで一周できてしまいそうな島なのにベンツやフェラーリが所有され、まさにバブルとも呼べるような状態となっていました。そんなナウルが破綻したのは、主要な産業であるリン鉱石を採掘し尽くしてしまったためで、潤沢な資産を使った海外投資なども試みられましたが尽く失敗してしまい、現在のような状況を迎えてしまっています。

 リン鉱石からは、肥料に欠かせない三大栄養素のアンモニア、リン、カリウムの中のリンが得られます。植物には欠かせないものであっても鉱石である以上、採掘を続けるといつかは埋蔵量が尽きてしまいます。アンモニアのような化合物であれば幾つかの元素を組み合わせて作り出す事も考えられますが、リンは元素である事から合成する事ができず、埋蔵量を使い尽くしてしまうと新たに得る事ができなくなっています。

 リン鉱石の枯渇はナウルに限った事ではなく、世界中の鉱山で埋蔵量の減少がいわれています。将来的な人口爆発を支えるための食糧増産に欠かせない肥料ですが、このままでは三大栄養素を揃える事ができなくなり、危機的事態を迎えてしまう事も考えられます。

 一説には2060年には世界中のリン鉱石が枯渇してしまうともいわれ、それ以降、近代的な農業が成り立たなくなるという怖ろしげな話もあります。農耕という食糧確保の術を手に入れた事で人は定住する事を可能にし、文明を築いてきました。その農業を失った時、何が起こるのか、とても怖い気がしてしまいます。


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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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