第3041回 洋食の真実



 食と健康を語る上で必ずといっても良いほど出てくるキーワードに、第二次世界大戦後の高度成長期以降に顕著となった「食の欧米化」があります。従来の魚食を中心とした食生活から肉を多く摂る食生活へと変化した事が、生活習慣病をはじめとする健康不安を助長したと考えられています。

 欧米化した食というと主食のパン、肉類の主菜と付け合わせのサラダ、汁物としてのスープというメニューが思い浮かび、カロリーや脂質の摂取量が多くなってしまう事が健康に悪影響を及ぼすと思えてきます。しかし、意外にもそうした洋食を中心にした食生活でも、健康にはそれほど悪影響しないという研究結果が存在しています。

 和食というと世界遺産にも登録されているほど健康的な食として捉えられていて、その反対の存在として洋食があります。根菜類の煮物をおかずに主食のご飯、味噌汁といった取り合わせの和食に対し、肉類のおかずにパンの主食、スープといった洋食があるのですが、長期にわたる大規模な調査を行うと和食、洋食どちらも食べ続けていてもそれほど健康には有意な差はみられないといいます。

 和食は脂質の摂取量が少なく、カロリーが低めで食物繊維を多く摂る事ができるのですが、タンパク質の摂取量が少なめになっています。それに対し洋食は脂質が多めでカロリーも高くなってしまうといわれすが、タンパク質を充分に摂る事ができ、意識して肉類を脂質の少ないものにする事でカロリーも抑える事ができ、サラダなどで食物繊維やビタミン類を摂る事もできます。

 また、一緒にコーヒーを飲む事も健康に寄与しているともいわれ、最近、多くの健康効果が確認されてきているコーヒーも味方している事が、洋食を食べ続けても健康に悪影響しないという結果を支えています。

 最近では脂肪酸の働きも知られるようになり、脂肪を摂る事自体も悪い事ではない事が判ってきていて、洋食の最大の欠点のようにいわれてきた脂肪分が多いという事もそれほど悪いとはいえないように思えます。

 諸悪の根源のようにいわれてきた食の欧米化がそれほど悪いものではないという事が判ると、食への安心感が増すと同時に現在の生活習慣病の蔓延という状況の原因という新たな犯人捜しをしてしまいます。


 
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第3040回 絶滅危惧店



 人気のアニメで主人公が乗る車のドアに家業の豆腐店の名前と、「(自家用)」と書かれたものが登場します。そういえば以前は(自家用)と書かれた車を見掛ける事があったのに、最近ではあまり見掛けなくなったと思えてきます。

 車両には対価を受け取って荷物を運ぶ「業務用」の車両と、自社の荷物のみを運ぶ「自家用」といった区別が存在し、豆腐店の車両で店で作った豆腐のみを運んでいる場合、(自家用)と記載していたようなのですが、制度が変化したのか見掛けなくなっています。同じく見掛けなくなったものに、(自家用)の前の部分、豆腐店があるのではと思ってしまいます。

 豆腐は日本の食文化にしっかりと根付いていて、豆腐自体の需要は今も昔も変わらないといいます。しかし、豆腐を買う場面を考えると、近所の豆腐店へ行って買ってくるというよりスーパーの売り場で名の知れたメーカーのものを選んでしまいます。

 そうした消費者の変化が町の豆腐店を減少させたと考える事ができるのですが、それだけではない深刻な問題が豆腐店の減少には関わっています。多くの食品に影を落とす問題、過剰な安売りが豆腐店の存続にも影響しています。

 街の豆腐店が減少しているといっても、物心付いた頃には豆腐店自体をそれほど見掛けた記憶がなく、あまり実感が沸いてこないのですが、最盛期とされている1960年代には全国で5万軒を超える豆腐店が存在していたとされ、その数は今日のコンビニエンスストアとほぼ同じであったといわれると、驚くほど多くの豆腐店が営まれていたと思えてきます。

 大規模な機械生産の手法の確立や薄い豆乳からでも豆腐を作る事のできる凝固剤の採用、流通の発達などが豆腐の価格を引き下げ、最盛期の豆腐一丁の価格が平均で100円以上であった事に対し、今日では60円を下回るともいわれ、変化しない需要、上昇する物価の中でも豆腐価格が下落していった事が窺えます。

 価格の低迷によって充分な利益の確保が難しくなる中、手作業による豆腐の製造には体力が要求され、製造者が高齢化していった事、後継者を確保できない事が豆腐店の廃業に繋がったとされ、豆腐とは大手メーカーの工場で生産されるものという消費者の意識の変化に拍車を掛けたとも考える事ができます。

 今後、更に生産者の高齢化、後継者不足に合わせ、多くの豆腐店が製造機械の耐用年数の限界を迎える事が考えられ、古い製造機械は修理用の部品の確保が難しく、新たな機械を導入しても設備投資を賄うだけの利益が確保できないという問題から廃業へと向かう流れが本格化するとも考えられます。

 一部の豆腐店では売り方を変えて差別化を図り、新たな販路を確保するという動きも見られ、実際、実家の近くにあった豆腐店では二代目が後を継いだ事を契機に、名前も「豆腐店」から「豆腐工房」と改められ、店構えもモダンにした事で繁盛していました。

 価格破壊、後継者、設備投資といった大きな流れの中、座して廃業を待つのか、新たな世界へと舵を切るのか、豆腐という身近な存在も激流にさらされているのだと思えてきます。


 

第3039回 一と三(2)



 最近、一汁一菜が話題となっていました。一汁一菜は和食の基本でもあり、一汁一菜が話題となるという事は世界遺産に認定された和食の普及や食べ過ぎを抑えたダイエットの薦め、粗食の推奨といった事が頭に浮かんできます。

 一汁一菜が話題となったきっかけは料理研究家の土井善晴氏の著書、「一汁一菜でよいという提案」が元になっているといわれ、土井喜晴氏というと先代の土井勝氏から続く二代目の料理研究家で、家庭料理に特化した料理番組、「きょうの料理」の人気講師としても知られています。

 父の土井勝氏は家庭料理の第一人者とも呼ばれていて、多くの料理本を記されており、子供の頃、我家にも多くの著書があって、私の料理の原点にもなった方とも思えます。

 喜晴氏の「一汁一菜でよいという提案」には、「食事はすべてのはじまり。大切なことは、一日、一日、自分の心の置き場、心地良い場所に戻ってくる暮らしのリズムをつくること。その要となるのが、食事です。一汁一菜とは、ただの和食献立のすすめではありません。一汁一菜というシステムであり、思想であり、美学であり、生き方だと思うのです」という言葉が記されていて、日常の食事に関する深い考察である事が窺えます。

 ポイントとなるのは具たくさんの味噌汁で、日常の食事はご飯と具たくさんの味噌汁で充分ともいわれています。気負う事なく基本となる食事のスタイルを持つ事で生活に秩序が生まれ、気持ちに余裕が生まれる事で新たな暮らしの楽しみが生まれると、日常の食から広がる生活のあり方にも触れられています。

 第二次世界大戦後、高度成長期を迎える中で日本人には栄養が足りないと考えられるようになり、健康志向の中から出てきた一日に30品目の食材を摂取するという事もかつてハレの日の食であった一汁三菜を日常化し、栄養過多による生活習慣病に繋がっているようにも思えます。

 ご飯と具たくさんの味噌汁、一品のおかずで充分に栄養のバランスを取る事が可能と思えるのですが、一汁一菜の話題が盛り上がると一部では栄養が不足するという指摘も見られ、一汁一菜に粗食というイメージが定着している事が判ります。

 喜晴氏によると手作りにこだわる必要はなく、時には持ち帰り総菜や冷凍食品を利用する事もよく、一汁一菜だからといって和食にこだわらず、洋食や中華料理、パン食も上手に取り入れ、毎日の食事に丁寧に向き合い、ゆっくりと楽しむ事が薦められています。

 一食で栄養のバランスを取ってしまう事や食材の効果効能などに目が行きがちとなってしまうのですが、毎日の食の基本的な部分を見直すという提案が一汁一菜の話題を盛り上げてくれていたのかもしれません。


 

第3038回 一と三 (1)



 ずっと和食の基本は一汁一菜と思ってきていたので、基本は一汁三菜と聞かされた時はそれなりに違和感を覚えてしまいました。白米もしくは玄米、雑穀米といった主食に汁物とおかずを一品加えた食事は、質素な感じもしますが基本の食事という感じがします。

 標準的な大きさの器に常識的な量を盛り付ければ、一汁一菜では食べ過ぎるという事がなく、細かなカロリー計算をしなくても健康管理ができるともいわれます。

 一汁一菜という概念は鎌倉時代、禅寺で質素倹約を重視した食事形式として始まったとされます。そのため本来のおかずは、野菜を中心とした質素なものであったとされます。

 一汁三菜はそんな禅寺において特別な日や来客に対して出されていた食とされ、ハレの日の食こそが三品のおかずを用意するという豪華な食の元となっています。

 その後、一汁一菜と一汁三菜は日本の伝統的な食事形態として定着していくのですが、庶民の食としては一汁一菜が一般化して普及し、伝統的な和食のスタイルとしてイメージされるようになったと考える事ができます。

 当時の日本は日昇と日没に連動した時間を採用していてメインとなる食事は夕食が中心で、日没に相当する「暮れ六つ」に稼ぎ頭の男性が帰宅すると湯屋へと向かって入浴し、それから食事が行われました。

 江戸の街では江戸前と呼ばれた東京湾で獲れた新鮮な魚介類が魚河岸に並び、中でも鯵が好まれていて「夕鯵(ゆうあじ)」とまで呼ばれていました。

 そうしたご飯に汁物、鯵のおかずという一汁一菜は基本的で、現代の感覚からは質素なもののようにも見えてしまいますが、当時としては贅沢なものであり、ご飯と汁物に香の物を加えた一汁無菜も日常化していました。

 かなり質素な感じがして栄養学的に問題がありそうな一汁無菜という食ですが、健康的な日常を支えていた理由は主食の米と一汁の素、味噌にあったと考える事ができます。

 白米よりも主流だった玄米は栄養的に優れており、味噌も大豆タンパクや発酵調味料として優れた健康効果を持っていました。特に米は優れた栄養源で必須アミノ酸をバランス良く含み、重労働をこなしていた当時の人は米をたくさん食べる事でタンパク質とカロリーを補っていました。

 江戸時代、各藩は財政難に喘ぎ、庶民に至るまで質素倹約に努める事が求められる事が見られていました。上杉鷹山や池田光政が一汁一菜を命じたり、松代藩のようにおかず禁止令を出すほど徹底した例も見られていますが、それでも健康を損なわずに過ごせた背景には日本人にとって大切な存在であった米があったのかもしれません。


 

第3015回 サビ抜きの標準化



 牛深を訪れた際、必ずスーパーの鮮魚コーナーを訪れて新鮮なコウイカが売られていないか確認します。パック詰めされたコウイカにラップの上から軽く触れると、コウイカの表面の色が流れるように変化して、まるで液晶のような色合いに新鮮さを感じる事ができ、帰宅してからの調理が大変になると思いながらつい購入したりもします。

 その後、横の寿司のコーナーを見てお気に入りの寿司を買って帰るのですが、訪れた時間が遅かったり、何かお祝い事がありそうな時期はお目当ての寿司が売り切れていて、かろうじて「サビ抜き」と書かれたパックが残されていたりします。

 仕方なくサビ抜きを購入して帰宅し、食べてみると明らかに臭みが違い、ワサビには臭みの軽減や鮮度の保持、食中毒の防止といった役割があった事を思い出します。

 ワサビの辛味成分の中心は大根と同じアリルイソチオシアネートとなっていて、唐辛子などのカプサイシンとは異なる事から激辛ブームの際にもあまり好んでワサビを増量するとった話は聞かれず、寧ろ苦手という人が増えて、ワサビ抜きの寿司を見掛ける機会も増えてきています。

 大手の回転寿司チェーンでもサビ抜きの状態が標準となっていて、ワサビは小袋に入れられたものが用意され、ネタの上に乗せたり、しょうゆに溶いたりしてワサビの味を加えるシステムとなっています。

 流通が発達した事でかつてのワサビが必須であった理由の喪失と、ワサビの辛味を苦手とする人の増加、入っているワサビを抜く事は困難ですが、入っていないものに加えるのは比較的容易という選択への円滑化が主な理由と考えられ、合理的な変化のようにも思えるのですが、どこか味気ないものを感じてしまいます。

 そんな事を考えながらサビ抜きの寿司を食べていると、ワサビに残されたもう一つの役割に気付き、やはりワサビは必要と思えてきます。ネタとシャリに挟まれたワサビには両者を接着する役割もあり、サビ抜きでは寿司が崩れてしまう可能性が高まってしまいます。寿司という日本独自の食文化のためにも、サビ抜きの標準化には歯止めが掛かってほしいと思っています。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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