第1783回 サケの朱(2)



 ニンジンで広く知られ、カボチャやピーマンなどでも知られたカロテン、トマトやスイカで知られたリコピン、ブルーベリーのアントシアニンなど、天然の色素には強い抗酸化作用がある事が知られています。白身魚のサケを赤身魚のように見せている色素、アスタキサンチンも例外ではなく、強力な抗酸化作用を備えています。

 アスタキサンチンはサケや赤い色の魚の表皮、海老や蟹などの魚介類に多く含まれ、当初は黒っぽく見えていても調理すると鮮やかな赤い色を発色してくれる魚介類のほとんどは、アスタキサンチンによって色合いが決められているという事ができます。

 食物連鎖を通してアスタキサンチンを蓄積する生き物は多いのですが、その身が赤く染まるほど多くを蓄積するのはサケだけとされ。その量は赤い魚として知られるキンメダイの皮だけに匹敵するほどの含有量となっていて、川から海へ、そしてまた川へと戻るサケの大変さが伺えます。

 アスタキサンチンは天然色素のカロチノイドの一種であり、本来は海の藻類などに多く含まれています。それをプランクトンが食べてそのプランクトンを小エビなどが食べ、小エビなどを魚が食べる事によって生体濃縮されていきます。

 活性酸素の弊害がいわれるようになり、生活習慣病や慢性疾患、認知症や老化の原因として活性酸素がいわれるようになると、天然色素による抗酸化作用の効能が期待されるようになり、アスタキサンチンも注目を集めるようになってきました。

 体内で糖質や脂質を使ってエネルギーが生産される際、活性酸素が副産物として発生してしまいます。それ以外にも免疫系が外部から侵入してきた細菌やウィルスを攻撃する際にも活性酸素が使われ、紫外線を浴びてしまう事やストレス、化学物質の分解の際にも活性酸素は発生してしまいます。

 そうした活性酸素に対抗するために、体内にはSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)と呼ばれる抗酸化酵素が備えられているのですが、今日のような高ストレスで化学物質が身の回りに溢れ、紫外線も強くなった日常を想定したものではなく、また、SOD自体も年齢に応じて減少するという傾向があり、日頃から抗酸化作用のある成分を積極的に摂取しておく必要がある事が判ります。

 活性酸素は「スーパーオキシド」「ヒドロキシラジカル」「過酸化水素」「一重項酸素」の4種類があり、抗酸化成分はそれぞれに応じた反応をしています。

 一重項酸素は紫外線を浴びた際に多量に発生し、皮膚のシミやシワの原因ともなります。サケの身を赤くしているアスタキサンチンは、一重項酸素に対し顕著な働きを持ち、強力な抗酸化作用で知られたカロテンの40倍、ビタミンEの550倍にも及ぶ活性を示しています。

 特に細胞膜に含まれる脂質に対して顕著な働きを見せ、酸化されやすい脂質を守る強い働きを持っています。細胞膜が活性酸素にさらされると、細胞膜の中の脂質が過酸化脂質となり、回りの細胞膜を徐々に酸化しはじめていき、細胞の機能が損なわれていきます。アスタキサンチンは細胞膜での脂質過酸化反応を抑える働きを持ち、その活性はビタミンEの1000倍にも達するとされます。

 最近の研究でアスタキサンチンにはそうした抗酸化作用ばかりでなく、ガン細胞の増殖を抑える働きや免疫力の低下抑制、疲労回復などの作用がある事が判ってきています。

 アスタキサンチンによる疲労回復は、精神的疲労と肉体的疲労の両方に作用する事が確認されていて、継続的な運動による筋肉の損傷の軽減や疲労物質とされる乳酸の発生を抑える効果があるとされ、サケのパワーの源となっている事にも納得がいきます。濃い赤ほど多くのアスタキサンチンを含んでいるので、次は色を基準にサケを選んでみようと思っています。


 
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第1782回 サケの朱(1)



 たまにサケは赤身の魚ですよね?と聞かれる事があります。鮮やかなサーモンピンクが特徴のサケは、白身魚と呼ぶにはあまりにも赤過ぎるように思えます。結論からいってしまうとサケは白身魚で、マグロやカツオなどの赤身魚とは異なる肉質の魚となっています。

 魚の赤身と白身は単純に肉の色が違うというだけでなく、肉の構成や行動そのものから違いがあります。赤身魚の筋肉は筋繊維が細く、血管の割合が高くなっていて、含まれている色素タンパク質「ミオグロビン」と「ミトコンドリア」が多くなっています。赤身魚の筋肉が赤く見えるのは、血液やミオグロビンが多いためで、豊富に含まれているミトコンドリアの中ではミオグロビンを介した酸素によって脂肪酸や糖質が分解され、そこから得られるエネルギーを使って筋肉そのものを動かしています。

 白身魚の筋肉は筋繊維が太く、血管は少なめとなっていて、血液やミオグロビンが少ない事が白い色に見える理由となっています。赤身魚の筋肉と違って白身魚の筋肉には、エネルギーを生産するミトコンドリアの数は少ないのですが、筋繊維内の細胞質を使って酸素を使わずに糖質を分解する事で、筋肉を動かす事に必要なエネルギーが得られています。

 赤身の筋肉は筋繊維が細い事もあって収縮が遅く、力も弱いのですが、豊富な血管から常に酸素が供給されているために持久力に富み、長い時間の運動を継続する事ができます。外洋を休む事なく、常に泳ぎ続けるマグロやカツオは瞬発力よりも持久力が求められる事から、血管やミオグロビンが豊富で赤く見える肉となったと考える事ができます。

 それに対し白身魚の筋肉は、速い収縮が可能な太い筋繊維を使って一気に大きな力を生み出す事ができ、瞬発力に富んでいるのですが、急速に乳酸が生成されてされてしまい持続力を維持する事ができません。タイやヒラメなどの比較的近海にいて、外敵から瞬時に逃げ出したり、近付いたエサに一気に襲い掛かったりというライフスタイルに適している筋肉といえます。

 あまり赤身魚として意識する事がないサバやブリは沿岸性の生活を送っていて、外洋性のマグロやカツオといった魚ほどには持久力を必要としない事から、赤さが強くない赤身肉となっています。

 サケは?といわれると、川で生まれて海へと移動し、やがて産卵のために生まれた川を遡上するという大変な事をやり遂げなければなりません。持久力も必要となるのですが、それ以上に川には海にはない流れが急な場所があり、それらを一気に泳ぎ抜ける必要がある事から、瞬発力が重要となってきます。

 そのためサケは瞬発力を重視した白身肉となっているのですが、海洋で生活しているうちにエサとしていた小エビをはじめとする生き物が持っていた色素、アスタキサンチンを体内に蓄えていて、そのアスタキサンチンの色によって独特な朱色を呈する事となっています。

 アスタキサンチンは、ブルーベリーの色素として高い健康効果が知られたアントシアニンと並び称される正に海のアントシアニンといえる成分となっていて、強力な抗酸化作用を持っています。

 白身肉の瞬発力と赤身肉の持続力、その両方が要求される過酷な生涯を送り、大きなエネルギーを発生させ続ける事で生じてしまう活性酸素への備え、それが独特な朱色の身に蓄えられた色素成分というサケの独自性なのかもしれません。


 

第1781回 魚油の新効能



 魚由来の体に良い成分というと、DHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)が思い浮かびます。DHAは海洋の微生物によって生産された物が、食物連鎖によって濃縮されたもので、EPAはそのDHAから作られる事から、比較的小さめの魚にDHAが多く、EPAは大きめの魚に多いという傾向があります。

 DHAは脳の神経細胞の細胞膜を柔軟に保つために欠かせない脂肪酸であり、DHAを摂取する事で血液中の中性脂肪の量を減少させて、心臓疾患のリスクを軽減させる事や、多動性障害やアルツハイマー型痴呆、鬱病などの症状緩和にも役立つ事が確認されています。

 EPAはタラやニシン、サバ、サケ、イワシなどに多く含まれ、血液をサラサラにしたり血栓の予防、血液中の中性脂肪の減少などを促して、冠動脈疾患を予防する働きがある事が知られています。

 また、EPAは人の体内でDHAを作る材料ともなっている事から、必須脂肪酸として重要な成分となっている事が伺えます。そんなEPAに新たな機能性がある事が最近の研究によって判ってきています。

 一般的に動物性脂肪である「脂」には飽和脂肪酸が多く、常温では固体となっていて、植物性脂肪である「油」は不飽和性脂肪酸が多い事から、常温でも液体のままとなっています。イワシなどの魚は、冷たい海の中でも活動できるように不飽和脂肪酸であるEPAを多く含む事で、低い温度でも固まらない脂を備えています。

 EPAの固まらないという性質は、血液の中でも重要な役割を果たしていて、赤血球の細胞膜に多く含まれる事で赤血球を弾力性に富んだ変形しやすい性質を確保しています。赤血球の変形しやすいという性質は非常に重要で、変形する事で赤血球は細い毛細血管を通って体の隅々にまで酸素を行渡る事ができるようになっています。

 体の隅々まで酸素を運搬できるようになるという事は、運動時の持久力が高まる事に繋がり、EPAの摂取によって持久力が高まる事が確認されています。

 EPAは目の健康維持にも関わっている事が知られるようになり、特に深い関わりを持つものとしてドライアイがいわれるようになってきています。

 ドライアイは目の表面が乾いて不快感や痛みを感じる疾患ですが、コンタクトレンズやエアコン、コンピューターの使用がドライアイを助長する要因となり、オフィスワーカーの3人に1人がドライアイの症状に悩まされているという報告もあります。

 目は涙によって潤いを保っていますが、涙は単に水分だけでなく油層、水層、ムチン層という多層構造を持っています。マイボーム腺と呼ばれる瞼の器官から分泌される油分が少なくなると、涙は蒸発しやすくなり、ドライアイを悪化させてしまいます。

 EPAを多く摂取していると、マイボーム腺からの油層の量が正常化して、涙が乾きやすい状態を回避するだけでなく、涙腺からの涙の分泌量も増加する事が確認され、詳細なメカニズムの解明には今後の研究を待たなくてはなりませんが、魚食の新たなメリットが出てきた事になります。

 ヘルシーさで知られた和食の基本ともいえる魚食。今後、更にヘルシーである事が確認されそうで、欧米化している食の見直しの重要さが高まるように思えてきます。


 

第1780回 粉物文化の雄



 中学生の頃、学校の近くにお好み焼き屋とちょぼ焼き屋、もんじゃ焼き屋があり、なかなか粉物文化に触れる機会の多い環境に育ったように思えます。今になって思い返してみると、ちょぼ焼きは薄く焼かれたお好み焼きを折りたたんだだけで、しょうゆではなくソースで味付けされていたので、単なる薄焼きお好み焼きであったといえなくもありません。

 お好み焼きの起源はといわれると、安土桃山時代に千利休が作らせた「麩の焼き」が原形ではないかとされています。麩の焼きは、小麦粉を水で溶いて薄く焼き、芥子の実を散らして山椒味噌や砂糖を塗った和菓子で、茶席で使われるお菓子として作られますが、薄く焼いて巻いた姿が経巻を連想させる事から、仏事用のお菓子としても使われていました。

 後に麩の焼きは味噌ではなく餡が巻かれるようになり、「助惣焼き」へと発展していきますが、麩の焼きはお好み焼きのルーツと見る事ができ、千利休の活動の拠点が関西であった事からお好み焼きは関西発祥の食べ物という事ができます。

 助惣焼きの発祥は江戸の麹町とされ、麩の焼きの亜種という形で「もんじゃ焼き」や「どんどん焼き」が生まれています。どんどん焼きはもんじゃ焼きを屋台で販売しやすく工夫した物とされ、屋台が太鼓をドンドンと鳴らして売っていた事や、作るそばからどんどん売れていた事が語源とされていて、お好み焼きの発展が江戸へと移った事が伺えます。

 江戸へと活躍の場を移したお好み焼きは、その後、大正12年の関東大震災による食糧不足を支えるという主食的な地位を占め、時代が昭和に入るとウスターソースを味付けの基本とした「一銭洋食」や今日の「もんじゃ焼き」へと進化を遂げ、それが大阪を中心とした関西圏へと伝えられていきます。

 大阪に伝えられた一銭洋食やもんじゃ焼きは、こんにゃくや豆類を入れてしょうゆで食べる「ベタ焼き」や「ちょぼ焼き」へと発展し、さまざまな鉄板焼きへと派生しながら今日のスタイルのお好み焼きへと繋がっていったと考えられます。

 第二次世界大戦中や戦後、主食の米が不足した事から、本来は子供のおやつであった一銭洋食を元に野菜などを増やす事で一食を賄える料理として成立するのですが、同じお好み焼きでありながら広島風お好み焼きは独自の進化を遂げた物となっています。

 薄く焼いた生地にたくさんのキャベツをのせ、少量の生地を垂らして全体を焼き固める横で魚介などの具材とソースで味付けした焼きそばを焼き、キャベツの上に焼きそばと具材をのせ、鉄板の上で軽く解した卵の上に返して仕上げられる広島風お好み焼きは、井畝井三男の「みっちゃん」と中村善二郎の「善さん」が元祖とされ、1950年代に「ネギ焼き」に近い物として誕生しています。

 当時、広島では戦争や原爆によって夫を亡くした戦争未亡人が多く、現金収入を得るために自宅の土間などを改修して店舗とし、お好み焼きを販売する例が多く見られ、また、1963年に中国地方を襲った豪雪によって中国山地の山村から離村して高度成長期にあった広島へと移住し、農家の主婦が住宅地において開業するという例も多く見られ、そうした名残が「ちゃん」付けの屋号が多いという特色となっています。

 当初から現在の広島風お好み焼きと同じようなのせ焼きが行われていましたが、高価な肉類は入らず、野菜を中心としていて、今日ほどには厚く焼かず、二つ折りにして新聞紙に包んで供されていました。年間を通して価格や供給量の変動が大きいネギから比較的安価で入手しやすいキャベツへと代わった事が、大量のキャベツが使われる元となっています。

 昭和30年代に入ると、まだ米が高価だった事もあり、お好み焼き一食で主食とおかずの役割が果たせるようにと、その頃発売されたインスタントラーメンの影響を受けてそばや中華麺、うどんなどが入れられるようになり、多くなり過ぎた具材に対応するためにウースターソースで味付けされていた物が、より濃厚なお好みソースへと変化しています。

 お好みソースは、より濃くてしっかりとした味を求めるお好み焼き業者からソースの製造会社に意見が寄せられ、ソースを作る際にできる濃厚な沈殿液を使い、甘さを加えてとろみを付ける事で今日のお好みソースへと発展しています。

 一言でお好み焼きといっても関西風、広島風、モダン焼きなどスタイルが大幅に異なる物が存在し、大阪で生まれながら関東で発展、大阪に伝えられて戦争や豪雪などの影響を受けながら独自の進化を遂げているという事には、ご当地グルメの代表格としての奥深さを感じてしまいます。


 

第1779回 奥深き麺



 最近では中華料理店だけでなく、ラーメン屋でもメニュー化されていて、担担麺を見かける機会も増えました。担担麺は中国四川省の麺料理で、四川料理の特色でもある辛味と胡麻の風味が効いた味わいが特徴となっています。

 漢字に変換する際、「たんたん」と入力して変換すると平凡な日常を過ごす「坦々」が出てくる事から、誤って「坦々麺」と記載されたものを見かける事があるのですが、正確には天秤棒で担いで売り歩いた事が語源となっているので、「担担麺」が正しい記載となっています。

 名前の記載もさる事ながら、日本で出されている担担麺は本場、四川省の物とは大きく異なり、正式な物ではないとされます。四川省出身の人が日本の中華料理店でメニューに担担麺を見付け、料理の写真に愕然とするという違いはスープの量にあるとされます。

 本来の担担麺は四川省の料理らしく、花椒と唐辛子を効かせ、少量の芝麻醤を加えたタレを少くなめに皿に入れ、茹で麺を盛り付け、豚肉のそぼろとネギを載せた最近の麺事情でいうところの「混ぜそば」に近い存在となっています。

 担担麺の始まりは1841年頃、四川省の自貢付近で陳包包と呼ばれる男が考案し、天秤棒の片方に七輪と鍋を吊るし、もう片方に麺や具材、調味料を吊るして売り歩いた事とされ、鍋には中央に仕切りが施されていて、片方には具材を温め、片方にはお湯を沸かすという工夫が行われ、温かく辛い味付けが人気となっていました。

 本場での担担麺は、日本の茶碗のような小さ目の椀に入れて売られていて、一杯あたりの量が少なく、小腹が空いた時のファーストフード的な存在となっています。

 中国の麺でありながらかん水を使わない事で、白い麺となっていて、少ないスープ量は天秤で売り歩く際の負担の軽減のためと考える事ができます。

 それに対し日本の担担麺は、日本に麻婆豆腐を広めた四川省出身の料理人、陳建民が日本人向けに作り方を改良して広めた物が元となっているとされ、小さな椀ではなく丼で供され、一杯で一食が事足りるようになっていて、辛さを抑えるためにスープの量が多くなるようにアレンジされています。

 日本の担担麺では、四川省の物とは違い、かん水が使われた典型的な中華麺が使われ、比較的太目の麺となっています。太めの麺ではスープに絡みにくい事から、多くの場合、縮れ麺が使われてスープとの絡みやすさが考慮されているのですが、それも本場との違いとなっています。

 日本以外に香港にも独自の担担麺が存在していて、四川省と日本の中間的存在となっています。全体の量的にもスープの量的にも中間的で、辛さに関しては日本の物に近いとされます。大きな違いとしては、少量のかん水を使用したストレートな細麺で、その点でも四川省と日本の中間的存在といえます。

 麺料理は懐が深く、さまざまな要素を常に取り入れながら多様な展開を見せてくれます。本場の四川省と日本、香港の担担麺はそんな麺料理の奥深さを象徴しているようで、食文化の多様性を印象付けるものとなっています。


 

第1778回 甘い罠



 第二次世界大戦中、北アフリカ戦線での勝利が目前に迫った連合国軍では、次の目標としてシチリアの制圧が考えられていました。シチリアを制圧する事ができれば、連合国側の艦隊に地中海が開放される事となり、ヨーロッパでの戦況は大きく変わってくる事が予想され、ウィンストン・チャーチルの言葉、「極めつけ馬鹿者以外は、誰でもシチリアだと思いつくさ」という事からもシチリアへの進攻は当然の事と見られ、大規模な軍備の増強からもその日がそう遠くない事が感じられていました。

 対するドイツ軍でも連合国側の大規模な増強を察知しており、近く大きな進攻が行われ、その矛先となるのがシチリアであるという予想は行われていたため、連合国側としてはドイツ軍にシチリア以外の攻撃拠点の存在を信じ込ませる事ができれば、ドイツ軍の戦力を分散する事ができ、戦いを有利に展開する事ができます。

 そんな中、軍やさまざまな部局間の諜報連絡を調整する小さなチームである「12人委員会」において、ある奇抜な作戦が提案されます。元々の作戦は空軍大尉のチャールズ・コルモンダリーが考案したとされ、コルモンダリー大尉のアイデアに諜報部少佐のユーエン・モンタギューがより実現性の高いプランを付加する事で作戦は成立されました。

 その作戦とは、すでに死亡している男の死体に欠陥のあるパラシュートを着けさせ、偽装された軍の作戦に関する重要書類を持たせてわざとドイツ軍に発見させるというもので、重要書類の運搬を行う者が敵の勢力圏の近くを移動するという不自然さを回避するために、わざわざドイツと協力関係にあったスペインの海岸に漂着させています。

 作戦は成功し、ヒトラーはシチリア以外のコルシカ島とサルデニアにも軍を展開し、戦力の分散が行われてしまいます。その作戦のコードネームが「ミンスミート」であった事から、作戦の大成功を指して「ミンスミートは丸呑みされた」と評されています。

 ミンスミートとはイギリスのクリスマスには欠かせない伝統的なお菓子の「ミンスパイ」に使われるフィリング(詰め物)の事で、ドライフルーツやナッツ類をブランデーやシェリー酒などに漬け込んだ具材の事を指し、キリストの生誕を祝って東方の三博士が持ち寄った乳香、没薬、黄金という祝いの品を象徴するシナモン、クローブ、ナツメグなどのスパイスが使われています。

 ミンスとは「細かく切った」という意味があり、今日の「ミンチ」の語源となっていて、ミートは「肉」を意味している事から、ミンスミートとは本来であれば「挽肉」を指す言葉といえ、酒に漬けたドライフルーツやナッツ類のどこが挽肉なのかと思ってしまいます。

 かつてミンスミートは冬を迎え、春の繁殖用に必要最低限だけ残して処分した家畜の肉を保存するための物として作られていました。牛や豚、鶏などの肉を細かく刻み、卵を加えて保存性を高めるアルコール度数の高い酒や砂糖、各種の香辛料にレモンやオレンジの皮を加えて保存食とし、パイの詰め物として利用される肉がたくさん使われた濃厚な味わいの物となっていました。

 時代と共に保存食としての色合いが失せ、お菓子としての面が強まる事によって素材の内容が変わり、肉の変わりにドライフルーツやナッツ類が多く使われるようになり、肉の部分は牛脂やバターに置き換えられ、最近では健康志向から油脂を含まないようにもなっています。

 イギリスでは瓶詰めにされた物が市販されてはいますが、クリスマスに欠かせない物として多くの家庭でクリスマスの1ヶ月ほど前から手作りされ、ミンスパイだけでなくパウンドケーキなどのさまざまなお菓子作りに使われています。

 そんなミンスミートを作戦名に使った背景には、「甘い罠」という皮肉が込められていたとされますが、アメリカではミンスミートとは二度挽きして細かく挽いた挽肉の事を指し、一度死んでしまった人を更に利用するという別な皮肉も込められていたように思えてしまいます。


 

第1777回 パスタという麺(2)


 日本国内で消費されるパスタの約60%が国産のパスタで、残る40%が輸入物のパスタとされ、パスタ自体の消費量は年々増加を続けながら、国産と輸入物の比率はそれほど変わらない状態が続いています。

 国内消費量の過半数を占める国産パスタですが、実はその中に純国産のパスタは含まれていません。総消費量の6割を占めていながら、何故、純国産パスタが存在しないのか、そもそも国産パスタとはと思ってしまうのですが、純国産のパスタが存在しない最大の理由は日本の風土にあるといえます。

 パスタに絶対に欠かせない素材というとデュラム小麦のセモリナ粉と水ですが、日本ではそのデュラム小麦を作る事ができません。栽培のための気候風土が合わないのか、商業的なレベルでの生産量の確保が難しい事や成分的に良質なパスタ製造には適さないとされ、そのため国産パスタでは輸入されたデュラム小麦を使って国内生産が行われています。

 デュラム小麦の主要な輸出国としては、本場のイタリアでは国内の莫大な消費量を賄うために国内生産分のほとんどが使われ、ほとんど輸出は行われておらず、カナダやアメリカ産の小麦が主要な輸入デュラム小麦となっています。

 日本で初めて本格的なパスタが作られたのは明治16年(1883年)の事で、フランス人宣教師のマリク・マリ・ド・ロ神父が長崎の外海町に平屋建でレンガ造りという立派なマカロニ工場を建設し、製造が開始されています。

 本格的な国産化が行われたのは昭和初期からの事で、その当時は日本人には馴染みが薄い物であり、一部の高級ホテルやレストランでしか見る事ができない物となっていました。

 日本で一気にパスタが一般化するのは昭和30年代に入って、イタリア製の全自動パスタ製造機が輸入されるようになってからの事で、日本人の味覚や食感の好みに合わせた複数の小麦粉をブレンドしたパスタが作られていました。

 それまでうどんやそば、素麺といった麺類にしか馴染みがなかった日本人の好みに合わせるために生まれたデュラム小麦と他の小麦の粉を混ぜるという工夫ですが、それ以外にも重要な意味を持っています。

 パスタの本場であるイタリアをはじめとするヨーロッパやアメリカで使われている水は、ミネラル分が多い硬水である事に対し、日本ではほとんどが軟水となっています。軟水でパスタを茹でた場合、デュラム小麦本来の美味しさを引き出す事が難しく、小麦の旨味を軟水でも際立たせるには、少量のブレンドが必要になるといわれます。

 そのため、日本国内で調理するのであればデュラムセモリナ100%よりも80%程度で、他の小麦粉をブレンドした物の方が美味しいとされるのですが、海外旅行の普及やイタリアンレストランのブームもあって、デュラムセモリナ100%である事が本物であり、美味しさの証明のように思われるようになってしまいました。

 イタリアでは1967年に施行されたパスタ法の580条において、乾燥パスタはデュラムセモリナと水で作る事を義務付けています。美味しさや食文化を守る事はとても大切ですが、食の多様性への寛容さによって、現地事情に配慮したブレンド小麦のパスタや最近急速に見られるようになってきた米粉のパスタも正式なパスタとして認められるようになれば、純国産のパスタも実現できる事と思っています。タラコスパゲティや冷製パスタなど、日本が果たしたパスタという食文化への貢献を考えると、認めてくれてもと思ってしまいます。


 

第1776回 パスタという麺(1)



 もともと麺好きであり、パスタもよく食べています。平均的な日本人一人当たりの年間消費量は2.1kgとされるのですが、確実に私はそれを高めていると思っています。2.1kgといわれるとかなりの量を食べているようにも感じられるのですが、本場、イタリアでは一人当たりの平均は28kg、あまりパスタを食べているイメージがないドイツでも7kgとされるので、まだまだ日本ではそれほどパスタが食べられていない事が判ります。

 パスタというとイタリア料理で使われる麺の事ですが、同じ麺でも日本のうどんやそば、中国の麺などとはかなり趣が異なる物という事ができます。他の麺との最大の違いは原材料にあり、パスタにはデュラムという種類の小麦をセモリナと呼ばれる粗挽きにした物だけが使われています。

 デュラム小麦は、他の小麦と比べて非常にグルテンの量が多く、超強力粉と呼ばれるほど強い弾力性を出す事ができ、長時間茹でても煮崩れしにくいという特徴を持っています。

 デュラム小麦のセモリナ粉100%を使い、水を加えて捏ね上げ、圧力をかけて型から押し出して成型するという部分も生地を細く切り分けるうどんやそば、細く伸ばす素麺や中華麺とは異なる製法であり、圧力をかける事がパスタの独特な食感を作る要素の一つとなっています。

 一言でパスタといってもその意味する範囲は非常に広く、スパゲティやリングイネ、タリアテッレなどのように長いいかにも麺という感じのロングパスタや、マカロニやペンネ、ファルファッレなどのショートパスタ、それ以外の存在として平たい板状のラザーニェ、団子状のニョッキ、中に詰め物がされたラビオリなどもあり、ラビオリは日本ではギョウザに近い存在といえる事から、ギョウザを麺に含めているような感じがして、そのバリエーションの多彩さも他の麺にはない事と思えてきます。

 パスタの歴史は非常に古く、紀元前4世紀のエトルリア人の遺跡から、今日の物とほとんど変わらないパスタを作るための道具が出土し、古代ローマには「ラガーネ」と呼ばれた焼いたり油で揚げたりして食べるパスタがありました。

 一説には冒険家のマルコ・ポールが中国から麺を持ち帰った事がスパゲティ誕生のきっかけになったとされますが、パスタの歴史の古さを考えるとそれまでの間に細長い麺状にして食べるという事を思い付かなかったとは考えにくく、マルコ・ポーロを待たずしてロングパスタは食べられていたと思われます。

 パスタにとって一つの転機となったのが16世紀の半ばにナポリで飢饉に備えるために、パスタを乾燥させて保存するようになった事で、乾燥させた事で保存性が高まるだけでなく風味も更に良くなる事から、今日のような手軽で便利、美味しいパスタが誕生しました。

 その後、新大陸からもたらされたトマトとの出会いや、1770年代、ナポリ国王フェルディナンド2世がスパゲティを好んだ事によるスパゲティの上品な食べ方、フォークで巻き取って食べるといった食べ方の普及が今日、パスタを美味しくお洒落な食べ物としてくれているといえます。

 先日、箸でパスタを食べる店に行ったところ、大変な違和感と食べにくさを感じてしまいました。独特な弾力性を持つパスタは、やはりフォークで巻いて食べるのが適切と実感し、箸では食べないというのも他の麺との大きな違いではないかと思っています。


 

第1775回 復権リノール酸



 リノール酸はベニバナ油やコーン油などに多く含まれる脂肪酸で、健康の維持には欠かせない成分となっています。リノール酸が不足すると髪がパサついたり抜け毛が増え、傷の治りが遅くなったりし、体内で合成する事ができない事から、食を通して必要な量を摂取しなければならない必須脂肪酸となっています。

 リノール酸は不飽和脂肪酸であり、摂取する事で血液中のコレステロールや中性脂肪の値を下げる事ができます。そのため、当初は健康に良いとして注目されましたが、後に過剰摂取するとアレルギーを助長させてしまったり、大腸ガンのリスクが高まる事が判ってくると以前のようには良いようにいわれなくなりました。

 リノール酸がアレルギーを助長してしまう原因は、体内で変換されながら利用される際、アラキドン酸になってしまうためで、体内でアラキドン酸が過剰になるとアラキドン酸由来の炎症を起こす物質であるロイコトリエン、プロスタグランディン、血小板活性化因子が過剰に作られるためと考えられます。

 そのため、私の中ではアラキドン酸は悪者となっていたのですが、最近、そんなアラキドン酸の見方が変わってきています。約60兆個といわれる人の細胞の一つひとつは、それぞれ細胞膜で包まれる事によって一個の細胞として形作られています。アラキドン酸は、細胞膜を構成するリン脂質の重要な成分となっていて、特に脳細胞のリン脂質に多く含まれています。

 脳は独自の柔らかい構造を維持するために、他の体細胞よりも固まりにくい性質のリン脂質で細胞膜を構成させる必要があり、そのために最も多く使われているのがDHA(ドコサヘキサエン酸)で、次いで多いのがアラキドン酸となっています。

 脳内では、常に神経細胞同士が情報をやり取りするために、脳細胞の細胞膜は柔軟な状態が必要とされます。細胞膜の柔軟さが失われると情報の伝達が円滑に行えなくなるため、DHAやアラキドン酸は脳細胞の柔軟さを保つために多く使われ、脳の健康を守るために欠かせない成分となっています。

 アラキドン酸は体内で生成されてはいますが、ごく微量であるため食材を通して摂取する必要があり、必須脂肪酸の一つとされいます。乳幼児では、ほとんど合成する事ができず、高齢者は合成率が低くなる事から不足しがちになる事が考えられ、積極的に補う必要性がある事がいわれるようになってきています。

 かつて体内でアラキドン酸に変化するリノール酸はベニバナ油に多く含まれていましたが、リノール酸の過剰摂取が問題視されて以降、ベニバナの品種改良が行われ、今ではベニバナ油のリノール酸含有量は低く抑えられています。

 また、卵やレバー、魚卵にもアラキドン酸は含まれていますが、高齢者の間ではコレステロールへの懸念からそれらの食品を口にしない傾向があり、アラキドン酸が不足してしまう事が考えられます。

 かつてアラキドン酸が悪者視されていた頃は、リノール酸を摂取しない事でアレルギー症状が軽くなるとして、あえてアラキドン酸を摂取する必要はないとされていましたが、最近の研究でアラキドン酸はアレルギーを助長する物質だけではなく、アレルギーを抑える物質も作り出している事が判ってきています。

 別な研究では、一ヶ月間アラキドン酸を与えた高齢者において脳の働きの改善が確認されており、アラキドン酸に変化しないオレイン酸を多く含むオリーブ油では同様の結果が得られない事も見られています。

 アラキドン酸の摂取による高齢者の変化として、脳の働きの改善だけではなく、気持ちが明るくなり行動量が増えたという傾向も見られ、自分が摂取する以前よりも元気になったという自覚も多く報告されており、アラキドン酸が脳の働きを活性化し、活動的にしてくれる事が伺えます。

 悪玉が一転して善玉へ、食と健康に関する事では度々見られてきた事ですが、それによって品種改良してしまったベニバナ。今後、どのように変わってくるのか、気になってしまいます。


 

第1774回 レポートとデザイナー(2)



 アメリカに食と健康の関わりの重要さを認識させるきっかけとなったマクガバンレポート、そのレポートを作成した栄養問題特別委員会は国立ガン研究所に対して、食を通して摂取される栄養素とガンとの関連性に関する調査を依頼し、それに伴い国立ガン研究所では化学物質プロジェクトが開始されます。

 化学物質プロジェクトでは食品の中に含まれる成分で、これまで生命の維持に必要として知られていた栄養素とは異なる未知の成分、栄養素ではなくても何らかの機能性を持つ成分の発見と働きの解明が進められ、そうした機能性成分が主に植物に多く含まれる事から、ギリシャ語で植物の意味を持つ「フィト(ファイト)」を元に「フィトケミカル」と総称するようになります。

 フィトケミカルの発見によって食品は単なる栄養の供給源というだけではなく、積極的に健康増進に関与する物という考え方が生まれ、食品の三次機能という概念が確立されて今日の健康食品の基礎的な部分が形作られました。

 どのような食品にどのようなフィトケミカルが含まれているかが精力的に研究され、発見されたフィトケミカルの安全性や有効性、適用性に関する評価が行われて、その集大成として1990年に国立ガン研究所は、野菜や果物、穀類や海藻類にどのような成分が含まれ、その成分によってガンの発症を予防できるかという研究を含んだ「デザイナーフーズ計画(植物性食品によるガン予防計画)」を発表します。

 デザイナーフーズ計画を通して、植物性食品に含まれている数万種類にも及ぶ化学物質のうち、約600種の化学物質にガンの予防効果がある事が判り、カテキンをはじめとしたポリフェノール類や野菜や果物、海藻類の色の素となっているカロチノイド類、ハーブなどに多い精油成分のテルペン類などに予防効果がある事が知られるようになりました。

 そうした予防効果を持つ成分やその成分を含む食品のうち、約40種を選び出して予防効果の高さの順にランク分けし、上に行くほど予防効果が高くなるように階層構造を持つように記載したものが、健康食品の有効性を語る際に目にする「デザイナーフーズピラミッド」となっています。

 デザイナーフーズ計画によって明らかとなった植物性食品の機能性を基に、1991年には国立ガン研究所や消費者教育財団、ベターヘルス農産物財団などによって、「1日に5皿以上の野菜や果物を摂取しよう」という「5ADay(ファイブ・ア・デイ)」運動が提唱され、1995年にはアメリカの国民1人あたりの野菜消費量が、1980年代には遠く及ばないといわれた日本人の消費量を超え、ガンの罹患率、死亡率は共に減少に転じています。

 植物は自分達の仲間を集中的に食べる害虫が増えないように毒素となる成分を含んだり、刺激や臭味、渋味、苦味などの食べるに値しない味を演出したり、逆に色や香りで惹き付け、食べてもらう事で種を運搬してもらったりと、さまざまな工夫を重ねています。フィトケミカルの多くはそうした工夫によって生み出された物と考える事ができ、自然の知恵の結晶、恩恵ともいえます。

 相変わらず日本では野菜離れがいわれ、厚生労働省の国民栄養調査でもこの10年、減少傾向が続いている事が確認され、ガンの罹患率、死亡率は増加傾向が続いています。マクガバンレポートからはじまり、デザイナーフーズ計画、5ADay運動と続く流れを見ながら、もう一度、野菜との接し方を考え直す事が急務なのかもしれません。


 
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