第1803回 酪酸事情
酪酸というと、健康成分として話題となった「GABA(γアミノ酪酸)」が思い浮かびます。最初に話題になった頃は、発芽玄米に含まれる成分で、血圧を安定させる働きがあるとされていましたが、しばらくするとチョコレートに多く含まれ、ストレスを和らげる成分として知られるようになっていました。
それ以外で酪酸というと、あまりよいイメージがありません。秋が深まってきた頃、街中に漂う異臭、ギンナンが発する悪臭の元が酪酸となっています。過激な活動で知られる環境保護団体が日本の調査捕鯨船に対して、ビンに詰めた酪酸を投げ付けて攻撃した事からも酪酸が強力な臭味を持った化合物である事が判ります。
チーズの臭味の元も酪酸で、バターの中から発見された事から「酪酸」と呼ばれる事からも、酪農と縁が深い事が伺えます。草食動物の体内では、酪酸を作る酪酸菌が棲息していて植物中の固い繊維質であるセルロースやヘミセルロースを発酵させて酪酸を作り出しており、酪酸は草食動物の重要なエネルギー源となっています。
人間の体内にも酪酸菌は存在し、作り出された酪酸が便臭の元となっているというと、かなり酪酸のイメージが悪くなるのですが、酪酸と名の付く全ての化合物が悪臭を放つのかというとそうでもなく、酪酸に関連したエステルである酪酸エチルや酪酸イソアミルなどは、パイナップルの香料として使われるほどの爽やかな香りを持っています。
そんな酪酸ですが、腸内だけでなく口の中において歯周病菌によっても作り出されています。最近の研究によって歯周病菌が作り出した酪酸は体内に吸収され、エイズウィルスの増殖を促している事が判ってきています。
エイズウィルスに感染すると半年から20年という潜伏期間の後に発症しますが、潜伏期間の個人差の大きさや感染しても発症しない事もあり、そうした発症に関する部分は謎を多く秘めていました。
エイズウィルスは細胞内で作られるHDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)によって増殖が抑えられていて、HDACの働きがなくなるとエイズウィルスが増殖する事が判っています。
HDACの働きを阻害するものとして、「トリコスタンチン」という物質が知られています。歯周病菌が作り出す酪酸にはトリコスタンチンと同じような働きをして、HDACの働きを阻害する事が確認され、エイズの発症と歯周病の間に関連性がある可能性が出てきています。
歯周病は糖尿病をはじめとした多くの病気に関係している事が示唆されていて、エイズの発症も新たな関連性として加わる事となると、歯磨きは虫歯や歯周病の予防だけでなく、健康の基本となるのかもしれません。
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