第1823回 ドングリ食



 子供の頃、家から近所の寺院へ向かう途中に大きな墓地と公園があり、蚊などの虫がいなくなる秋から冬にかけては、よく遊びに行っていました。

 墓地公園は両脇にモミジが植えられたコンクリート道路の坂道が入り口になっていて、坂を上ると途中で道は左右に二手に分かれ、左へ行くと寺院へ通じ、右へ行くと寺院の裏山へ出る事ができます。

 右へ曲がって墓地公園を抜けて裏山へ出て、300段もある長い階段を上ると地元で人気の戦国武将、加藤清正の銅像がある公園へと行く事ができ、熊本市内を一望にする事ができます。

 秋から冬にかけてその辺りで遊んでいると、ドングリや椎の実が大量に手に入ります。きれいな椎の実がたくさん手に入った時は、フライパンで乾煎りするとほんのりとした甘味ともちもちした食感で美味しくいただく事ができ、自分で拾ってきた木の実が食べられるという事がとても楽しかったように思えます。

 椎の実と形状が似ているのにドングリは食べる事ができず、似ているのに何故食べられないのかと不思議に思えた事があります。ドングリも椎の実と同じように食べる事ができれば、椎の実よりもたくさん手に入るし、粒も大きい事からお得感があります。

 そんな事を考えながらドングリの味見をしてみると、渋味が強く、とても椎の実のように食べられる物ではない事が判ります。後にドングリに関する定義を知った際、広義にはブナ科の木の実を総称した物としながら、狭義には「食用に適さない堅果」とされていた事から、ドングリが美味しくない事に納得してしまいます。

 今日、ドングリを日常的に食べる話はほとんど聞きませんが、縄文時代には盛んに食べられていたとされます。ドングリを味見した際に感じた、とても食べられる物ではない渋味はドングリに含まれるタンニンやサポニンといった成分によるもので、それを上手く取り除かなければドングリを食べる事はできません。

 タンニンやサポニンは水溶性であるため、水に長時間さらす事によって取り除く事ができます。縄文人は経験的にその事を知っていたらしく、集めてきたドングリを土器の鍋に入れ、浮いてきた虫喰いのある物を取り除き、しばらく煮た後、乾燥させる事で固い外皮に割れを生じさせ、中の渋皮を剥きやすくしておきます。

 中身を取り出したドングリは、石などを使って粉砕して粉にして、容器に入れて水にさらします。毎日水を取り替えながらタンニンやサポニンが取り除かれるまで根気よく水にさらし、得られた渋味のない粉を使ってクレープやクッキーのような物を焼いて食べられていたと考えられています。

 縄文人というと、最近の研究でハンバーグを食べていた事が判ってきています。ドングリのクレープとハンバーグ、意外なほど豊かな食生活が行われていたように思えて、縄文時代の食生活が楽しげななものであった事が思えてきます。


 
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第1822回 江戸のアサリ事情



 日本では主食であるご飯とおかず、味噌汁などの汁物、漬物といったセットを一食の基本形として考え、それぞれは独立して食べられていて、ご飯に汁物をかけてまとめて食べるという事はあまり品が良い事とはされません。

 特に汁物が味噌汁であった場合、「ねこまんま」と呼ばれて料理の一環とは考えられないのですが、味噌汁の具がアサリ貝の剥き身であった場合は「深川飯」となり、一つの料理として成立してしまいます。

 深川飯は文字通り、江戸時代の末期に江戸の深川近辺で食べられていた物で、当時、隅田川の河口にあたる深川ではアサリ貝がたくさん獲れていた事から、安くて栄養があり、手早く調理できるアサリの味噌汁が好まれ、気が短い江戸っ子の漁師達の間でご飯と味噌汁を一緒に素早くかき込んで食べられるよう工夫したのがはじまりとされ、ご飯の量を多くするために丼に盛り付けられた物は「深川丼」とも呼ばれます。

 以前、大好きな時代劇の中で美食家の主人公と食通の配下の者との間で、深川飯に関するやり取りの場面があり、深川飯は味噌仕立てで野趣溢れる物が良いとする主人公と、上品にしょうゆ仕立てでなければならないとする配下の者とで双方とも譲れない論争が展開され、珍しいしょうゆ仕立ての深川飯の存在と江戸の人達の深川飯への思い入れに興味を引かれてしまうという事がありました。

 江戸時代、アサリは江戸の庶民に人気の食材となっていて、剥き身というとアサリの剥き身を指すようになっていました。その頃、深川近辺でたくさん獲れたアサリから砂を抜き、殻から外して剥き身にする事を生業とした職人も存在し、アサリという食材がいかに江戸の庶民に好まれていたかを伺う事ができます。

 近年、深川飯としてご飯にアサリの味噌汁をかけた物ではなく、アサリを使った炊き込みご飯が出される事が増えてきているとされます。アサリを長ネギや油揚げなどの他の具材と共にしょうゆ仕立ての煮汁で煮込んで味付けをし、その煮汁を使ってご飯を炊いた後、具材を戻して混ぜ合わせるという少々手の込んだ物ですが、具材を一緒に炊き込まないあたり、火を通し過ぎると身が固くなってしまうアサリの特性がよく理解されているようで、江戸っ子のアサリへの思い入れが今日にも伝わっているように思えます。

 「アサリを味噌で煮て飯にさっとかけて・・・」「アサリを煮るのはしょうゆでなくては、これだけは譲れません」と争う二人に、今日の炊き込みご飯となった深川飯を見せたらどのような反応が返ってくるのか、ついそのような事を考えてしまいます。


 

第1821回 栽培キットに思う



 我家の大切な家族の一員、猫についてとても気になっている事があります。猫はイネ科の植物の細く尖った形状の葉を好んで食べるとされますが、一切それに見向きもしません。他県に里子に行った兄弟猫の日常がブログに掲載されているので、成長の様子を拝見させていただいているのですが、その子も猫が好むとされる草、いわゆる「猫草」を食べないとの事で、遺伝的なものかと心配にもなってしまいます。

 猫草とは、猫が好んで食べる草の総称で、主に「燕麦(えんばく)」や「大麦」の若葉が使われ、「エノコログサ」でも代用が利くともいわれます。毛繕いの際に飲み込んでしまい、胃の中に溜まってしまった毛玉を吐き出す事に役立つ繊維質やビタミン、ミネラル類の供給源、消化器官を円滑に活動させる働きや嗜好品の一環ともされていて、猫の生活に欠かせない物とされています。

 猫は肉食性の動物であり、狩猟によってエサを得る事から、少しでも自分の存在が獲物に知られる事がないよう、入念に毛繕いをしてにおいなどを抑えるようにしていて、食べ物を探す事の次に重要な事が毛繕いともいわれています。

 その毛繕いの際、どうしても抜けた毛を飲み込んでしまい、排出できずに胃に溜まってしまう事があり、そこに新たに飲み込んだ毛が絡み、胃から腸にかけて炎症を引き起こす「毛玉症」を引き起こしてしまう事があります。

 最悪の場合、開腹手術も必要になる事があるとされるため、猫は本能的に猫草を食べて毛玉の排出を促すようにしているとされます。以前、我家にいた猫達は、定期的に猫草を与えると先を争って喜んで食べてくれていました。

 その頃は、そろそろ食べさせた方が良いかなという時期に、市販されている栽培キットを購入してきて栽培していました。市販されている栽培キットは、プラスティックのトレーに金色に光る粒がたくさん入った、とても軽い土であるバーミキュライトと燕麦の種が同梱されていて、トレーにバーミキュライトを敷いた上に燕麦の種を並べ、その上から残りのバーミキュライトをかけて水を含ませておくと、数日で芽が出て食べさせられる状態に成長してくれます。

 バーミキュライトはとても軽く、トレーに敷き詰めて水を含ませる前に強い風が吹くと飛ばされてしまいそうなのですが、水の含みが良く、最初に充分な水を含ませておくと、収穫を終えるまでは何もしなくて済み、手軽に猫草を栽培できる事が気に入っていました。

 それが突然、同じ商品なのにバーミキュライトではなくピートモスのような黒い繊維質の土が同梱されていて、栽培してみると発芽率が悪く、収穫する際も黒い土が散らばって、何でこんな物に替えてしまったのだろうと不満に思った事があります。

 バーミキュライトは猫草の栽培に限らず、保水性や通気性、保肥性が非常に高い事から土壌改良材として使われ、それ以外にも石膏ボードに混ぜて使ったり、身近なところでは使い捨てカイロの主材料としても使われています。

 雲母を主成分とした「蛭石(ひるいし)」と呼ばれる鉱石を700度以上の高温で焼いて作られ、焼かれた際に蛇腹状に膨張して多孔質になる事で、重量の約6倍もの吸水能力を持つようになり、その優れた性質がさまざまな用途に繋がっていたのですが、地中から掘り出される蛭石の鉱脈の近くには、発ガン性がいわれているアスベストの鉱脈がある事があり、産地によってはアスベストが含まれている可能性がありました。

 かつて蛭石の主要な産地の一つであったモンタナ州のリビー鉱山で採れる蛭石には、アスベストの中でも毒性が高い事で知られる角閃石系のアスベストが含まれており、日本では産地表示の義務がない事や、JIS法に基いて行われるX線回析装置による検査では精度が低くて、安全と判断されたバーミキュライトでもリビー鉱山産の物が含まれていた事もあり、安全性を懸念する声が高まった事があります。

 栽培キットの土が突然、変更されたのもそうした理由からではないかと思いつつ、その後、蛭石の主要な産地はアスベストを含む可能性が低い中国や南アフリカへと代わり、バーミキュライトの安全性が確保されているとされます。

 久々にバーミキュライトと種を購入して、猫草を栽培してみようと思い、行き付けのホームセンターで園芸用品売り場を回ってみたのですが、残念ながらバーミキュライトの姿はなく、まだ危険視されているのだろうかと考えながら、最近の研究でバーミキュライトは放射能を封じ込める働きがある事が判り、やがて脚光を浴びる日も近いのではとバーミキュライトの未来を思ってしまいました。


 

第1820回 類似メニュー?



 根室市のご当地グルメ、「エスカロップ」によく似た物として、敦賀ヨーロッパ軒で出されている「スカロップ」なる料理の存在がいわれます。両者には直接の関連性はないとされながら、共に語源を薄切り肉を指す「エスカロープ」に持つ事や、トンカツにドミグラスソースをかけて仕上げられる点は非常によく似たものとなっています。

 ヨーロッパ軒というと「ソースカツ丼」で知られた名店で、1912年、ベルリンで6年間の料理研究の留学を終えて帰国した店主、高畠増太郎がドイツ仕込みのウスターソースに独自の工夫を加え、日本人の好みに合うようにしてトンカツと合わせ、丼物して発売したとして、ソースカツ丼の開祖ともいわれている老舗洋食店でもあります。

 大正2年(1913年)に東京の早稲田で開店されたヨーロッパ軒は、その後、大正12年(1923年)に関東大震災で被災し、翌大正13年には高畠の故郷である福井での営業再開となっています。

 昭和14年(1939年)には初の暖簾分けとして敦賀市に「敦賀分店」がオープンし、その後も暖簾分け制度によって複数のヨーロッパ軒が存在しています。暖簾分け第一号店となった敦賀ヨーロッパ軒と総本店との違いの一つとして、スカロップの有無がいわれる事から、スカロップは敦賀ヨーロッパ軒で考案されたと考える事ができます。

 スカロップとエスカロップの最大の違いは、スカロップにはドミグラスソースがかけられたトンカツの下にバターライスなどのご飯類がない事で、エスカロップが一皿で主食とおかず、サラダといった一食が完結することに対し、スカロップは別皿に盛られたご飯を足す事によって一食が成立します。

 似て非なる物となっているスカロップとエスカロップですが、興味深い事にスカロップはサラダとナポリタンスパゲティを付け合せとして皿に盛り付けた後、ドミグラスソースで味付けしたトンカツが乗せられる事から、トンカツがスパゲティに乗る形になり、それは開発当初の頃のエスカロップそのものという事もできます。

 また、似たような存在に兵庫県加古川市周辺で食べられている「かつめし」の存在があります。トンカツソースを味付けに使った物も存在する事から、必ずしもという訳ではありませんが、ドミグラスソースをかけたトンカツが、白いご飯に乗せられています。

 かつめしはスカロップやエスカロップよりも10年ほど早い1953年頃に出現したとされ、異なる地域で相互に関連性がないにも関わらず、同じような料理が成立している事には、トンカツとドミグラスソース、ご飯の相性の良さが伺えるように思え、そういう目で見てみると、カレーライスにトンカツを合わせたカツカレーは広く存在するのに、ドミグラスソースのハヤシライスにトンカツを合わせたカツハヤシが存在しない事が不思議に思えてきます。


 

第1819回 一皿文化



 ある特定の地域では普通に食べられていて、その地域内では多くのレストランでメニューに載せられ、住民たちにとっては馴染み深い味となっていながら、その地域を出るとほとんど見られなくなり、全国的に知られた食べ物と思い込んでいた住民たちを驚かせてしまう。そんなご当地グルメは日本中に多く見られますが、その代表格の一つが「エスカロップ」ではないかと思えます。

 エスカロップは北海道根室市特有のご当地グルメで、みじん切りにされたタケノコが入ったバターライスの上にトンカツを乗せ、ドミグラスソースをかけて仕上げられます。一皿で一食が賄えるように、通常は皿の端にはサラダが添えられています。

 エスカロップというどこか異国の香りのする名称については諸雑があるとされますが、フランス語で肉を薄く切った切り身を「エスカロープ」と呼ぶ事から、それが語源となったというものが有力視されていますが、開発に当たってイタリア料理のシェフの力を借りている事や、イタリア語にもエスカロップに似た薄切り肉を指す言葉がある事から、イタリア語が語源というのが正しいようにも思えます。

 根室市内の洋食店、「モンブラン」のシェフが1963年に考案したものが瞬く間に根室市内に広まったとされ、開発の動機についても地元のグルメをうならせるメニューを作ろうとしたというものや、根室市は漁師町であった事から、手早く漁師たちの空腹を満たせるメニューとして開発したともいわれます。

 開発に当たっては、シェフ自身が各地のさまざまな料理を食べ歩き、新メニューに関する研究を行っていますが、その後、取引のあった横浜の食器店からの紹介で横浜で働いていたイタリア料理のシェフを招き、エスカロップは完成されました。

 開発された当初は、仔牛の肉をソテーした物またはカツレツにした物がナポリタンスパゲティの上に乗せられ、ドミグラスソースをかけて仕上げられていましたが、仔牛の肉は高価であった事から豚肉に変わり、スパゲティは漁師たちにも受け入れられやすいケチャップライスへと変わって、今日のスタイルに近いエスカロップが誕生しています。

 ケチャップライスのエスカロップを基にバターライスを使ったエスカロップが考案され、「ホワイトエスカロップ」としてバリエーションの一環として供されますが、後に評判となり、エスカロップといえばホワイトエスカロップを指すようになっていきます。一部にはケチャップライスのエスカロップも残されていて、親しみを込めて「赤エスカ」「白エスカ」と呼ばれています。

 バターライスの具材も、当初はマッシュルームやタマネギが使われていましたが、食感がよく食べ応えに繋がるタケノコへと代えられて今日のスタイルが完成します。

 根室には、エスカロップの他にもスタミナライスやオリエンタルライスといったワンプレートの料理が存在し、手早く一皿で食事を完了できるという食文化が根付いている事が伺えます。

 白いご飯の上にトンカツを乗せ、その上に野菜炒めと目玉焼きか生卵を乗せるスタミナライス、ドライカレーの上に焼いた牛肉を乗せ、ドミグラスソースをかけるオリエンタルライス、共にエスカロップから派生したものである事が明白ですが、忙しい漁師町特有の食文化が感じられ、興味深いメニューとなっています。



 

第1818回 代官の小粒芋



 料理の名前は多くの場合、素材や調理法がそのままというものが見られますが、中には当地熊本の郷土料理「ひともじのぐるぐる」や沖縄の「にんじんのしりしり」など、一見しただけでは内容が理解しがたいものも存在します。そんな難解な料理名の最たるものの一つが山梨県上野原市に伝わる郷土料理、「せいだのたまじ」ではないかと思います。

 「せいだのたまじ」は、上野原市の北部にある山深い棡原(ゆずりはら)を中心とした地域に伝えられた料理で、棡原は長寿の村として知られ、特に全国的にも珍しい夫婦そろって長寿という特徴を持つ地域となっています。

 山奥の小さな村である棡原には水田がなく、かつてはきびやあわ、そば、麦、芋類が主食とされ、野菜や山菜、川魚がおかずとなる質素な食生活が行われていた事や、村のほとんどが急な傾斜地である事から足腰が日常的に鍛えられる事、畑作業や家事などを家族が全員で協力し合うという結び付きの強さや、精神的な余裕も長寿に繋がっていると分析されています。

 そんな長寿の村、棡原で食べられていた「せいだのたまじ」は、簡単に言ってしまうとジャガイモの味噌煮なのですが、幾つかの点で通常の味噌煮とは異なる料理となっています。

 「せいだのたまじ」には、必ず小粒のジャガイモが使われ、丁寧に洗ったジャガイモは皮を剥かずに少量の油をひいた鍋で炒められます。数分間炒めた後、鍋にひたひたよりも多目の水が注がれ、そこに味噌と砂糖を加えてひたすら煮込んでいきます。

 一見、何の変哲もない煮物のようにも思えるのですが、火加減は終始強火で、一時間も経つと煮汁は泡立ち、最初の量の半分くらいになってしまいます。それをさらに煮詰めて、一日目の作業が終了します。

 翌朝、再び鍋を火にかけて再加熱する事で、煮汁に照りが出て、甘辛くこくがある煮汁がジャガイモにしっかりと絡むようになり、べっ甲のような色と光沢のある濃厚な煮汁に包まれた「せいだのたまじ」が出来上がります。

 「たまじ」とは、現地の言葉で小粒のジャガイモを指します。江戸時代の後期、甲府の代官であった中井清太夫が飢饉対策としてジャガイモに目を付け、九州から種芋を取り寄せて配布し、ジャガイモの栽培を根付かせています。

 ジャガイモを栽培していた事でその後の飢饉を乗り切る事ができ、清太夫に大いに感謝した棡原の人々はジャガイモの事を「清太夫芋」と呼ぶようになり、後に親しみを込めて「せいだ」と呼ぶようになっています。清太夫を「芋大明神」として祀りながら、小粒のジャガイモであっても決して無駄にはしないという思いが、「せいだのたまじ」という料理を生み出す事に繋がっています。

 名前は難解でも日本人らしい感謝の気持ちと、食材を無駄にしないという思いに満ちた料理、それが「せいだのたまじ」なのかもしれないと思えてきます。


 

第1817回 荒行の秘密



 当地熊本でも修験道や一部の仏教の修行の一環として行われる「火渡り神事」が行われていて、毎回、ローカルニュースでその様子が報道されています。

 火渡り神事の「火渡り」とは、燃焼している石炭などを敷き詰めた上を素足で歩くというもので、経験のない見るだけの側からは危険極まりない行為のように思えるのですが、実は適切に執り行われる限り、火傷を負う危険はなく、忍耐力などの精神面での強さなども必要ないとされます。

 私の中での火渡りは、どうしても修験道のイメージが強くなってしまうのですが、修験道に限らずイスラム教徒の一部やアメリカの経営セミナー、自己啓発セミナー、ギリシャやブルガリアで信仰されている正教会やアフリカのヒンドゥー教の祝祭の儀式、カラハリ砂漠のブッシュマンのカン部族など、世界中で幅広く行われてきました。

 北米大陸の先住民の間でも行われていた事が、17世紀後半のイエズス会の記録にも残されていて、先住民たちが治療の儀式の一環として火渡りを行い、火傷を負うどころか熱さすら感じていないようだと、驚くべき事実として報告されていて、火渡りが世界的に限定的な地域性を持つ特殊な行事でない事を伺う事ができます。

 古くから行われてきた火渡りですが、現代風に安全性を検証すると、直接触れ合う足の皮膚と石炭との間の熱力学が深く関わってきます。足の皮膚といっても大半を占める主成分は水であり、水と石炭の比熱容量、熱伝導率の違いが火渡りを安全なものにしていると考える事ができます。

 水は非常に比熱容量が高く、温度を1度上げるために多くのエネルギーを必要とし、熱伝導率も高い事から、石炭によって足の皮膚に熱が伝えられると、皮膚の中の水分である毛細血管中の血液がわずかに温度上昇しながら、循環によってその場を離れていきます。

 そのため、絶えず循環し続ける血液によって比熱容量が非常に低い石炭は熱を奪われ続ける事となり、熱伝導率が非常に低い石炭は足の皮膚と接した部分の温度だけが急激に下がり、石炭の内側からの熱の供給を受けにくい事から、表面だけが引火点を下回ってしまい、熱伝導性の乏しい灰となって表面を覆い、まだ燃焼している高温の部分からの熱を遮断する役割を果たします。

 また、石炭の表面が不均一である事から、実際に足の皮膚と触れ合っている面積は非常に小さく、触れ合っている時間も断続的で短いものである事も、石炭からの熱の供給をより小さなものとしています。

 そうした幾つもの要因が相乗的に絡み合って火渡りの安全性を確保しているのですが、それだけに正しく行われない場合はそれなりの危険性が発生する事となります。特に想定していた熱さを感じない事から、その場に立ち止まってしまうと途端に石炭の熱伝導に追い付かれて火傷を負ってしまい、逆に恐怖から駆け抜けようとすると、衝撃でより深く石炭の中へ踏み込む事となり、接触面積が増えて危険性が増す結果になってしまいます。

 石炭に不純物が含まれている場合も危険度が増し、特に熱伝導が高い金属などが含まれていると、一瞬にして火傷を負う怖れがあり、石炭の中にわずかに含まれる水分も石炭の熱伝導を高めてしまう事から、事前に石炭を充分に燃焼させて水分を蒸発させておく必要もあります。

 理論的には安全である事を充分に理解してはいるのですが、参加してみませんかと誘われたら、間違いなく怖いので遠慮させていただく事と思っています。理論よりも火を怖れるという動物としての本能が勝る、それが正しいようにも思え、火渡りは修験者の荒行という事でよいように思えます。


 

第1816回 白と黒の謎



 ジャイアントパンダというと、見事な白と黒の柄とおっとりとした仕草が非常に可愛い動物であり、飼育された個体は世界各地に存在しながら個体数は極めて少なく、中国のごく限られた地域にわずかに生息する動物とされています。

 そんなジャイアントパンダについて、実はいくつか疑問に思っている事があります。小さなところでは、パンダは本当に稀少な生物なのだろうかというもので、限られた地域に限られた数しかいないとされますが、本当はもっと大量にいるのではないか、かつては稀少でも保護されたお陰で個体数はかなり増えているのではないか、中国共産党が各国との関係発展のためにパンダを贈る「パンダ外交」を展開してきましたが、その際、パンダの付加価値を上げるために稀少とされているのではと思ってしまいます。

 そう疑問に思うのは、中国の雑技団の中で芸をするパンダを見たためで、いわれているほど稀少な生物であれば、芸を仕込むなどという事はできないし、動物にとって大きなストレスとなる大勢の人の前に立たせたりはしないのではないかと考えています。

 パンダの個体数は素朴な疑問に過ぎない事ですが、パンダに関する最大の疑問は、笹しか食べないのに健康を維持でき、大きな体に成長できるのかという事にあります。パンダは雑食性とされていますが、飼育されているパンダは生涯を通してほぼ笹か竹のみを食べながら健康的な生活を送っています。

 草食動物で大きく、たくましく育つ生物というと、身近なところでは牛が思い浮かびます。牛は植物の固い繊維質であるセルロースを分解するために、四つもの胃を持ち、反芻を行いながら胃の中に共生している細菌の力を使って植物を消化し、長い腸を使って栄養を吸収しています。

 それに対しパンダは牛のように反芻は行わず、胃も一つとなっています。柄を抜きにして見るとパンダは熊そのものなのですが、内臓も熊に酷似していて、特に腸は肉食獣特有の短い腸となっている事から、とても日頃、固い笹や竹を食べるには不向きな体となっています。

 2009年、パンダのゲノムが解析された際、セルロースを分解する事ができる酵素を作り出す遺伝子が含まれている可能性についても検討が行われたのですが、パンダはそのような遺伝子は持っておらず、次の可能性としてパンダの体内にセルロースを分解して消化を助ける微生物がいるのではと考えられていました。

 これまで幾度となくパンダの体内に棲息する微生物に関する研究が行われてきましたが、セルロースの分解に関わる微生物の存在を示すものは何も見付ける事はできていませんでした。

 先日発表された新たな研究ではパンダの体内ではなく、糞に含まれる遺伝子を調査対象とし、野生のパンダ7頭と飼育されているパンダ8頭について研究を行ったところ、パンダの消化管内に草食動物の体内で見付かるセルロース分解菌に似た細菌の存在が確認されています。

 確認された細菌の中の13種類はすでに知られたセルロース分解菌の仲間である事が判っていますが、7種類はパンダに特有の細菌とされ、パンダが肉食動物の消化器官を持ちながら草食動物としての生活を送る謎を解く鍵となるのかもしれません。

 飼育されているパンダは、乾燥された笹や竹を一日に9~14kgほど食べますが、消化しているのはそのうちの17%程度に過ぎないとされ、体内に共生する微生物の助けを借りたとしても、それほど多くの栄養分を得ている訳ではない事が判ります。

 パンダが笹や竹という極端な偏食になった理由は、一説には人間にあるとされます。古代の人類の人口が増え、生息地が拡大するにつれ、パンダの生息地は限られ、高緯度地域へと移っていったとされます。移動していく中、ツキノワグマなどの強力な肉食獣と獲物を争わなくても済むように、徐々に競合がいない笹や竹を食べる事に適応していったと考えられます。

 微生物の助けを借りる事によって笹や竹を食べ、肉食動物としての体を大きく変える事なく独自の生態を得たパンダですが、それだけでは充分なエネルギーを確保する事ができず、それに対応したエネルギーを無駄にしない生活スタイルが、あのおっとりとした可愛らしさを感じさる動きとなっています。

 パンダに関する最大の疑問が明らかになりそうな中、人に追われて今の生態を手に入れる事となり、今日、誰からも愛される存在となっている事について、パンダは実に賢い選択をしたように思えてきます。


 

第1815回 長寿の秘密



 以前、長寿の猫の話を聞かされた事があり、その猫の好物が塩鮭で、日頃から塩鮭ばかりを食べていたという事に驚かされた事があります。猫は腎臓の機能が弱いために、日頃から塩分を摂り過ぎていると腎疾患のリスクが高まるとされます。

 鮭自体は良質のタンパク源であり栄養価も高く、健康維持という点でも良い食材だといえるのですが、塩鮭となると最近では減塩タイプが主流となってはいますが、それでも猫には明らかに過剰な塩分量といえます。

 高齢の猫の病気の7割近くが、腎臓関連の疾患だとされます。日頃から大量のタンパク質を必要とする猫は、タンパク質の代謝だけでも腎臓に負担をかけやすいとされ、そこに長期的に過剰な塩分が加わる事で腎臓を傷めてしまいます。塩鮭ばかりを食べていて何故長寿にと思えてくるのですが、同じ事は人間においても多数確認する事ができます。

 長寿の高齢者に話しを聞いてみると、必ずしも若い頃から健康に気を配り、健康を害するリスクを排除してきたかというとそうでもなく、喫煙や飲酒、生活習慣の乱れなど長寿に繋がらない習慣を長く行ってきている事も珍しくはありません。

 最近の研究で、そうした長寿の不思議な一面が判ってきています。オランダのライデン大学の研究チームによる3500人の90歳代の人々を対象にした研究によると、長生きをする人には病気の発病を阻止する遺伝子が備わっていて、その遺伝子によって長寿が可能となっているという研究結果が得られていました。

 長寿を阻害するものとしては、将来的に病気を発病してしまう病気遺伝子や老化を司る老化遺伝子の存在が知られていますが、長生きをする人の体内には、そうした病気遺伝子や老化遺伝子が存在していない訳ではなく、代わりに病気の発病を食い止める遺伝子が存在していて、その遺伝子が遺伝的に受け継がれていく事も判っています。

 今回発見された長寿遺伝子は、旧約聖書に登場する969歳という驚異的な長寿者である「メトセラ」の名を借りて「メトセラ遺伝子」と名付けられ、1万人に1人の割合で保有しているとされます。メトセラ遺伝子があれば、喫煙や飲酒、食品添加物の摂取など、日常的に健康を害する怖れのある事が行われていても、そこから発生する病気のリスクが軽減され、結果的に長寿になると考えられます。

 日頃からそれほど健康に気を付けている訳ではないのに健康そのものであり、系譜を考えてみると祖父がかなりの長寿であった私にもメトセラ遺伝子があるのではとも思えてきますが、1万分の1といわれるともの凄くくじ運が悪い身でもあるのでありえないかとも思えます。

 メトセラに限らず旧約聖書の最初の方には、非常に多くの長寿者が登場します。それぞれの人の偉大さを長寿によって表現しようとしたためともいわれていますが、長寿者が多く登場する時代に関する記載には晴れた空を記したものがなく、常に空は厚い雲で覆われていたかのような表現しか存在しないとされます。

 そのため、厚い雲が紫外線を遮って活性酸素が発生するリスクを大幅に下げていた事が、老化や病気の発生を防ぎ、長寿に繋がっていて、数百歳というのは大げさにしても、驚くような長寿者が存在し、それが誇張されていたのではという説もあり、やはり日常的なあり方も大事なように思えます。

 それなりに長い時間を生きてきている私ですが、振り返ってみるとあっという間の事だったとしか思えません。969歳まで生きて、長寿の遺伝子にその名を残したメトセラは、自分の人生を振り返った際、同じくあっという間と思ったのだろうかと、ふとそんな事を考えてしまいます。


 

第1814回 踊る水滴



 調理器具が好きで、我家にはさまざまな調理器具があるのですが、その中で使いこなせていない物の一つに、特殊なガラス繊維でコーティングされたフライパンがあります。同じシリーズの鍋は、かなり重い事を除けば、料理が美味しく仕上がるので重宝しているのですが、フライパンだけは上手に調理できずにいます。

 ガラスでコートされたフライパンの表面はとても滑らかではあるのですが、フッ素樹脂コートのような性質がなく、鉄製のフライパンのように常日頃から油を馴染ませておくという事もできず、滑らかさが油を弾いてしまう事から、食材が焦げ付いてしまいます。

 フライパンの説明書には、焦げ付かせずに上手に調理するためには、最初にフライパンをかなりの高温にしておいて、食材を入れた瞬間、表面に軽い焦げ目の膜を作る事で焦げ付かせずに調理できるとの事で、その目安としてフライパンの表面に落とした水滴が踊るくらいにとあったのですが、そこまで高温になるまでフライパンを最初に温めた事がないので、今のところ失敗作しか生まないフライパンとなっています。

 通常だとフライパンの上に落とされた水滴は、表面に広がってフライパンの熱によって熱されて蒸発していきます。それがフライパンの温度がかなりの高温になっている場合、水滴がフライパンと接する部分が瞬時に気化され、水蒸気となって薄い膜を作り、水滴がそれ以上フライパンと接しない状態が出来上がります。熱された水滴の下部では常に新たな水蒸気が補給される事から、水滴はフライパンの表面にホバークラフトのように浮いた状態となり、水滴が浮いている事から熱の伝導が非常に遅くなって、水滴はなかなか蒸発しなくなります。この日常的な現象はライデンフロスト現象と呼ばれます。

 フライパンと水を使って実験した場合、フライパンの表面温度が90度から140度付近までは温度が高くなるほど水滴が蒸発して無くなってしまうまでの時間は短くなっていきます。しかし、140度を超えると水滴が蒸発してしまうまでの時間が長くなりはじめ、300度付近までは高温になるほど水滴が蒸発してしまうまでの時間は長くなり続け、300度付近で最も長くなった後は、温度が高くなるにつれて蒸発してしまうまでの時間は短くなっていきます。

 その事からライデンフロスト現象が見られるのは140度付近と考える事ができるのですが、実際は水滴の大きさやフライパンの表面の性質や状態、水に含まれる不純物などの要因もあり、160度付近がライデンフロスト現象が始まる温度とされます。

 160度といえば、天ぷらを揚げる際、火の通りにくい素材を揚げる低温の油の温度であり、日常的な料理の中ではありえない温度ではないのですが、水滴が踊るくらいとなるとそれよりも高温、場合によっては揚げ油の高温である180度を超える温度にまで熱した上に食材を一気に入れるというのも少々不安であり、このままそのフライパンは封印してしまおうかとも思えてきます。「必ず中火以下で使用するように」と注意書きされたフッ素樹脂加工のフライパンとは、ずいぶんと使い勝手が違うものだと思ってしまいます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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