第1843回 褐色の誘惑
好きな色はと聞かれて、「褐色」と答える人は少ないと思います。色について尋ねられた際、褐色が思い浮かぶ事自体少ないように思えるのですが、実は多くの人が大好きな色が褐色ではないかと思います。
こんがりと焼けたクッキーやトースト、鉄板の上で音を立てて焼かれるステーキ、炭火で香ばしく焼かれたうなぎ、それらはすべて褐色に彩られ、私たちはその色合いだけでも食欲をそそられ、褐色を好んでしまう事が伺えます。
元々褐色ではなかった食べ物が褐色を呈する事を「褐変反応」といい、褐変反応には大きく分けて「酵素的反応」と「非酵素的反応」があります。こんがりと焼かれた食べ物が褐色になるのは非酵素的反応によるもので、非酵素的反応はさらに細かく「メイラード反応」と「カラメル反応」に分けられ、メイラード反応によって美味しそうと思ってしまう褐色の多くは作り出されています。
アミノカルボニル反応と呼ばれる事もあるメイラード反応は、食べ物に含まれる還元糖がアミノ酸やペプチド、タンパク質といったアミノ化合物と共に加熱された事で「メラノイジン」といった褐色物質を生み出す反応の事で、どことなく難しげな事のように思えますが、朝食の場面を思い浮かべるだけでもトーストの焼き色やコーヒー豆のローストされた色、卵焼きの焼き色など日常的に接している事が判ります。
トーストに限らずパンを焼く際、小麦粉にバターや砂糖、イーストなどを加えて生地を作ります。焼く前のパン生地は真っ白なのに、窯に入れて焼き上げると表面に美味しそうな焼き色が付いているのは、小麦粉やバターに含まれるタンパク質と砂糖が窯の熱によってメイラード反応を起こし、日頃から見慣れたパンの色となっています。
メイラード反応は褐色の色だけでなく、食べ物の風味にも関わっています。メイラード反応を起こすアミノ酸の種類と温度によって発生する風味は異なり、アミノ酸のバリンの場合、100度でライ麦パンのような香りを発生し、180度ではそれが刺激のあるチョコレートのような香りに変わってしまいます。同じ100度でもロイシンの場合、甘いチョコレートのような香りとなり、イソロイシンの場合、カビの臭いとなってしまいます。甘いカラメルのような香りを出してくれているのはアスパラギン酸で、パンの香りはリシンやプロリンが関係しています。
メイラード反応によって生じる褐色成分、「メラノイジン」には強い抗酸化作用があり、その力はビタミンEよりも強力とされます。味噌には優れた抗酸化作用がある事が知られ、色合いが濃い味噌ほど抗酸化力が強い傾向があるとされますが、味噌の抗酸化作用の大半はメラノイジンが担っているとされ、メイラード反応が単に美味しさを作り出しているのではないという事ができます。
メラノイジンはアミノ酸のグリシンと糖質が結合した物が多いほど活性酸素除去能力が高いとされ、アスパラギンとブドウ糖が反応するとアクリルアミドとなってしまいます。
アクリルアミドには神経毒性や発ガン性が懸念され、人に対して神経毒として働く事が確認されています。アスパラギンやブドウ糖は一般的な食品に広く含まれていて、高温の調理が行われ、メイラード反応が見られる食品にはアクリルアミドが広く含まれている事が考えられます。
今のところ一般的な食品に含まれるアクリルアミドの量では、神経毒として作用する事は考えられず、発ガン性についても食品に含まれ、ガンを防ぐ働きを持つメラノイジンと一緒に含まれている状態での危険性については評価ができていません。
結局、味覚や風味について複雑な働きを持つだけでなく、健康という点に関しても難しい問題を残しているメイラード反応ですが、こんがりと焼けた色合いに抗しがたい魅力を感じつつ、昔からそういうものとして存在していた現象を細かく分析したメイラード博士の偉業を称えたいと思ってしまいます。
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