第1900回 薄くない存在感



 真偽のほどは定かではありませんが、卵の殻を使って出汁を取ると、非常に良い上品な出汁が得られると聞かされた事があります。卵の殻は、ほとんどが炭酸カルシウムで、他に炭酸マグネシウムやリン酸カルシウムなどで構成され、有機物はごく微量しか含まれていません。そんな卵の殻からどのような出汁が取れるのだろうと不思議に思えてきます。

 人間の味覚は甘味や辛味、旨味以外にもカルシウムの存在を感じるカルシウム味を感じる事ができるので、そんな味覚を刺激する出汁が取れるのだろうかとも思えるのですが、卵の殻の内側には見過ごせない存在として「卵殻膜」があり、卵殻膜が出汁の素となっているのではと考える事もできます。

 卵殻膜は「薄皮」とも呼ばれ、一見、一枚の薄い皮のように見えるのですが、外卵殻膜と内卵殻膜という二枚の膜によって構成されています。18種類のアミノ酸を含んでいて、その中には旨味成分となるグルタミン酸やグリシンなども含まれている事から、それが出汁の素となっているように思えます。

 卵殻膜に含まれるアミノ酸は人の皮膚組織に近いとされ、古くからすり傷などには卵殻膜を貼っておくと治りが早いとされます。傷の治りが早くなる理由としては、人の皮膚を構成するⅢ型のコラーゲンを含んでいる事や、新陳代謝を促進するメチオニンの存在も上げる事ができます。

 卵殻膜には保湿性に優れたヒアルロン酸が多く含まれる事から、手作りの化粧水の素材として使われる事があります。人によって微妙に作り方は異なりますが、概ね生卵の殻をきれいに洗い、一晩水に漬けた後、卵殻膜を丁寧に剥がして容器に入れ、ひたひた程度のホワイトリカーを加えて一週間ほどで出来上がった原液を薄めて使われています。

 ヒアルロン酸は人の皮膚の細胞と細胞の間にあって、水分を保持して潤いを守る成分となっている事から、保湿を目的とした化粧水には適した素材という事ができます。最近では、関節炎を患って廃馬寸前だった競走馬の関節に、直接ヒアルロン酸を注射したところ、レースに復帰できたばかりか勝利を収める事もできた事から、関節炎や加齢による関節の不具合を治癒する成分としても期待を集めています。

 有用性の高い成分を多く含む卵殻膜ですが、これまでは水に溶けない事から工業的な利用が困難で、ほとんどが捨てられていました。最近、卵殻膜を水に溶けるように加工する技術や微粉末にする技術が確立された事から、さまざまな製品に加工する事が可能となり、化粧水や栄養補給のサプリメントに限らず、旨味の増強剤や美白効果のある素材、衣類などの線維原料としても使われるようになってきています。

 ゆで卵を剥く際、煩わしい存在に思えてくる卵殻膜ですが、改めてその内容を見てみると、捨てるにはあまりに惜しい素材のように思えてきます。剥け残った卵殻膜を食べてしまうと、とても不味く感じてしまうのですが、体には美味しい物と思わなければならないのかもしれません。


 
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第1899回 繋ぐもの



 コラーゲンというと真っ先に思い浮かぶのは、美容成分という事でしょうか。優れた保湿性を持つコラーゲンは多くの化粧品などに使われ、お菓子のゼリーやグミキャンディ、薬品や健康食品などのカプセルの原料となるゼラチンの元もコラーゲンとなっています。

 コラーゲンは皮膚や靭帯、腱、骨、軟骨などを構成するタンパク質の一種で、人体内のタンパク質の約30%がコラーゲンで占められている事からも、コラーゲンが体にとって重要な存在である事が判ります。

 多細胞生物の体を構成する大切なタンパク質であるコラーゲンが誕生したのは太古の昔、原生代の後期の事と考えられています。原生代の後期、地球は「全球凍結」と呼ばれる赤道付近を含め地球上が完全に凍り付くという状態を経験し、原生生物の大量絶滅が起こっています。

 地球が全球凍結を脱すると急激な気候変動などの影響もあって、大気中に大量の酸素が供給されて蓄積し、大気中の酸素濃度が上昇します。それまで大気中には酸素がわずかにしか存在しなかった事から、大量絶滅を免れた原生生物の多くが有害な酸素によって死滅してしまいました。

 そんな原生生物の中には有毒な酸素を逆に利用し、酸素を呼吸する事でより大きなエネルギーを発生させる事に成功した物も現れるになりました。そうした酸素を利用できるできるように進化した原生生物たちの間でコラーゲンは作り出されています。

 コラーゲンの生成には大量の酸素が必要であり、かつての酸素濃度が低い状態の地球上ではコラーゲンを生成する事が不可能となっていました。大気中の酸素濃度が上り、有害だった酸素をエネルギー生産に利用できるようになると、酸素を使ったコラーゲンの生成も行われるようになり、細胞同士を繋ぎ合わせる事に利用するようになって単細胞生物から多細胞生物への劇的な進化が実現されています。

 一言でコラーゲンといっても組成によって多くの種類が存在し、人間の体内だけでも30種類以上のコラーゲンがある事が確認されていて、Ⅰ型、Ⅱ型という形でローマ数字を割り振って区別されています。

 最も多いのが繊維性のⅠ型コラーゲンとされ、骨や腱、靭帯、真皮などに多く含まれ、中でも骨に大量に含まれています。骨の弾力性の確保や皮膚の丈夫さを確保する事に欠かせない成分となっていて、食品や医薬品に利用されるゼラチンが牛骨や豚皮から採られる事を考えると、このⅠ型コラーゲンが元となっているという事ができます。

 美容成分としてコラーゲンを含む化粧品の中には、塗布したコラーゲンが皮膚の表面から吸収されて、肌の張りを強化するといった事を標榜している物もありますが、皮膚の表面からコラーゲンが吸収される事はありえず、保湿性が高いコラーゲンが皮膚の表面に塗られている事によるしっとり感が最大の効能と考えられます。

 また、コラーゲンを食べたからといって必ず皮膚のコラーゲンが増加するという事もなく、他のタンパク質と同じように消化の過程でアミノ酸の状態にまで分解された後、吸収して利用されるので、コラーゲンを消化したアミノ酸でコラーゲンが生成されるとも限らない状態となっています。

 しかし、コラーゲンはグリシンとプロリン、プロリンが水酸化されたヒドロキシプロリンといったアミノ酸で構成されています。ヒドロキシプロリンには細胞を活性化させる働きがある事が知られている事から、日頃からコラーゲンを多く摂取している事で血液中のヒドロキシプロリン濃度が上り、損傷した線維芽細胞を刺激して再生を促す事が考えられるので、継続的なコラーゲンの摂取は美肌や各機関の修復に役立つと考える事もできます。

 よくコラーゲンが豊富とされるもつ鍋を食べて、次の朝起きると肌がつるつるになっていたという話を聞かされますが、少なくともそれはありえないと思いながら、継続は力という事がコラーゲンに関してもいえる事と思えてきます。体内でのコラーゲンの生成には酸素だけでなくアミノ酸のリシンやビタミンCも重要になってきます。継続とバランス、やはり健康の基本はその一言に尽きると思ってしまいます。


 

第1898回 黒と白のヤギ



 黒ヤギさんと白ヤギさんの手紙のやり取りに関する童謡が好きで、お互いのメッセージが通じない事にもどかしさを感じながら手紙が届くなり、つい食べてしまう様子に笑みがこぼれてしまい、ヤギという動物に好感をもってしまっています。

 毎年、雑草で埋まってしまう我家の庭を眺めながら、牛でも飼っていたら食べてしまってくれるのにと考えていたところ、牛は好き嫌いがあって、雑草であれば何でも食べるという訳ではなく、好みの草を選んで食べるという事を聞かされ、その点、ヤギは味覚が鈍く、何でも食べるので雑草の処理には適しているという事を知り、もっとヤギが好きになり、庭でヤギを放し飼いにするという事に憧れています。

 特にヤギが活躍する場面として、狭い田んぼがいく層も連なっている事で作業効率が低く、高低差も大きい棚田の雑草処理に山に適した上、何でも食べてくれるヤギは大変活躍するといいます。少し時間は掛かるかもしれませんが、本来であれば重労働となるはずの棚田の草取りがヤギの食事によって終わるというのは、とても素敵な事だと思えます。

 黒ヤギさんと白ヤギさんの童謡にあるように、ヤギというと紙が好物と思ってしまいます。実際、ヤギに紙を差し出すとちゃんと食べてくれます。しかし、本当のところヤギは紙を美味しいと思って食べている訳でもなく、紙が好物という事もないとされます。

 ヤギも牛と同じように4つの胃袋を持ち、何度も反芻しながら草や木の葉などといった繊維質を、ゆっくりと時間を掛けて消化しています。紙も植物と同じように繊維質によってできている事から、ヤギは紙を食べ物と認識して草や木の葉と同じように食べてしまいます。

 家畜化されているとはいえ、山という多様な食べ物に囲まれていた事が、消化可能な繊維質を含む物を食べ物と認識する事に繋がっていると考える事ができ、近縁の種でもヒツジは家畜化の過程で多彩な食べ物に接してこないうちに好みが変化し、紙を与えても食べ物と認識する事はありません。

 好き嫌いなく、いろんな物を食べられるというのは幸せな事だと日頃から思っているのですが、紙を食べる事ができ、好物と思われている事はヤギにとってあまり良い事とはいえなくなっています。

 かつての和紙のように繊維質であるセルロースだけなら良いのですが、今日の紙は多くの化学物質を含んでいたり、表面に艶を出すためにビニールなどによるコートが行われていたり、印刷のインクを含んだりしています。

 そうした化学物質によってヤギが消化不良を起こす事もあり、消化できない紙が消化器官に詰まってしまう事で、最悪の場合、死に至る可能性もあるとされます。そのため、食べるからといってむやみにヤギに身近にあった紙を与える事は危険とされ、紙がヤギの好物という思い込みはヤギにとって迷惑な事ともいえます。

 大好きな黒ヤギさんと白ヤギさんの童謡ですが、ヤギのためを思うと、「届いた手紙を食べようと思ったけど、食べられないと判断して捨ててしまった。さっきのお手紙、御用はなあに?」と歌詞を改めるのが良いように思えながら、何とも味気ない歌詞だと思ってしまいます。


 

第1897回 揚げた鶏の名



 から揚げが大好きで、自分でも揚げたり専門店を食べ歩いたりして楽しんでいて、日本唐揚協会認定のカラアゲニストなる怪しげな資格も取得していたりもします。そんな私の家から車で30分ほどの場所に温泉地の内牧があり、内牧近辺には「内牧風」とも呼べる独特なから揚げが売られています。

 内牧風のから揚げの最大の特徴は、衣にパン粉が使われている事で、食べやすい大きさに切り分けられた丸みのある姿は如何にもから揚げという感じですが、衣だけを見るときめが小さめのパン粉が使われているとはいえ、から揚げというより「チキンカツ」に見えてきます。

 から揚げとは食材に下味を付け、片栗粉などを薄くまぶして油で揚げた調理法の一つとなりますが、一般的にから揚げといった場合、鶏のから揚げを指すように鶏肉はから揚げの代表的な素材となっています。

 衣には多くの場合、片栗粉が使われていますが、片栗粉の代わりに小麦粉を使ったものや片栗粉と小麦粉をブレンドして使う例も見られています。片栗粉だけでは衣がカリっとし過ぎてしまい、小麦粉だけではふわふわした感じになってしまう事から、片栗粉と小麦粉のブレンドは目指す食感を求めての創意工夫が行われているという事もできます。

 衣に小麦粉を使って油で揚げるとなると「天ぷら」との関連が思い浮かび、小麦粉だけを衣に使っている物は「とり天」ではないかとも思えてきます。衣に小麦粉だけを使ったから揚げと鶏肉の天ぷらであるとり天の違いは、から揚げが鶏肉に小麦粉だけをまぶす事に対し、とり天は小麦粉と卵、水を使って作られた衣をまぶす事にあるといえます。しかし、から揚げの下味を付ける段階で卵黄や溶き解した全卵を使う例もあり、そうなると衣にも卵と水分が含まれる事から、とり天との違いが曖昧になってくるようにも思えます。

 鶏肉を油で揚げた代表的な料理の一つとして、チキンカツを上げる事ができます。チキンカツは火の通りが均一になるように、開いて厚さを揃えた鶏肉に小麦粉、卵、パン粉の順にまぶして油で揚げた物となりますが、店によっては小麦粉と卵、水を混ぜ合わせた天ぷらの衣をまぶした後、パン粉を付けて揚げるという作り方が行われていて、天ぷらに近い存在である事を伺わせてくれます。

 揚げた鶏肉をそのまま英訳した「フライドチキン」も、鶏肉を油で揚げた代表的な料理となっています。広義には鶏肉の揚げ物であればすべてがフライドチキンといえなくもないのですが、一般的にフライドチキンはアメリカ生まれの鶏の揚げ物で、南部の黒人のソウルフードに由来する物となっています。

 フライドチキンには主に小麦粉を中心とした衣が使われ、パン粉が使われる事は少なくなっています。鶏肉にではなく衣自体にスパイスなどを使って味付けがされている事もあり、衣の味と質感の違いがから揚げやとり天との大きな違いとなっています。

 同じようにアメリカ生まれの鶏肉の揚げ物料理に「チキンナゲット」があります。チキンナゲットは鶏肉の小片やひき肉を成型して衣を付けて揚げた物で、調理方法や鶏肉という共通点からフライドチキンを販売する店舗ではサイドメニューとして見掛ける事ができ、鶏肉の揚げ物の中では趣の異なる物となっています。

 同じから揚げでも下味にしょうゆとみりんを使ったタレを使い、衣に片栗粉だけを使った物は「竜田揚げ」と呼ばれます。揚げた際に白い鶏肉に染み込んだしょうゆが片栗粉の薄い衣を通して赤く見える事がモミジに見立てられ、モミジの名所である竜田川にちなんで名付けられたもので、から揚げの中の特異な例といえます。

 衣や味付けの違いで、単純に鶏肉を油で揚げるという料理に多くのバリエーションが生じています。パン粉を使ったから揚げに出会って思った事は、作り方や素材よりも食べた瞬間の印象が大事という事でした。にんにくが利いた塩味は、表面にパン粉の存在を感じながらもチキンカツではなくから揚げであると思わせてくれ、食の世界の奥深さを感じさせてくれます。


 

第1896回 黒の文化



 最近の時代劇ではほとんど見られなくなったのですが、時代考証がきちんと行われているものの中には、既婚女性は眉を剃って歯を黒く染めているものがあり、子供の頃、それがとても不気味に見えていました。

 歯を黒く染める「お歯黒」は日本固有の風習のように思われがちですが、中国南東部や東南アジアの一部地域にも見られ、必ずしも日本独自のものではないという事ができ、由来についても日本に古来から存在していたとする説や南方の民族によって持ち込まれた、インドから大陸経由で朝鮮へ伝わり、日本へ入ってきたなどとする説があり、どれも決め手に欠けているため、今のところ確たるものは判っていません。

 日本におけるお歯黒の歴史は非常に古く、古墳時代にはすでに草木や果実を使って歯を染める習慣があった事が、出土した人骨や埴輪から確認されており、日本最古の辞書とされる「和名類聚抄」にもお歯黒に関する記載が残されています。

 歯を黒く染める酸化鉄を使った染料は「鉄漿(かね)」と呼ばれ、鉄漿と書いて「おはぐろ」と読む事もあります。鑑真和尚が中国から日本へ来た際、鉄漿の製法も持参していたとされ、古来より日本に伝えられていたものよりも優れた製法であった事から、当初は仏教寺院の管理下に置かれたため、お歯黒と仏教が結び付けられて考えられる事もあります。

 平安時代には貴族の間に広くお歯黒が浸透し、女性だけでなく男性にも広まり、平家の武士の間にも元服の証としてお歯黒が見られています。武将の今川義元もお歯黒を行っていた事が知られ、桶狭間の戦でわずかな手勢の織田信長に討ち取られた事から、後に「お歯黒大名」と呼ばれて貴族文化に毒されたひ弱なイメージで描かれる事が多々あります。

 しかし、戦国時代、平家方の一部の武将には戦に赴くにあたり、首を討たれても見苦しくないようにと化粧をしてお歯黒も行われており、その当時の男性のお歯黒が貴族文化に毒された軟弱なものではなかった事を伺う事ができます。

 江戸時代に入ると貴族以外の男性の間ではお歯黒は行われなくなり、代わりに庶民の間でも既婚女性を中心にお歯黒が行われるようになり、農家では祭りや結婚式、葬式などの特別な場面でお歯黒が行われていました。

 明治2年(1870年)に貴族に対するお歯黒禁止令が出されると、民間でも徐々にお歯黒の習慣が廃れていき、大正時代にはほぼ消滅したとされ、現代の私達からは理解しがたいものに見えてしまいます。

 お歯黒という風習には黒く染められた歯を美しいと思う美意識もありましたが、歯を酸化鉄によって黒く染める際、歯の表面に酸化皮膜を形成し、歯を虫歯から保護するというメリットがあります。既婚女性を中心に行われてきた事には、栄養状態が良くない時代、出産などによって歯が弱る事を防ぐという知恵が隠されていたと考える事もでき、長く続けられてきた理由と見る事もできます。

 白い歯が美しいとされる今日では不気味にしか見えないお歯黒ですが、歯の表面に皮膜を作って歯を保護するという考え方が存在する事から、黒くこそならなくてもお歯黒の風習はまだ生きているようにも思えてきます。


 

第1895回 脂肪酸への懸念



 「諸外国ではすでに行われている事だから」、何か新たな事を行う際、よく聞かされる言葉ですが、諸外国ではすでに健康への悪影響が認められ、規制も行われているにも関わらずトランス脂肪酸に対して日本ではそれほど問題視される事も規制も行われていません。そんなトランス脂肪酸について、日本人の食生活では摂取量自体が少ないため、健康上の問題はないという報告が行われていました。

 報告を行ったのは内閣府の食品安全委員会の専門調査会で、独自にリスク評価を実施したところ多くの日本人はWHO(世界保健機関)が提唱する総エネルギー摂取量の1%未満という目標基準を下回る量しかトランス脂肪酸を摂取していないため、健康への影響は小さいとしています。

 脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられ、不飽和脂肪酸は水素結合の形から「シス型」と「トランス型」に分ける事ができます。そのトランス型の脂肪酸がトランス脂肪酸と呼ばれ、動脈硬化や心臓疾患のリスクを高める物として、食品中の含有量の表示や規制が求められています。

 トランス脂肪酸は人間にとって不可欠な物ではなく、油脂類の加工、特に常温では液体の不飽和脂肪酸を常温で固体の状態にするための水素添加などの加工を行う際に副産物としてできてしまう事から、「狂った油」「プラスティックオイル」と呼んで極端に危険視する例も見られます。

 植物から採られる不飽和脂肪酸にはほとんど含まれていない事から、「天然には決して存在しない物」「不自然な加工を行った結果生じてしまう物」といった意見もありますが、実際には牛などの反芻動物の体内にいる微生物がシス型の不飽和脂肪酸をトランス型に変化させてしまうため、牛乳や肉などにも含まれていて、食用油も酸化などに伴ってトランス脂肪酸が生成される事から、自然界にもトランス脂肪酸は存在していて、一時期、ダイエットに役立つとして話題になった「共役リノール酸」も天然に存在するトランス脂肪酸の一種となっています。

 また、トランス脂肪酸は人工物である事から体内で正常な代謝を行う事ができず、代謝異常を起こす事で免疫系に悪影響を与えてガンやアレルギー、1型糖尿病を発症させるという意見もありますが、EFSA(欧州食品安全機関)の「栄養製品・栄養・アレルギーに関する意見書」の中で「トランス脂肪酸もきちんと代謝され、エネルギーを供給している」という報告が行われ、ガンやアレルギー、1型糖尿病などの発症に関する疫学的な根拠は不充分とされています。

 かつて「植物油から作られるので健康的」とされていたマーガリンは、不飽和脂肪酸を多く含む油脂に水素添加を行って固形化する事から、副産物として生じるトランス脂肪酸を多く含む食品となっていて、マーガリンと同じ工程で作られるファットスプレッド、ショートニングなどにもトランス脂肪酸は多く含まれています。

 同じように植物油に水素添加を行って作られるカレールーにもトランス脂肪酸が多く含まれている事が考えられ、何度も火を通して熟成されて美味しくなったカレーには、加熱による油脂の酸化からさらに多くのトランス脂肪酸が含まれていると考える事もできます。

 そのように日本人の食生活にもトランス脂肪酸を含む食べ物が多い事から、本当に基準値を下回っているのだろうかと疑問を感じつつ、拒絶派の意見のような怖ろしげなリスクはないにしても、過剰摂取によって心臓疾患や動脈硬化、認知機能の低下といったリスクを高める事は確実とされているので、摂取量に充分気を配りたいと思っています。


 

第1894回 バナナと線量



 ここのところ、食材と放射能との関わりについて関心が高まってきている事を実感しています。これまで残留農薬や食品添加物といった事が食の安全を考える上での懸念事項となっていましたが、それに加えて放射能という新たな心配が加わり、さまざまな情報が錯綜している事もあって事をより難しく感じさせているようにも思えます。

 いつも何か事が起きるたびにある程度の情報開示を行い、判断を受け手の側に委ねても良いのではと思う事も多々あるのですが、なかなかそうはいかないらしく、逆に変な情報が流布されていたりもして困ったものだとも思えてしまいます。

 先日出会った「バナナを1本食べると20ベクレルの放射性カリウムを取り込みます。そのため100ベクレルの水を飲んでもバナナ5本分に過ぎず、安全です」の一言には、大いに疑問を持ってしまいました。

 確かにバナナは放射性物質を含んでいます。というと急にバナナが危険で、健康を考える上では避けておいた方が良い食材のように思えてくるのですが、バナナはカリウムが非常に豊富な食材で、バナナ100gあたり360mgほどのカリウムが含まれています。天然に存在するカリウムのうち0.0117%は放射性同位体であるカリウム40とされる事から、バナナは放射性物質を多く含んだ食材のような言い方をされてしまいます。

 カリウム1gあたりの放射線量は30.4ベクレルとされる事から、バナナ1本およそ150gの放射線量は約20ベクレル程度と算出する事ができ、放射性物質に汚染された100ベクレルの水を飲んでもバナナを5本ほど食べた程度なので、健康上大して問題視するほどの事ではないという考え方に繋がるのですが、一見正論のように思えるこの意見には非常に乱暴な部分が含まれています。

 放射線量として使われているベクレルという単位は、1秒間あたりの放射線の量を示しています。放射能と健康を考える上では単純な放射線の量よりも放射性物質を摂り込み、体内に放射性物質が存在している間に人体に影響を及すと考えられる放射線量を示す「シーベルト」という単位の方がはるかに重要になります。

 最近、汚染が懸念される放射性物質であるセシウム137とバナナのカリウム40を、それぞれ100ベクレル摂取したとしてシーベルトに換算するとセシウムは1.3マイクロシーベルト、カリウムは0.62マイクロシーベルトとなり、大きな開きが生じてしまい、ベクレルだけで比較する事の無意味さを感じてしまいます。

 バナナに関してもカリウムが豊富で身近な食材という事で引用されていますが、ジャガイモやリンゴ、スイカをはじめ、カリウムが含まれる食材には放射性同位体であるカリウム40が含まれていて、バナナさえ食べなければ放射性物質とは無縁かというとそんな事は全くなく、体に不可欠な栄養素であるカリウムを摂取する事はカリウム40も一緒に摂取する事となります。

 カリウムは生活習慣病に繋がるとして過剰摂取が問題視されるナトリウムの排出を促す栄養素とされるだけでなく、セシウムに似ている事から積極的にカリウムを摂取する事で体内に摂り込んでしまったセシウムの排出を促すという意見もあり、カリウムが豊富でベクレル値が高いとされたバナナが健康を大いに守ってくれる物と思えてきます。


 

第1893回 マスカー?



 最近、花粉症の方が増えた事やインフルエンザの大流行への懸念もあり、街中でもマスク姿の人を多く見かけるようになりました。何かが欠かせない人の事を「○○ラー」や「××イスト」のような呼び方をする事がありますが、マスクが欠かせない人が「マスカー」と名乗らないのは、好きで着用しているのではなく仕方なく着用しているためと思えてきます。

 かつてマスクというとガーゼが主要な素材となっていて、ガーゼは織り目が比較的大きな布である事から、ガーゼの織り目とインフルエンザウィルスの大きさの対比を身近な物に喩えると、ガーゼの織り目の大きさが学校にある25mプールに対しインフルエンザウィルスの大きさがサッカーボール程度とされるため、かなり無力な物のように思えてきます。

 そんなマスクの目の粗さをカバーするためにガーゼを重ねてマスクを作る事が通例となっていて、12枚や16枚、18枚、24枚、30枚と何故か4や6の倍数となっています。重ねる数が増す事で集塵性能が向上しますが、息苦しさや圧迫感が増してしまい装着感が悪くなってしまいます。

 ガーゼに代わってマスクの中心的素材となってきているのが不織布で、ガーゼよりも目が細かい事や薄い事、立体成型が可能な事もあり、集塵性能や装着感という点で大幅に向上した製品作りが可能となっています。

 インフルエンザの予防を意識したマスクの着用が増えてきてからは、「サージカルマスク」という言葉をよく聞くようになってきました。サージカルマスクの「サージ」とは手術や処置といった医療行為を指し、医療現場での使用に適う規格を備えたマスクという事になります。

 そんなサージカルマスクの中でも「N95マスク」と呼ばれるマスクは高性能のマスクとして知られ、インフルエンザの予防や感染の拡大防止に役立つマスクとして一般的にも使われる物となってきています。

 N95マスクの「N95」とは、米国の労働安全衛生研究所が提唱するN95規格をクリアして認可された微粒子用マスクという事を示し、「N」は耐油性がない事を「95」は試験粒子を95%以上捕集できる事を示しています。

 米国労働安全衛生研究所においてN規格用に用いられる試験粒子は、塩化ナトリウムなどを中心に空力学的に最もフィルターで集塵しにくい0.3μmの粒子が使われていて、それ以上の大きさやそれ以下の小ささの粒子は試験粒子よりも集塵されやすくなる事から、試験粒子を95%集塵できればそれ以外の粒子も95%以上集塵できるものとなっています。

 非常に高性能な集塵性能を持つN95マスクですが、意外な盲点があり、N95規格で保障されているのはフィルターとしての集塵性能のみで、装着後の密着性については保証されていません。そのため正しい装着が行われず、マスクと顔の間に隙間が空いてしまうとN95規格本来の性能は発揮できなくなってしまいます。

 最近のマスクは立体成型された物や緩やかなカーブを作るように幾筋かのプリーツが設けられた物が主流となり、凹凸が大きな部分はそれに合わせるためにアルミなどのフレームが挿入されていたりもします。うまく装着したつもりでも意外と息の漏れが生じている事があります。正しく装着して本来の性能を発揮させなければと思います。


 

第1892回 鼠?人参?キュウリ?


 父親は比較的早い時間に帰宅して晩酌をする人でした。そんな父親のために毎日違った肴が用意されていたのですが、寒さが本格化してくるとその中にカボスなどの柑橘系を搾った「ナマコ」が加わり、冬らしさを感じさせてくれていました。

 世界中には約1500種のナマコがいて日本の近海には200種ほどがいるそうですが、食用とされるのはその中の30種とされ、主にマナマコが流通しています。

 マナマコはその色合いから赤ナマコと青ナマコと呼ばれ、青ナマコのうち特に色合いが濃いものは黒ナマコと呼ばれる事もあります。近所の魚屋では赤ナマコの方が柔らかくて美味しいとして値段が高く、青ナマコの方が安価となっていました。

 それが漁港の牛深では青ナマコの方が柔らかくて美味しいと高価で、赤ナマコの方が安価となっています。そうした赤と青の評価の違いは日本全国で見られ、実際のところはどうなのだろうと思ってしまいます。

 よくグロテスクな食材について、「最初に食べた人は度胸がある」という言い方がされますが、ナマコもその一つとなっていて、文豪の夏目漱石も「ナマコを初めて食べた人の胆力には敬服すべきものがある」と書き残しています。

 その最初の一人がどのような思いで食べたかは知りようもありませんが、ナマコは非常に古くから食用とされていました。古事記にもナマコは登場していて、ナマコのギザギザの口が天孫降臨の際、アマノウズメノミコが海に生きる魚を集めて「私達の食べ物となって仕えるか」と問い掛け、ほとんどの魚が「喜んで」と答える中、ナマコだけが答えなかったので、「この口は答えられない口か」といって小刀で裂かれた結果という物語として描かれ、ナマコが意外とプライドが高い生き物として表現されています。

 古来、ナマコは「コ」と呼ばれていました。生で食べる際、生のコという事でナマコとなっていたのが今日の名称として定着し、ナマコをコと呼ぶ名残りはナマコの内臓の加工品である「このわた」や「このこ」、ナマコを塩水で煮た後、乾燥させた「煎海鼠(いりこ)」などに見る事ができます。

 日本では乾燥させた姿がネズミに似ている事から、海のネズミと書いて「海鼠」と表記しますが、中国ではナマコの強力な生命力が注目され、精力剤として珍重された事から「高麗人参」に匹敵する海の人参という事で「海参」と呼ばれています。英名は「シーキューカンバー」となっているので海のキュウリとなり、ナマコの姿を思い浮かべるとどことなく納得してしまいます。

 私の中では高価な食材というイメージが強いのですが、以前、奄美大島を訪れた際、海岸を散歩しているとナマコがたくさんいて、ナマコが多い海は豊かな海だと聞かされていた事を思い出していると、潮干狩りに来ていた近所の方々に奄美大島には、「ナマコを獲る生活」という言葉があるという話を聞かされました。

 台風の通り道ともなっている奄美大島では、台風によって一日にしてすべてを失ってしまう事も珍しくはなく、それでもしばらく待てば畑に芋ができるし、それも待てない時は海に出れば魚が手に入る。ナマコを獲る生活とは、そうした手段がすべて失われ、浜辺にいるナマコを獲るしかない最低の生活の事と教えられ、ナマコのあまりの評価の低さに驚かされた事があります。

 コリコリとした独特な固い食感を持つナマコですが、その食感の元となっているのがコラーゲンでコンドロイチンも豊富に含まれています。カルシウムやカリウム、マグネシウムといったミネラル類もバランス良く豊富に含んでいて、コラーゲンやコンドロイチンを含む健康食品が人気を集める中、注目されて乱獲されたり高値とならない事を願ってしまいます。


 

第1891回 昆布いろいろ



 子供の頃、汁物に入れられたとろろ昆布の独特な食感が好きで、うどんなどに入れられていると嬉しく思えていました。その頃は煮物などで目にする真っ黒い昆布と灰色がかったとろろ昆布が同じ物とは思えず、とろろ昆布はそうした種類の海藻なのだと思い込んでいて、後にその事を母親に話すと、とろろ昆布は普通の昆布から作られる加工食品である事を教えられました。

 その後、細かく刻んでお湯をかけるととろろ状になる事から、「トロロコンブ」の名を持つ海藻、チヂミコンブの存在を知ったのですが、通常はとろろ昆布といえばマコンブやリシリコンブの表面を削り出した物となっていて、糸状に削られていれば「とろろ昆布」、帯状に削られていれば「おぼろ昆布」と呼ばれています。

 昆布の繊維は非常に固いため、とろろ昆布に加工する際は「漬け前」と呼ばれる酢に漬けて柔らかくする事から始められます。一回5分程度の漬け込みを数回繰り返して一晩寝かせ、異物などを取り除いてから更に2日ほど寝かせてとろろ昆布への加工が開始されます。

 削りの工程を始める前に形を整えるために昆布の両端が切り取られ、切り取られた部分は「耳昆布」として扱われます。昆布の表面部分から削り始められ、表面部分は昆布の色素によって黒い色をしている事から「黒とろろ昆布」「黒おぼろ昆布」となります。

 表面近くの黒い層を削り終えると昆布は白くなる事から「太白地」と呼ばれ、表面のべた付きをなくして削りやすくするために数日おいて乾燥させ、削り出して「太白とろろ昆布」「太白おぼろ昆布」となります。

 太白地を削っていくと、やがてそれ以上削れない芯となる部分が残り、「霜地」もしくは「雪地」と呼んで正月の飾りやバッテラ寿司などに使われる「白板昆布」として扱われています。

 とろろ昆布の起源は、一説には江戸時代、文化・文政の頃(1804~1830年)、昆布の両端を中へ折り込んだ「島田結束」という状態で運搬されていた事から、乾燥が充分ではないと内側にカビを生じさせてしまう事が多く、カビが生じた部分を酢に漬けて柔らかくし、包丁で削り落としていた事が、昆布を薄く削ってとろろ昆布とする加工法に繋がったとされます。

 昆布を薄く均一に削るには熟練の技が必要であり、鋭利な刃物も必要となります。そのため、最終的な白板昆布を得る事ができる技術が確立されるのは「引き刃」という加工技術が確立されてからの事で、大正時代以降の事となっています。

 昆布とそれを削っただけのとろろ昆布ですが、固い繊維を削っている事から栄養素の吸収という点では、とろろ昆布の方が優れているとされます。最近では、血液中の中性脂肪の上昇を抑える働きやダイエット効果が注目され、常備する家も増えてきているとされます。食べ方が限られている印象があるので、何か新しいレシピでも考えてみなければと思ってしまいます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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