第1900回 薄くない存在感
真偽のほどは定かではありませんが、卵の殻を使って出汁を取ると、非常に良い上品な出汁が得られると聞かされた事があります。卵の殻は、ほとんどが炭酸カルシウムで、他に炭酸マグネシウムやリン酸カルシウムなどで構成され、有機物はごく微量しか含まれていません。そんな卵の殻からどのような出汁が取れるのだろうと不思議に思えてきます。
人間の味覚は甘味や辛味、旨味以外にもカルシウムの存在を感じるカルシウム味を感じる事ができるので、そんな味覚を刺激する出汁が取れるのだろうかとも思えるのですが、卵の殻の内側には見過ごせない存在として「卵殻膜」があり、卵殻膜が出汁の素となっているのではと考える事もできます。
卵殻膜は「薄皮」とも呼ばれ、一見、一枚の薄い皮のように見えるのですが、外卵殻膜と内卵殻膜という二枚の膜によって構成されています。18種類のアミノ酸を含んでいて、その中には旨味成分となるグルタミン酸やグリシンなども含まれている事から、それが出汁の素となっているように思えます。
卵殻膜に含まれるアミノ酸は人の皮膚組織に近いとされ、古くからすり傷などには卵殻膜を貼っておくと治りが早いとされます。傷の治りが早くなる理由としては、人の皮膚を構成するⅢ型のコラーゲンを含んでいる事や、新陳代謝を促進するメチオニンの存在も上げる事ができます。
卵殻膜には保湿性に優れたヒアルロン酸が多く含まれる事から、手作りの化粧水の素材として使われる事があります。人によって微妙に作り方は異なりますが、概ね生卵の殻をきれいに洗い、一晩水に漬けた後、卵殻膜を丁寧に剥がして容器に入れ、ひたひた程度のホワイトリカーを加えて一週間ほどで出来上がった原液を薄めて使われています。
ヒアルロン酸は人の皮膚の細胞と細胞の間にあって、水分を保持して潤いを守る成分となっている事から、保湿を目的とした化粧水には適した素材という事ができます。最近では、関節炎を患って廃馬寸前だった競走馬の関節に、直接ヒアルロン酸を注射したところ、レースに復帰できたばかりか勝利を収める事もできた事から、関節炎や加齢による関節の不具合を治癒する成分としても期待を集めています。
有用性の高い成分を多く含む卵殻膜ですが、これまでは水に溶けない事から工業的な利用が困難で、ほとんどが捨てられていました。最近、卵殻膜を水に溶けるように加工する技術や微粉末にする技術が確立された事から、さまざまな製品に加工する事が可能となり、化粧水や栄養補給のサプリメントに限らず、旨味の増強剤や美白効果のある素材、衣類などの線維原料としても使われるようになってきています。
ゆで卵を剥く際、煩わしい存在に思えてくる卵殻膜ですが、改めてその内容を見てみると、捨てるにはあまりに惜しい素材のように思えてきます。剥け残った卵殻膜を食べてしまうと、とても不味く感じてしまうのですが、体には美味しい物と思わなければならないのかもしれません。
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