第1921回 夏の牡蠣



 4月を迎え牡蠣の季節が終わろうとしています。海のミルクとまでいわれるほど栄養豊富な牡蠣は、海水が暖かくなる時期は食べない方が良いとされ、その時期が5、6、7、8月(May、June、July、August)と綴りに「R」が含まれていない事から、「牡蠣はRが付く月に食べる」といわれます。

 岩場などに付着すると一生、ほとんど動く事がない牡蠣は筋肉が退化してしまい、内臓が大半を占めるという特殊な体となっています。5月を迎え、水温が高くなってくると牡蠣は産卵期に入り、精巣と卵巣が非常に大きくなって食用に適さない状態になる事や、産卵に多くのエネルギーを費やしてしまう事から、蓄えられた旨味も失われてしまいます。

 牡蠣は岩場に付着して生活しているために、干潮時には海水から露出してしまう事も珍しくありません。殻の中に残された海水によって呼吸をする事はできますが、良好な棲息環境ではない状態にさらされる事から、非常に体力を消耗してしまう事が考えられるのですが、体内に豊富に蓄えられたグリコーゲンの働きによって海水から露出した状態でも1週間以上生きていられるといいます。

 それだけ豊富なグリコーゲンを産卵期のために蓄えるのが「R」が付く月で、「R」が付く月の時期とそれ以外の時期では、牡蠣は全く別な食材という事もできます。また、海水の温度が上がってくるとプランクトンの活動が活性化し、そうしたプランクトンの中には微量な毒素を持ち、それを牡蠣が捕食する事で牡蠣の体内に毒素が蓄積され、貝毒となってしまう事や、「R」が付かない月の時期は外気温も高くなる事から、流通過程での牡蠣の傷みも起こりやすいといった事も「R」が付かない時期に牡蠣を食べない理由として考える事ができます。

 そんな「R」が付かない時期、夏の真っ只中に旬を迎える牡蠣があります。「岩牡蠣」と呼ばれる牡蠣で、主に日本海の北側、山形や新潟、秋田などで採られていましたが、最近では産地も増え、養殖も行われるようになっている事から、一般的な水産物として流通するようになっています。

 岩牡蠣は夏に旬を迎える事から「夏牡蠣」と呼ばれる事もあり、「R」が付く月の時期に流通していた「マガキ」などが市場から姿を消す頃、入れ替わるように入荷してきて、マガキの3~6倍ともいわれる大きな姿で存在感を示してくれます。

 魚介類は大きくなると大味になるとして価値が下がる事がありますが、岩牡蠣は大きい物ほど価値が高く、特に天然物の方が大きさと価格が比例しているとされ、天然物と養殖物ではそれほど価格差はないとされます。

 マガキと比べて一個で充分にお腹が一杯になるほど可食部が大きく、マガキ同様に鉄分やカリウムなどのミネラル類、ビタミン類が豊富で、消化性多糖類でありすぐにエネルギーに変換できるだけでなく、旨味の素ともなるグリコーゲンを多く含んでいます。

 暑さが厳しい夏、日中の暑さが一段落したところで、よく冷えた栄養豊富な岩牡蠣で消耗した体力を補うというのも、冬の牡蠣にはない贅沢かもしれません。その大きさから揚げる事に少し手間が掛かりそうですが、岩牡蠣を使った「巨大牡蠣フライ」と伊勢海老を使った「巨大海老フライ」は、私の中でいつかやってみたい憧れの料理となっています。


 

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第1920回 サーロとラルド


 日本ではそれほどというかほとんど馴染みがありませんが、「サーロ」はウクライナの重要な伝統食とされ、日本でもお馴染みになっているボルシチや茹で餃子のような「ヴァレーヌィク」と並ぶ、ウクライナの三大伝統料理となっています。

 豚の脂身を塩漬けにして作られるサーロは、高カロリーな脂肪源として古くから重要視されていて、ウクライナのコサック兵はサーロを保存食として持参していたとされ、ウクライナの食文化はサーロを抜きにしては語れないほど重要な存在となっています。

 そうしたウクライナ人のサーロへのこだわりは笑いのネタにされる事もあり、ウクライナ人の事を「サーロ食い」と呼ぶ事あるというあたりもウクライナの食文化とサーロとの関わりの深さを伺う事ができます。

 かつてはパンと共に主食的な存在だったサーロですが、生活様式の変化や、現代的なダイエット志向、高カロリー食を避ける傾向から、少量を前菜として食べる物へと変化してきています。

 そんなサーロによく似た物に、イタリアの「ラルド」があります。ラルドは豚の皮下脂肪を塩やスパイスで漬けた物で、大理石の桶に漬けて作られるトスカーナ地方の「コロンナータのラルド」やモンテローザの「アルナのラルド」がよく知られています。

 ラルドというと言葉の響きからラードの事のような感じがするのですが、イタリアではラードは「ストゥルット」と呼ばれている事から、完全に別物である事が判ります。

 ラルドも古くから食べられていて、さまざまな食通達によってラルドについて語られています。16世紀、キリスト教皇の専属料理人だったバルトロメオ・スカッピによると、「ラルドは豚舎ではなく、森で育てられた雄の若い豚から採った物でなくてはならない」とされていて、ストレスのない環境で木の実などを多く食べて育った豚の脂身は、不飽和脂肪酸が多く、コレステロールが少ない事から、脂身でありながらさっぱりとした味わいになる事がその当時から知られていた事を伺う事ができます。

 ラルドは豚を無駄なく使い切る工夫の中から生まれた保存食であり、かつては「貧しい者の生ハム」といわれた事もありましたが、スローフード協会が「コロンナータのラルド」を取り上げてからは世界中の美食家の間にその存在が知られる事となり、評判となっています。

 日本でも「コロンナータのラルド」を手に入れる事はできますが、製法規定の一部が日本の輸入規定に抵触する事から、本物の「コロンナータのラルド」である「ラルド ディ コロンナータ」は存在しない事となります。

 日本で流通している「コロンナータのラルド」はコロンナータ村で採れる大理石を近隣の村に持ち出し、日本の輸入規定に抵触しないように作られた物で、「ラルド イン コンカ コロンナータ(コロンナータの大理石で熟成されたラルド)」が主になっています。

 コロンナータ村の大理石は非常に高濃度の炭酸カルシウムを含むとされ、それがラルドを熟成させる事に適した環境を作り出すとされます。そんなコロンナータ村の大理石は必要条件ではあるのかもしれませんが、充分条件とは思えないので、できれば紛らわしい名称は避けてほしいと思ってしまいます。

 サーロもラルドも地元の食文化に深く根差した伝統的な存在です。単に豚の脂身と簡単に片付けられない奥深いものを感じてしまいます。


 

第1919回 アバサー?



 以前、奄美大島を訪れた際、驚いた事の一つに小さな船着場で普通にハリセンボンが泳いでいるという事がありました。子供の頃、気に入ってよく眺めていた生物図鑑は、ふっくらと大きく膨らみ、たくさんの針を立たせるという過激な姿と愛らしい顔が対照的なハリセンボンが表紙を飾っていて、そのような珍しいものが手を伸ばせば届きそうな辺りに泳いでいるというのは、大変な驚きとなりました。

 その後、ハリセンボンは熱帯から温帯の海に広く分布するという事なので、熊本の海にはいなくても南西諸島や沖縄では珍しくないという事や、「針千本」といいながら実際の針の数は350本程度といった事を知り、普通に泳いでいてもそれほど驚くべき事ではないと判ったのですが、透明度が高い南のきれいな海の中をゆらゆらと泳ぐ可愛い姿は、思い出すたびに良いものを見たように思えてきます。

 浅い海の岩礁やサンゴ礁、砂底などに棲息し、数も多い事から沖縄や台湾などでは食用とされ、人気の食材となっていて、フグの仲間という事もあって、非常に美味しい白身の魚とされています。

 沖縄ではハリセンボンの事を「アバサー」と呼び、ハリセンボンを使って「アバサー汁」が作られます。ハリセンボンはフグと同じようにあっさりとした白身が特徴で、フグとは違い毒がない事から調理をするために「ふぐ調理師免許」が要らず、一般家庭で調理できるだけでなく、フグでは食べる事ができない肝も食べる事ができます。

 ハリセンボンの肝は泡盛と味噌で下味を付けた後、アバサー汁に溶かし込むと濃厚な美味しさを加えてくれるとされ、フグのようでフグにはできない食べ方をする事ができるようになっています。

 白身であっさりしていて、くせのない味わいのハリセンボンですが、アバサー汁にする際は「臭味消し」としてヨモギが加えられ、そのためにアバサー汁は緑色をしています。元々が淡白な味わいの魚なので、アバサー汁の風味はヨモギの方が勝っているという事もできます。

 ハリセンボンとヨモギ、豆腐を味噌で煮込んだアバサー汁は、沖縄の厳しい夏を乗り切る滋養食ともいわれ、暑気払いの食ともされています。千本ではなく350本ほどですが、丁寧に棘を抜いて湯引きにした皮も美味しいとされ、フグと同じようにから揚げにしても良いとされます。

 例外的に卵にだけは毒があるので、卵は食べられないそうですが、鋭い針に注意しながら調理すればフグよりも食べやすく、フグと同じくらい美味しい食材であるという事ができ、食材としての興味は湧いてくるのですが、船着場で見掛けた可愛い姿を思い起こすと食べる事に躊躇してしまいそうに思えてきます。


 

第1918回 不人気牛脂



 肉類というと真っ先に牛肉が思い浮かび、続いて豚肉、鶏肉の順で思い浮かんできます。肉類をイラストに描く場合も牛肉のサーロインステーキ、豚肉のロース、鶏肉は骨付きのモモ肉がイメージとして浮かんできます。

 最近は飼育法も普及したのか、驚くほど見事な「さし」が入った牛肉を見掛けます。本来、赤身であるはずの筋肉にそれだけの脂肪が入り込むのであれば、脂身の方はどうなっているのだろうと思ってしまうのですが、その答えの一環という感じで肉類の売り場の片隅にご自由にお持ちくださいという感じで小分けされた牛脂が置かれています。

 豚の脂身はラードやラーメン屋で見掛ける背脂として目にする事もありますが、牛の脂はそのような利用例があまり見られないように思えます。牛の脂をラードと同じように精製した物を「ヘット」と呼びますが、その言葉自体一般的でないと感じる事にも牛脂の利用が定着していない事を伺えます。

 ヘットはラテン語が語源となっているのですが、一般化していない事や、響きから「ヘッド」と呼ばれている例も多々見られています。牛の脂という事で売り場の片隅に置かれた脂身と混同されがちですが、厳密には精製された物を指す事からヘットを一般的に見掛ける事はかなり稀な事ではと思えています。

 ヘットの融点は35~55度とされ、常温での外観は非常にラードに似ており、動物由来の油脂という事で同一視される事もありますが、ラードほどにはヘットの利用は進んでいません。

 ラードの利用は揚げ物をカラっと揚げる事や炒め物などのこくを出す事に役立つとされ、揚げ物や炒め物用の油にラードを加えるという利用例をよく聞かされます。豚骨を由来としたスープのこくを出す事にも利用されていて、こだわりのラーメン屋の隠し味となる事も聞かされます。

 基本的にラードは豚の背脂を精製して作られ、100%豚の脂のみで作られた物は「純製ラード」と呼ばれます。精製した豚の脂にパーム油や牛脂を混ぜた物は「調整ラード」と呼ばれ、どちらも融点が低く、すぐに液状になる事から幅広い料理に利用されています。

 ラードが利用される理由として、融点の低さからくる使いやすさと特有の風味が上げられます。ラード特有のこってりとしたこくのある風味は、フライやラーメンに限らずハンバーグや餃子に練り込んだりしても使われています。風味という点では背脂よりも腹脂の方が優れているとされますが、原料の確保や使い勝手などの理由があるのか腹脂の利用はほとんど見られていません。

 ヘットがラードのように利用されない理由の一つに融点が高く、ラードのように使いやすくないという事があります。そのため食品としてよりも石鹸やろうそく、研磨剤などの工業原料として使用される事が多くなっています。

 脂肪という事で非常に不健康な物のように思えますが、オレイン酸などの不飽和脂肪酸が多く、コレステロール量はバターよりも低くなっています。風味付けという役割にも良い働きを果たしてくれ、特に牛肉の赤身を美味しくしてくれます。

 牛肉の美味しさは香りが大きく関わっています。和牛の美味しさを作り出している香りは、「ラクトン」と呼ばれる成分が元となっているのですが、ラクトンは赤身と脂肪が接する部分に生成されます。輸入牛肉は味わいに欠けるとよくいわれますが、表面に和牛の牛脂を塗っておく事でラクトン量が増え、味わいを改善する事ができます。売り場では無料にも関わらず持ち帰る人をあまり見掛けない牛脂ですが、使い方によっては面白い食材なのかもしれません。


 

第1917回 燃料の未来



 急にお菓子作りを思い立ち、不可欠な材料なのに「無塩バター」がないという事があります。冷蔵庫を見回してみると、かろうじて「有塩バター」なら充分な量があるという場合、水の中にバターを入れてもみ洗いをすると、水に溶けない乳脂肪分のバターはそのまま残るのですが、水に溶ける塩分は抜けてやがて有塩バターは無塩バターとなります。

 ちょっとした生活の知恵のようなものですが、似たような原理の作業を意外な所で見た事があります。その場所とはBDF(バイオディーゼル燃料)の製造所で、油を水で洗う事で溶け込んだ塩分を取り除くという事が行われていました。

 BDFはその名の通りディーゼルエンジン用の燃料で、バイオと付くだけあって生物由来の燃料となっています。諸外国において生物由来のディーゼル燃料として規格化されているのは「脂肪酸メチルエステル」のみとされますが、厳密な化学的定義はない事から、ディーゼルエンジンを問題なく稼動させる生物由来の燃料であればBDFと呼ぶ事ができます。

 エンジンを稼動させる燃料が石油由来の物ではないという事、ディーゼルエンジン用の燃料として馴染み深い軽油以外で稼動させるという事には違和感を感じてしまいますが、元来、ディーゼルエンジンは軽油を燃料とする事を念頭には開発されていません。

 ディーゼルエンジンはドイツの技術者ルドルフ・ディーゼルによって1892年に発明されています。軽油に限らずさまざまな液体燃料を使用する事ができ、エンジンとしてのバリエーションも得やすいという汎用性の高さが特徴となっていますが、開発当初、燃料とされていたのは「ピーナツ油」でした。

 シリンダーの中で一気に空気を圧縮すると、圧縮熱によって高温高圧の状態が作り出されます。その中へ引火性の低い燃料を噴射すると、高い温度と圧力によって燃料は自己発火して爆発的に膨張しながらピストンを押し下げる事で、ディーゼルエンジンは出力を得ています。

 引火性の低い燃料という事でピーナツ油を念頭に発明されたディーゼルエンジンですが、ピーナツ油は天候に左右されて価格や流通量が減少する事や、近隣のルーマニアで油田が発見された事もあって、安価で入手しやすい軽油や重油へとディーゼルエンジンの燃料は変遷し、今日では鉱物油ではない事に違和感を感じるほどになっています。

 そのためBDFの使用は特殊な事というより、原点に帰ったという事ができます。日頃から接しているサラダ油やオリーブ油、ラードや使用済みの天ぷら油でも燃料とする事ができるのですが、そのまま使用してしまうと粘度が高いために燃料ポンプを傷めてしまう可能性がある事から、原料となる油脂類にメチルエステル化と呼ばれる化学処理を施してグリセリンを取り除き、軽油に近い状態にして使用されます。

 BDFの製造自体はそれほど難しくなく、原料の油脂類にメタノールかエタノール、触媒としてのアルカリ剤を加えて反応させ、反応が終わったらアルカリ性を中和するために塩酸を加えて中和します。その段階で脂肪酸エステルとグリセリンに分かれているので、ドロドロしたグリセリンを取り除き、アルカリと塩酸が中和した事によって生じた塩分不純物を水で洗う事によって除去します。

 脂肪酸エステルは油なので、どれだけ撹拌しても水と混ざる事はないのですが、塩分は水に溶けて取り出されていきます。洗浄を終えたBDFや洗浄水を蒸留すると触媒として働いていたメタノールやエタノールを回収する事ができるので、それでBDF作りの作業は完了します。

 以前、BDFを充填した車を運転してみた事があるのですが、これといって走りに違いは感じられず、排気ガスの臭いが揚げ物屋の廃棄ダクトから出てくる煙の臭いのようだったという強烈な印象だけが残されています。

 大豆油やコーン油、菜種油でも作る事ができるのですが、最近では成長が早くて二酸化炭素をたくさん吸収してくれ、油脂がたくさん採れて食料と競合しない作物の研究が進められています。触媒となるアルコールもメタノールではなく、植物由来のエタノールの使用がよりエコとされていますが、その素材となるものには食料と競合しない物を使うようにしないと、かつての穀物相場のように異常な高騰を招く事が考えられます。

 化石燃料に依存した時代が続き、その中で確立されたライフスタイルを植物由来のものに置き換える事で維持するというのは、一つの未来の姿だと思います。それだけにそれを口実にした食料価格の操作だけは、あってはならない事だと思えます。たくさん作る事で二酸化炭素を吸収して温暖化という問題を解決し、燃料としての価格も下がる、BDFはそんな未来に繋がるものであってほしいと願っています。


 

第1916回 蒲鉾作り



 昨年の年末、年の瀬も押し迫ってから急に蒲鉾を作ろうと思い立ち、材料のアジを求めて数軒の魚屋をはしごする事となりました。結局、体長10cm程度の豆アジしか手に入らず、必要な量を確保するために30数匹を三枚におろしてすり身を作り、結構、大変な思いをしてしまいました。

 蒲鉾は古い時代、細い竹の棒に魚のすり身を巻き付けて作られていました。その姿が蒲の穂に似ていた事から「蒲鉾」と呼ばれるようになったとされ、食べる際は竹の棒を引き抜かれる事から、現代の感覚では蒲鉾というよりも竹輪に近い物であり、素材も海水魚ではなく淡水魚の鯰が中心となっていました。

 後に板付け蒲鉾が登場すると、竹に巻かれた蒲鉾は「竹輪蒲鉾」、板に乗った蒲鉾は「板蒲鉾」と呼ばれるようになりますが、竹輪蒲鉾は「竹輪」、板蒲鉾は「蒲鉾」と短縮され、原料も白身の海水魚となって今日に至っています。

 古い時代、白身の魚は大変高価な存在となっていて、白身の魚から作られる蒲鉾も高価なご馳走となっていました。生の魚よりも日持ちが利く事や見栄えも良い事から贈答品とされる事も多く、今日でも見られるようにおせち料理にも利用されていました。

 本能寺の変に倒れた織田信長の最後の晩餐のメニューにも蒲鉾は使われ、豊臣秀頼の大好物であったとしても知られる事から、蒲鉾はご馳走であった事が伺え、武家の結婚式には欠かせない存在であった鯛の代わりに細工蒲鉾も作られるようになり、巨大な鯛の細工蒲鉾を飾って式が終わると参列者に切り分けて配るという風習も見られています。

 蒲鉾は魚の白身の部分のみを使って作り、血合いや皮は使いません。捌いた切り身を水にさらし、血液や脂肪分を洗い流した後、すり鉢や石臼などですり潰して塩を加える事で独自の粘りを生じます。粘りは「足(あし)」と呼ばれる蒲鉾の歯応えに繋がり、足は蒲鉾の商品価値を左右するものとなります。

 足は白身に含まれる筋原繊維を構成している「ミオシン」が関与しているとされ、より良い足を得るためにはすり身に新鮮さが求められます。新鮮な魚を手早く捌き、冷水にさらしてすり身にする際も温度が上がらないように氷を加える事もあり、鮮度を保つ細かな工夫が行われます。

 新鮮なすり身に塩を加えて良質な足を出す蒲鉾ですが、多くの場合、冷凍のすり身が使われ、塩も「重合リン酸塩」である「ポリリン酸塩」が使われています。すり身は冷凍すると足が出にくくなってしまうのですが、ポリリン酸塩を加える事でタンパク質の保水性や弾力性を確保して強い足を出す事ができます。

 最近では、すり身を冷凍する事でタンパク質が変性しまう事を防ぐタンパク質変性防止剤として、オリゴ糖の一種である「トレハロース」が加えられている例を見掛けるようになっています。トレハロースを加えてから冷凍されたすり身は、通常の冷凍すり身のように足が失われる事がなく、トレハロース自体に魚介類の臭味を抑える働きがある事や天然由来の糖である事から、利用例が増えてきています。

 蒲鉾は切り身を水にさらしてタンパク質以外を極力除いて作られる事から、原材料の魚肉の味が薄まってしまっているのでさまざまな調味料を使って味付けされます。食感を改善するためにデンプンも加えられ、おでんなどの加熱調理を前提にした物ほどデンプンが多く加えられています。

 すり身だけで作られた蒲鉾は加熱調理する事で固くなってしまって、美味しさが損なわれる事からデンプンが加えられるのですが、生食用の蒲鉾にもさまざまな用途に対応できるようにデンプンが加えられています。

 さまざまな工夫を凝らして作られる現代の蒲鉾ですが、織田信長や豊臣秀頼に献上するとどのような評価を受けるのか、手作りの蒲鉾との質感や味の違いを感じながら考えてしまいます。


 

第1915回 白いトレー



 毎日料理をしていると、意外なほど溜まってきて困る物に「食品トレー」があります。食材を販売用の一単位に小分けする際に使用されている物ですが、店や売り場によって微妙にサイズが異なり、うまく重ならない物などもあって、気が付くと溜めていた袋の中でかさばってしまい、いつの間にこんなにと思ってしまいます。

 食品トレーはポリスチレンの樹脂を発泡させて固めて作る「発泡スチロール」で作られています。発泡スチロールは非常に軽くて丈夫であり、優れた断熱性も兼ね備えている事から肉や魚をはじめとした食品のトレーとしては最適な素材という事ができます。

 ポリスチレンは安価でリサイクル性にも優れている事から、スーパーの入り口付近で専用の回収ボックスが用意されている場面も多く見掛けます。きれいに洗ったトレーがある程度の量になったら、回収ボックスへ持っていくようにしているのですが、それ以前は細かく手で千切って生ゴミに混ぜていました。

 ポリスチレンは発泡させて利用する以外にも発泡させずに利用する例もあり、硬質で透明感がある事から食品トレーとして利用される事もあります。行き付けのスーパーの一軒では、何故か鶏肉だけが発泡させていないポリスチレンの透明なトレーに乗せられ、牛肉や豚肉、魚介類などは発泡させた白いトレーに乗せられています。

 同じポリスチレンなので発泡の有無に関わらず平等に扱ってほしいのですが、回収ボックスによっては無発泡の透明なトレーはお断りという場所もあり、強度を出すために格子状の凸凹が設けられていて洗いにくいので、無発泡のポリスチレントレーはあまり好きではない物となっています。

 化学的な組成でいうとスチレンの単体はエチレンにベンゼン基が付いた物なので、炭素を多く含むという特徴があります。焚き火などで発泡スチロールを燃やすと多過ぎる炭素のせいで不完全燃焼してしまい、多量の煤が出る事から如何にも悪そうな真っ黒い煙が出てしまいます。

 酸素を充分に供給しながら燃やすと完全燃焼する事から黒煙は出ないのですが、豊富な炭素が高いエネルギーを発生しながら燃焼するため、古い焼却炉では炉を傷めるとして敬遠される事もあり、古い焼却場を使っている地域ではポリスチレンの製品を「不燃物」として扱う事もあります。

 しかし、最近ではどちらかというと生ゴミの比率が高く、焼却炉内の熱量不足に苦しむ焼却場が多いため、ポリスチレン製品が多く含まれていると焼却時に燃料を投入する量が少なくて済む事から、ポリスチレン製のゴミは歓迎される傾向があるといわれます。

 近頃、芋類の一種である「キャッサバ」から採ったデンプンを使った生分解性を高めたトレーも見られるようになってきていますが、価格面を含めた多くの優れた特性から、これからも食品トレーの主流はポリスチレンが占める事となると思っています。

 重量の割りにはゴミの嵩を増やしてしまったり、家庭で燃やすと真っ黒い煙を出してしまう事、石油由来の製品である事など、何かと悪者視されがちなポリスチレン製品ですが、きちんとリサイクルさせる、きちんと燃焼させるという事さえできれば良い物であるという事ができます。


 

第1914回 国産不可


 黄色い麺というと、真っ先に中華麺が思い浮かびます。かん水のアルカリが小麦粉に含まれるポリフェノールに反応して、独自の黄色い色の発色に繋がっているのですが、それ以外の黄色い麺となるとパスタが思い浮かんできます。

 パスタはうどんや素麺、中華麺などと同じく小麦粉を主原料としていますが、他の麺類とは明らかに質感が異なる物となっています。原材料に卵を使う点は他の麺類とは異なっているのですが、それ以上にパスタを他の麺類と異なる物としているのは、主原料となっている小麦粉にあるという事ができます。

 パスタに使われる小麦粉は「デュラムセモリナ」と呼ばれる特殊な物で、デュラムとは小麦の品種を、セモリナは小麦を粉に挽く際の挽き方を指している事から、デュラム小麦を粗挽きにした粉がデュラムセモリナとなっています。

 デュラム小麦はガラス質と呼ばれる半透明の硬い胚乳を持ち、超硬質ともいわれるほど硬い麦として知られています。タンパク質が非常に多く含まれ、デュラム小麦から作られる小麦粉は強力粉よりもはるかに粘りを持つ超強力粉となり、うどんや素麺、中華麺や天ぷらなどには向かない小麦粉となります。

 手打ちの生パスタの場合、うどんや素麺などと同じように全ての材料を混ぜ合わせた後、空気を抜くように捏ね上げて仕上げられます。機械を用いる場合は一旦捏ね上げられた生地を機械に入れ、空気を抜きながら圧力を掛けて押し出しながら成形されます。空気を抜いて圧力を掛ける事で独自のこしと粘りや透明感が出るとされ、パスタの特徴の幾つかを形作る事となっています。

 デュラム小麦の生産は、イタリアを中心としたヨーロッパかカナダが主要な産地となっていて、ヨーロッパで採れた物はほとんどが現地でパスタに加工される事から、小麦粉として輸出しているのはカナダ産が中心となります。

 日本でも困難が伴うとされますが、デュラム小麦の栽培は可能となっています。しかし、日本で栽培を行うと地質や気候の関係からか、収穫されたデュラム小麦に本来の性質が見られず、強力なグルテンの生成もない事から国産のデュラム小麦では美味しいパスタ作りは不可能と考えられています。

 パスタの普及がはじめられた頃は、パスタがそれまで日本人が馴染んできた麺類とは性質が異なるため、日本人の好みに合わせられるようにデュラム小麦のセモリナ粉に通常の小麦粉である強力粉が混ぜて製造されていました。

 その後、パスタが広く普及するとデュラム小麦のセモリナ粉100%で作られるようになり、今日、ほとんどの製品がデュラムセモリナ100%で作られた物となっています。茹でる際の水質が本場のイタリアと日本では大きく異なる事から、日本の軟水を使って茹でる場合はデュラムセモリナ100%ではなく、通常の強力粉を若干含んでいた方が美味しいという意見もあり、一理ありとも思えます。

 イタリアでは1967年に施行されたパスタ法580条によって、乾燥パスタを製造する際はデュラムセモリナを原料とするように製造業者に義務付けています。日本ではそうした制約はありませんが、一つの食文化としてデュラムセモリナ100%を尊重するのか、美味しさへの工夫や食文化の多様性として日本生まれの強力粉ブレンドとするのか、一度並べて食べ比べてみて、美味しい方を結論としたいように思えています。


 

第1913回 湯治という文化



 湯治というと伝統的な民間療法で、温泉に浸かる事で傷や疾患が癒されるという大変ありがたいものに思えます。火山を多く持つ日本では各地に自噴する温泉が点在し、古くから温泉の利用が行われ、経験的に温泉の効能も知られていた事が考えられます。

 仏教が伝来すると教えの中で「病を退け、福を招来するもの」として入浴を奨励していた事や、「仏説温室洗浴衆僧経」と呼ばれる経典の存在、僧侶が施しの一環として施浴を行った事なども湯治の普及に繋がっています。

 しかし古い時代、湯治を行うのは権力者などの一部の人に限られていたとされます。湯治は温泉地に長期間滞在してゆっくりと傷や病を癒すものである事から、それだけの期間、何らかの生産行為を行わずに生活の糧を確保する事が難しかったため、一般庶民には湯治がとても贅沢なものとなっていたと考える事ができます。

 鎌倉時代の中期には大分県の別府にある浜脇温泉に大友頼康によって温泉奉行が置かれ、楠温泉と共に元寇の役において負傷した戦傷者の保養が行われ、湯治が一部の権力者以外にも行われるようになっています。

 庶民の間でも湯治が盛んに行われるようになるのは江戸時代以降の事とされ、最大の理由として街道が整備された事によって遠方への往来が容易になった事が上げられます。また、平和な時代が訪れた事で、合戦に労働力を取られる事がなくなり、生産性が向上した事や農閑期という時間が生じた事も、蓄積した疲労や慢性的な疾患を癒す湯治の普及に繋がっています。

 湯治を目的とした温泉地は「湯治場」と呼ばれ、観光による短期滞在を前提としていないため、娯楽施設が併設されておらず山間僻地の質素な温泉地という独特の雰囲気を持つものが多くなっています。

 多くの場合、湯治場では自炊が前提とされ、宿泊者自らが食事を用意する事となっています。長期滞在者の金銭的負担を軽減するためともいわれますが、湯治客のほとんどが療養のために訪れている事から、症状に応じたさまざまな食事制限が存在し、症状改善のために重点的に摂るべき栄養素を含む食材も異なってくる事や、同じ宿に長期連泊する事で栄養の偏りが生じる事を防いだり、普段と変わらない食事を行う事で心身共に落ち着かせる効果もあるとされます。

 源泉温度が高い湯治場では、宿泊者向けの共同炊事施設に蒸気を使って調理する「地獄釜」が設けられている事があり、朝市や行商などで得られる新鮮な食材を、ヘルシーな調理法として最近人気が高まっている蒸し料理にする事ができ、食の面でも療養を行う事ができるようになっています。

 明治時代以降、近代医学が普及、発達しても江戸時代に根付いた湯治文化が廃れず残されている背景には、温泉という大地の恵みによって自らの治癒力を高めて傷や疾患の療養に当たるという古くからの知恵の活用という事があり、現代の医学でも治療が困難とされた病の治癒を期待して湯治を行う人の多さがそれを証明してくれているように思えます。


 

第1912回 照射について



 1900年、フランスのポール・ヴィラールによって透過性が非常に高く、電荷を持たない放射線が発見され、1903年にはイギリスのアーネスト・ラザフォードによってその放射線に「γ線(ガンマ線)」の名称が与えられています。

 構造が不安定で時間と共に放射性崩壊を起こす放射性同位体が崩壊した際、質量や陽子、中性子などの比率は変わってしまったのに原子核の中には過剰なエネルギーが残されている事があります。そうした残存エネルギーを放射線として放出する事で原子核は安定的な状態を取り戻そうとし、その際に放出されるのがγ線とされます。

 一般的にγ線の発生源としてはコバルトの放射性同位体である「コバルト60」が使われる事が多く、天然のコバルトを原子炉内で中性子線にさらす事で崩壊させ、γ線を放出する状態にして利用されています。主な利用法としては医薬品や医療廃棄物、食品などの滅菌処理、溶接部の状態を確認するための工業的X線写真などに使われていますが、そうした中で最も身近なものとなると食品の滅菌処理ではないかと思います。

 食品にγ線を照射して殺菌や殺虫を行い、貯蔵期間の延長を図る技術は「食品照射」と呼ばれ、環境に対する悪影響や残留性が認められる農薬などの薬剤に変わる新たな手段として注目されています。

 γ線の発見より5年前、1895年にX線が発見されていた事もあり、1900年頃にはX線を照射する事で微生物を死滅させる事ができる事が知られていました。1940年頃にはジャガイモなどの根菜類に放射線を照射する事で発芽を防止して、安定的に貯蔵できる事が知られるようになります。1942年にはマサチューセッツ工科大学において、アメリカ陸軍の依頼を受けたX線の照射による整形して焼く前の状態のハンバーグの保存性を高める研究が進められています。

 食品照射が行われる以前は同様の効果を求めたものとして、酸化エチレンガスや臭化メチルのガスが使われていましたが、酸化エチレンガスはIAEC(国際ガン研究機構)において明らかな発ガン性があるとされる「発ガン性1」に分類され、それ以降、日本やEUでは食品の殺菌や害虫駆除の目的では使用されなくなっています。臭化メチルガスについては、オゾン層破壊物質として指定を受け、それ以降は各国での使用が抑制される物となっています。

 現在、世界的に最も多く食品照射が行われているのは、香辛料とされます。香辛料は風味が損なわれてしまう事から加熱殺菌する事が難しく、少量とはいえ直接摂取する事から、薬剤などによる殺菌や殺虫は避けるべきものという事ができ、食品照射が最も有効な手段であるという事ができます。

 香辛料以外では肉類への照射が増えてきていて、O-157による食中毒を防止する有効な対策とされています。肉類も香辛料と同じく殺菌のために加熱して出荷する事や、調理の直前によく水洗いするという事がないため、薬剤による殺菌や殺虫処理は難しい食材であり、食中毒の危険性を考えると食品照射の必要性が感じられてきます。

 今のところ食品照射の安全性についてはFAO(国連食糧農業機関)、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)による食品照射合同専門家委員会において1980年に「10キログレイ以下の照射食品」の安全宣言が行われ、WHOは1997年に10キログレイという上限を撤廃して30~50キログレイの照射を受けた食品でも安全という宣言を出しています。2003年に開催されたCODEX総会では10キログレイという上限値が引き継がれているので、10キログレイ以内の照射であれば安全と考える事もできます。

 照射による栄養素の損失についても10キログレイまでの照射強度では、栄養の減損は見られないとされ、50キログレイまで強度を上げると微小な減損がみられたとされます。しかし、その量は加熱調理した場合と似たような傾向で、唯一、ビタミンB1のみが破壊されるという事が確認されています。

 さまざまな研究結果が安全である事を示し、実際、同じ働きを薬剤で行った場合の事を考えるとリスクは極めて低いように思えながら、放射線の照射という言葉の響きにはアレルギーのような拒否反応を示してしまいます。日本人はレントゲンによるX線の被爆量が、諸外国と比べて極めて高いとされます。放射線について、もっとよく学んでおかなければと思ってしまいます。


 
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