第1941回 植物と動物
とても身近な存在なのに一度も直接見た事がないもの、その一つに細菌があると思います。空気中から皮膚の表面、体内まで、日常的にさまざまな種類の膨大な数の細菌に囲まれながら、その小ささのために顕微鏡の力を借りなければ姿を見る事はできません。
姿は見えないほど小さくても細菌たちが日常に及ぼす影響は大きく、健康を維持する事に貢献したり、食べ物を美味しくする、保存性を高めるといった良い働きもすれば、食べ物を食べられない状態にしたり、死に至る毒素を作り出す、生命には関わらなくても健康を害するなどの困った働きをするものもいます。
そうした多彩な働きを持つ細菌たちの中で、最も良い働きを発揮してくれているものとして真っ先に思いつくのが「乳酸菌」ではないかと思います。乳酸菌はその名の通り代謝によって乳酸を作り出す細菌で、ヨーグルトや漬物の発酵に関わっているだけでなく、腸内細菌として健康を支えている事でも知られています。
日頃から馴染んでいる乳酸菌という名称ですが、一言で乳酸菌といっても単一の種の細菌を指すものではなく、乳酸を作り出すという働きを持つもの全てを総称しているため、乳酸菌といっても性質が異なるものが多く存在しています。
大きく乳酸菌を分ける場合、発酵の過程で乳酸のみしか作り出さないものを「ホモ乳酸菌」、アルコールや酢酸など乳酸以外の成分も生成するものを「ヘテロ乳酸菌」と分類します。また、形状が丸い球状のものを「乳酸球菌(にゅうさんきゅうきん)」、棒状の細長い形状のものを「乳酸桿菌(にゅうさんかんきん)」と呼んで分ける事もあります。
その他の分け方として、「植物性乳酸菌」「動物性乳酸菌」という言葉を耳にする事があります。乳酸菌は細菌なので植物、動物といった分類とは無縁なのですが、発見される環境の違いからそのような呼び名が使われるようになっています。
植物性乳酸菌は漬物などの植物系の食品から見付かる事が多く、野菜や穀物、果物などの植物素材を発酵させる事から「植物性」と呼ばれています。漬物の酸味は植物性乳酸菌が生成した乳酸によるものである事が多く、ザワークラフトやなれ寿司も発酵によって生じた乳酸の酸味を利用しています。
動物性乳酸菌はヨーグルトなどの乳製品から見付けられ、乳糖から乳酸を作り出す働きを持っています。牛乳の中に含まれる乳糖を動物性乳酸菌が分解して乳酸を生成する事で牛乳のpHが下がり、酸性になる事で牛乳のタンパク質が凝固してヨーグルトは固まり、pHが下がった事で雑菌の繁殖を防いでいます。
動物性乳酸菌が乳糖のみを分解する事に対し、植物性乳酸菌はブドウ糖や果糖、ショ糖、麦芽糖などさまざまな糖分を分解して乳酸を作り出します。漬物などのように他の細菌が棲息する事が不可能なほどの塩分濃度や、ザワークラフトやなれ寿司のような強い酸性の中でも植物性乳酸菌は生存が可能で、盛んに活動する事から生きて腸まで届くプロバイオティクス食品の素材として植物性乳酸菌は注目を集めています。
乳酸菌やプロバイオティクスというとヨーグルトが思い浮かび、発酵バターやチーズといった東欧諸国の食文化を連想してしまいます。そんな乳酸菌の中で植物性の乳酸菌というと、新手の特殊な存在のように思えてくるのですが、日本では古くから漬物や味噌といった日常的な物を通して接してきています。日本に限らず植物性乳酸菌を使った伝統的な発酵食品は世界中に存在し、乳酸菌との関わりの古さとプロバイオティクスの歴史の長さを感じてしまいます。
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