第1962回 過剰の理由
最古の調味料というと塩ではないかと思います。沿岸部にいれば海水を使って簡単に塩味を付けたり、海水を乾燥させれば少量ではありますが粉末の塩を手に入れる事ができます。
内陸部となるとまとまった塩を手に入れるには岩塩を探すしかなく、塩は急に貴重な物となってきます。沿岸部でも単純に海水を乾燥させただけでは微量の塩しか手に入れる事ができないので、まとまった量の塩となるとやはり貴重品であったという事ができます。そのため古代ローマでは塩が兵士の給料として支給され、今日、給料の事を指す「サラリー」の語源ともなっています。
中国やヨーロッパ諸国では塩税として塩に対する課税が行われ、塩を巡って一揆や暴動も発生しています。有名なところでは1930年にガンジーが行った「塩の行進」が知られ、イギリス植民地政府が行った塩の専売に対する抗議行動は、その後のインド独立へと向けた動きの大きな力に発展したとされます。
今日、製塩技術は大いに発展を遂げて大量に安価な塩を作り出す事が可能となった事から、塩は貴重品という意識はなくなり、どちらかというと塩分の過剰摂取を意識しなければならないなど、どこか悪者のような感じもしてしまい、かつて給料の一環として支給された事や塩のために暴動が行われた事など考えられない事のように思えてきます。
塩は体内ではナトリウムとして、浸透圧の調節や神経の伝達に深くかかわっています。体を維持していくために欠かせない成分である事から、食べ物の中に塩分が含まれている事を感知する事ができるように、基本的な味覚の中には塩味が含まれています。
味覚の中に塩味が含まれ、ある程度の塩味を美味しいと感じる事は必要なナトリウムを確保して健康を維持しようとする機能だといえます、しかし、必要以上に過剰な塩分を求めてしまう事については幾つかの仮説が出されてはいるのですが、はっきりとした理由は判っていないとされます。
肉食動物は獲物の血液などを通してナトリウムを摂取する事ができます。それに対し草食動物や一部の雑食動物は通常の食事ではナトリウムが不足する事から、別途、塩分を求める必要が生じます。希少なナトリウムは体内に摂り込んだほとんどが吸収される事に対し、体内でナトリウムと対になって働き、ナトリウムと同じくらい重要な成分でありながら、植物を通して容易に摂取する事ができるカリウムは体内に摂り込まれてもあまり吸収されない事を見ると、雑食動物である人が常に塩分を求める理由が判るようにも思えます。
進化の過程で不足しがちな塩分を求める傾向が強まり、過剰に摂取しておく事で急な脱水症状に備えたり、腎臓の機能を発達させて余剰となる塩分を排出するようにして対処してきたと考える事ができます。
また、新生児は塩分には関心を示さず、塩味の物を受け付けないのですが、生後4ヶ月を超えたあたりから生理食塩水程度の塩分濃度を受け付けるようになってきます。さまざまな受容体が発達するこの時期に多くの塩分と接しておくと、後々塩分を過剰に摂取する傾向が強くなる事が知られており、過剰に塩分を求めてしまうのは、後天的に得た嗜好とする仮説も存在します。
環境による要因もいわれており、塩分が豊富な環境下では塩分を摂り過ぎる傾向が強まる事から、日頃から豊富な塩分に接している事で塩辛い味に慣らされていき、より塩分が強い味を求めるようになるとも考えられています。最近の研究では、塩味には依存性がある可能性も示唆されていました。最古の調味料でありながら、時代の変化で付き合い方が大きく変わってしまった塩分との上手な付き合い方を考えなければと思ってしまいます。
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