第1983回 終りの日を前に



 相次いだ食中毒の発生を受けてこの7月からは、飲食店でのレバ刺しの販売や提供が禁止となります。禁止を前に焼肉店などでは「今のうちに」というお客さんで賑わい、ちょっとした特需状態となって店によっては禁止される日を待たずに在庫切れから販売終了となる可能性も出てきているといいます。

 最近は若い女性に焼肉店のメニューの話をしても普通に話が通じ、好きなメニューを聞くとレバ刺しやユッケといった生食の名前が出てきます。デートの際に立ち寄る食事の店で焼肉店という事にも抵抗感が感じられなくなり、かつての体育会系やオヤジ臭いといったイメージは完全に過去のものという感じがします。

 焼肉店で供される肉の生食メニューもかつての「通」が好む物といったイメージから、ヘルシーやカロリーが低い、美容に良いといったこれまでとは異なる捉え方をされていて、生で肉を食べるという事が広く普及している事を伺う事ができます。

 日本には「刺身」という食文化があり、新鮮な物は生でいただく事で素材本来の味を充分に堪能できるといった考え方があり、生で食べられるほど新鮮という品質を「サシミクオリティ」と呼ぶなど、世界の食文化にも影響を与えています。

 そうした文化的背景もあり肉を生で食べるメニューは広く浸透していったのですが、肉を生で食べるという事はそれまで日本で行われてきた魚を生で食べるという事とは、大きく異なるリスクにさらされる事はあまり意識されていません。

 魚を生で食べる事に関するリスクとしては、食中毒の原因となる細菌の「腸炎ビブリオ」やアレルギー物質の「ヒスタミン」、寄生虫の「アニサキス」や貝類に多い「ノロウィルス」などが知られています。肉を生で食べる事については、卵や鶏肉で知られた「サルモネラ菌」や家畜類の常在菌の「カンピロバクター」、牛の腸内に多い「腸管出血性大腸菌」などを上げる事ができます。

 肉を生で食べる事で起こる食中毒の多くはカンピロバクターと腸管出血性大腸菌によって占められ、どちらも魚にはいない菌である事から、肉を生で食べる事固有のリスクという事ができます。中でも腸管出血性大腸菌は牛の腸内に多い事から、牛肉由来の食中毒として牛肉の消費量が多いアメリカでは、腸管出血性大腸菌による食中毒を指して「ビーフ病」という言葉さえ存在します。

 腸管出血性大腸菌による食中毒の恐ろしさは、強力な「ベロ毒素」と呼ばれる毒素を作り出し、重症化すると溶血性尿毒症症候群や痙攣や意識障害といった脳症を引き起こし、死に至る事もあるだけでなく、腸管出血性大腸菌自体が非常に酸に強く、胃酸によっても死滅することなく腸管内に侵入して感染する事にもあります。

 また、腸管出血性大腸菌は僅かな菌数でも発症する事から、他の食中毒菌のように発症するのに充分な数になるまで増殖する時間を必要とせず、数個から数十個という極めて僅かな数で感染を引き起こす事ができるため、鮮度は安全の基準の目安に全くならない事が判ります。

 以前、このコラムでも触れた事があるのですが、食肉の処理施設の中で生食が可能な肉を出荷できる施設があまりにも少な過ぎる事や、「処理したての新鮮そのもので、刺身でも大丈夫」という事を鵜呑みにしてしまう事が一連の食中毒の背景にはあったように思えます。

 レバ刺しやユッケなど、すでに定着した食文化が消えてしまう事は寂しい事ですが、安全性の確保ができないのならば仕方のない事のようにも思えてきます。結局、一度も食べる事なく終わりそうな肉の生食メニューですが、特需状態とまでいわれる駆け込み需要に走る人々の中に何事もなく終了の日を迎える事、いつの日にか有効な殺菌方法が発見されて、食文化として復活する日が訪れる事を願っています。


 
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第1982回 未来の廃棄物



 以前、BDF(バイオディーゼル燃料)の試作に立合った際、食用油の廃油とメタノール、触媒となる水酸化ナトリウムを混ぜて最初の反応を起こさせた後、塩酸を加えて触媒の水酸化ナトリウムを中和させると脂肪酸メチルエステルとグリセリンが得られる事を確認しました。

 菜種油や大豆油などの食用油だけでなく動物性の油脂もグリセリンと複数の脂肪酸によって作られた「脂肪酸エステル」が本来の姿なので、触媒によってグリセリンから脂肪酸を切り離し、代わりにメチルアルコールと結合させると燃料となる脂肪酸メチルエステルとなります。

 グリセリンと分離した脂肪酸メチルエステルには、水酸化ナトリウムが塩酸によって中和された結果として出来た塩分と水分が含まれ、廃油に含まれていた揚げ物として使用していた際に食材から出た塩分や水分をはじめとするさまざまな成分も含まれています。そのため、そのままでは燃料として使用する事ができない事から、水を加えて全体を攪拌し、しばらくして分離した油と水の油の部分だけを回収して純粋な脂肪酸メチルエステルだけを得るまで繰り返しい水洗いが行われます。

 そうして得られた脂肪酸メチルエステルはディーゼルエンジンの燃料としてだけでなく、2サイクルエンジンの混合潤滑油として使用する事ができ、計算上、大気中の二酸化炭素を増加させないゼロエミッションな燃料となるのですが、分離されたグリセリンは不純物が多く、今のところこれといった用途も見付かっていない事から今後、BDFの普及が進むと処分に関する問題が生じる事となるともいわれています。

 グリセリンは1779年にスウェーデンのシェーレによってオリーブ油の加水分解物の中から発見され、甘味がある事からギリシャ語の「甘味」の意味を持つ言葉からグリセリンと名付けられています。甘味があり透明で若干の粘度を持つ事から、アイスコーヒーに添えられるシロップに非常に似ているという特徴があります。

 それが廃油からBDFを作成した際に回収されるグリセリンは褐色で粘度も大きく、いかにも使い古した油の成れの果てという臭いもします。廃油の際の不純物や反応の際に残された脂肪酸、中和しなかった水酸化ナトリウムや塩酸などが含まれている事が考えられ、純粋なグリセリンのすっきりとした甘味はとても望めないような外観となっています。

 グリセリンは水に非常に溶けやすい性質を持ち、そのために保水剤として利用する事ができます。身近なところではゼラチンの硬さを調整するために使われていて、サプリメントなどに使われているソフトカプセルの柔軟性やグミキャンディの柔らかな食感にグリセリンは深く関わっています。食品分野以外では化粧品の保湿剤や水彩絵具にも使われ、医療分野では利尿剤や脳圧の降下剤、浣腸液、目薬などに使われています。

 体内でもグリセリンは利用されていて、栄養として摂取した脂肪分は脂肪酸とグリセリンに分けられ、脂肪酸はさまざまな用途に用いられ、グリセリンはエネルギー源として肝臓に蓄えられていて、必要に応じて分解されながら使われています。

 歴史上、グリセリンが不足して問題視されたのは第一次世界大戦中の事で、爆薬の原料となるニトログリセリンがグリセリンから作られる事から大量の需要が生じ、当時の油脂を加水分解する製造方法では限界があった事から、各国で新たなグリセリンの製造方法が模索されています。

 ドイツでは糖を酵母によってアルコール発酵させる際に亜硫酸ナトリウムを加える事でグリセリンが生じる事が発見され、アメリカでは酵母が糖を発酵させる際の培養液をアルカリ性にする事でグリセリンが得られる事が発見され、大量生産が可能となりました。

 その結果、現代ではグリセリンは高品質な物が安価に手に入る事から、廃油から分離された不純物が多いグリセリンを敢えて使う必要はなく、処理問題が生じてしまいます。

 BDFを実際に製造している業者の方に話を聞いたところ、廃グリセリンはキャンプやバーベキューを行う際に着火しにくい炭に火を着ける着火剤として重宝するとの事ですが、炭の利用状況や着火回数などを考えると、とても現実的な需要となるとは思えません。

 保湿性の高さから地質の改善材や肥料といった用途を考えた事もあったのですが、含まれている塩分が邪魔をしてしまう事が考えられ、有効な利用法とはなりえないと思えます。また、BDFの製造は小規模の施設でも可能な事から、工業的なまとまった量として排出されない事も利用を難しくするともいわれています。

 BDFへの関心は一段落した感がありますが、化石燃料という過去の遺産に頼る事なく自分たちで作り出す事が可能な燃料だけに、廃棄物の問題も含め有効な策を考え出す事ができればと未来への思いを抱いています。


 

第1981回 現実ポパイ



 子供の頃に好きだったアニメの一つに「ポパイ」があります。直接ポパイが活躍する本編を見た事はないのですが、回りの大人が懐かしがっていろいろと教えてくれたり、断片的なシーンを見て雰囲気が気に入ったりしていました。

 ポパイというと普段は大男のブルートに敵わないポパイが、ホウレン草の缶詰を食べた瞬間に超人的な力を発揮してトラブルを解決する姿がユーモラスで、強力な力の源となるホウレン草の缶詰にとても興味をそそられたのですが、未だに生か冷凍食品でしか見た事がなく、缶詰のホウレン草はアニメの中だけの存在となっています。

 ポパイがホウレン草を食べて屈強な姿に変化する事については、当時のスポンサーが缶詰の製造会社であった事や、栄養価の高い緑黄色野菜であるホウレン草を子供たちが好むようになるよう配慮されたという事はよく耳にし、あくまでもフィクションである事は広く知られていますが、フィクションではない可能性を示唆する研究結果が発表され、ポパイとホウレン草の関係が現実味を帯びてきています。

 今回の研究はストックホルムのカロリンスカ研究所の研究チームによるもので、ホウレン草に多く含まれる硝酸を飲み水に含ませて一週間飼育したマウスと通常の飲み水で飼育したマウスを比較したところ、硝酸入りの飲み水で飼育されたマウスの方に筋肉の増強が見られていたという結果が得られています。

 硝酸を投与する事でカルシウムの蓄積と放出に関与する2種類のタンパク質量が増加している事が確認されており、それらのタンパク質が増加した事で筋肉内に放出されるカルシウムの量が増えて、カルシウムによって収縮する筋肉の収縮力が強化された事が考えられ、より大きな力を発生させた事で筋繊維の成長が促されて筋肉の増強に繋がったと考える事ができます。

 筋肉の増強効果は、瞬発的に大きな力や速い動きを発生させる際に使われる「速筋」に対して顕著に見られ、緩やかな動きを長時間続ける際に使う「遅筋」には見られなかったといいます。

 そのためウェートリフティングや短距離走などの際に必要とされる筋力が増強され、一瞬にして巨大な力を発生させてトラブルを解決するポパイの姿そのものという事ができます。また、速筋は大きな速い力を発生させられる反面、疲労しやすく持久力がない事でも知られますが、より大きな力を発生させる事で運動効率が高められる事から、硝酸の投与は結果的に持久力を高める事にも繋がっています。

 マウスの飲み水に添加された硝酸の量は、通常のホウレン草に換算すると1日当たり200gから250g程度とされ、日常生活に当てはめても現実的で無理のない量となっています。アニメの中で見掛けるホウレン草の缶詰は、大きさから推定して500g程度はあるように見られる事から、ポパイは充分な量を摂取している事になります。

 筋肉は大きな力を出しながら動かす事で筋繊維に「綻び」が生じ、その綻びを修復する事で太く成長していきます。ポパイも日頃からホウレン草をたくさん食べ、船乗りとして鍛えられていた事や筋肉の増強が速筋に集中していた事が一瞬でトラブルを解決するポパイの姿に重なり、放映当時、今回の研究は予見されていたのかとさえ思えてきます。

 今回の研究結果はポパイのファンだけでなくアスリートや筋トレマニアなどに朗報といえますが、それ以外にも高齢者の筋力の確保や筋肉に疾患のある患者の治療、筋肉量を増やす事で基礎代謝が高まる事からダイエットの分野まで幅広く応用されていく事が考えられます。緑黄色野菜として栄養価が高いホウレン草、最近では目に良いとされるルテインを含む事でも知られていますが、これからさらに人気が高まっていくのかもしれません。


 

第1980回 キッチンの危険物



 私にとってのお気に入りの場所の一つにキッチンがあります。新しく思い付いたレシピを試してみたり、お湯を沸かしてお茶の用意をしたり、さまざまなパッケージに入れられたスパイス類が並んでいたりというだけでなく、勝手口のドアの窓から猫が外を観察する姿を眺めたり、抜けた毛を処理しやすい事からシンクの前が毎日のブラッシングの場となっていたりと猫とのコミュ二っケーションの場ともなっています。

 子供の頃、母親からシチューが入った皿を受け取り、キッチンの床に座って食べながら料理をする母親の後ろ姿を見ていたという記憶があり、何故そのような行儀の悪い事をしていたのかは不明ですが、楽しい思い出となっている事もキッチンが好きな理由の一つかもしれないと思っています。

 そんなキッチンですが、改めて見回してみると意外なほど危険物で溢れている事が判ります。直接的に怪我をしてしまいそうな刃物をはじめ、扱いを間違えると爆発の危険があるガスや毒物となり得る洗剤など、どれも日常的に接しながらそれほどの危険性は認識しないまま使っていたりします。そんなキッチンにある物の中で、全く危険とは思えないのに意外な危険性を持つ物、その一つに「小麦粉」があると思っています。

 小麦粉はパンや麺などの生地を作ったり揚げ物の衣にしたり、スープやシチューにとろみを付けたりと、何かと活躍してくれる事から常備している食材となっています。しょうゆやサラダ油などをこぼしてしまった際は、小麦粉をかけて固まらせてから回収するという生活の知恵もあり、とても便利な物となっています。そんな小麦粉が驚異的な破壊力を発揮してくれる現象、それが「粉塵爆発」だという事ができます。

 粉塵爆発とは大気中に可燃性の粉塵が一定の濃度で浮遊し、それに火花などが引火すると爆発的な燃焼を引き起こしてしまう現象で、炭鉱で爆発事故を起こす原因として知られています。石炭を採掘する際に出る非常に微細な粉塵は、体積に対する表面積の割合が極めて大きく、火が着きやすい状態になっています。その状態で空気中に飛散すると燃焼するための充分な酸素が空気中に存在する事から、燃焼反応に敏感な環境が作り出され、僅かな火花などによって爆発的な燃焼を引き起こしてしまいます。

 小麦粉も石炭と同じく可燃性があり、極めて細かく粉に挽いてあって表面積が大きな状態で空気中に舞う事から、同じような環境を作り出すと粉塵爆発を起こしてしまいます。小麦粉が爆発を起こすためには空中に充分な量の小麦粉が浮遊している事が必要となり、浮遊している小麦粉同士の距離が離れ過ぎていると燃焼が伝播されない事から爆発が起こらず、逆に近くにあり過ぎて密度が濃くなり過ぎると燃焼のための酸素が不足するために爆発が起こらないとされます。

 燃焼が伝播できる最低限の距離となる密度を「爆発下限濃度」、燃焼のための酸素が不足しない密度の事を「爆発上限濃度」と呼んでいて、この上限と下限の濃度の中にあり充分な酸素と火元さえあれば、小麦粉を爆発させる事が可能となっています。粉塵爆発を起こすのは小麦粉だけではなく、片栗粉やケーキの飾り付けなどに使う粒子が細かい「粉糖」、コショウや粉の状態次第ではスパイスやハーブなどでも粉塵爆発を起こす事が可能となっています。

 小麦粉に片栗粉、砂糖やスパイスとなるとほとんど緊張感を持てない素材となっているのですが、2008年に米国ジョージア州の砂糖精製工場では、出来上がった砂糖を封入する作業中に舞い上がった砂糖の粉塵に引火して粉塵爆発が起こり、死者8名、負傷者62名という大惨事に繋がっています。

 1977年にはルイジアナ州のニューオーリンズで穀物倉庫のエレベーターで穀物から出る粉塵に引火、大爆発を起こして37名が死亡していて、建物も大破しています。

 あまりに身近過ぎて危険などは全く感じられないキッチンの粉物ですが、小麦粉の袋を開けようとして一気に袋が裂けてしまい、付近に勢いよく小麦粉がばらまかれて浮遊し、そこにガスの炎が引火したら爆発を起こすかもしれない可能性がある事は意識のどこかに持っていないといけないのかもしれません。強力粉だから爆発力が強力で、薄力粉は爆発力に乏しいという事はなく、等しく爆発するので、今後は緊張感を持って接しなければとも思ってしまいます。


 

第1979回 肝臓力勝負



 以前、車が故障してしまい、修理に出している間、代車をお借りした事があります。気軽に乗れるようにとオートマの軽乗用車を用意していただいたのですが、何故かアイドリングが高い回転数になっていて、信号待ちをしている間もアクセルを踏んでいるような回転数でエンジンが回っていました。

 慣れない車、借り物という事もあり、できるだけ車を使わないようにしていたのですが、少ない運転時間、航続距離でも見るみるうちにガソリンが減っていくのが判り、普通車の自分の車よりも随分と燃費が悪いと感じられて驚いた事があります。ダイエットに関する考え方で、基礎代謝を上げて脂肪を燃焼させるという事を聞かされると、ついその車の事を思い出してしまいます。

 一般的に肥満の原因は摂取カロリーと消費カロリーのバランスの崩れと考えられ、特にカロリーが高い栄養素である脂肪はダイエットの大敵として捉えられる事が多くなっています。日常的に脂肪分が多い食事を摂る事が多くなった事から、普段からカロリーを消費しやすいように基礎代謝を上げておけばというのがダイエットとしての考え方となるのですが、基礎代謝はなかなか上がらない割には日々脂肪分の多い食事に接してしまう事がダイエットを難しくしていると思えてきます。

 そのため日頃から低脂肪の食品を選んだり、調理に油を使わないという極端なダイエット法もあるのですが、最近の研究で脂肪は肥満を引き起こす一つの要因に過ぎず、脂肪単体では肥満には繋がりにくい事が判ってきています。

 人と同じ雑食性のラットに脂肪分が多く、炭水化物が少ない食餌を与えると、ラットの食はそれまでとは変化する事なく、食べ過ぎたり肥ったりするという事が見られず、脂肪分が多く、炭水化物も多い食餌を与えた時のみ食べ過ぎや肥満が見られています。

 脂肪分が多く、炭水化物を減らした食事というと、以前話題になった「アトキンスダイエット」が思い出されますが、空腹感を感じにくく、比較的楽に体重のコントロールができるという特徴をラットの状態から観察する事ができます。

 脂肪と炭水化物の相互作用が肥満を引き起こしている事がラットの実験からも判るのですが、脂肪と炭水化物がすぐに肥満に結び付くという訳ではなく、遺伝的要因も複雑に絡んで肥満は引き起こされています。

 体重の増減には多くの遺伝子が関わっていて、単体の遺伝子に肥満の原因やリスクを見出す事はできませんが、近年、FTO(肥満関連)遺伝子と呼ばれるものが発見され、注目を集めています。FTO遺伝子に変異が生じた事が体重の差異に繋がっている事は確実なのですが、人の場合、FTO遺伝子によって左右される体重は4、5kg程度と見られ、FTO遺伝子のみによって肥満が引き起こされているのではない事が伺えます。

 食餌を高脂肪・高炭水化物に切り替えた事でラットが肥満になるかどうかについては、遺伝子を解析するよりも血液検査で予測を立てる事ができるとされます。食事によって摂取された脂肪は、血液中ではエネルギーの素となる中性脂肪として存在します。高脂肪・高炭水化物の食餌で肥満になるラットは、血液中の中性脂肪の酸化活性が低い状態にある事が判っており、エネルギー源としての中性脂肪を酸化=燃焼させる能力が低い事が体重の増加に繋がっているという事ができます。

 肝臓で脂肪を燃焼させる際に発生する物質として「ケトン体」が知られています。ケトン体は空腹時に増加する傾向があり、食餌によって肥満になる傾向があるラットの空腹時の血液中のケトン体量は、肥満になりにくい傾向を持つラットの50%程度とされ、肝臓での脂肪の燃焼力が低くなっている事が判ります。

 肥満傾向にあるラットは肝臓での脂肪の燃焼力が低いだけでなく、脂肪を燃焼させる際に不可欠なタンパク質の生成力も低い事が判っています。今後、研究が進めば肝臓の燃焼力を高める事で効果的な肥満解消法が確立される事も考えられます。個人差が大きく、原因を一つに求める事が難しい肥満だけに、効果的な解消法が見つかる日を待ちたいと思っていまいます。


 

第1978回 栄養と認知力



 食生活は毎日の事だけに、さまざまな事に影響してくる事は容易に想像する事ができます。規則的でバランスの取れた適度な量の食事が健やかな毎日に繋がるという事は充分に理解できてはいるのですが、実践するとなると結構大変なものがあり、自分なりに採点してみても合格点とは言い難いというのが実情となっています。

 食生活と高齢者の健康、特に認知機能の低下やアルツハイマー病の発症や進行などの関係については、以前から関連付ける意見が多く存在する中、まだ充分な事が判っていません。先日、そんな高齢者の食と認知機能に関する興味深い研究が行われていました。

 米国オレゴン州に住む高齢者で、認知症が疑われるほどの認知機能の低下が見られない男女104人を対象に、実際に採血を行って血液中の30種類の栄養素の血中濃度を調べ、同時に記憶力や注意力、言語能力といった認知機能の検査を行い、対象者のうち協力が得られた42人については、併せて脳のMRI検査を行って脳の萎縮の程度などの確認を行っています。

 血液中の30種類の栄養素について分類を行い、8つのパターンに区分して検討したところ、ビタミンB群やビタミンC、ビタミンD、ビタミンEの血中濃度が高いパターンを持つ高齢者は、認知機能の検査の結果が良好で脳の萎縮の程度も低い事が判り、トランス脂肪酸の血中濃度が高いパターンでは認知機能の検査結果が悪く、脳の萎縮も強めの傾向が高いという結果が得られています。

 今回の研究のユニークな点は、何を食べているかという事から豊富に摂られている栄養素を推察するのではなく、実際に血液を採取する事で体内の濃度を正確に把握する事ができ、個人差のある吸収率や調理の仕方による栄養素の損失などの要因を除いて栄養素と健康状態についての評価を行う事ができます。

 これまでビタミンB群やビタミンE、EPA(エイコサペンタエン酸)などの栄養素を単体で投与する事で、認知機能の低下やアルツハイマー病の進行の抑制に関する研究は行われてきましたが、結果にバラ付きが見られ、単体での充分な抑制効果が得られていませんでした。血液中の栄養素の濃度を直接確認する事で、複数の栄養素が相乗的に抑制効果を発揮する事を検証する事が可能となります。

 しかし、血液から直接栄養素の濃度を調査すると、その栄養素を摂取する元となった食材の事を知る事ができず、食材に含まれていた微量な栄養素を見逃してしまう事が考えられ、微量元素などによって認知機能低下の抑制効果が起こっていた場合、それを誤認してしまう事にも繋がりかねません。

 また、栄養素に関してもバランスの良い食事によって得られたものか、偏った内容の食事をサプリメントなどで補ったものかといった事や、食事を楽しんで行っているか、単に栄養補給のための行為として行っているかについてもQOL(生活の質)に差が出て、認知機能に影響を与える事も考えられます。

 最近ではすっかり悪者として定着しているトランス脂肪酸についても、血中濃度が多い事が認知機能の低下や脳の萎縮に繋がっていると考えられると同時に、食事の内容について深く考えず、トランス脂肪酸が多く含まれている食品を無頓着に食べているというライフスタイルが認知機能を低下させ、脳の萎縮に繋がった可能性を排除する事ができず、さらに考えると脳が萎縮して認知機能が低下してしまった事で栄養のバランスを取る事ができなくなったり、トランス脂肪酸が多い食品を避ける事ができなかった結果が血液中に現れているという事もできます。

 今後、研究が進んで聞き取りを含めた食事や生活の内容の把握、血液の採取と分析などを定期的に行い、認知機能の低下や脳の萎縮の進行と時系列的に重ねて検討すればより詳細なメカニズムの解明に繋がる事と考えられます。認知機能の低下は、健康な状態のまま高齢者の生活が徐々に崩壊していくという、死に至る病と同じくらいの脅威ともいえます。日常の食を通して防ぐ事ができれば理想的な予防法といえる事から、逸早い解明を待ちたいと思います。


 

第1977回 しっとりと乾いた



 食べようと思って購入し、数回食べてまた今度にしようと直し込んで忘れてしまい、気が付くと冷蔵庫の奥の方からかなり日付が経過した物として発見される。そんな食品の一つに「ピーナッツバター」があるのではと思っています。

 冷蔵庫の奥から発見し、そういえば買っていたのだと思い出しながらいつのだろうと恐るおそる取り出して中身を確認してみると、意外なほど傷んだ様子がない事に驚かされます。栄養価が高く糖分も含んでいる事から、菌が繁殖して腐敗が進んだり、カビが表面一杯に広がっている事を想像しながら取ったふたの中が何事もない事に拍子抜けしながら、それでも怖いので捨ててしまうというのが多くのピーナッツバターのありがちな最期かもしれません。

 ピーナッツバターはピーナッツをあらかじめ充分に乾燥させてから160度くらいの温度でゆっくりと炒り上げて香りを引き立て、さらに水分を飛ばします。薄皮と胚芽を除き、粗く砕いた後にバターミルと呼ばれる器具で練り上げる事によって仕上げられています。そのためピーナッツバターはしっとりとしていながら、意外にも乾いた食品となっており、繁殖に必要な水分が極度に不足している事から腐敗菌やカビが繁殖できず、長期に渡って傷まない食品となっています。

 腐敗菌やカビの繁殖以外にも含まれる油分の酸化や乾燥による食感の変化も食品を食べられない状態に変えてしまいますが、ピーナッツには油分の酸化を抑えるビタミンEが豊富な事や、ピーナッツに含まれる油分には揮発性がほとんどない事から、ピーナッツバターは酸化や乾燥とも縁遠い存在となっています。

 アメリカの食文化を代表する存在ともいえるピーナッツバターは、19世紀にコーンフレークの開発者として知られるジョン・ハーヴェイ・ケロッグによって発明されています。菜食主義のセブンスデー・アドベンチスト教会の信者であり医学博士であったジョンは、弟のウィル・キース・ケロッグと共に保養所の医療スタッフとして参加し、日々の活動の中からピーナッツバターやシリアル食品のグラノーラを開発しています。

 1894年にウィルと共に病人食用の薄いパンを焼いている際、失敗して生地を乾燥させてしまい、それを砕いて焼いたところ非常に評判が良く、それをヒントに研究を重ねてコーンフレークが開発されています。1906年には兄弟で今日も続く会社を設立していますが、ジョンは弟のウィルに経営のほとんどを任せて、優れた外科医としての活動を晩年まで続けています。

 ジョンがウィルに会社を任せっ切りにしていた事については、事業化に当たってコーンフレークの口当たりを良くするために砂糖を添加するかどうかで大喧嘩をし、絶交してしまったためともいわれ、砂糖の使用に断固反対したジョンの健康志向を伺う事ができます。

 由緒ある開発者によって生み出されたピーナッツバターですが、本場のアメリカ人の年間平均ピーナッツ消費量が6ポンド(2.7kg)とされる事や、たっぷりとピーナッツバター塗ったサンドイッチが弁当の定番となっている事を考えると、日本の家庭では残ってしまう事も当然なように思えてきます。

 パンに塗るというだけでは使用量が限られ、使い残しが多量に出てしまうピーナッツバターですが、意外としょうゆや味噌といった和の調味料との相性が良く、練りゴマのようなイメージで使用すると和食の素材としても利用する事ができます。冷蔵庫の中で存在すら忘れてしまう前に、調味料として使用してみるのもお薦めの利用法という事ができます。


 

第1976回 可愛い理由



 休みの日はできるだけ出掛けないようにして、家でゆっくり過ごすようにしています。日頃、できていなかった家事をしたり、少し手の込んだ料理をしたりして過ごすのですが、その中でも猫と一緒にいる時間を大切にしています。

 家の中の好きな場所にいる猫ですが、定期的に私の様子を見にやってきて、近くのカーペットの上で寝転がり、お腹を見せてゴロゴロと転がります。その姿を眺めながらお腹や背中を撫でていると、とても癒された気分になってきます。そんな幸せな気分が病原体への感染症によって作り出されたものかもしれないという、非常にショッキングな内容の研究があります。

 病原体となるものの一つに「原虫」があります。原虫とは単細胞の生物でありながら、口や肛門を持つという多細胞の動物のような特徴を持つ生き物の総称で、原虫による感染症としては「マラリア」や「Q熱」「トリコモナス症」などが広く知られています。

 そんな原虫の一つに「トキソプラズマ」があり、人間を含む幅広い温血動物に寄生しているとされます。健康な成人の場合、トキソプラズマに感染しても何の症状も生じないか、数日から数週間に渡って軽い風邪のような発熱や下痢といった軽微な症状に留まるとされますが、胎児や乳児、成人でも免疫が極度に低下している状態では重症化して死に至る事もある重篤な日和見感染症ともいわれます。

 実験的にトキソプラズマをネズミに感染させると、感染を機にネズミは猫が縄張りを主張するマーキングとして使う尿のにおいを好むような行動を採りはじめ、猫に発見されるリスクが高まるように振舞ってしまう事が知られています。トキソプラズマに感染したネズミが猫に食べられると、ネズミの体内にいたトキソプラズマは猫という新たな生活環境を得て、より良い増殖環境を得る事ができる事から、トキソプラズマはネズミを操って猫に食べられるように仕向けているという事もできます。

 最近の研究によってトキソプラズマのDNAを解析したところ、トキソプラズマは脳内で情報の伝達に関わっている物質である「ドーパミン」を合成する酵素を作り出す遺伝子を持っている事が判ってきています。ネズミに感染し、脳内に侵入したトキソプラズマはドーパミンを生成してネズミの「怖れ」という感情を軽減させ、本来であれば何より怖れるべき物の一つである猫の存在を示す尿のにおいに対し、軽い興奮状態を引き起こさせていると考える事ができます。

 トキソプラズマは有性生殖を行う「終宿主」を猫としています。土壌などから小動物の体内に侵入したトキソプラズマは、食物連鎖を使ってネズミや鳥などの中間宿主の中で無性生殖を行って増殖を行いながら、最終的に終宿主である猫に辿り着いて「オーシスト」と呼ばれる有性生殖による増殖体を形成する事を目的としています。

 オーシストは非常に抵抗力があり、消毒液や胃酸などにも耐える事ができ、環境中でも数日間かけて成熟して数ヶ月に渡って生存する事ができます。終宿主の猫に感染したトキソプラズマはオーシストを形成し、猫の糞便によって環境中へとばら撒かれ、そこから新たな中間宿主に入り込んで食物連鎖を利用して拡大するために、猫との出会いが非常に重要となっています。

 そんなトキソプラズマにとって人間は中間宿主の一つに過ぎない存在なのですが、人間は猫に食べられてしまうという事がない事から、通常の食物連鎖を利用した感染経路として利用する事ができません。そこで人間には猫を可愛がらせる事によって猫の生活環境を良好にして猫の数を増やさせる、そうした戦略をトキソプラズマが採った事が人間が猫を身近に置いて可愛がるようになった理由ではないかとする説があります。

 ネズミを操るために使うドーパミンは、そのまま人間の脳内でも伝達物質として使う事ができるため、猫と接する事で軽い興奮や「和み」「癒し」といった感情を持たせ、人間が猫を好むように操る事が可能と考える事ができ、従来考えられてきた農耕生活を行うようになり、貯蔵するようになった穀物をネズミから守るというハンターとしての類稀な資質が買われ、人間と猫が一緒に生活するようになったというものよりもどこか説得力があるようにも思えます。

 寄生生物によって宿主が操られているような行動を採る事については、ハリガネムシに寄生されたカマキリが苦手なはずの水場を好むようになり、ハリガネムシの成虫が生活の場とする水中への移動の助けを行うような行動を採ったり、人間でもクラミジアに感染した事で性格が開放的になる事などが知られています。

 脳内でのドーパミンの働きを考えると、わずかな事でも感情や思考を一定の方向へと向けさせていく事は充分に可能とは思えるのですが、できる事なら猫を愛しく思える感情は自分本来のものであってほしいと思ってしまいます。


 

第1975回 明日の黒ダイア



 経済的に優れていても石炭を燃焼させると、地球温暖化の原因となる二酸化炭素や酸性雨の原因となる窒素酸化物、硫黄酸化物が排出され、環境に良くない事となってしまいます。石炭を勢いよく燃焼させて力強く疾走する蒸気機関車も、単体で走っている分にはレトロな雰囲気から心和むものがありますが、日常的に大量に走るとなると煙突から立ち上る煙が心配になってきます。

 そんな石炭を工業的な燃料とするとなると、大変な大気汚染を引き起こしてしまいそうな感じがしますが、今日、石炭の燃焼は効率化が進み、燃焼時の二酸化炭素の回収や排煙からの窒素酸化物、硫黄酸化物の除去技術も発達した事から、産業革命当時と比べると格段にクリーンなものとなっています。

 特に新規の石油を燃料とする火力発電所の建設が原則的に禁止されて以降、発電のための燃料としての石炭の利用に関する技術は飛躍的な発展を遂げているという事ができ、環境負荷を減らしながら石炭を利用する技術は「クリーンコール技術」と呼ばれて、次世代を支える技術として注目を集めています。

 現在、石炭を使った発電の主流は、燃焼効率を上げるために石炭を微粉末に加工した微粉炭を使ってボイラーを加熱し、蒸気を発生させて発電を行っています。IGCC(石炭ガス化複合発電)と呼ばれる最新技術では、石炭を使ってボイラーを加熱するのではなく、ガス化炉を使って石炭を可燃ガスに変え、ガスタービンを稼動させる事で発電を行います。

 ガスタービンを使って発電を行うと熱が発生する事から、同時にその排熱を使ってボイラーを加熱して蒸気を発生させ、発電を行うという更に発電効率を高めるという工夫も行われ、また、石炭を可燃ガス化するガス化炉でも排熱が発生する事から、ガス化炉の排熱もボイラーの加熱に利用する事ができるなど、IGCCのエネルギー効率は高いものとなっています。

 石炭をガス化炉でガス化する際にあらかじめ二酸化炭素を分離回収する事が可能な事から、ガスタービンの稼動の際に発生する二酸化炭素を削減する事ができるため、IGCCの技術は環境への負荷も低いものとなっています。

 最近ではそうしたIGCCをさらに発展させた発電技術として、IGFC(石炭ガス化燃料電池複合発電)がいわれるようになってきています。石炭のガス化は、微粒子化した石炭を炉の中で高温高圧で反応させる事によって、可燃性の一酸化炭素と水素の混合気体である石炭ガスにしています。石炭ガスには水素が含まれる事から、ガス化炉からガスタービンへと石炭ガスが送られる途中に燃料電池を設置する事で、水素を使って燃料電池で発電する事ができ、反応しきれなかった水素は可燃ガスとしてガスタービンの燃料とする事ができます。

 IGFCはガス化炉の排熱、燃料電池、ガスタービン、ガスタービンの排熱と石炭という燃料から4つの発電の機会を得る事となり、非常にエネルギー効率の良い発電技術というだけでなく、石炭をガス化して利用する事から、従来の火力発電所では利用できないとされていた発熱量が低い粗悪な石炭を利用する事が可能となっています。

 ガス化炉で石炭ガスを精製する際に窒素酸化物や硫黄酸化物を取り除く事が可能なので、従来の石炭による火力発電よりも環境への影響が少ないだけでなく、不純物が多い事から使用に適さないとされていた石炭も利用可能となる事が考えられ、経済価値のなかった品質の石炭にも経済価値が生じる可能性も出てきます。

 かつて「黒いダイアモンド」とまで呼ばれた石炭が再びその輝きを取り戻し、電力の供給不足を心配しなくてもよくなる事や電気代が今よりも安くなる日がやがて訪れるのかと期待しながら、磯の岩場のドアが開けられる日を待ちたいと思ってしまいます。


 

第1974回 今時の黒ダイア



 とっておきの場所というといくつかある中でもここは最高ランクだろうなと思える場所に、実家の牛深にある磯があります。牛深は漁港として知られるだけに海がとてもきれいなので、その場所も牛深らしく海がとてもきれいではあるのですが、磯としては平凡な風景で、泳ぐには岩がゴツゴツし過ぎで、釣りをするにはもう少し深くないとそれなりの大きさの魚はいないような感じがします。

 牛深に限らず海がきれいな場所ならどこでも見られそうな平凡な磯、それがとっておきの場所となっている理由、それは干潮の際に歩いて渡れる岩場にある「ドア」の存在です。

 磯の岩場に設けられたドアは、単純にドアだけが立てられているのではなく、フード状の構造物に入り口となっていて、ドアをくぐると岩場の地下へと降りていく作りになっている事がわずかな全体像から想像する事ができます。地元の人でもかなりの年配の方しかその存在を知らないという、かつて石炭が掘られていた炭鉱の入り口がそのドアの正体となっていて、こんな場所でも石炭が掘られていたという事とその入り口が何もない磯の岩場にという突飛な存在感に驚かされてしまいます。

 地元でもその存在がほとんど知られていない理由は、その炭鉱がかなり小規模であったという以上に、早い時期に採掘が打ち切られたという事にあると思います。日本の石炭は層が薄く、斜めに傾いて形成されている事から、海外の厚く水平に形成された石炭層を広く均一に掘り進む採掘に対してコストが高くなり、輸入物の安価な石炭に太刀打ちできなくなったため、埋蔵量を残した状態で早い時点で採掘が取り止められています。

 石炭の利用に関する歴史は古く、古代ギリシャではすでに紀元前315年には、鍛冶屋の燃料として使われていたという事がテオフラスタスの記録に残され、同じ頃の中国の遺跡にも石炭を使った形跡が残されています。一説には中国では、紀元前1000年頃には陶器作りに使われていたともいわれます。

 中国では宋の時代に燃料として普及し、それまでの薪や木炭に比べて大きな火力が得られる事が、中華料理の炒め物の発展に繋がり、1603年にイギリスのプラットによって石炭を蒸し焼きにする事で、硫黄やコールタール、ピッチなどを除き、より高い火力が得られる「コークス」が発明され、石炭の用途はさらに広い物となっていきます。

 石炭から工業的にコークスを作り出す本格的なコークス炉が作られるのは1709年の事で、イギリスのダービーによって建造されて以降、石炭は製鉄の燃料として重要視されるようになります。そんな中、石炭利用の一大転機となるのが1769年のワットによる蒸気機関の実用化で、1711年にニューコメンが鉱山の水汲み用のポンプとして開発していた蒸気機関を改良する形で制作され、後の産業革命の大きな推進力となっています。

 19世紀の末にはコークス製造の際の副産物であるコールタールを原料とした石炭化学工業が開始され、藍色の染料であるインディゴや薬品のナフタリン、アスピリンが作られ、石炭と石灰岩を高温で反応させた炭化カルシウムは、有機化学工業の基礎となるアセチレンの原料となりました。

 石炭を分解して作られる石炭ガスは都市の照明や暖炉、調理用のコンロの燃料として使われるようになり、石炭は盛んに使われていたのですが、20世紀の中頃には一般家庭や工場などから排出される煤煙が公害問題化した事や、20世紀に入って石油の採掘技術が発展してアメリカや中東、インドネシアなどで油田が開発されると、安価で貯蔵や輸送がしやすく、熱量も高い石油に石炭は取って代わられる事になります。

 そうして石油全盛の時代を迎え、子供の頃の記憶にも身近な場所での石炭の利用例をほとんど見てない事や、かつて炭鉱であったという場所が遺跡のように残されている事などから、石炭の時代は完全に終わったように思えるのですが、実は今日でも石炭は現役の燃料として頑張ってくれています。

 石油が安価に供給されはじめるとさまざまな分野で石炭から石油への転換が図られますが、製鉄に関しては重油よりも石炭の方が優れているとされ、石炭による製鉄が続いています。製鉄に限らず石炭はそのまま燃焼させるのではなく、微粉末にして燃焼室内へ吹き込んで効率よく燃焼させる技術が開発され、二度の石油危機を経験して以降、石炭は安価で重要な産業用燃料となっています。

 特に石油危機以降、1979年にIEA(国際エネルギー機関)によって「石炭利用拡大に関するIEA宣言」が採択され、石油を燃料とした火力発電所の新設が原則として禁止された事によって発電用燃料として石炭、LNG(液化天然ガス)、原子力などが注目されるようになっており、原子力が不安視される昨今、石炭は注最も注目される燃料となっているという事ができます。

 2008年の調査では1万kcalを発生させるために必要となるコストとして、原油の場合75円ほどが必要になる事に対し、石炭だと12円で済むと非常に経済的になっており、石油価格の高騰が続く今日ではさらにその差が広がっているという事ができ、石炭の優れた経済性を伺う事ができます。今日でも現役で重要な燃料として頑張っており、そのたかい経済性で再び石炭が盛んに使われる時代を迎えるとなると、あのドアが開かれる日がまたやって来るのかと変な期待をしてしまいます。


 
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