第2061回 要不要?



 週末などを使って軽い絶食を行うと健康に良いという話を聞かされる事があります。土日が休みなら一週間頑張った金曜の夜の食事を抜き、土曜の朝食と昼食も食べずに途中で野菜ジュースなどを軽く摂って、土曜の夕食にお粥などの消化の良い物を食べるという「一日絶食」を行う事で消化器官のメンテナンスや代謝の調整、最近いわれてきたところでは長寿遺伝子のスイッチが入るとされ、とても体に良いように思えてきます。

 しかし、実践してみるとなると絶食は意外と大変で、挫折してしまう人のためにもっと手軽な半日絶食も提唱されていますが、半日でも実際には大変な事のように思えてしまいます。

 軽めの朝食を摂って昼食を抜き、消化の良い軽い物で夕食を済ませるという半日絶食ですが、いつものお昼の時間が来ると約束していたかのようにお腹が空いてきて、半日であっても絶食は大変と思えてくるのですが、実は毎日、半日に相当する絶食を私たちは繰り返してきています。

 夕方の7時に夕食を摂ったとして、次の朝の7時に朝食を摂る場合、体は約12時間もの絶食を経験している事となります。意識して日中に行う絶食との最大の違いは、体自体がスリープモードに入っていて、代謝などが起床時とは大きく異なっている事です。

 そのお陰で半日もの絶食状態にも関わらず、私たちはそれほどの負担を感じる事なく毎日の朝を迎える事ができています。しかし、約半日に渡って栄養が補給されない状態が続いた体は飢餓状態にあるという事ができ、朝食の重要性を強く感じる事ができます。

 体の三大栄養素というと糖質、脂質、タンパク質で、中でも糖質の存在は脳や赤血球が通常はブドウ糖しかエネルギー源としていない事や直接的なエネルギー源である事からも重要という事ができます。

 朝食を抜くとスリープモードから立ち上がった体は、血糖値を上げられないまま一日をスタートする事となり、昼食を摂るまでの午前中の時間を有効に使えないという指摘があります。

 その反面、歴史的に見ると朝から食事がきちんと確保できるようになったのは近代の事で、人の体は朝食をきちんと摂る事や朝から満腹になる事には慣れていないという意見もあり、朝食の不要論や有害論も根強くいわれ、再起動後の代謝が充分に機能していない体は過剰な糖分や脂肪分といった高カロリーの食事を充分に消化できないという意見もあります。

 最近、インシュリンに対する反応と長寿に関する研究が行われ、長寿者にはインシュリンの反応が悪い人がいないという事がいわれるようになってきました。インシュリンに反応できなくなると糖尿病を発症する事から、余病のデパートとまでいわれ、合併症を多く引き起こす事で知られた糖尿病が長寿を阻んでいる事が考えられますが、インシュリンへの高い反応力を保つ事が長寿の秘訣という事もできます。

 インシュリンへの反応が悪くなる要因の一つに急激な血糖値の変化が上げられ、朝食を食べずに血糖値が下がり切り、インシュリンがほとんど分泌されない状態で昼食に炭水化物が多く、カロリーも高い食事を摂ってしまうと急激に血糖値が上がってしまう事から、インシュリンも過剰分泌が行われ、その結果としてインシュリンへの反応力が低下するといわれます。

 血糖値を一日を通して安定させるには血糖値の上がりにくい食材をゆっくりと時間を掛けて食べる事と、適度な間隔で食事を行う事とされます。さまざまな観点から論じられる朝食の要・不要論ですが、血糖値、長寿という点では必要ではないかと考えています。


 
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第2060回 ご飯のポイ



 ポイというと何か不要な物を捨ててしまう行動を表す言葉のように思えてくるのですが、ポリネシアでは主食を指す重要な言葉となっています。ポイはタロイモを焼いたり蒸したりして柔らかくした物を粘りが出るまで潰し、好みの粘度になるまで水を加えて作られています。

 同じポイといってもサモア諸島ではよく熟したバナナを潰してココナツクリームを加えたデザートとなり、タヒチではバナナやマンゴー、パパイヤなどを使ったプリンのようなお菓子となる事から、太平洋にはいろんなポイが存在すると思えてきます。

 ハワイではポイは単なる主食の枠を超えて神聖視されていて、ポイを供するための専用のボウルはとても大切にされています。ポイがハワイ人に神聖視されるのは、タロイモがハワイ人の祖先と信仰されているためで、ポイ専用のボウルがカバーを掛けずに食卓に置かれている時、先祖の霊が宿っているとされます。

 作られてすぐのポイはタロイモの風味とほんのりとした甘味がありますが、時間が経つと甘味が発酵によって分解され、酸味が徐々に強くなってきます。少し酸味が出たところでミルクや砂糖を加えるという食べ方も人気があり、さらに時間が経って酸味が強くなったものは、代表的なハワイ料理のロミロミサーモンの調味料などにも使われています。

 近年、タロイモ農家やポイを作る人の減少からポイを食べる機会が減ったり、市販のポイの高騰がいわれるようになってきています。

 酸化が進まず、食べたい時に食べられるようにした乾燥ポイや冷凍ポイもあるそうですが、風味が損なわれてしまう事から、あまり良い評価は聞かされません。地域に根差し、信仰の対象でもある食文化、廃れずに残ってほしいと思ってしまいます。


 

第2059回 悪魔の芋菓子(2)



 フィリピン中部ボホール州のマビニの街で起こった痛ましい食中毒事件。地元のおばさんが揚げて売っていたキャッサバがシアン化合物の毒素を多く含む苦味種であった事、加熱が不充分で無毒化できていなかった事などが重なったと見られていた事件は、いくつかの不自然な点を残していました。

 長年に渡って現地ではキャッサバが食べられていて、キャッサバの毒やその扱い方については経験的に広く知られています。それなのに今回のように多数の死者を出すような事件が、初歩的ともいえる単純なミスの積み重ねで起きてしまうのかと思えます。

 キャッサバに含まれるシアン化合物は夏場の乾燥期を迎えると含有率が高まり、毒性も高くなるといいます。また、日本でもスギヒラタケによる食中毒が話題となったように、それまで無毒と思われていた物が生育条件などによって急に強い毒性を持つ例も存在します。

 お菓子を販売したおばさんの証言では、いつもは黄色いキャッサバを使っていたのが、その日は初めて白い色のキャッサバを使ってみたとされ、一説にはキャッサバの色の違いはシアン化合物の含有量にも関係していて、白色キャッサバには黄色キャッサバの10倍以上ものシアン化合物が含まれるともいわれます。

 しかし、シアン化合物の沸点は20~30度程度と非常に低く、180度もの高温で揚げられるとかなりの量が蒸散してしまい、生に近い状態だったとしてもそれほどの毒性を発揮できるのかと思えてきます。実際、残されたキャッサバのお菓子からはシアン化合物がほとんど発見されておらず、事件は当初予想されていた通りのシナリオなのだろうかとも思えてきます。

 事件の原因となった物が有毒なキャッサバを使ったお菓子であった事から、当初はシアン化合物が食中毒の原因と考えられていましたが、その後の分析でシアンが患者から検出されない事や食中毒の状況が有機リン系の毒物に見られる特徴に符合する事から、有機リン説もいわれるようになっていました。

 そんな中、患者から農薬の成分が検出され、一気に有機リン系の毒物が原因ではないかと考えられるようになります。お菓子を売っていたおばさんの家からは有機リン系の殺虫剤の缶が発見され、その缶が普段使っている小麦粉の缶と酷似している事から小麦粉と誤って殺虫剤の粉末が使われてしまった事が多くの死傷者を出した事件の真相と見られています。

 日本ではほとんど報道される事のなかった食中毒事件の続報ですが、意外な展開となってしまっていた事や小麦粉と間違えてしまう殺虫剤の容器など、日本ではありえない事ばかりのようにも思えますが、食の安全の確保という事には常に気を配っておかねばと思ってしまう事件となっていました。


 

第2058回 悪魔の芋菓子(1)



 加工食品の裏面のラベルを見ていると、使われている原材料がいろいろと記載されていて興味深く思えてきます。品質を改良するために添加物としてデンプンが使用されている事があり、由来する原料名を使って「○○デンプン」と記載される事が多いのですが、その○○の部分に「タピオカ」と書かれているとなかなか良い物が使われていると思ってしまいます。

 デンプンは由来する原材料によって若干性質が異なり、工業的に見るとタピオカ由来のデンプンが最も優れていて、原材料としての単価も高値となっていると聞かされた事があります。特に最近の冷凍麺の品質の向上はタピオカデンプンによるものが大きいともいいます。

 タピオカデンプンはキャッサバと呼ばれるイモから採られていて、キャッサバは原産地の中央ブラジルだけでなく世界中の熱帯で広く栽培されています。そんなキャッサバが大変な事件を引き起こしていたのですが、日本では小さな記事としてしか扱いがなく、30人もの死者を出した食中毒事件でも他国の事となると関心が低くなってしまうものだと思えていました。

 事件の起こりはフィリピン中部のボホール州マビニの小学校に地元のおばさんがキャッサバを油で揚げたお菓子を売りに行き、昼休みにそれを食べた児童の中から吐き気や腹痛といった食中毒の症状が見られ、病院に搬送されるまでに14人が死亡し、13人が到着後の病院で死亡、さらにその後、2人の死亡が確認されています。

 キャッサバを揚げたお菓子は地元では「マルヤ」と呼ばれ、本来のマルヤはバナナを油で揚げた物との事ですが、キャッサバを揚げた物も普通に食べられていて人気となっていたといいます。キャッサバには甘味種と苦味種があり、苦味種はデンプンを採るために使われますが、甘味種は味や食感がサツマイモに似ている事からあく抜きをするなどして調理用に使われる事もあります。

 被害に遭った中には一口食べて味がおかしい事に気付き、もう一口食べてみて苦味が強いので食べるのを止めたという児童もいたのですが、その児童も10分後には食中毒の症状に陥っており、今回の原因となった物質の毒性の強さを伺う事ができます。

 キャッサバには外皮を中心にシアン化合物(青酸配糖体)系のリナマリンとロトストラリンといった毒素が含まれていて、不用意に食べると食中毒に陥る事があるので、今回の事件もそれが原因ではないかと考えられていました。

 甘味種のキャッサバでは毒素は外皮に集中している事から、外皮を厚めに取り除くとある程度毒性を下げられる事が考えられるのですが、苦味種は塊根の中の方まで毒素が分布しているとされ、被害に遭った児童達の「いつもは黄色いキャッサバが今回のは白かった」という証言が甘味種と苦味種を間違えて使った事が原因と示唆しているようにも考えられます。

 キャッサバのお菓子を持ち込んだおばさんは、いつものように作って持ってきただけ、何もおかしな事はないとして自らお菓子を食べてみせ、そのまま食中毒を引き起こして入院してしまった事からもキャッサバのお菓子が食中毒の原因である事だけは確実という事ができます。

 キャッサバは加熱する事でも無毒化する事ができるとされるので、毒素が多く含まれた苦味種が誤って使われ、調理の加熱が不充分であった事などが重なって痛ましい事件が起こってしまったようにも思えます。しかし、その後、事件は意外な方向へと向かう事になります。


 

第2057回 主食への思い(2)



 米を主食としてきた米食文化と麦を主食としてきた麦食文化、一見似たような穀物を主食としてきながらその内容は大きく異なっています。米を主食として米の栽培を中心に食文化を形成していく事と、麦を主食として麦の栽培を中心に食文化を形成する事。そこにはまったく違った世界観が存在しているという事ができます。

 米という作物は、繰り返し同じ場所で栽培を続けても連作障害が生じないという優れた特性を持っています。そのため一定の田んぼで毎年同じ収量を望む事ができ、安定的に田んぼの面積全体を有効に活用して栽培を行う事ができます。

 それに対し麦は、繰り返し同じ畑で栽培を行うと連作障害が生じてしまう事から、同じ畑で栽培し続ける事が難しくなっています。それを回避するために三つの畑をローテーションして栽培を行う「三浦式農法」が考案され、安定的に収穫を行う事が可能となってはいますが、一つの畑は常に休ませておく必要があり、耕地面積の全てを使った栽培と収穫ができなくなっています。

 そうした収量の違いが主食によって一食が完結するか、他に食料を求める事で一食分の食料を確保するかという主食の立場の大きさの違いに繋がったと考える事ができます。

 また、米と麦の栄養に関する構成の違いも主食観の違いに繋がっているという事ができ、主要な栄養素であるタンパク質の含有量の違いが主食としての重要性を分けてしまったと考える事もできます。

 米にはタンパク質が多く含まれ、米を多く食べる事で三大栄養素のうち炭水化物とタンパク質を確保する事ができます。それに脂質を含む副食を加える事で活動に必要な栄養を確保する事ができる事から、米を主食として濃厚な味の脂質を含む副食を添えれば一食を完結させる事ができてしまいます。

 麦は米のようにタンパク質が豊富ではない事から、主食の麦以外からタンパク質を確保する必要があり、副食としてタンパク質と脂質を含む物が求められ、それが肉食を中心とした食生活や牛乳の飲用に繋がったともいえます。

 グローバル化の波の中、日本人の主食としての米に対する思い入れの強さが話題になる事がありますが、そうした背景を考えると麦と同じ感覚では捉えてほしくないものを感じてしまいます。


 

第2056回 主食への思い(1)



 古いアメリカ映画を見ていて、朝食に皿からはみ出しそうな大きく分厚いステーキを食べている場面があり、主食が肉なのだろうかと不思議に思えた事があります。主食は活動に必要なエネルギーを確保するために中心となる食べ物で、それぞれの国や地域の食文化に深く根差しています。

 特に日本では主食である米の存在が大きく、濃い味の副食を淡白な味の主食に合わせて食事をするという意識があり、ステーキだけを食べるという事に対する違和感は、そうした主食への意識によるものという事ができます。

 主食は多くの場合、デンプン質を多く含む物が採用されていて、米や麦、イモ類やバナナなど世界的な主食となっている物に共通する特徴となっています。しかし、主食となりえる要件を満たしていながら豆類を主食としている地域は、世界的に見ても非常に少なくなっていて、豆類の栄養価の高さを思うと意外に感じられてきます。

 米という主食のイメージが強い事から、一つの食文化の中において一つの品目が不動の地位を築いているように思えますが、主食の存在は意外なほど曖昧とされ、食事のスタイルによって変動するともいわれます。

 日本においても主食の一つとみなされる麺類が米と一緒に食べる際は副食扱いとなっておかず化したり、主食格であるジャガイモが主菜の付け合わせとなっていたりと、その時々において臨機応変に変化する例は多く見られ、米という存在が別格である事を感じる事ができます。

 欧米、特にイギリスの食文化ではチップスと呼ばれるフライドポテトや焼いたベイクドポテトがたくさん食べられていますが、主食としての位置付けではなくあくまでも付け合わせとして扱われ、パンもジャムやバターを塗って濃い味を付けて食べられている事から、日本における主食の感覚とは大きく違う事を伺う事ができます。

 主食に対する日本人の想いは酒席などにおいて料理が多数運ばれ、飲食を行った後、「締め」と称してご飯物が運ばれてきたり、鍋料理で具材を食べ終えた後、ご飯を投入しておじやとして食べる事に見る事ができ、主食を食べないと一食が完結しないという思いを感じる事ができます。

 欧米でもメインディッシュを食べた後、残されたソースにパンを浸して食べるという例を見る事ができますが、一見、鍋にご飯を加える「締め」と同じに見えてはいても浸されるパンは残ったソースを食べるツールとみなされていて、主食の立場の大きさの違いを伺う事ができます。

 そうした主食という立場の大きさの違いが料理の内容や構成の違いに現れているように思えるのですが、一汁三菜の和食に慣れた身としては、ステーキのみの朝食にはどうも馴染めないものを感じてしまいます。


 

第2055回 老化の代償



 生まれると同時に、または生まれる以前から進行がはじまり、進行を食い止める事はできずにやがて死に至るというと、どこか怖ろしげな病気のようにも思えます。すべての人が等しく経験し、逃れる事のできないもの、それが老化ではないかと思います。

 老化とは時間の経過と共に不可逆的に進行する形態的、生理的な生態の衰退減少とされ、不可逆的と定義されているように元に戻す事はできないものとされています。

 古くから人はその避けられない老化を何とか逃れ、老化する事なく生き続ける方法を探し、特に権力者はその力が大きくなるほど不老不死を強烈に求めてきました。今日でも不老不死とまではいかなくても、老化を遅らせていつまでも若々しく過ごすアンチエイジングという考え方は非常に関心が高い事となっています。

 老化については、二つの大きな考え方が存在します。一つはプログラム説と呼ばれるもので、老化はすでに予定として用意されているという考え方が元になっていて、アメリカのヘイフリックによって提唱された「ヘイフリックの限界」という事に象徴されています。哺乳動物の体細胞は何回かの分裂を繰り返すと増殖を停止し、やがて自滅するとされ、それが老化に繋がっていくと考えられています。

 ヘイフリックの限界は遺伝子の末端に存在し、細胞分裂の際に千切れて短くなり、一定以上の短さになると細胞分裂を行えなくなる「テロメア」の存在が知られるようになって、より理解されやすい物となっています。

 もう一つの考え方はエラー説といわれるもので、遺伝子の複製が行われるたびに一定の確率でDNAの転写ミスが起こり、それが積み重なって老化が引き起こされていくと考えられています。

 DNAからRNAへの転写ミスはガンの原因ともされてる事から寿命という部分にも関わっているという事ができ、転写によって分裂に必要な数を確保するというシステムを採用している上では避けられない危険性のようにも思えます。

 どちらがより有力な老化の原因かと考えると、おそらくどちらかが有力というのではなく、双方の相乗効果で老化は進行していくものと思えてきます。進化の過程を通して生存や繁殖に関するマイナス要因の多くは淘汰されてきました。それでも老化が残されてきた背景には、表裏一体となった成長するというメリットの方が大きかったからともいわれます。

 老化というと、人生の質を悪化させてしまうとても悪いもののように思えてしまうのですが、それと引き換えに確保された成長というものをより良いものにしなければと思ってしまいます。


 

第2054回 肥満弊害



 以前、デトロイトからアトランタへと向かう飛行機に乗った際、席に着きながら隣の中年の女性と肩が触れ、ちらっと一瞬だけ睨まれた事があります。後になって確認すると肩が触れたのは私が厚めの肩パッドが入った上着を着ていたからではなく、その女性のふくよかな体格のせいで、肩が触れた場所も私の席の側となっていました。

 しばらくすると機内で飲み物が配られはじめ、肘掛けの部分に内蔵されたテーブルを取り出す事になったのですが、その女性の体格が内側から肘掛けを押し曲げてしまっていたのでテーブルを出す事ができず、手伝って何とか引き出す事ができて感謝されるという事がありました。

 その後、世界的な原油高があり、もしすべてのアメリカ人が肥満でなかったら、アメリカの航空業界は現状から30%ほども燃料費を節約できると聞かされ、大きな体重が飛行機の燃費を悪化させているという事に、思わずその女性の事を思い出してしまった事があります。

 アメリカ人の肥満は社会問題化して久しく、飛行機や自動車の燃費を悪化させているだけでなく、さまざまな部分に影響が出ているとされ、特に医療関係では意外な問題が生じているともいわれます。

 近年、体内の状況を的確に把握するためにMRI(磁気共鳴画像装置)が使われていますが、肥満体のためにMRIの狭い装置内に入る事ができず、診療が受けられないというケースが出てきているといいます。

 MRIを製造するメーカーでもそうした意見を受けて装置のトンネルを大きくする工夫がされているそうですが、装置のトンネルを大きくすると通常の体系の患者に対しては組織内を透過して映像化する事が難しくなる事や、体脂肪が多いと画像が不鮮明になる事からより強力な画像装置の開発が求められていますが、電磁波は人体に有害な可能性があり、単純に強力にするという事ができない難しさに直面しているとされます。

 MRIの問題に限らず厚く脂肪が巻いた腕に注射するために注射針のこれまでの物よりも長い物が求められるようになったり、ベッドを補強するなどの対策も求められています。

 MRIに関しては電磁波の強力化ではなく、電磁波を解析するソフトウェアの方に工夫が行われているとの事で、将来的には何とかなりそうな気がしています。肥満は万病の元といわれますが、病気になってからも大変な事が待っている。何とか肥満を克服できる手立てを考案してほしいものだと思ってしまいます。


 

第2053回 茶碗いろいろ



 茶碗というと、ご飯を盛り付けるご飯茶碗がすぐに思い浮かびます。身近なところでは湯飲み茶碗もあり、茶席で使われる抹茶碗、煎茶をいただく際の煎茶碗など、一言で茶碗といっても多種多様である事が判ります。

 茶碗は本来、その名の通りお茶を飲むための器として生まれ、奈良時代から平安時代に掛けてお茶と一緒に伝えられています。茶碗の用途や姿が多様化するのは江戸時代に入ってからの事で、煎茶が流行した事から茶筅でかき混ぜる事を考慮しない形状の煎茶碗、白湯や番茶などの比較的多めの量を入れる湯飲み茶碗、ご飯を盛り付けるご飯茶碗へと発展しています。

 茶碗の基本形となったといえる抹茶碗はその形状によって幾つかの分類が存在し、飲み口が狭い事から冷めにくく、冬場の使用に適しているとされる筒茶碗や、飲み口が広くて冷めやすく、夏場の使用に適した平茶碗。焼き物としての特徴から形状名が付けられた天目茶碗や井戸茶碗など、さまざまな形状があります。

 そうした茶碗の形状の中で、最も馴染み深いご飯茶碗の原型となったのは天目茶碗ではないかと思えてきます。天目茶碗は天目釉と呼ばれる鉄釉を用いて焼かれた陶磁器で、そのルーツは周の時代にまで遡るとされます。

 宋の時代には盛んに制作されるようになり、鎌倉時代になって禅宗が盛んになると日本から中国禅宗の中心地であった浙江省の天目山への留学が増え、留学から帰国した禅僧によって持ち帰られた事から鉄釉の茶碗を「天目」と呼ぶようになっています。

 口が開き底が締まって丸みを帯びた姿は、今日のご飯茶碗に通じるものが感じられ、鉄分が多く黒い釉薬となる「柿釉」がかけられた茶碗は思わず炊きたての白いご飯が映えそうと思ってしまいます。

 茶碗というと陶磁器の事と思えますが、全国的に陶磁器の茶碗が普及するのは明治以降の鉄道の発達が大きく関わっているとされます。今日、気軽に接している茶碗ですが、便利に使えるようになった背景には製造技術や流通など多くの技術的発達があった事と、現在の状況に感謝しなくてはと思えてきます。


 

第2052回 和の作法



 食事を用意する際、茶碗はご飯専用で茶碗に汁物や和え物などを盛り付けようとすると、それなりの違和感を感じてしまいます。汁物専用のお椀も同じで、液体の料理だからといってポタージュスープやシチューなどを注ぐ事にも抵抗を感じてしまいます。

 澄んだコンソメスープならお吸い物と同じ感じなので大丈夫なのではとも思えるのですが、やはり洋食の香りを感じると漆塗りのお椀では何か違うものを感じさせられてしまいます。

 日本の食事作法に慣れ過ぎているせいかと思いながら、改めて思い返すと自然にやっているだけで食事の作法にはそれほど詳しくない事に気が付きます。あまり窮屈にならない範囲で、一度正式に勉強したいと思いながら、なかなか思うだけで終わってしまっています。

 日本の食事作法の源流は中国の古典的な礼書である「周礼」「儀礼」「礼記」といういわゆる「三礼」にあるとされます。奈良時代に礼法として伝えられたものが平安時代に食礼と呼ばれる作法となり、鎌倉時代に伝えられた禅や茶の湯の所作を取り込むかたちで独自の発展を見せています。

 茶席において供される懐石料理の作法も影響を与えたともいわれ、禅寺における食事作法を記した道元の「赴粥飯法」には、「食事の際は肘を着かない」「音をさせて食べない」など、今日の食事作法がほぼ網羅されている事から、すでに13世紀の日本において食事作法は確立されていた事となります。

 室町時代に入ると小笠原流や伊勢流といった礼法の流派が生まれ、箸の使い方や包丁による調理のし方などが編み出されています。その後、小笠原流では武家社会の礼法を室町時代の末期には集大成させ、続く江戸時代には幕府に取り立てられる事となり、食事作法を記した「食物服用之巻」を発行します。

 「食用服用之巻」をはじめとした礼法書は多数発行され、庶民の間にも浸透した事によって食事作法や年中行事、言葉使いなどの生活作法が広められています。

 そうして広まり、今日に伝えられている食事作法ですが、丼物はかき混ぜずに具とご飯は交互に食べる、基本的に器は手に持って食べるが、手に持てない際に箸でつまんだ料理に添えられる手皿は無作法など、日常的な事の中にも知らない事が多くなってきているように思えます。近いうちに正式に教わっておきたいものです。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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