第2101回 嗅覚に思う(1)



 人は約8割の情報を目からの視覚情報によって得ているとされます。そのため、視覚にのみ頼ってしまいそうになるのですが、残りの2割の部分、嗅覚や聴覚によっても意外なほど影響を受けていて、2割といえども重要な情報源となっている事が判ります。

 嗅覚は回りの空気の振動を鼓膜という感覚器官で感じる聴覚とは異なり、受容体で臭いの元となる化学物質の存在を感じ取るという意味では味覚に近い感覚という事ができます。嗅覚と味覚の主な違いは味覚が受容体が感じる化学物質に選択的に直接触れる事に対し、嗅覚は不特定多数の化学物質に非選択的に触れているという事ができます。

 味覚が口にする物の状態や含まれる栄養素、毒素の有無などを感じる事に対し嗅覚は味覚と同じような機能に加え、外敵の存在や隠れた物の検出、仲間の状態や自分を取り巻く環境の状況を察知するなどの幅広い機能が要求される事から、重要な機能として発達してきた事が判ります。

 かつて生物の進化を化石という形で観察していた頃、貴重な化石を破壊するしか内部構造を知る術がなかった事から、脳の進化を知る事は困難なものとなっていました。現在ではX線を使ったコンピューター解析の技術が発展した事から、貴重な化石を傷付ける事なく内部構造を調べる事が可能となり、脳の進化をより詳細に知る事が可能となっています。

 X線解析によって得られた頭蓋骨内部の空間の形状や脳組織の痕跡、脳の表面の詳細な画像を元に哺乳類のルーツであるキノドン類に属する7つの化石とキノドン類から6500万年ほど後の1億9千万年前に生息していた初期哺乳類の化石、現在の哺乳類を比較し、脳がどのように変化したかを調べると、キノドン類と初期哺乳類では脳の容量は1.5倍ほど大きくなっており、その後、さらに脳の容量は大きくなり続けている事が判ります。

 特に巨大化が著しかった領域として嗅球や嗅覚皮質といった嗅覚情報の処理に関する部分があり、継続的に進化が行われ、嗅覚の機能が向上させられきたといえます。

 嗅覚に関する領域以外では、体毛からの触覚情報を処理する領域や知覚と運動機能を統合する領域なども拡大してきている事から、捕食動物から発見される事を避けるために夜行性の生活を余儀なくされたために、暗がりではあまり役に立たない視覚情報の代わりに嗅覚や触覚を発達させ、異常を察知すると素早く逃亡できるような運動機能の向上が図られてきた事を考える事ができます。

 同じ時を経ていながら爬虫類には同じような嗅覚の進化が見られない事については、哺乳類が恒温動物であり、活動に必要な体温を確保するために日光を必要とせず、躊躇なく夜行性に移行できた事を上げる事ができます。

 同じ進化は人間に対しても当てはまり、類人猿から現代人へと進化する途中の14体の頭蓋骨を測定すると、臭いを感じる嗅球と嗅球で得られた嗅覚信号が最初に伝わる側頭葉の発達が著しく、人間も同じように嗅覚と共に進化してきた事が判ります。

 嗅覚は記憶と連動する事も知られており、嗅覚の重要性が改めて認識されてきています。進化によって脳が巨大化し、それに合わせて嗅覚を掌る分野も強大化したのか、より迅速で細かな情報処理が求められた結果として嗅覚に関する分野が巨大化され、それに合わせて脳も巨大化したのか、自分の脳に聞いても答えてくれない事もあり、大いに興味が湧いてしまいます。


 
スポンサーサイト

第2100回 好戦的進化



 人と人に比較的近い存在であるチンパンジーの手形を見ると、簡単に区別する事ができます。チンパンジーの手は人と比べて人差し指などの4本の指がとても長く、親指だけが短いという特徴があります。

 チンパンジーの手は、枝を掴んで木の上を移動する事に適した進化が行われ、人の手は短めの4本の指と長い親指のお陰でそれぞれの指の連動性が良く、器用に道具を使う事に適した進化の結果と思えてきます。完全な二足歩行を獲得し、現在に続くライフスタイルを採った事がそうした違いに繋がったというのが定説となっていますが、そうではない可能性が示唆されてきています。

 アメリカ、ユタ大学のキャリファー博士が新たに発表した論文によると、人の短い4本の指と長い親指は全体を包み込む事で作られる形状である拳を作りやすく、二足歩行によって自由になった手を使って、最も単純で原始的な武器である拳を有効に使うという好戦的な進化を遂げた結果が人とチンパンジーをはじめとする霊長類との手の形状の違いに繋がったとされています。

 拳と平手を使って正面や水平方向、上方などに攻撃を繰り出した場合、当然の事ながら攻撃対象に与える事のできる打撃力は同じになります。しかし、打撃を加える面積の違いからより面積を小さく設定できる拳は、面積当りの打撃力がより大きくなり、平手による打撃の1.7~3倍ほどの攻撃力を有する事となり、拳の方が大きなダメージを与える事となります。

 単純に打撃面積だけを小さく設定するのであれば指を折りたたんだ状態、親指を人差し指に添えない形で拳と同じ打撃面積にする事ができますが、その状態で人差し指がどれだけの力に耐えられるかを計測すると、親指を人差し指に添えるだけで4倍もの衝撃に耐えられる事が判り、拳の武器としての優秀性を伺う事ができます。

 総合的な結果として拳を作る事で約2倍の攻撃力が確保されている事となり、打撃力、衝撃の吸収力においても優れた武器であるという事ができます。道具を器用に使いこなすための進化であるなら、親指を長く進化させて他の指との連動性を確保するだけで充分であった事が考えられ、小さな手のひらは高い攻撃力の拳のためと考えられます。

 チンパンジーよりも攻撃性が高いゴリラの手がより人に近い事や、人は怒りを覚えると無意識に拳を握ってしまう事、高い攻撃力を持った個体の方がより子孫を残しやすい環境下で進化してきた事などが拳の攻撃的な進化を裏付けているとされます。

 その反面、人の手の形状が今に近い形になったのは直立歩行を始めた頃と一致するとされ、二足歩行に適した足の形状に進化する事に関わった遺伝子の機能の一環として手の形状の進化も行われた可能性も考えられます。

 人が好戦的な生物であるかどうかについては、日々のニュースを見ていると感じられる事ではありますが、器用に道具を使いこなし、生産性を上げる事を目指して進化が行われたと考えたいと思ってしまいます。


 

第2099回 誤飲の対処



 従姉は犬を飼っていて、時折、画像をメールで送ってくれます。犬専用のまるで人間用のような料理やケーキが売られているらしく、その報告も送ってくれるのですが、食べ物にはあまり興味を示してくれない我家の猫と比べて羨ましくなってしまったりもします。

 その犬が先日、タバコの吸い殻を誤飲してしまったとの事で、大変な騒ぎとなっていました。急いで掛かり付けの獣医に連絡したそうですが休みで、代わりの動物病院を探す事に苦労し、少しでもニコチンを薄めて吐き出すようにしなければと無理やり水を飲ませたそうです。やっと開いている病院が見付かり、連れて行ったそうですが、ニコチンよりも無理やり飲ませた水の方が問題で、肺にまで水が入り、そのせいで入院する事となってしまいました。

 嗅覚の発達した犬ではあまり考えられないのですが、人間の乳幼児の場合、いろんな物を口に運ぶ一環としてタバコや吸い殻を口にしてしまい、誤飲するといった事が起こる可能性があります。

 誤飲に気付いた際、手当をする側として、まず誤飲したタバコを吐き出させる事を行います。タバコに含まれるニコチンは、痙攣、呼吸困難などの中毒症状を起こし、大人では40~60mgが致死量とされる事から、紙巻きタバコで2、3本。幼児の場合は10~20mgが致死量とされるので半本~1本程度が致死量となってしまいます。

 口の中に残ったタバコを取り除いて洗浄し、胃壁を保護しながら吐き出させるために牛乳や水を飲ませるというのが良く知られた対処法なのですが、実は牛乳や水を飲ませる事はかえって危険という意見もあります。

 タバコが胃に入った際、牛乳や水を飲んでしまうとタバコの葉からニコチンが染み出し、体内に吸収される事を助けてしまうので、水は飲ませずに吐き出すようにした方が良いといわれます。

 また、タバコの誤飲によって医療機関へ行くと、鼻から管を入れて洗浄液を注入して胃洗浄を行う事がありますが、最近では胃洗浄も必要ないとされてきています。

 胃酸のような酸性の液体の中ではタバコの葉からのニコチンの溶け出しはゆっくりと進み、吸収も時間が掛かる事からニコチンに対する嘔吐反応によって吐き出されてしまうので重症化する事は稀で、胃洗浄の方が負担を掛けてしまう事となってしまいます。

 そのため誤飲量が少ない場合や不明な場合は、指を喉に入れて吐き出させるだけで充分とされ、注意深く経過を観察して4時間くらい経っても中毒症状が見られなければ問題はなく、中毒症状が見られたり吸収されやすいタバコの水溶液を飲んだ場合に限って胃洗浄が必要とされます。

 大切なのは回りにいる者が慌てない事で、事前にそうした話を従姉にしておけば無用な入院は避けられたのかと、少し申し訳ない気になってきます。


 

第2098回 正座賛否



 畳の間などに座る際、ちゃんと正座をして座り、長時間になってもそのままなので感心される事がたまにあります。確かに慣れない人が正座で長い時間座り、足が痺れてしまって立ち上がれなくなるという場面を目撃することがあり、長時間正座している事はあまり馴染みのない事だと思えます。

 星座は日本では正式な作法とされ、畳の間などの椅子を使わない部屋で目上の人と相対する際、正座ができないと失礼にあたる事もあります。

 かつて正座は御神体や仏像などを拝む際や征夷大将軍にひれ伏す場合の座り方とされ、普段は男女共に胡坐をかいて座る事が一般的であったとされます。十二単や袍などの古い装束は下半身の部分が大きく作られ、胡坐を前提にした作りとなっていて、正座には不向きとされます。

 日本において正座が広まった背景には茶の湯の影響があるとされ、広間の一部を屏風や建具などで仕切って茶席が設けられた事やその後に登場する茶室が狭く作られる事から、狭いスペースでも効率よく座れ、正式な作法としても遜色のない座り方として茶道が体系化される室町時代を中心に武家社会へと浸透していきます。

 江戸時代に入ると幕府によって小笠原流礼法が採用され、参勤交代の制度によって全国の大名が集められると将軍に対し全員が正座をする事となり、それが全国へと広まったとされ、庶民の間にも畳が普及した事も正座が浸透する要因となっています。

 日本の伝統文化のようにも思える正座ですが、畳の間の減少や椅子の普及、膝下への血行が悪化して成長を阻害し、短足になったりO脚の原因になると考えられた事などから、最近では正座ができない子供もいるとされます。

 また、正座は長期に渡って負担を掛け続けた事による「変形性膝関節症」の原因になるとも考えられていますが、全く逆の意見も存在しています。正座は膝関節のストレッチになる事から、アメリカの専門医の中には変形性膝関節症の患者に対し一日に一度は正座をするように指導して、治療効果を上げている例もあるとされます。

 実際、日本人には変形性膝関節症の患者が少ない事や高齢になって膝が曲がり切れなくなったり、伸ばし切る事ができなくなる「膠着」が見られない事からも正座のストレッチ効果が良い影響を与えている事が判ります。

 アメリカで治療のために正座を推奨する際、「ジャパニーズ・シッティングをしてください」と奨められるそうで、日本の良い習慣として認識されている感じがします。賛否両論の正座ですが、日に一度くらいはした方が良いのかもしれません。


 

第2097回 鶏と魚と七面鳥



 今年もクリスマスを迎え、大手フライドチキンのチェーン店では大変な賑わいとなっているのではと思います。日本でクリスマスに鶏肉が食べられるようになった理由は、欧米のクリスマスで七面鳥を食べるという習慣が日本に持ち込まれた際、日本では七面鳥の入手が困難であった事から鶏になったとされます。

 クリスマスには七面鳥という習慣はアメリカで始まったとされ、その期限は1620年代にまで遡ります。イギリスからアメリカへと移り住んだピューリタンが過酷な冬を越せずに全滅の危機に瀕していた際、先住民達が食料を支援してくれ、その際、トウモロコシやカボチャ、豆類などの栽培や七面鳥の飼育方法を教えてくれました。

 全滅の危機を免れ、翌年には教わった方法で農産物を栽培し、七面鳥を飼育して現地での生活の基盤を作る事ができたお礼に、恩人である先住民達を招待して収穫を神に感謝する祭りを開きました。今日でも感謝祭として残る祭りの影響もあり、アメリカでは感謝祭やクリスマスなどの大きなイベントには七面鳥を食べるという習慣ができたといいます。

 それがヨーロッパにも伝えられて、欧米のクリスマスには七面鳥が欠かせない存在となったとされます。一説には当初は、七面鳥ではなくガチョウが一般的に食べられていたそうですが、イギリスのビクトリア女王が七面鳥好きであった事から、ガチョウが七面鳥に置き換えられ、1850年頃を境に七面鳥が一般的となったともいわれます。

 同じヨーロッパでもイタリアでは七面鳥ではなく魚が食べられるとされ、クリスマス前に行った断食後、急に肉料理を食べるのは消化器官への負担が大きいと考えた習慣の影響という意見もありますが、古代ローマでキリスト教が迫害されていた頃、キリストを象徴するものとして魚の文様が書かれていた事から魚料理となったのではと思えます。

 ギリシャ語で魚は「イクトゥス」と呼ばれ、「イエス キリスト 神の子 救世主」という言葉の頭文字を合わせるとイクトゥスとなり、公に祈りを捧げる事ができない代わりに魚の文様を描いたり、地面にランダムに線を描き、その中の一つを弧を描いた曲線として、もう一人が同じく地面に線を描き、円弧に書き足す形で逆の円弧を描いて魚の形を完成させると、お互いに密かにキリスト教を信仰する者同士である事を確認したとされます。

 また、魚については聖書の中で漁師だったペテロに「これからは魚ではなく人を取る漁師になるのだ」と諭して弟子にしたエピソードや、二匹の魚と五つのパンで5000人の食料とした「パンと魚の奇跡」、神殿税を請求されて困っているペテロに釣りに行って捕まえた魚の口に税金分の銀貨が入っているとイエスが語る「聖ペテロの魚」などがあり、キリスト教との関わりの深さが伺えます。

 歴史や文化的な背景を思うと理解できる七面鳥や魚のクリスマスですが、馴染みのない日本ではやはり違和感を感じてしまいます。欧米人からは日本のフライドチキンと生クリームとイチゴで飾り付けたふわふわのスポンジケーキという取り合わせに違和感を感じるそうですが、それも一つの文化となってしまっているようにも思えてきます。


 

第2096回 トマトの理由



 大好きな食材の一つにトマトがあり、南阿蘇ではたくさん栽培されている事やほぼ毎日食べている事から、私の血の赤い色はトマトのリコピンですと発言して笑われてしまう事もあります。最近ではさまざまな品種のトマトを見掛ける事もあり、色合いや形の面白い物を買ってみて楽しんでいるのですが、どうしても昔のトマトのようなものが感じられないと思えてしまいます。

 子供の頃、友人の家に遊びに行き、何軒かの家を回って数名の友人と合流しながら近くの公園へ遊びに行った事があります。その際、最後に訪ねた公園のすぐ近くの家に住む友人がおやつ代わりにトマトを一個、手に持ったまま出てきて、一口齧った際にトマト特有の青臭さを感じたという鮮烈な記憶があるのですが、今はそういった事が皆無と思えます。

 熊本には「塩トマト」と呼ばれる土壌の塩分濃度が高い干拓地などの過酷な土地で栽培し、糖度が8以上という味の濃いトマトがあります。果物並みの甘味とトマトの濃厚な味わいは、今のところ一番美味しいトマトと思えるのですが、それでも昔のトマトのようなものを感じる事はできません。

 トマトは未熟な青いうちに収穫し、流通を経て店頭に並ぶ際に赤く色付くように出荷されているので、葉で作られた栄養を充分に取込んでいない事から味が薄くなるといわれます。しかし、今日のトマトの味が薄い事については、そうした流通上の理由以前のものがあるとされています。

 トマトは南アメリカ大陸が原産地で、新大陸の発見によってヨーロッパへ持ち帰られ、存在が世界的に知られる事となります。当初は猛毒を持つベラドンナに姿が似ていた事から毒があると考えられ、なかなか食用としての認識が広まらなかったため、トマトの食用としての歴史は200年ほどと浅いものになっています。

 その200年の間に食用としての品種改良が進められるのですが、1920年代の終わりに新たな品種として偶然、それまでの品種のようにへたの部分に緑色が集中せず、全体に色合いが均一なトマトが発見されています。

 未熟な状態で薄めの緑色をしたそのトマトは、全体的に色合いが均一である事から収穫時期が判断しやすいというだけでなく、熟してきても色合いが均一に赤くなってくるため、完熟した状態で店頭に並べられているように見える事から消費者の人気を集め、市場を席巻する事となっています。

 最近になってトマトの遺伝子について行われた研究によると、均一に色付く新品種のトマトには「SIGLK2」と呼ばれる葉緑体の分布や蓄積に関わる遺伝子の活性が失われている事が判り、SIGLK2は糖分やリコピンなどのカロチノイドの産生にも関わっている事から、新品種のトマトは遺伝的に味が薄いトマトとなっている事が考えられ、現在、主流として市場に流通するトマトに活性化したSIGLK2を導入すると糖分やカロチノイドが20%程度増加する事が判ってきています。

 遺伝的に味や風味が薄いトマトである上に、流通の都合から未熟な状態で出荷されるという二重の弊害がトマトを味気ないものにしているという事が伺えるのですが、遺伝的な操作を行ったSIGLK2活性化トマトは法律の規制によって食用として味見をする事が禁じられています。通常の品種改良によってSIGLK2の活性を取り戻す事も可能とされる事から、改良品種の登場を待ちたいと思えてきます。弁当に入れやすいように、種の部分が少なくなるような品種改良も行われているそうですが、間違った方向へは進んでほしくないとトマト好きとしては切に願ってしまいます。


 

第2095回 白く輝く・・・(2)



 バターの安価な代替品として牛脂や牛乳を使ったオレオマーガリンが開発され、後に水素添加反応を用いて植物油から作られる合成マーガリンへと代わっていきます。水素添加反応を使って加工を行う際、不飽和脂肪酸から飽和脂肪酸へと変化せずに不飽和脂肪酸の状態へと戻ってしまった脂肪酸がトランス脂肪酸となり、マーガリンはトランス脂肪酸が多く含まれる食品として使用する事による健康不安をいわれるようになってきています。

 かつてマーガリンが植物由来の物である事から、動物性油脂であるバターよりもヘルシーといわれていた頃、同じように内容成分について健康不安をいわれた事があります。

 ベニバナ油にはリノール酸が多く含まれ、当初はリノール酸が健康に良いと評判になっていた事から、ベニバナ油を使ったマーガリンもリノール酸を多く含む物として健康的といういい方をされていました。しかし、後にリノール酸は総コレステロール値を下げる作用があっても一時的で、代謝される事で最終的にはアラキドン酸となり、アラキドン酸にはアレルギーを助長する心配がある事から、リノール酸を多く含む事は健康面においては否定的な見方をされるようになっています。

 最近では、アラキドン酸は脳細胞の柔軟性を保つためにDHA〈ドコサヘキサエン酸)と同じような働きをする、やる気を引き立たせるとして健康面だけでなく、体を構成する重要な成分としていわれるようになっていますが、当時はそうした事が知られておらず、品種改良を行う事でリノール酸が少なく、オレイン酸を多く含む品種の開発が行われています。

 トランス脂肪酸は加工などによって生じる事から、原材料となる植物の品種改良によっては含有量を調整する事ができず、対応が難しいようにも思えてきます。熱を加える事でシス型の不飽和脂肪酸がトランス型へと変化する事から、植物油や魚油を精製する、硬化させるといった加工を施した際や調理する際にも生じていて、食品の中に完全に含まれない状態を作り出す事は不可能なようにも思えます。

 油脂を熱加工しない自然界には存在しないといういい方をされる事もありますが、反芻動物の胃の中では共生している微生物によって作り出されているため、牛肉や羊肉には微量ですが含まれています。また、熱を加える事で増える事から、繰り返し温め直しをを行った料理にも比較的多めのトランス脂肪酸が含まれている事となります。

 現在、トランス脂肪酸の健康への影響としては、悪玉といわれるLDLコレステロールを増やし、善玉といわれるHDLコレステロールを減らす事が確認されていて、派生的に心臓病や虚血性障害のリスクを高めると考えられています。そうしたリスクはトランス脂肪酸単体というより生活習慣との関連が深いと考えられる事から、トランス脂肪酸の摂取に神経質になり過ぎず、生活習慣全体を見直しながら摂取量の低減に努める事が大切なように思えてきます。

 摂取量の目安が総カロリー数の1%未満とされ、平均的な日本人は一日当たり1.56gを摂取していると考えられる事から、総カロリー数の約0.7%となり、すでに摂取目安を下回っている事が判ります。健康に関する多くの事についていえる事ですが、あまり神経質になり過ぎない事が大切なのかもしれません。


 

第2094回 白く輝く・・・(1)



 大好きなウサギのキャラクターが書かれたパンがあります。パン祭りなどのキャンペーンが行われている事もあるので、そのキャラクターのファンである身としては売上に貢献したいと思うのですが、いつも売られている製品はテーブルロールの真ん中にマーガリンが封入されているので、どうしてもそれを考えると購入する意欲が薄れてしまいます。

 かつてマーガリンは植物由来の油脂である事から、動物由来の油脂であるバターよりも健康的という意見も見られていました。それがマーガリンには健康を害する怖れがあるとされたトランス脂肪酸を含んでいるという事から、あまり健康に良いイメージは持たれなくなってきています。

 トランス脂肪酸についてインターネットで検索してみると、「天然には存在しない狂った油脂」や「プラスティックを食べさせられている」などのショッキングな文言も見られ、記載された内容も過度に恐怖心を煽るようなものがあり、そこまで忌み嫌わなくてもとも思えてきます。

 私がそのパンを好まない理由は中心付近にマーガリンが固まって入っているからで、パンを食べる際、マーガリンを使うのであれば全体的に満遍なく塗ってほしいと思うからです。中心に塊で入っている事でその部分を食べているとマーガリンの塊を食べている気になってしまいます。

 マーガリンとの出会いは子供の頃、朝食のトーストに塗る物としてバターの代わりに出てきたのがはじまりとなっています。コミカルな原始人のキャラクターが描かれたバターケースにブロックのバターが入れられていたのですが、それがマーガリンのブロックに代わっていて、最初の印象は冷蔵庫から出してすぐでもパンに塗りやすくはあるのですが、バターのような風味がなくほんのりとした苦味が感じられたので、それが苦手と思えていました。

 その後、ベニバナ油やコーン油などを使った物なども登場し、徐々に馴染んでいく事となるのですが、パンに塗る物という意識が強く、バターのように料理に使うという事はほとんどありませんでした。

 マーガリンという名前は1813年、フランスの化学者シュブルールによって動物性脂肪の中から脂肪酸の一種である「マルガリン酸」が発見された際、真珠のように白く輝いていた事から、ギリシャ語で真珠の意味を持つ「マルガライト」から創り出されています

 製品としてのマーガリンは1869年にナポレオン3世がバターの安価な代用品を募集したところ、ムーリエによって牛脂に牛乳などを加えて硬化させた物として考案されました。オレオマーガリンと名付けられた最初のマーガリンは、その後、略してマーガリンと呼ばれるようになり、1871年には世界的な大手油脂メーカーの創業者となるオランダのユルゲンスによって特許権が買収されています。

 1887年には日本へも輸入され、1908年には横浜の帝国社によって初の国産化が行われていますが、マーガリンの一大転機となったのは19世紀末にニッケル触媒を用いた水素添加反応が発見された事で、水素添加反応によって常温では液体だった植物油が硬化する事が知られるようになり、牛脂ではなく植物性の硬化油を用いた合成マーガリン作りが行われるようになります。マーガリンとトランス脂肪酸の出会いは、この時に始まったという事ができます。

 常温で液体の植物油には不飽和脂肪酸が多く含まれています。それを固体の動物油のような状態にするには、水素添加を行って飽和脂肪酸に変化させる必要があります。不飽和脂肪酸がニッケルの触媒と出会うと「アリル錯体」と呼ばれる状態になり、水素と反応して不飽和脂肪酸に変化するのですが、アリル錯体は不安定なため、反応途中で不飽和脂肪酸に戻ってしまう事があります。アリル錯体が不飽和脂肪酸に戻る際、天然に存在している時のような不安定な「シス型」ではなく安定度の高い「トランス型」になってしまう事からマーガリンはトランス脂肪酸を多く含む事となってしまいます。

 牛脂から植物油へ、常温で液体であったものを固形化させた際のエラーがトランス脂肪酸という思わぬ副産物を生む事となり、マーガリンの評価を一変させる事となってしまったという事ができます。


 

第2093回 奇病の後(2)



 若くて元気な牛が原因も判らないまま失血死していく謎の伝染病、「スイートクローバー病」の原因物質として発見されたジクマロールをさらに強化して合成されたワーファリンは、賢く、警戒心も非常に強いクマネズミへの対策の切り札として重宝する存在となっていました。

 血栓症の予防や治療への応用の可能性をいわれながら、出血を誘発するかもしれないという副作用の存在ゆえに研究は試みられず、今日のような治療薬として高い評価を得る道は閉ざされていました。

 1951年に殺鼠剤としての高い効果を悪用し、自殺を図るために大量のワーファリンを服用しながら無事に蘇生したという事件が報告され、ワーファリンの臨床応用の可能性がいわれるようになります。1954年にはアメリカ心臓協会において心筋梗塞に関する臨床試験が開始され、血栓症に関するさまざまな試験が行われるようになり、抗凝血剤としての有用性が証明され、抗血栓治療法の基礎的薬剤としての道が開かれています。

 ワーファリンは血液の凝固に関わるビタミンKの拮抗剤であり、ビタミンKの働きを阻害する物である事から、ビタミンKを大量に含む食材を摂取し、ビタミンKの血中濃度を上げてしまうとワーファリンの作用は弱められてしまう事が考えられ、ワーファリンの投与を受けている人はビタミンKを多く含む食材を摂取しないように指導を受けます。

 納豆にはビタミンKが多く含まれているだけでなく、腸内で納豆菌が多量のビタミンKを生成する事が考えられるため、ワーファリンと納豆は師匠が悪いといわれます。

 また、納得菌が創り出す酵素、ナットウキナーゼには血栓を溶かす働きがあり、その血栓溶解作用は急性心筋梗塞や脳血栓症などの治療の際に用いられる血栓溶解薬、「ウロキナーゼ」にも匹敵するとまでいわれ、抗凝血薬であるワーファリンと併用すると効果が増強され過ぎて危険という意見もあります。

 ワーファリンは毒を転じて薬とした典型的な存在であり、扱いには充分な注意が必要です。効果を阻害するのか増強するのか、今一つ不明な感じではありますが、とりあえず納豆との相性の悪さだけは確実な事と思えてきます。奇病から始まり殺鼠剤、自殺未遂と少々物騒な話の連続ですが、ワーファリンの波乱万丈な歴史となっています。


 

第2092回 奇病の後(1)



 日頃から緑黄色野菜を食べる事が多く、納豆も結構食べている気がします。そんな食生活が合わないものというと、医薬製剤の「ワーファリン」が思い浮かんできます。ワーファリンはビタミンKの拮抗剤で、ビタミンKに依存して血液を凝固させる因子の働きを阻害し、抗血栓治療薬として高く評価されています。

 ワーファリンの開発と歴史には少々怖い物語が存在していて、1920年代、カナダやアメリカの北部で発生した牛の奇病がワーファリンの開発に繋がっています。若くて元気な牛が急に出血が止まらなくなり、次々と死んでいくという病気は、その拡大の様子から新たな伝染病の発生と考えられていたのですが、意外な事が原因となっていた事が突き止められます。

 当時、痩せた土地でも逞しく育ち、気象条件にも左右されず、収穫量も豊富であるスイートクローバーがトウモロコシや牧草などの代わりに資料として盛んに栽培されていました。スイートクローバーの使用量が増えるに連れて謎の奇病が蔓延するようになったため、奇病は「スイートクローバー病」と呼ばれるようになり、スイートクローバー病で大きな打撃を受けた農家が死亡した牛や血液、サイロの中に残っていた腐ったスイートクローバーをウィスコンシン大学の生化学者リンク博士の下に持ち込み、奇病の原因究明が行われました。

 分析の結果、スイートクローバーには出血を誘発する物質として「ジクマロール」が含まれている事が判り、謎の奇病の原因物質として特定されました。1948年にリンク博士はジクマロールをより強い誘導体として合成し、ワーファリンの名前で特許を出願しています。

 その後、ワーファリンは血栓症の治療薬として応用できる可能性をいわれながら、出血を誘発してしまうという副作用の方が怖れられ、研究は試みられないまま殺鼠剤としての利用が行われていました。

 ネズミ、特に体の大きなクマネズミは賢く、警戒心も非常に強い事から、罠を仕掛けても罠の存在を学び、食べた後に仲間が死んだエサには毒がある事を察知して、以後、そのエサを食べようとしなくなります。直接の毒ではなく、食べてもすぐには何の変化も見られないワーファリンは、そんなクマネズミを警戒させずに摂取させ、後に出血を誘発して殺す事に最適な薬剤という事ができます。

 牛の奇病の原因物質として発見され、開発されたワーファリンは、成す術のなかったクマネズミへの対策の切り札となり、その後、1951年に意外な事から大きな転機を迎える事となります。


 
プロフィール

kcolumnist

Author:kcolumnist
にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR