第2101回 嗅覚に思う(1)
人は約8割の情報を目からの視覚情報によって得ているとされます。そのため、視覚にのみ頼ってしまいそうになるのですが、残りの2割の部分、嗅覚や聴覚によっても意外なほど影響を受けていて、2割といえども重要な情報源となっている事が判ります。
嗅覚は回りの空気の振動を鼓膜という感覚器官で感じる聴覚とは異なり、受容体で臭いの元となる化学物質の存在を感じ取るという意味では味覚に近い感覚という事ができます。嗅覚と味覚の主な違いは味覚が受容体が感じる化学物質に選択的に直接触れる事に対し、嗅覚は不特定多数の化学物質に非選択的に触れているという事ができます。
味覚が口にする物の状態や含まれる栄養素、毒素の有無などを感じる事に対し嗅覚は味覚と同じような機能に加え、外敵の存在や隠れた物の検出、仲間の状態や自分を取り巻く環境の状況を察知するなどの幅広い機能が要求される事から、重要な機能として発達してきた事が判ります。
かつて生物の進化を化石という形で観察していた頃、貴重な化石を破壊するしか内部構造を知る術がなかった事から、脳の進化を知る事は困難なものとなっていました。現在ではX線を使ったコンピューター解析の技術が発展した事から、貴重な化石を傷付ける事なく内部構造を調べる事が可能となり、脳の進化をより詳細に知る事が可能となっています。
X線解析によって得られた頭蓋骨内部の空間の形状や脳組織の痕跡、脳の表面の詳細な画像を元に哺乳類のルーツであるキノドン類に属する7つの化石とキノドン類から6500万年ほど後の1億9千万年前に生息していた初期哺乳類の化石、現在の哺乳類を比較し、脳がどのように変化したかを調べると、キノドン類と初期哺乳類では脳の容量は1.5倍ほど大きくなっており、その後、さらに脳の容量は大きくなり続けている事が判ります。
特に巨大化が著しかった領域として嗅球や嗅覚皮質といった嗅覚情報の処理に関する部分があり、継続的に進化が行われ、嗅覚の機能が向上させられきたといえます。
嗅覚に関する領域以外では、体毛からの触覚情報を処理する領域や知覚と運動機能を統合する領域なども拡大してきている事から、捕食動物から発見される事を避けるために夜行性の生活を余儀なくされたために、暗がりではあまり役に立たない視覚情報の代わりに嗅覚や触覚を発達させ、異常を察知すると素早く逃亡できるような運動機能の向上が図られてきた事を考える事ができます。
同じ時を経ていながら爬虫類には同じような嗅覚の進化が見られない事については、哺乳類が恒温動物であり、活動に必要な体温を確保するために日光を必要とせず、躊躇なく夜行性に移行できた事を上げる事ができます。
同じ進化は人間に対しても当てはまり、類人猿から現代人へと進化する途中の14体の頭蓋骨を測定すると、臭いを感じる嗅球と嗅球で得られた嗅覚信号が最初に伝わる側頭葉の発達が著しく、人間も同じように嗅覚と共に進化してきた事が判ります。
嗅覚は記憶と連動する事も知られており、嗅覚の重要性が改めて認識されてきています。進化によって脳が巨大化し、それに合わせて嗅覚を掌る分野も強大化したのか、より迅速で細かな情報処理が求められた結果として嗅覚に関する分野が巨大化され、それに合わせて脳も巨大化したのか、自分の脳に聞いても答えてくれない事もあり、大いに興味が湧いてしまいます。
スポンサーサイト