第2220回 解ける時



 子供の頃、氷が水に変わる際、固体から液体へと一気に変わってしまう事が不思議に思えていました。結晶物がそうではない状態になるのだから、それほど不思議に思うべき事でもないのかもしれませんが、温度を上手にコントロールしながら上げていくとバターのように柔らかくなってから液状化しないのか、確認できないものかと眺めていました。

 幼い好奇心は良いとしても、氷が水に変わる瞬間、何が起こっているのかについては謎とされていました。先日、コンピューターを使ったシミュレーションによって氷が解け出すきっかけとなる事が解明されていました。

 水の分子は「H2O」で示されているように水素の原子が2個と酸素の原子1個で構成されています。水素原子と比べると酸素の原子は大きく、大きな酸素原子の両端に斜めに水素原子が結合して水の分子はできているのですが、氷の状態ではその水分子が六角形の網目を構成して整然と並んでいます。

 温度が上昇してくると分子のゆらぎが始まり、網目を形作っていた分子同士の結合が切れ始め、六角形の並びが崩れてくる部分が現れてきます。水の分子は安定した状態に戻るために、初めのうちは切れた部分はすぐに再結合するのですが、やがて温度が上昇してゆらぎがひどくなると間違った場所に繋がったりする分子も見られるようになり、連鎖的に結晶構造が崩れていくとされています。

 その瞬間の事を考えてみると、氷は結晶構造が一気に崩壊していって水になってしまうため、子供の頃、想像していた解けかけたバターのような柔らかい状態にはならない事がよく解ります。好奇心が満足されたように思えるのですが、それ以上に今回の研究によってさまざまな化学物質の構造や水を含んだタンパク質の構造が変化する仕組みを解明する事に役立つとの事なので、とても画期的な研究であったという事ができます。


 
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第2219回 夏の白い麺(2)



 水に食塩と重炭酸アンモニウムを溶かし、そこに少量ずつ薄力粉を加えながらこねて生地を作り、それをしばらく寝かせた後に伸ばして包丁で棒状に切り分け、油でこんがりキツネ色に揚げる。台湾や香港で朝食などで食べられている「油条」はそんな素朴なお菓子のような存在で、どことなく揚げドーナツや揚げパンを連想してしまうのですが、この油条がそうめんの原形といわれると大いに違和感を感じてしまいます。

 そうめんのはじまりは古代中国、後漢の文献、「釈名」によく登場する「索餅」が日本に伝えられたというのが有力視されています。奈良時代に唐から伝えられた索餅は、日本では「麦縄」と呼ばれ、もち米と小麦粉を混ぜて練り、2本のひも状にしてより合わせて油で揚げて仕上げられていました。

 平安時代中期に書かれた「延喜式」には正式なレシピについて記載されていますが、形状を記してない事から、当時の索餅がどのようにして食べられていたかを知り事はできず、うどんなどよりもかなり太い物をちぎって食べていたと考えられていて、現代のそうめんとはかなり趣の異なるものであったという事ができます。

 日本は北限を超えているためにマラリアを意識する必要はないのですが、中国から索餅が伝えられた際、七夕に索餅を食べると熱病にかからないという言い伝えも一緒に伝えられた事から、宮中では七夕には索餅を食べる行事が採り入れられていて、夏の食べ物という事はその頃から始まっていたとも思えてきます。

 南北朝時代の祇園社の様子を記した「祇園執行日記」の康永2年(1343年)7月7日の部分に索餅と一緒に索麺、素麺の表記が麺類を指す言葉として登場し、文献上、初のそうめんの登場といわれています。

 索麺については中国の方が早く文献に登場しており、北宋時代の文献に登場するようになり、南宋時代には「油を塗りながら延ばし、最後に棒に掛けてさらに細くする」という具体的な製法が書かれ、今日のそうめんの製法が確立されていた事を伺う事ができます。

 その後、日本でも室町時代には油で揚げずに茹でて、水洗いをしてぬめりを取った後、蒸して温めて食べる方法が主流となり、油条とは完全に離れた存在となっています。呼び名も「蒸麦」や「熱蒸」が登場し、揚げるという製法から離れながらも今日とは違う一面を伺わせてくれます。

 江戸時代には一般の庶民の間にも七夕にそうめんをお供えする習慣が広まっていて、当時、重要な家事の一つであった裁縫が上達するように細長いそうめんを糸に見立てていました。その事から、そうめんが今日の細長い麺というスタイルになっていた事が判ります。

 中国から似ても似つかない原形が伝えられ、その後、独自の発展を遂げた事から日本固有の食べ物のように思えるそうめんですが、中国の「索麺(そっみえん)」、台湾の「麺線(みーそあ)」韓国の「ソミョン」と東アジアには酷似した存在があり、必然によって生み出されたのか、情報共有が行われていたのかと興味深く思えてきます。


 

第2218回 夏の白い麺(1)



 夏になると存在感を増す物の一つにそうめんがあります。真っ白く細い麺は氷と共に器に盛り付けられるといかにも涼しげで、食欲が下がりがちな夏の暑さの中でも不思議とたくさん食べる事ができます。

 最近ではコンビニで一食ごとにパック詰めされた物が売られ、暑い中、そうめんを茹でるという人が減ってしまい、そうめん用の麺つゆを入れる容器のビンが売れないと容器メーカーの人に聞かされた事があるのですが、茹で上がった麺を冷水で洗い、氷水をいれた容器にさっと放った際の清涼感は夏の醍醐味のようにも思えます。

 当地熊本の北部の街、南関では「南関そうめん」と呼ばれる針の穴にも通せるほどの細さが特徴のそうめんが生産されています。南関そうめんの特徴は麺の細さだけでなく、そのこしの強さにもあり、強いこしの極細麺という独自の食感を愉しむ事ができます。

 どちらかというと太い麺が好きで、細い麺にはあまり魅力を感じないために南関そうめんも食わず嫌いとなっていたのですが、自分用の土産物として購入した物を試食してみたところ、同じ一口分の束でも極細の分、本数が多く、強いこしが独自の食感を感じさせてくれて、何故今まで食べなかったのだろうと思えてきました。

 さっそく同じパッケージの製品を近くのスーパーで見掛けたので購入したのですが、同じパッケージと思えていたのは似ていただけなのか、追加で購入した物はこしがそれほど強くなく、細いだけのそうめんとなっていた事から似てはいても製造所によってできは大きく違うと思えて、それ以来、お気に入りの冷麦だけを食べるようにしています。

 夏はそうめんよりも冷麦を食べるというと、どう違うのですかと聞かれる事があるのですが、改めて眺めてみると最近は微妙な太さだけかもしれないと思えてきます。

 かつてそうめんと冷麦の違いは製法にあり、小麦粉に水と少量の塩を加えてよくこねた後、そうめんは綿実油などを塗ってから小麦粉やでんぷんをふって、よりをかけながら引き伸ばして成型されるため、そうめんの中央部分には微細な空洞があり、冷麦にはそれがないとされました。

 また、地域によってはそうめんは引き伸ばして作られる事から断面が丸く、冷麦は薄く伸ばした後、細く切り分けられた事から断面が四角という外見的な違いもあったとされます。

 そうめんや冷麦の製造が機械化されてからは、小麦粉に水と塩を加えた後、こねる工程から引き伸ばす成型までが一気に行われる事から、油による中空構造はなくなったとされ、その代わりに工業規格として太さによる選別が行われるようになっています。

 日本農林規格(JAS規格)の「乾麺類の品質表示基準」によると、機械麺のうち太さが1.3mm未満の物を「そうめん」、1.3mm以上で1.7mm未満の物を「冷麦」、1.7mm以上の物を「うどん」と定めています。

 あくまでも機械麺に関する規格である事から、手延べ麺には当てはまらず、1.3mm以上の手延べそうめんや1.7mm以下の手延べうどんも存在しています。そうなるとますます判らなくなってくるのですが、通念的にそうめんよりも少しだけ太く、その分だけこしが強く感じられるので、これからも冷麦派を通そうと思っています。


第2217回 要?不要?プリン体



 パーキンソン病の原因はいまだに不明とされており、遺伝的要因によるものではないとされていますが、遺伝的に発症する家系が見付けられた事で遺伝子レベルでの解析が行われています。主な症状としては脳の黒質にある神経細胞が減少し、ドーパミンが減少する事で脳からの筋肉への伝達が円滑に行われなくなり、運度機能に障害が生じます。

 片側の手や足に震えが生じ、身動きが遅くなったり動作が上手に行えなくなったり、歩く事が困難になったりというのが典型的な症状とされ、残されている映像からナチスドイツのヒトラーも発症していたとされ、ボクシングのチャンピオン、モハメド・アリも患者である事から、独裁者やスーパースターであっても逃れる事ができない病である事が感じられます。

 原因は不明とされていますが発祥のリスクを高めてしまう事はいくつか確認されており、その一つに飲酒の習慣があるともいわれます。飲酒と一言でいっても世の中に存在するアルコール飲料が多種多様である事から、内容的には事なったものとなるとは考えられますが、ウィスキーや焼酎、ウォッカといった蒸留酒の場合、一日にグラス2杯以上の飲酒で、全く飲酒を行わない人に対して発症リスクは35%ほど高まるとされます。

 飲酒量と発症リスクに関する相関関係も見られていて、継続的な飲酒量が増えるごとに発症リスクは高まるとされます。そうした中、何ゆえかビールだけが飲酒量が増えると発症リスクが下がる傾向が見られ、レスべラトロールをはじめとするさまざまな成分が健康に寄与するとされるワインでさえも見られない発症リスクの減少が、ビールに限って観察されています。

 ビールに限ってパーキンソン病の発症リスクを下げる傾向がある事については、含まれているプリン体に予防効果があるのではないかと考えられています。

 ビールに多く含まれるプリン体は血液中の尿酸値を高め、高い尿酸値は尿酸塩の結晶となって痛風を引き起こしてしまいます。そのため、最近のビールにはプリン体を除いた「プリン体ゼロ」を特徴とする製品も多く見られています。

 プリン体から作られる尿酸塩は「遊離基」と呼ばれるフリーラジカルを抑え込む強力な働きがあり、尿酸塩によってパーキンソン病の発症や進行が抑えられたという研究結果も報告されています。

 ビールにプリン体が多く含まれる理由は、発酵に関わる酵母にあるとされます。そのためプリン体ゼロのビールでは、特殊な濾過を行う事で発酵後の酵母を除き、プリン体が含まれない状態にしています。その一方でビール酵母は健康食品としても販売されています。相反する状況の中、今後、プリン体の評価がどのようになるのか、とても気になってしまいます。


第2216回 集中と分散



 高校生の頃、体育の授業で1周200メートルのトラックを早めのペースで1周し、1分休んでまた1周、それを繰り返すという事をしていました。連続して走る訳ではないので、それほど負担も掛からないと思っていると、1分ではとても回復が追い付かないらしく、後半の方では付いて行くのもままならなくなってしまった事がありました。

 体育の先生曰く、連続して走るよりも負担が掛かり、より良い鍛錬になるとの事だったのですが、幼少の頃から貧血で長距離走が何より苦手な身としては、休憩の1分の間に呼吸が整わず、あれほど1分という時間が短く感じられた事はないと思えていました。

 そのような状態にあるため、健康のためにジョギングをするという事はないのですが、最近ではジョギングとまではいかなくても、軽くウォーキングをしている方は多いのではと町の様子などからも感じられます。

 ウォーキングやジョギングについて、有酸素運動という観点から20分以上継続して行うように指導されることがあります。20分を超えたあたりから有酸素運動に切り替わるので、20分以内に止めてしまうとあまり意味がないという極端な意見もあり、同じ時間、運動をするにしても継続して行うのか、負担が少なく続けやすいように分散しても大丈夫なのかなど、さまざまな意見を聞く事があります。

 有酸素運動については個々の代謝機能などもある事から、一概にはいえない部分が大きいようにも思えるのですが、糖尿病の改善結果についていえば運動はまとめてすべきか、分散しても大丈夫なのかに関する明確な研究結果が得られています。

 空腹時の血糖値や喫煙、肥満、運動習慣の有無に関して一定の条件を設定し、均等な条件下にある被験者を選定して3つのグループに分け、それぞれ午前中に45分、午後に45分、毎食後に15分ずつのウォーキングを行ってもらったところ、血糖値の改善効果は午前中グループと毎食後グループで顕著に確認されています。

 また、昼食後3時間の時点での午前中グループと毎食後グループの数値は似通ったものとなっていましたが、夕食後3時間経過時点では毎食後グループの方が良い結果が得られています。

 そのため、まとめて45分間の継続した運動を行う事と分散して同じ時間の運動を行う事とは、糖尿病の改善効果においては大差がない事が判り、むしろ分散した方が良い結果が得られる場合もあり、負担なく続けやすいなどのメリットが多い事も判ります。

 忙しい現代人としては、時間を確保するという事は大変かもしれませんが、小まめに時間を確保して、無理なく運動すれば良い結果が得られるという事が裏付けられたという事ができます。私も少しは考えた方が、とも思えてきます。


第2215回 赤身の弊害


 欧米型の食文化、特に肉食を中心としたというと、それだけで不健康の代名詞のように感じてしまいます。肉食は飽和脂肪酸やコレステロールを多く含んだ脂肪分を摂取してしまうので、それが健康に悪影響を及ぼし、脂肪分の少ない赤身肉であれば高タンパク食となって体に良いように思えます。しかし、さまざまな研究から脂肪分による影響を除いたとしても、赤身肉を日常的に食べている事は心血管の疾患を引き起こすリスクを高める事が示唆されています。

 脂肪分を含まない赤身肉の部分から作られ、ダイエットに有効な成分として「L-カルニチン」が知られています。脂肪の燃焼を促すとしてサプリメントとして流通しているL-カルニチンを脂肪分を全く含まない赤身肉の代わりに見立て、赤身肉が健康に悪影響を及ぼすメカニズムに触れた興味深い研究が存在します。

 通常の食事を行い肉を好む人と菜食主義の人、動物由来の物は一切口にしない完全菜食主義の人にグループ分けし、L-カルニチンを摂取してもらって血液検査を行ったところ、通常食のグループで血液中に動脈硬化を促進する「トリメチルアミンーN-オキシド」が増えている事が観察されています。

 菜食主義と完全菜食主義のグループではそうした傾向が見られていない事から、L-カルニチンに対する通常食グループ固有の反応と見る事ができます。

 三つのグループの便に関する分析から、通常食グループと菜食主義の二つのグループでは腸内細菌の構成に大きな違いがある事が観察されている事から、腸内細菌が固有の反応に繋がっている事が感じられます。

 これまでの多くの研究でL-カルニチンと心血管障害のリスクに関する関連性は否定されているので、日常的に肉食を行う事で腸内細菌の構成が変化し、L-カルニチンをトリメチルアミンーN-オキシドに生成する細菌が増えて心血管障害のリスクが高められると考えられます。

 今回の研究は肉食中心の食生活の潜在的な危険性を解明しただけでなく、栄養素の比較のみでは健康を実現する事ができないという難しさ、腸内細菌への栄養供給と育成という新たな健康作りの方向性を示しているという事ができ、健康管理の難しさを大いに感じさせてくれます。


第2214回 甘味の由来


 乳酸飲料発祥の地、日本では乳酸飲料というと甘酸っぱい味がすぐに思い浮かび、発酵乳などの飲むヨーグルトといっても、同じく甘い味となっています。

 プレーンタイプではない味が付いたヨーグルトも甘い味となっていて、プレーンタイプのヨーグルトにも溶けやすい顆粒の砂糖が付いてきたり、好みの蜂蜜やジャムなどが加えられて食べられています。

 そのような感じで日本ではヨーグルトというと甘い物という認識がしっかりと定着しているのですが、世界的に見ると甘いヨーグルトは少数派で、伝統的にヨーグルトを飲料として利用してきた地域では、ほとんどが塩味であるとされます。

 最近ではインド料理店などで「ラッシー」を見掛ける事も多くなってきましたが、本来のラッシーはヨーグルトとミルクで作られるもので、必ずしも甘味を付けたものではなく、かつては世界的に砂糖が貴重品であった事を考えると、日常的な存在だったヨーグルトと砂糖は縁遠いものであったと考える事ができます。

 日本における最初のヨーグルトは明治27年(1894年)、整腸剤として「凝乳」の名前で製造されています。ヨーグルトという名前については大正3年(1914年)に商標登録されており、同じ頃に製造販売が開始されていますが、本格的に定着するのは第二次世界大戦後の事となっています。

 日本でヨーグルトが人気となる最大のきっかけは大手乳製品メーカーから昭和25年(1950年)にヨーグルトを寒天で固め、砂糖を加えて食べやすくした「ハネーヨーグルト」が発売された事によります。寒天を使った日本独自のヨーグルトは、滑らかな食感と爽やかな酸味、ほどよい甘味で人気となり、一気に一般家庭に広まっていきました。

 ハネーヨーグルトは日本で最初の本格的に工業生産されたヨーグルトとなり、その後、本来の形に近いプレーンなナチュラルヨーグルトが発売されて定着するまでは、寒天を加えたハードタイプと呼ばれるスタイルはヨーグルトの定番となっていました。

 甘く滑らかなハネーヨーグルトから始まったという事ができる日本の本格的なヨーグルトの歴史ですが、ヨーグルト普及の前段階として日本で発明された乳酸飲料が広く定着していたという事情があります。

 乳酸飲料も飲みやすいように甘い味付けがされており、それが日本における乳製品は甘い物という概念の原点のようにも思えてくるのですが、更に古い時代を見てみると江戸幕府によって乳牛が飼育されており、搾乳された牛乳は砂糖を加えて煮詰められ、「白牛酪」と呼ばれる乳製品にされていた事が記録に残されています。

 牛乳も砂糖も貴重な時代、それを煮詰めて作られる白牛酪は非常に高価な品であったと考える事ができ、幕府でもごく一部の限られた人しか口にできる物ではなかった事は容易に想像する事ができます。

 ごく近代になるまで世界的に砂糖は貴重な調味料となっていました。牛乳やヨーグルトが庶民にとって日常的となっている地域でも味付けに砂糖を使う事は困難で、身近な調味料である塩が味付けに使われた事。日本では貴重な牛乳、貴重な砂糖を使う事ができる一部の人だけがそれを合わせて愛用し、庶民の間に乳製品が広まっていく際も甘い乳酸飲料が牽引役となった事などが、塩味と甘いヨーグルトという食文化の違いに繋がったように思えます。

 塩味の発酵乳といわれると、どことなく抵抗を感じてしまうのですが、それはヨーグルトという食文化にまだまだ溶け込んでいないのかもしれません。


第2213回 日本発乳製品


 日本では8世紀には、すでに「蘇(そ)」と呼ばれる乳製品が作られており、平安時代の中期に編纂された律令の施行を細かく記した延喜式に、その製法が記されています。仏教では「牛より乳を得て、乳より酪を得る。酪より生蘇を得て、生蘇より熟蘇を得る。熟蘇より醍醐を得る」として乳製品の最高峰に「醍醐」なるものの存在を記しており、蘇が作られていた当時、醍醐も作られていたと考えられていますが、今ではどのような物であったのかは定かではありません。

 それだけ古くから乳製品に親しんでいた日本人ですが、いつの間にか牛乳や乳製品を利用する習慣は廃れ、改めて接するようになるのは明治時代を迎えてからの事となっています。

 牛乳の量り売りからはじまり、明治2年(1869年)のアイスクリームの国産化、明治5年(1872年)にはバターの製造もはじまっており、乳製品は徐々に普及していくのですが、乳製品の中では比較的馴染みにくいヨーグルトについては、大正時代に入ってからの事となっています。

 それだけ後進的立場にあった乳製品と日本との関わりですが、意外にも日本発の乳製品が存在します。それは乳酸飲料で、日本において発明された後、世界中へと広まっていっています。

 乳酸飲料は牛乳などを乳酸菌や酵母などによって発酵させて独自の酸味を出し、甘味料や香料、果汁などを加える事で飲みやすくした飲料で、発酵乳などの飲むヨーグルトとの大きな違いは含まれている乳脂肪分や無脂乳固形分と呼ばれる牛乳から水分と脂肪分を除いた成分の割合とされます。

 乳酸飲料の製品化は大正8年(1919年)に遡り、商人であった三島海雲の手によります。日本の商品を北京で販売する貿易商を営んでいた海雲は、日露戦争の勃発によって軍馬の調達を行う必要が生じた事から、モンゴルの奥地に入り、そこで甘酸っぱい味がする発酵乳を振舞われています。

 海雲が出会った発酵乳は「ジョウヒ」と呼ばれるもので、生クリームのように濃くした牛乳を2、3日かけて発酵させ、砂糖を加えて飲みやすくした物で、モンゴルでは砂糖は貴重である事から、海雲が大変歓迎されていた様子を伺う事ができます。

 その後、戦争の特需もあり商売を拡大していた海雲ですが、辛亥革命で清朝が滅ぶと状況が一変し、大正4年(1915年)には日本へ帰国しています。

 帰国後、新たな商売を模索していた海雲ですが、その際、頭を過ぎったのがモンゴルで出会ったジョウヒで、あの美味しさを日本に紹介すれば評判となるに違いないと考えて商品化を行っています。

 その当時、ヨーグルトの存在が雑誌などで紹介され、都会のミルクホールでは販売も行われていましたが、あまりできの良い物ではなく、実際に海雲が試食しても美味しと思えなかった事も日本版ジョウヒを売り出す自信に繋がったとされます。

 そうして日本版ジョウヒは「醍醐味」と名付けられて発売され、好評を得たのですが、牛乳から得られる生クリームの量が全体の1割と少なく、原料不足のために販売中止に追い込まれてしまっています。

 そこで海雲が目を付けたのが醍醐味を作った後に大量に残される「脱脂乳」で、そのまま捨ててしまうのではなく再利用する事で製品化はできないかと、東京帝国大学衛生学研究室に通って乳酸菌について学びました。

 乳酸菌と脱脂乳によって「ラクトーキャラメル」という製品を完成させますが、湿度が高い日本では夏場になるとキャラメルは溶けてしまう事から、消費者からの大量のクレームとなり、ラクトーキャラメルは大失敗となってしまいます。

 たび重なる失敗に倒産の危機を迎えた海雲は乳酸飲料の開発に専念する事に決め、細々と研究を続けます。そんなある日、海雲と共に醍醐味の開発から関わってきた工場長の片山吉蔵が脱脂乳に砂糖を加え、そのまま一日放置して偶然にも美味しい液体ができている事を発見し、海雲に伝えます。

 何度も試飲しながら海雲は、当時、ドイツやイギリスの学会で盛んに提唱され、日本でも鈴木梅太郎によって必要性が広められていたカルシウムを加える事を思い付き、乳酸発酵した脱脂乳にカルシウムを加えて製品化する事にしました。

 製品化に当って海雲は、カルシウムが加えられている事が判るように「カル」という言葉に、サンスクリット語で「醍醐味」を意味する「サルピルマンダ」を合わせて「カルピル」と名付けましたが、何とも語呂が悪く感じられ、散々考えた挙句、「カルピス」の製品名を思い付きます。

 カルピスという製品名については、高名な作曲家の山田耕作に相談しに行き、「それは良い」といわれた事から自信を深め、1919年に世界に先駆けた乳酸飲料の発売となっています。

 カルピスの製造に当っては、いかに脂肪分を上手に除くかが重要とされ、今日ではそうして除かれた脂肪分はバターとして製品化されています。料理やお菓子作りをする人の間では、質の高さが評価されているバターですが、本来ならば醍醐味として製品化されていたのかもと思うと興味深くも見えてきます。


第2212回 発展と低下


 テクノロジーの発達を語る際の言葉に「ムーアの法則」があります。発達したテクノロジーが次のテクノロジーを生み出し、テクノロジーの発達は加速されていく事を法則化したものですが、最近になって破綻がいわれながらも、多くの事に当てはまるともいわれています。

 法則の細かな内容は別として、一つのテクノロジーが存在する事で新たな着想を得る事や、考え付いた案を現実にする事が可能となるので、世の中は加速度的に進歩を続け、その中で生活する私たちも高度に成長を続けていると思えてきます。

 しかし、現代人の知能は100年前をピークに下がり続けており、IQ(知能指数)にして平均で14ポイントも低下しているというショッキングな研究結果が報告されています。

 日々大量の情報に触れ、その中から自分に必要なものを取捨選択し、さまざまな物資に囲まれて生活する現代人の方が知的に鍛えられる環境にあり、そうした生活がはじまりを迎えようとしていた100年前の人とは比べようがないとも思えてくるのですが、生物学的、遺伝的なIQ測定の指標として広く用いられる「反応時間」を元に測定を行ったところ、この100年の間の知能の下落が確認されています。

 反応時間は主に視覚刺激などの感覚情報に対する反応時間を測定するものであり、進化論で有名なダーウィンのいとことしても知られる英国の人類学者、フランシス・ゴルドンによって知能と反応時間の相関関係が提唱されて以来、環境要因に影響されない指標として用いられるようになっています。

 1883年にゴルドンによって提唱された後、1884年から2004年に欧米で行われた14件の反応時間を測定した研究を検討したところ、1889年には平均して1秒当たり194ミリの反応時間であったものが2004年には275ミリにまで長くなっており、IQに換算すると10年で1.23ポイントの下落となり、100年では14ポイントも知能が低下した計算になるとされます。

 しかし、全く逆の意見として第二次世界大戦以降、世界的に人々のIQは平均で3ポイント向上したとする「フリン効果」も存在し、今回の研究結果と矛盾するものとなっています。

 フリン効果について今回の研究を行った研究チームは、単純に生活環境が改善された事によってもたらされた見せかけの知能の向上であり、純粋に遺伝的に継承された能力としての知能を計測した今回の研究とは結果が異なるのが当然としています。

 生活水準や教育の向上によって良い成績は出せるようにはなっていても、いわゆる地頭(じあたま)、考える力は低下しているといわれた感じですが、研究チームは現代社会に共通した傾向として見られる女性の知能と出産率の反比例が原因の一つにあるのではと指摘しています。

 そろばんが上手に使えない自分の事を振り返ってみると、テクノロジーの進歩が低下の原因ではとも思えてくるのですが、先天的な能力としての知能なので、後天的に接するテクノロジーとは関係ないともいえます。何が原因なのか、単なる好奇心だけではない究明が必要なように思えます。


第2211回 ゆっくり改善



 手際が悪い方ではないとは思うのですが、それでも食事を作り始めて食べ終え、後片付けを終えるにはそれなりの時間が掛かってしまいます。単品のキャットフードを少量ずつしか食べない子猫にはそれが理解できないのか、料理中や食事中、洗い物をしている間など、何度となく呼ばれてしまっていました。

 最近は大人になってそんなものだと理解できたのか、料理を始めるとたまに様子を見に来るくらいで呼ばれる事はなくなったのですが、ゆっくりと食に携わる事ができる半面、どこか寂しいものも感じてしまいます。

 そんな事を考えながら振り返ってみると、頻繁に「まだ食べてるの」という感じで呼ばれていた頃の名残として、食事の時間が早くなってしまっていたように思えます。以前はもう少し食事に時間を掛けていたので、ここらで自分のペースに戻さなければとも思えてくるのですが、もともと食べるのが遅く、その事が理由となって人と食事をするのに苦手意識を持っていたので、このままでも良いかという考え方もできます。

 よくいわれる事に食べるのが早い人と遅い人では、噛む回数が違うという事があるとされます。そのため、食事時間が短い事はあまり良い事とはいわれないのですが、実際、噛む回数が少ない事は健康上、デメリットを及ぼしている事が最近の研究で判ってきています。

 以前から食事の際に噛む回数が少なくなると糖尿病の発症を抑える栄養素が不足する事が指摘されていましたが、噛む事で食後に血糖値が急激に上昇する事が改善される事、噛む回数が増えて食事の時間が長くなると食欲を抑えるホルモンである「GLP-1」などの分泌量が増える事が報告されています。

 特に男性の場合、噛む回数と糖尿病の発症リスクの関係が顕著に観察され、噛む回数に応じて4つにグループ分けしたところ、最も多いグループと最も少ないグループでは47%も発症リスクに開きがある事が判り、女性でも44%ほどの開きがあるとされます。

 噛む回数が少なく、食事の時間が短い事は糖尿病の危険因子の一つとなりえるとも考えられる事から、食事の際の噛む回数はしっかりと意識して管理すべき事なのかもしれません。

 糖尿病に限らず、血糖値の上昇はダイエットにも深く関わっていると考えられるようになってきた事や、タンパク質と糖分が結合した糖化タンパク質が老化やさまざまな疾患の原因ともいわれるようになってきているので、噛む回数が少なく、食事時間が短い事は万病の素ともいわれるようになるのかもしれません。私も意識しておかなければと思えてきます。



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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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