第2278回 身近な不思議
旨味成分といわれるとアミノ酸や脂肪酸などの有機酸が上げられ、日頃から美味しいと思って食べている物のほとんどが酸性の物となっています。酸味を感じないから中性、アルカリ食品といわれているからアルカリ性という事はなく、中性のように感じられていても弱い酸性を示し、酸味を感じるものは酸性度が強めの食品という事ができます。
アルカリ性の素材に対しては苦味やえぐ味を感じる事が多く、あまり美味しい味と認識される事は多くないという事ができます。アルカリ性の味が好まれない理由としては、植物由来の毒であるアルカロイドなどがアルカリ性を示す事から、アルカリ性の味覚を避ける事で毒を遠ざけるという本能が関わっていると考える事ができます。
そんな敬遠されがちなアルカリ性の食品の中で、あまり意識される事はありませんがコンニャクは比較的はっきりとしたアルカリ性を示す食品となっています。
コンニャクはコンニャク芋をすりおろし、水酸化カルシウムなどのアルカリ性の成分と反応させる事で水分を吸収して大きく膨張するコンニャクマンナンを固めて作られる事から、コンニャクのアルカリ性の由来は製法にあると思えてきます。
古い時代は水酸化カルシウムなどの薬品が存在しない事から、身近なアルカリ性の物として灰汁が用いられていた事が考えられるのですが、どのような経緯で製法が考案され、食文化として根付いていったのか不思議に思える事があります。
コンニャク芋の原産地はビルマやマレーシア、タイなどの東南アジアとされ、農耕の文化と共に日本へ入ってきた古い作物であると考えられています。縄文時代には栽培がはじめられていたコンニャク芋ですが、コンニャクの製法が中国から伝えられるのは仏教の伝来以降の事で、豆腐と同じように精進料理の素材として伝えられたと考える事ができます。
中国におけるコンニャク芋の利用というと、最初に文献に登場するのは7世紀末の「文選」に「蒟蒻(ぐじゃく)」として記載されており、その根は頭のように大きく、白い肉質で灰汁で煮ると固まるので、酢に和えて食べると美味しい事から四川の人は珍重すると表現されていて、この時代にはアルカリで固まる性質が知られていた事が判ります。
1246年に発行された「政和本草」には、コンニャク芋の味は辛く、体を冷やし、毒があるが腫物や風毒を治すと記しています。また、コンニャク芋をすりおろして灰汁で煮ると餅のようになり、味付けして茹でて食べるとしています。そうした加工を行わずに生で食べようとした場合、喉にひどい痛みを感じ、出血してしまう事もあると記されている事から、一手間加えないと危険な食べ物であるという認識が存在していた事も伺えます。
コンニャク芋と同じサトイモ科の植物に「マムシ草」があります。以前、マムシ草の根にもサトイモのような芋ができる事を発見し、試食してみた人の話を聞かされた事があるのですが、その際の話がコンニャク芋を生で食べた際の記述に非常によく似ているという事に気付きます。
マムシ草にはシュウ酸の結晶が含まれ、鋭利な形状が口内の粘膜に突き刺さる事から、調理した後でも食べた事によって大変な痛みを経験する事になるといいます。そのためマムシ草を食用とする場合はおろして水にさらし、デンプンを採るという加工が必要であり、コンニャク芋も同様の必要があったのではと思えます。
東南アジアには毒があるためそのままは食べられないが、多量のデンプンが得られる「タロイモ」の伝統があり、おろしてから水にさらすという調理法がコンニャク芋にも付いて回り、水にさらした際、独自の質感を出してくるコンニャクマンナンの利用法として、灰汁で煮るという手法が発見されたのではと思えてきます。
日本のようにコンニャク芋を品種改良まで行って栽培している例は、世界的にも稀とされ、日本のコンニャク事情の特殊性が伺えるだけでなく、人はコンニャクマンナンをほとんど消化する事ができない事から栄養的価値は極めて低いものであったといえます。それなのに時代を超えて愛用されてきたという事も不思議に思え、身近な存在でありながらどこか不思議な食材となっています。
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