第2278回 身近な不思議



 旨味成分といわれるとアミノ酸や脂肪酸などの有機酸が上げられ、日頃から美味しいと思って食べている物のほとんどが酸性の物となっています。酸味を感じないから中性、アルカリ食品といわれているからアルカリ性という事はなく、中性のように感じられていても弱い酸性を示し、酸味を感じるものは酸性度が強めの食品という事ができます。

 アルカリ性の素材に対しては苦味やえぐ味を感じる事が多く、あまり美味しい味と認識される事は多くないという事ができます。アルカリ性の味が好まれない理由としては、植物由来の毒であるアルカロイドなどがアルカリ性を示す事から、アルカリ性の味覚を避ける事で毒を遠ざけるという本能が関わっていると考える事ができます。

 そんな敬遠されがちなアルカリ性の食品の中で、あまり意識される事はありませんがコンニャクは比較的はっきりとしたアルカリ性を示す食品となっています。

 コンニャクはコンニャク芋をすりおろし、水酸化カルシウムなどのアルカリ性の成分と反応させる事で水分を吸収して大きく膨張するコンニャクマンナンを固めて作られる事から、コンニャクのアルカリ性の由来は製法にあると思えてきます。

 古い時代は水酸化カルシウムなどの薬品が存在しない事から、身近なアルカリ性の物として灰汁が用いられていた事が考えられるのですが、どのような経緯で製法が考案され、食文化として根付いていったのか不思議に思える事があります。

 コンニャク芋の原産地はビルマやマレーシア、タイなどの東南アジアとされ、農耕の文化と共に日本へ入ってきた古い作物であると考えられています。縄文時代には栽培がはじめられていたコンニャク芋ですが、コンニャクの製法が中国から伝えられるのは仏教の伝来以降の事で、豆腐と同じように精進料理の素材として伝えられたと考える事ができます。

 中国におけるコンニャク芋の利用というと、最初に文献に登場するのは7世紀末の「文選」に「蒟蒻(ぐじゃく)」として記載されており、その根は頭のように大きく、白い肉質で灰汁で煮ると固まるので、酢に和えて食べると美味しい事から四川の人は珍重すると表現されていて、この時代にはアルカリで固まる性質が知られていた事が判ります。

 1246年に発行された「政和本草」には、コンニャク芋の味は辛く、体を冷やし、毒があるが腫物や風毒を治すと記しています。また、コンニャク芋をすりおろして灰汁で煮ると餅のようになり、味付けして茹でて食べるとしています。そうした加工を行わずに生で食べようとした場合、喉にひどい痛みを感じ、出血してしまう事もあると記されている事から、一手間加えないと危険な食べ物であるという認識が存在していた事も伺えます。

 コンニャク芋と同じサトイモ科の植物に「マムシ草」があります。以前、マムシ草の根にもサトイモのような芋ができる事を発見し、試食してみた人の話を聞かされた事があるのですが、その際の話がコンニャク芋を生で食べた際の記述に非常によく似ているという事に気付きます。

 マムシ草にはシュウ酸の結晶が含まれ、鋭利な形状が口内の粘膜に突き刺さる事から、調理した後でも食べた事によって大変な痛みを経験する事になるといいます。そのためマムシ草を食用とする場合はおろして水にさらし、デンプンを採るという加工が必要であり、コンニャク芋も同様の必要があったのではと思えます。

 東南アジアには毒があるためそのままは食べられないが、多量のデンプンが得られる「タロイモ」の伝統があり、おろしてから水にさらすという調理法がコンニャク芋にも付いて回り、水にさらした際、独自の質感を出してくるコンニャクマンナンの利用法として、灰汁で煮るという手法が発見されたのではと思えてきます。

 日本のようにコンニャク芋を品種改良まで行って栽培している例は、世界的にも稀とされ、日本のコンニャク事情の特殊性が伺えるだけでなく、人はコンニャクマンナンをほとんど消化する事ができない事から栄養的価値は極めて低いものであったといえます。それなのに時代を超えて愛用されてきたという事も不思議に思え、身近な存在でありながらどこか不思議な食材となっています。

 
スポンサーサイト

第2277回 虫歯の効用

 かつて虫歯は、口の中に棲んでいる虫によって歯に穴が開けられるために起こると考えられ、約4000年近くもその説は信じられてきました。1890年代にようやく細菌の働きによって作られた酸によって歯が溶かされる事が原因と判るのですが、世界最大の感染症の一つとして根本的な治療法が確立されないまま今日に至っています。

 口の中には少ない人で120種、多い人では350種もの常在菌がいるとされ、その中のミュータンス菌をはじめとする虫歯菌が糖分を得る事で菌体内多糖と呼ばれるべたついた成分を作り出し、歯の表面に強力に付着して繁殖を開始する事が虫歯の発生に繋がるとされ、そのため虫歯菌のコロニ―であるプラークを歯磨きで除く事が推奨されます。

 虫歯のできやすさについては個人差があり、歯の表面を覆うエナメル質の強度や歯並び、噛み合わせ、常在している虫歯菌の活性度合い、糖分の摂取状況、唾液の質などが複雑に関係しているとされ、条件が揃うほど虫歯になりやすい体質という事ができます。

 症状が進んでしまうと虫歯は大変な痛みを伴う事となるため、放置し続けるという事はあまり考えられないのですが、その反面、痛みが生じるまでは意識されなかったりもして、早期発見、早期治療という事が行われにくい疾患ともいえるように思えます。

 虫歯は直接歯が冒されるだけでなく、心臓病や糖尿病、肺炎などの疾病との関連もいわれるようになってきています。消化吸収の最初の入口に関わる事でもあるので、さまざまな影響が生じる事は考えられるのですが、ガンに関してだけは虫歯は良い方向へ影響するかも知れない可能性が示唆されてきています。

 ニューヨーク大学バッファロー校歯学部の研究チームによると、虫歯がある人の方が口の中や喉、鼻などにできる「頭頚部扁平上皮ガン」を発症するリスクが68%も低い事が明らかにされ、虫歯が万病のリスクを高めるものではない事が解明されています。

 1990年から2007年に米国内のガン治療施設において新たに頭頚部扁平上皮ガンと診断された399人とガンを患っていない221人を対象に虫歯の有無について検討を行ったところ、虫歯がある人の方が明確に発症率が低く、その傾向は虫歯の治療の度合いにも左右されず、被せ物がしてあったり、詰め物によって治療が行われたり、歯内療法と呼ばれる歯の神経の治療を行った場合でも発ガンリスクは低い傾向がある事が判っています。

 虫歯によって歯を失ってしまった場合や歯ぐきが下がってしまった場合は逆にガンのリスクが高まる傾向がある事も判っているので、ガンのリスク低下を理由に虫歯を放置せず適切な治療を受けた方が良いという事ができます。

 虫歯がガン発症のリスクを下げる詳細なメカニズムについては今後の研究を待つ事となりますが、虫歯にガン、どちらも良い治療法が早く確立されないものかと願ってしまいます。


第2276回 失われしダマスカス


 継続は力なりといわれ、その一環ともいえる事で、古い時代から継承されて発展しながら、一旦、途絶えてしまった事で技術が失われてしまい、その後のさまざまな研究や現代の科学技術でも再現できないという事が世界中に散見されます。

 日本の代表的な文化の一つである日本刀もその一つという事ができ、平安時代の中期に現在に通じる形ができ上がってから慶長年間(1596~1615)までという古い時代に作られた「古刀」、その後の時代に造られた「新刀」、現代でも継続して作られている「現代刀」に分けられる中、古刀の優れた作刀技術には新刀、現代刀は及ばないとされています。

 日本刀と同じく鉄を鍛造して作られた非常に強靭な刀剣とされる「ダマスカス刀剣」も製造が途絶え、いまだに詳細な製造法が判らない謎の存在となっています。しかも古刀のように古い時代に製法の継承が途絶えたのではなく、18世紀という近代まで作られていながら製法が失われてしまい、再現できないままとなっています。

 ダマスカス刀剣は10世紀頃からシリアのダマスカスで作られはじめた事からその名で呼ばれていますが、工程の全てがダマスカスで行われていた訳ではなく、作刀上重要となる製鉄部分はインドからの輸入に頼っていました。インドからもたらされる特殊な鋼である「ウーツ鋼」を加工してダマスカス刀剣は作られ、このウーツ鋼の再現ができない事がダマスカス刀剣を再現できない理由となっています。

 ウーツ鋼の「ウーツ」とは産出や製鉄を行う地域の名前ではなく、サンスクリット語で「非常に固い物」の意味がありダイヤモンドを指す言葉とされ、ウーツ鋼が如何に堅牢な金属であったのかを伺う事ができます。

 ウーツ鋼によって作られるダマスカス刀剣は、折り返し鍛錬と呼ばれる技法で作られる日本刀に見られるような木目状の縞模様が見られ、黒味を帯びた表面に派手な木目模様が入るという一見してそれと判る外見を有しています。

 ウーツ鋼はその複雑な縞模様からるつぼを使って製鋼した鋼に炭素を含むカーバイトの層を形成させ、鍛造加工する事で作られていたと考えられ、その後の学術研究によってほぼ完全なウーツ鋼が再現されたと考えられていました。

 しかし、ドイツ、ドレスデン工科大学のバウフラー博士を中心とした研究チームによって、ウーツ鋼からカーボンナノチューブの構造が発見された事から、現代のウーツ鋼は完全に再現された物ではなかった事が判っています。

 現在でもダマスカス刀剣の再現は不可能なままとなっていますが、黒味を帯びた刀身に特徴的な縞模様を持つナイフなどが「ダマスカス鋼使用」として売られています。カスタムナイフ用の高級素材として地鉄が売られているのですが、明らかに似て非なる物という事ができます。

 伝説上のダマスカス刀剣はとてもしなやかで、折り曲げても折れたり曲がったりする事はなく、テーブルからはらりと落ちた絹のスカーフがダマスカス刀剣の刃に触れるとその重みだけで切れてしまうという鋭利さを持っていたとされます。誇張された話とは思いますが、失われた技術が再現される日を心待ちにしたいと思っています。


第2275回 レトロな遊び



 メンコといわれると、それだけでとても昭和な雰囲気を感じてしまいます。子供の頃、雑誌の付録に力士を模ったメンコが付いてきて、その中の一枚の顔がとてもユーモラスで、本当にこんな顔の人がいるのだろうかと気になりながら、相撲中継を見て確認する気にはなれなかった事が思い出されます。

 レトロなおもちゃの一つと思えるメンコの歴史は、それほど古い物ではなく、江戸時代にはじまったと考えられています。当時のメンコは今日知られるような紙製ではなく、土を練って顔の形にして焼き上げた「泥メンコ」と呼ばれる物であったとされます。

 メンコの柄を見るとその当時の子供たちのヒーローが誰であったのかを知る事ができますが、泥メンコも同じように子供たちが憧れる人物がモデルになっています。泥メンコでは今日のような遊び方をする事はできず、憧れの人物に繋がる物を所持するというお守り的な物であったり、遊んだとしてもおはじきのような遊び方であったのではと思えてきます。

 後に泥メンコの遊び方は「穴イチ」と呼ばれる地面に開けた穴に、少し離れた位置から投げて穴に入れるという今日のビー玉のような遊び方と結び付いていきます。穴イチは平安時代の貴族の遊びであったものが江戸時代の子供たちの間にも広まったもので、穴に上手く投げ入れる事で相手の泥メンコを手に入れられるといった独自のルールの下に遊ばれていた事が想像できます。

 泥メンコ全盛の時代は明治維新による江戸時代の終わりと共に幕を閉じます。明治時代を迎え文明開化の気運の中、和風の古めかしい風俗は否定的な見方をされ、泥メンコ人気は一気に衰えていきます。替わりに人気となるのが西洋風のデザインを施された鉛製の「鉛メンコ」で、泥メンコに代わって子供たちに広く愛されるおもちゃとなっていきます。

 鉛メンコがどれほど子供たちの間に普及していたかは、大正9年(1920年)に出版された有島武郎の童話「一房の葡萄」の中の一説にも見る事ができ、当時の子供たちのポケットの中に普通に入っている物となっていた事を伺う事ができます。

 そうした高い人気のために、鉛メンコで遊ぶ事を禁止するという通達がたびたび学校から出された事が幾つかの資料に残されています。子供たちが日常的に鉛に触れる事による鉛害を防ぐ目的があったともいわれますが、友達の分をまとめて得られるという報酬の代わりに、自分の大事な鉛メンコを失ってしまうかもしれないというリスクという賭博性の高さや、遊びに興じるあまり学業が疎かとなる事を懸念しての事と考えられます。

 何度も学校から禁止されながら人気に衰えが見られなかった鉛メンコですが、明治20年(1887年)頃から造られるようになった印刷した紙を頑丈なボール紙などで裏打ちした紙製のメンコに徐々に主役の座を奪われていく事になります。

 紙製のメンコは印刷物である事から肖像を的確に再現している事や、映画のスターや軍人などの当時の世相を反映した新たな憧れの存在を反映する事で子供たちの人気となり、今日の遊び方であるメンコをぶつけて衝撃や風圧で相手のメンコを裏返す「起こし」と呼ばれる遊び方へと発展していきます。

 その後、長きに渡って子供たちに愛され続ける紙メンコですが、子供たちの遊びや社会情勢の変化によってその役割を終えたように思える反面、スポーツとして生き残っている事や、ルールや遊び方は変化しましたが、トレーディングカードによるカードバトルなどを見ていると、今日も生き続けているようにも思えてしまいます。


第2274回 秋分の昼と夜



 今年も秋分の日を迎え、秋が深まり始める事を感じています。山の紅葉はまだまだという感じですが、陽射しはすでに夏特有のギラ付いた感じがなくなり、稲穂が実る田んぼの畦には彼岸花が咲いていて、確実に一番好きな季節が訪れている事を実感できます。

 秋分の日の起こりは日本古来の自然信仰にあるとされ、昼と夜が同じ長さになる春分の日に先祖の霊である山の神を里に迎え、再び昼と夜が同じ長さになる秋分の日に山へ送るという儀式が仏教の浸透と共に「彼岸」と結び付き、先祖を供養するという意味合いが濃いものとなっています。

 日本に限らず昼と夜が同じ長さになる春分の日と秋分の日は重要視され、世界中のさまざまな遺跡に太陽の運行を観察し、春分の日と秋分の日を知るための工夫の跡とされるものが見られています。それだけ重要視された昼と夜が同じ長さになる日の存在ですが、厳密には昼と夜の長さは同じではないとされます。

 秋分の日に昼と夜の長さが同じにならない理由の一つは、地球上の大気の存在があります。大気によって太陽の光が屈折し、実際の位置よりも上にあるように見えてしまう事から、大気の屈折率を考慮すると日の出が早まり、日の入りが遅くなって約2分20秒ほど昼が長くなってしまいます。

 日の出と日没の定義は、太陽の一番上の部分が地平線と一致した時としている事から、太陽の半径の分だけ日の出が早めになり、日没は遅くなってしまいます。わずかな差のようにも思えますが、太陽の大きさともなるとその差は1分5秒ほどにもなると見積もられています。

 また、地球と太陽の距離に地球の半径という位置関係による視差によっても0.7秒ほど日の出は早く、日没は遅いものになっていて、秋分の日という一日を通しても太陽の黄径は変化を続けている事も考えると、最終的に秋分の日の昼は12時間7分、夜は11時間53分となり、昼と夜の長さは14分も違う事になってしまいます。

 そのため完全に昼と夜の長さが同じになるのは、秋分の日の4日後となるとされます。秋分の日を挟んだ前後3日を彼岸の入り、彼岸の明けとしている事から、自然現象や人間の勝手な定義による昼夜が同じ時間となる日は彼岸を終えた後となってしまいます。

 若かりし頃、団子屋のお婆さんに「このお団子は彼岸の間だけの販売だよ」といわれ、「それっていつからいつまでですか?」と質問して呆れられた身としては、あまり細かい事をいうべきではないとも思えてきます。


 

第2273回 箸の危険



 テーブルマナーというとナイフとフォークの使い方が思い浮かんできて、とても難易度が高い事のように思えてしまうのですが、使う事に熟練を要し、応用範囲の広さや細かな作業が行える事に関しては、ナイフやフォークよりもはるかに箸の方が高度な食器のように思えます。

 日本では食器を使用する人が決められた「属人器」の習慣が根付いていて、その中でも箸は使う個人を特定する傾向の強い食器という事ができます。

 そんな箸について、同じ箸を3カ月以上使い続けるとガンを発症する危険性が5倍に高まるというショッキングな報告が行われていました。竹や木を使用した箸を使い続けた場合と、使わなかった場合を比較しての事とされますが、決められた愛用の箸を長く使う身としては、俄かには信じがたい事と思えてきます。

 学説を発表したのは中国、湖南省結核予防センターの所長を務め、中国衛生省食品衛生標準専門委員会の委員も務めている唐所長で、竹や木を使った箸を3カ月から半年使用し続けた場合、付着した食品の成分が変化してブドウ球菌や大腸菌の発生に繋がったり、最悪の場合、強力な発ガン性を持つ毒素、アフラトキシンの発生も懸念されるとしています。

 アフラトキシンはコウジカビの一種であるアスペルギルス・フラブスというカビが産生する毒素で、自然界に存在する物の中では最強の発ガン性を持つとされています。

 アスペルギルス・フラブスの分布はインドやタイ、フィリピン、南アフリカとされ、輸入品の穀物などから検出される例は見られていても、日本の国内品からの検出はないとされ、自然に発生する事は考えられません。

 また、日本の箸は表面に漆などの樹脂が塗られていて、食品の成分が残留するほど多孔質の木目がむき出しではない事や、塗りがない物に関しても非常にきめが細かい固い木に磨きをかけた物が使われる事から、研究に使われた中国の箸とは事情が大きく異なるように思えます。

 少なくとも伝統的な日本の箸には当てはまらない研究結果と思いながら、日本においては、塗りがなく木目も粗い割り箸を使い続けた場合の危険性として受け止めるべきかと思えてきます。


第2272回 天津の謎(2)



 関東風の天津丼、関西風の天津飯、どちらも良く似ていながら食べるとあんの味が大きく違う物。それぞれ独自に誕生して発展した事が、その違いに繋がっていると考える事もできるのですが、ほぼ同じ頃に酷似した物が個別に誕生したという事には違和感を覚えてしまいます。

 何か原型になる物が存在し、そこから発展したか、片方がもう片方へと伝えられた際、誤って伝えられた事が両者の違いを生んでいると考えた方が自然なように思えます。

 天津丼も天津飯も第二次世界大戦後、間もない頃に誕生したとされますが、よく似た物に戦前の昭和10年(1935年)に発行された「御料理の作法二百種、日本料理、西洋料理、支那料理」に「蟹玉丼」が登場し、「蟹と玉子に野菜の五目あんかけ」という解説には如何にも天津丼と思えます。

 蟹玉丼の作り方は、野菜とカニをしょうゆと砂糖で煮込んだ物をご飯の上に乗せ、割ほぐした玉子をかけて蒸篭で蒸して仕上げるという手の込んだものとなっていますが、天津丼とは異なる物である事が判ります。

 また、「滑蛋蟹飯(わつたんかいはん)」という料理も登場し、カニと野菜を炒めて卵でとじ、ご飯の上に乗せて仕上げるというあん抜きの天津丼ともいえる存在と思えてきます。

 この滑蛋蟹飯と蟹玉丼の解説が結び付き、誤って伝えられると天津丼が成立するように思えます。あんかけとして伝えられながらあんの味の指定がなかった事が関東では甘酢味、関西ではしょうゆ味という違いを生んではしまいますが、中華料理の定番メニューとして根付いている事には興味深い物を感じてしまいます。


第2271回 天津の謎(1)


 「天津飯」と「天津丼」、どちらもご飯の上にカニの身を入れた玉子焼きであるカニ玉を乗せ、とろりとしたあんをかけた料理ですが、両者の間に明確な違いを示す定義はなく、私の中では皿に盛り付けられていれば天津飯、丼に入れられた場合のみ天津丼となっています。

 カニ玉やあんのせいで見るからに中国天津市生まれの中華料理という感じがするのですが、実は天津飯は中国生まれの中華料理ではなく日本が発祥の地となる料理で、スパゲティナポリタンと同じく本場と思って天津市へ行っても食べる事ができない料理となっています。

 天津飯の誕生については有力と見られている説が二説あり、それぞれ関東と関西で後の発展に独自の影響を与えていて、今日の天津飯は関東風、関西風と分ける事が可能という事ができます。

 関東における発祥説は、しょうゆラーメンの草分けとしても知られる名店、「来々軒」の三代目店主が東京駅に近い八重洲の店を再開させた際、銀座の中華料理店「萬寿苑」からコックを派遣してもらっていたところ、そのコックが客から「手早く食べられる物を作ってくれ」と注文を受け、ご飯にカニ玉を乗せて酢豚用のあんをかけて出したところ評判が良く、後にそれをメニュー化したものが今日の天津飯のはじまりとされます。

 関西説は第二次世界大戦後の大阪で大阪城の近く、馬場町で営業していた「大正軒」の主人が食糧難の中、お腹いっぱい食べてもらおうと中国の食習慣の一つであるご飯におかずを乗せた「蓋飯」にヒントを得て、天津でよく獲られていて大阪でも獲れていたワタリガニを使う事を思い付き、ワタリガニの身を炒めた物を卵でとじ、ご飯に乗せてあんをかけて天津飯を考案したとされます。

 当時、ワタリガニは大阪でよく獲られていたとされますが若干高価であった事から、川津エビを使ったエビ玉の天津飯も作られるようになっています。エビはカニと比べてわずかに風味が弱いところがあるため、関西ではエビを使用する事を念頭にあんの味付けを甘味と酸味を抑えたしょうゆや塩味をベースとした物が使われるようになったとされ、関東風は甘酢あん、関西風は甘味と酸味を含まないあんという棲み分けに繋がったともいわれます。

 また、呼び名に関しても関東では主に天津丼と呼ばれ、東海以西で天津飯と呼ばれる事が多くなっています。そのため甘酢風味の関東風が天津丼、関西風のしょうゆ味が天津飯と規定しても良いのではと思えてきます。九州育ちのせいで関東風の甘酸っぱい天津丼は食べた事がないのですが、メニューを見て丼か飯かであんの味を選べるのは素敵な事だと考えてしまいます。


第2270回 転写の秘密



 テレビのサイエンス番組で細胞分裂と老化に関する話題を取り上げていて、とても興味深く見ていた事があります。細胞分裂の際、遺伝情報が記入されているDNAは複製されるのですが、その際に僅かな転写ミスによるエラーの蓄積、積み重ねが老化の正体とされる事があり、ガンも転写のエラーによる細胞の突然変異によって生じると考えられる事があるため、DNAの複製時はエラーが頻繁に起こっているいい加減なものといった印象を受けてしまいます。

 しかし、実際は極めて精度の高い転写が行われていて、そのエラー発生率の低さは驚異的なものであるとされていて、その事を示すために高性能のコピー機に写真を細胞分裂が行われる回数分、コピーを繰り返させると、エラーの積み重ねで最終的には写真は何が写っているのかも判らない状態になっていました。

 正確な転写が行われるDNAには、体の各部位ごとの個別な情報が書き込まれているのではなく、全身の全ての部分に関する情報が書き込まれていて、必要に応じた部分だけが働いて必要な情報を提供しています。

 全身の設計図ともいうべきDNAなので、それぞれの部位に応じた部分が読み取られて使われる事は普通の事のように思える反面、どこからどこまでが必要な部分であるのかを判断するという方法については、とても不思議な事のように思えてきます。

 体中のさまざまな器官は複数の種類の細胞で構成され、同じような場所にあってもまるで異なる姿と機能を持つ細胞となっています。皮膚細胞と筋肉細胞は同じような場所にありながら姿や機能が全く異なり、そのような違いを決めているのは「転写因子」と呼ばれる特殊なタンパク質とされています。

 転写因子は特定の部位で転写を制限したり、遺伝子に結合する事でその遺伝子のスイッチを切り替える働きをしていると考えられています。この転写因子が細胞の種類ごとに決められた遺伝子と結合し、遺伝子のスイッチを制御する事で使われる設計図に違いが生じ、異なる細胞が生み出されているとされます。

 転写因子が遺伝子の特定の部位と結合して制御する事で必要な設計図の部分だけが活性化するという事は、とてもよくできたシステムのように思えるのですが、細胞は常に分裂を繰り返しているために、転写因子は細胞分裂の準備段階でDNAを複製する際や、細胞が分裂した直後などにせっかく結合した遺伝子から離れる必要が生じてしまいます。

 染色体は引き伸ばすと2メートルにも達する長大なものであるため、極めて小さな転写因子は一度離れてしまうと同じ場所へ戻る事は不可能といえる大きさと思えてきます。もし、帰るべき場所を間違えて結合してしまうと、全く異なる細胞が作られてしまう可能性もあります。

 最近判ってきたところでは、「コヒーシン」と呼ばれる特殊な環状のタンパク質が転写因子が結合していた場所付近に留まる事で、結合を解除した転写因子の帰るべき場所を知らせてくれているとされます。

 細胞分裂のたびに膨大な遺伝情報の中に放り出される転写因子ですが、帰るべき場所を示す目印が残されているとなると、安心して結合を解除して次の仕事の準備をする事ができるのかと考えてしまいます。


 

第2269回 温度差の違い



 生鮮食料品売り場の一角、肉類が並べられた片隅にカゴなどに入れて「ご自由にお取り下さい」と書き添えられた白く小さな塊があります。3cm角ほどの立方体に切り分けられ、透明なプラスティックフィルムで個包装されているのは「牛脂」で、牛肉の塊肉を小売り用に切り分ける際に出る脂身を細かく切った物で、すき焼きやステーキを調理する際の油脂として用いられています。

 同じ脂でも豚の脂身はラードとして市販されているのに牛の脂身、「ヘット」は無料配布されているという事に少々疑問を持ってしまいます。

 ラードは揚げ物の油として使ったり、炒め物に加えたりという使い方をするためにマヨネーズのようなチューブや缶に入れられて売られています。ラードを使う事で料理にコクが加わるとされ、食通の中にはトンカツはラードで揚げた物でなければダメだという意見も聞かれ、トンカツの専門店では豚の脂身を使ってラードを自作する店舗もあります。

 豚肉よりも牛肉の方がグラム単価が高く、どちらかといえば高級食材である事や、すき焼きやステーキを食べる際に脂身を好む意見も聞かされる事から、ヘットはそれなりの扱いを受けても良いようにも思えるのですが、ラードのように使われない理由の一つに溶け出す温度、融点の高さがあるという事ができます。

 ヘットが溶け出す温度は35度から55度とされ、姿こそ酷似していますがラードの融点、27度から40度という温度帯を大きく上回っています。料理に使用した場合、料理が冷めてきて人肌や室温程度の温度になってしまった際、ラードはまだ液体の状態で料理に調和している事に対し、ヘットは分離して固形化し、料理の食感を悪くしたり見栄えを損なったりしてしまいます。

 そのため食用として扱われる事の少ないヘットですが、脂肪酸としてステアリン酸やパルチミン酸、ミリスチン酸などを含んでいる事から、石鹸の良い原料となっています。

 室温では固体のヘットに比べクリーム状に柔らかいラードはその性質を利用した独自の食べ方があり、台湾の食文化では温かいご飯の上に乗せ、溶けてきたところにしょうゆをかけてかき混ぜて食べる「ラードご飯」が食べられていました。

 かつては貧しい食生活を象徴するようにいわれていたラードご飯ですが、最近は再評価する声もあり、日本でも居酒屋などで食べさせる店も増えてきているとされます。

 同じような食べ方はバターにおいて見られていましたが、含まれるコレステロールの含有量を見るとラードの方がヘルシーという事ができます。ご飯の温度で溶け、しょうゆをかけて混ぜ合わせても固まらないという事はヘットにはできない事かもしれませんが、両者の扱いを分けている溶解温度という事には何ともいえないものを感じてしまいます。


プロフィール

kcolumnist

Author:kcolumnist
にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR