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第2290回 遠ざかった夢(3)



 大切な家族である猫をガンで失った事があります。事の起こりは背中に小さなしこりを見付けた事で、明らかに皮膚の下に何かがあると感じていると急速に大きくなり、獣医に診せに行くと急速に大きくなった様子やしこりの固さ、周りの組織に浸潤しているらしく、動かそうとしても動かない事から細胞を取り出して検査する必要もなく悪性腫瘍という診断でした。

 すでに長寿といわれる高齢であった事から、手術には体力的に耐えられないだろうといわれ、何らかの療法を行って最晩年に苦痛を与え続け、辛い思いのままこの世を去るのも可哀想に思え、いつも通りの日常を滞りなく過ごさせる事を大切にしてあげなければと考えた事が思い出されます。

 時が経てば辛い事は解決されるのではなく、時が経てば経つほど事態は深刻さを増していき、少しずつ大切なものが奪われていくという事に、それまで感じた事のない異質な恐怖感を覚えた事もガンという病気の存在の在り方を、私の中で変化させたように思えます。

 それ以降、もし今、ガンを宣告されたら、私はどうするのだろうと考える機会が増えるようにまりました。今、一緒に暮らしている猫には、寿命が尽きる時まで一緒にいるように約束しているので、途中下車する事なく生き続ける義務があるのですが、ガンが相手ではそれは容易ではないといえます。

 父親は親しい同僚がガンを患い、次々と新薬を試しながらその副作用に苦しみ続け、結局、功を奏する事なく終わってしまった姿を間近に見ていたせいか、自らのガンに対しては治療を行わず、その分の時間を家族位と過ごす事を選びました。

 ガンに対する両極端の選択を見た事になるのですが、どちらもガンが見付かってから同じくらいの時間しか生きる事ができず、正しい選択ではなかったように思えます。一般的にガンに対抗する場合、化学療法、放射線療法、手術、免疫療法などの選択肢が考えられるのですが、どれがベストな選択となるのかについてはケースバイケースという感じで明確な答えはありません。

 ガンは遺伝子の転写の際に生じたわずかなエラーが引き金となるとされます。遺伝子の変異はガンの発生の時だけでなく、ガン細胞の活動が活発化し、分裂を繰り返している間にも起こるとされ、そうした変異が薬剤耐性の獲得に繋がる事からガンの治療を難しくするともいわれます。

 また、遺伝子の変異という原因についても変異は結果に過ぎず、体内のシステム異常によってガンは引き起こされ、遺伝子の変異が原因と考えるために研究の方向性自体が間違っているという意見もあります。

 システム異常説については、さらに発展させたようなガンは体内に蓄積された異変を浄化するための浄化装置であり、下手に治療しようとする事は浄化機能を奪ってしまうともいわれます。

 ガンの研究に関しても体内に生じるいわゆる天然物のガンと実験のために作り出される人工物のガンは別物であり、似て非なる物に対して研究を行う事が解明を難しくしているという意見もあり、理解するための主軸をどこに据えるべきかも定まらないように思えてきます。

 一つの研究の成果が新たな疑問を生む、まるで辿り着いたと思ったら遠ざかっている砂漠の蜃気楼のようですが、自分の中では一定の結論を持っておかなければと考えながら、その結論も遠ざかって行ったりしています。


 

第2289回 遠ざかった夢(2)



 ガンというと現代、もしくは近代以降の病気という感じがして、複雑化した社会のストレスや身の回りに溢れる化学物質、環境汚染が進んだ結果のように思えてくるのですが、ガンと人との関わりは非常に古く、有史以前にもガンによって命を落としたり、さまざまな症状に苦しめられた痕跡を見る事ができます。

 今日、ガンは英語で「キャンサー」と呼ばれていますが、古代ギリシア語の「カルキノス」が語源となっているとされ、その歴史の古さを伺う事ができます。カルキノスとは「カニ」の事を指していて、ガンがカニのように爪を伸ばして食い込んでいく様子を表したとも、皮下にできた腫瘍がカニが砂に潜っている様子に見えたためともいわれます。

 ガンという言葉は岩から来ているともいわれ、病変が岩のようにゴツゴツしている様子を表しているとされるのですが、同じ発想は腫瘍学を指す「オンコロジー」の語源となった古代ギリシア語の「オンコス(=塊)」に見る事ができます。

 古代ギリシアの頃からガンに対する理解を深めようという動きは行われ、それが今日に語源となって残される事となったのですが、原因や治療法を見付ける事ができない謎の疾患という位置付けは変わらないままとなっています。

 古代ローマでは高名な医師のガレノスがガンは体を流れる四つの体液の一つ、黒胆汁が過剰になる事で生じると考え、その後、16世紀を迎える頃まではガレノスの考え方は主流となり、ガレノス自身も権威として捉えられていました。

 ガレノスの後継者たちはガレノスの仮説をさらに発展させ、生活習慣が不適切である事が発症に繋がる事や、一定の家系に発症者が多く見られた事から遺伝的な疾患である可能性も示唆しています。

 ガンが外的な刺激によって誘発される事がいわれるようになったのは18世紀の後半の事で、煙突掃除人がススが付着した衣類を着ている事でガンが誘発されるという事例が頻発し、喫煙や煙突のスス、炭鉱の粉じん、当時多く使われていたアニリン色素などがガンの原因となると多くの医師や研究者が指摘していました。

 20世紀の初頭には多くの感染症が特定の微生物によって引き起こされている事が解明されるようになり、癌も同じように原因の特定、治療法の確立が行われるのではという希望的観測が行われるようになります。子供の頃に接した一言は、その頃の名残りなのかもしれません。

 現在、ガンに関する理解はかなり進んでいると考える事ができます。それらはたくさんの研究の積み重ねといえるのですが、一つの理解が完了すると次の疑問が生じるといいます。その繰り返しでいまだにゴールすら見えない、ガンに関する研究はその様な状態にあるとされます。19世紀の高名な外科医、グロスの言葉「ガンについて確実に判っている事は、我々はガンについて何も知らないという事だけである」に全てが集約されているようにも思えてきます。


 

第2288回 遠ざかった夢(1)



 子供の頃、「貴方が大人になる頃には、ガンは怖ろしくも治療が難しくもない普通の病気になっていますよ」と聞かされた事があり、同じ体験を持つ人は多いのではと思えます。研究や医療技術の向上によって、それまでは死に至る怖ろしい病であったものが克服されるのは、とても夢のある話だと思うのですが、残念ながらかなりの大人になってしまっても子供の頃の夢は実現していません。

 これまでこのコラムではガンについて表記する際、カタカナを用いて書くように心掛けてきました。学術的な世界ではガンはひらがなで表記される事が多く、ひらがな以外で書く場合は漢字の「癌」が用いられています。それをあえてカタカナで表記してきた事には、「がん」と「癌」では厳密には同じものを指していないという複雑な事情が背景にあります。

 一般的にガンというと悪性腫瘍と同義語として捉えられ、遺伝子変異によって生じる自律的で制御されない増殖を繰り返す腫瘍の中で、周囲の組織に浸潤し、転移する事で臓器の機能不全を引き起こして最終的に患者を死に至らしめる腫瘍の事と考えられます。

 病理学的に漢字で「癌」と記載した場合は悪性腫瘍の中でも上皮細胞に由来した腫瘍の事を指し、ひらがなで「がん」と記載した場合は上皮腫だけでなく肉腫や血液のガンとされる白血病なども含まれるようになります。そのため上皮腫以外にも白血病なども研究する「国立がん研究センター」などは、ひらがなで記載されています。

 そうした病理学的な事情などを避けて、あくまでも疾患の一つとして扱えるようにカタカナで記載するようにしていたのですが、名前の表記一つを取っても難しく、定義する言葉も難しいなど、入口から難解な世界を持つ病気。その難しさが克服への道のりを遠大なものにしてしまう。そのような感じがして、子供たちに「貴方たちが大人になる頃には」という話をできないままとなっています。


 

第2287回 運動のススメ



 一日中を通して、座っている時間がかなりあると思います。座っていても猫に呼ばれて立ち上がるという事もよくあるのですが、猫の相手をしていると低い位置の事なのでやはりその場に座ってしまっています。

 以前、見た論文に座っている時間が増えると、将来的な死亡リスクが高まるというものがあり、私の死亡リスクも結構高まっているのではとも思えるのですが、これといって生活スタイル変える訳にもいかず、適度な運動を心掛けなければと思っています。

 なかなか運動を始めるというきっかけを持てないままとなっていたのですが、そんな中、一つ疑問に思っていた事があり、先日、思いがけずその答えに接する事ができて嬉しく思いつつ、改めて適度な運動をする必要性を感じています。

 肉体労働に従事している人は、いつも体を動かしているのだから、それだけで日常的に運動をしている事になるのではないかと思っていたのですが、運動と疾病への罹患に関するリスクを評価した研究の中で、健康な人を対象に運動をしない人、軽い運動をしている人、少々ハードな運動をしている人のグループに分けて評価したところ、ハードな運動をしている人、軽い運動をしている人、運動をしない人の順でリスクが高くなっている事が判り、運動をする価値が伺える結果となっています。

 その中で肉体労働についても評価が行われ、肉体労働には従事していない人、軽い肉体労働に従事している人、ハードな肉体労働に従事している人というグループ分けの中では、やはりハードな肉体労働に従事している人の方がリスクが低いという運動と同じ結果が得られはしたのですが、さまざまな要因を排除して検討した結果、統計学的な差異は見られないという結論になり、肉体労働では健康に対する運動効果は得られない事が判ってきています。

 仕事は日常的な事であるために体が馴染んでしまう事や、運動という非日常を経験する事によるストレスの軽減作用が発揮されない事などが考えられるのですが、やはり意識して何かを始めなければ変わらないのかと、健康管理の難しさを感じたりもしてしまいます。


第2286回 水俣条約



 朝、移動中の車のラジオで熊本市で水銀に関する国際会議が開かれる事を知り、昼過ぎにはインターネットのニュースで水銀の排出を世界的に抑え、健康被害を防ぐ事を目的とした「水銀に関する水俣条約」が採択された事を知りました。

 熊本で生まれ育った事もあり、公害の原点ともいわれる水俣病に関する事はよく耳にし、地元の大学に通っていると、水俣病が原因企業である「チッソ」が排出していた有機水銀が原因である事をつきとめたのに、東大が出した別な学説を使って事実を隠蔽しようとした歴史などを勉強させられ、水俣病についてはそれなりの知識を得てしまいます。

 そのため今回の国際会議において条約が採択された事は、とても良い事のように思え、先日聞いた国境を越えて飛来する汚染された大気による富士山頂の水銀濃度の上昇のニュースを思い出し、少しでも早く改善されればと思えてきます。

 今回の条約の前文には水俣病を重要な教訓とし、水銀による健康被害や深刻な環境汚染を防止する事を明記する事で水俣病のような被害を二度と繰り返さない決意が込められているといいます。

 水俣病は過去のものであり、水俣市で起こった限定的な事のように思えてしまうのですが、水銀のさまざまな金属と容易に結合してアマルガムと呼ばれる合金になる性質は金の採掘にも利用され、大掛かりな設備を持たない採掘場などでは問題となる事があり、水俣市から遠く離れたアマゾン川でも水俣病が発生した事は記憶に新しいものとなっています。

 水銀は古くから人と共にあり、毒性が知られていなかった古い時代はその不思議な性質が注目され、「不老不死の秘薬」と考えられた事もありました。強大な権力を誇り、不老不死を求めて止まなかった秦の始皇帝の命を縮めたのも、不老不死の秘薬として飲用した水銀、「仙丹」であったとされ、多くの権力者が水銀を含む偽秘薬で命を落としています。

 水銀の困った点は、金属でありながら水のように気化して大気中を漂うという部分にもあり、風に乗って遠くまで運ばれたり、地上の多くを占める海洋の思わぬ場所を汚染してしまうという事にもあります。

 海洋を広く汚染した水銀は食物連鎖の中で濃縮され、頂点に近い部分の存在であるマグロやカツオなどを食べる回数を制限するような意見もあります。

 我家の猫のお気に入りとなっている猫缶があるのですが、主原料がマグロやカツオである事から4日おきにしか食べさせないようにしています。そのサイクルを理解しているらしく、4日が経つと催促してくれるのですが、喜んで食べている姿を見ながら、この子が生きているうちには海洋の水銀汚染の問題は解撤しないだろうと思いながら、そのための第一歩が切られた事が嬉しく思えました。


 

第2285回 ありふれた油



 食用の油というとサラダ油として使われる菜種から絞ったキャノーラ油やベニバナ油、オリーブ油などが思い浮かび、業務用としては大豆油なども多く使われていると思えてきます。そんな中、あまり馴染みはないのですが食用にも使われる油としては、世界的にはパーム油が最も多く生産されているとされます。

 パーム油はアブラヤシから得られる油脂ですが、植物性の油でありながら常温では固体という性質を持っています。飽和脂肪酸であるパルチミン酸を多く含むためで、それ以外にオレイン酸やリノール酸、ステアリン酸、ミリスチン酸などを含んでいて、脂肪酸の構成からは牛脂に近い組成となっています。

 そのため牛脂と同じく石鹸や洗剤の材料としても広く使われ、天然由来、植物由来という事でパーム油を使った洗剤を人や環境に優しいとした宣伝文句で販売する例を見掛ける事があります。

 食用として使われる際は、あまり精製しないようにして元のアブラヤシに含まれるβカロテンを残すようにする事から、オレンジ色をしていて独特な芳香と甘味を持っています。西アフリカの森林地帯では古くから料理に風味と色合いを加える物として食文化に根付いていて、日本で仕上げに加える事で風味を添えるごま油のような位置付けを得ている食材となっています。

 日本では精製の度合いを高くして色や芳香は除かれていて、揚げ物などの加工品やショートニングの代用品としても使われています。直接目にする事の少ないパーム油ですが、加工食品や洗剤の原材料記載欄を見ていると、思いの外身の回りにある事が判り、隠れた生活必需品ではとも思えます。


第2284回 新顔?コーヒー



 回りから思われているほどコーヒーに対してこだわりは持っていないのですが、いつの間にかエスプレッソ関連の器具が増えてしまっています。簡単な直火焚きの物から少々稼動させるまでに手が掛かる本格的な電気式の物まで、ゆっくり時間をかければそれなりに楽しめそうなのですが、キッチンを彩る飾りの一環となっている事にこだわりのなさを感じさせられます。

 最初に購入したのは「モカ・エキスプレス」や「マキネッタ」と呼ばれるアルミ製の直火焚きの物だったのですが、エスプレッソコーヒーの深いコクのある香りが家庭でもできるのかと疑問に思えた事や、テレビの取材を受けたイタリアの一般家庭のおばさんが「コツさえ憶えれば簡単。これが上手に使えないようではイタリアでは嫁に行けない」と豪語する姿を見てその気になって購入したのが始まりとなっています。

 エスプレッソはデミタスと呼ばれる独特な小さいカップで供されます。濃いコーヒーを少量ずつ、香りを楽しみながらいただくために専用に開発された器と思えるのですが、デミタスカップはエスプレッソよりも先に誕生しており、両者の出会いには大きな時間的な隔たりが存在しています。

 1806年、ナポレオンによって大陸封鎖令が発せられると、コーヒーや砂糖の貿易のほとんどをその手に握っていたイギリスからの物資の流入が途絶え、ヨーロッパではコーヒーが極端に不足した状態に陥ってしまいます。

 各地でチコリや穀物を使った代用コーヒーが登場する中、カフェ・グレコ3代目店主のサルヴィオーニは苦肉の策としてコーヒーの量を減らし、価格を抑えて提供する事を思い付きました。コーヒーが高騰していた事からサルヴィオーニのアイデアは受け入れられ、姉妹店を出すほどの繁盛となっています。

 その際に少量のコーヒー用に作られたのがデミタスカップで、半分の意味を持つ「デミ」とカップの意味の「タッセ」が語源となっているので、デミタスだけで「半分の量のカップ」という意味となっています。

 エスプレッソの登場はデミタスの誕生からほぼ1世紀を隔てた1901年の事で、コーヒーを淹れるための器具である「サイフォン」が元になっています。サイフォンは水を入れて密閉した容器を下から温める事で蒸気圧を発生させ、沸騰したお湯を上部のコーヒーの粉を入れた容器内へ移動させます。

 お湯の移動が完了すると温める事を止め、冷却による減圧で上部に移動していたお湯を元の容器に戻し、その際にフィルターを通す事でコーヒーの抽出を行います。冷却減圧による圧力のお陰でサイフォンは濃いコーヒーを抽出する事ができるので、その圧力に注目してより高い圧力で抽出する事を考えたルイジ・ベゼラによってエスプレッソは考案されています。

 ベゼラによって開発されたエスプレッソの特許はデジデリオ・パボーリによって買い取られ、1906年のミラノ万博に「ベゼラ」の名前で出品されています。当時のイタリアには注文を受けてから一杯ずつ抽出するトルコのコーヒースタイルが根付いていた事から、エスプレッソは自然と受け入れられていき、濃くて深い香りが人気となる中でデミタスとの出会いを果たします。

 電気式のエスプレッソマシンが登場するのは、さらに半世紀以上も後の1961年、エルネスト・バレンテによる開発を待つ事となり、意外とエスプレッソは歴史が浅い事が判ります。歴史は浅くてもその分、香りや味わいが深い事が今日、世界中で愛される理由と思えてきます。



 

第2283回 ラップへの感謝



 台所で食事の後片付けをしていて、かつては存在しなかったのに急速に普及し、今では不可欠な存在となっていて、かなりの頻度で接している物として食品用ラップフィルムの存在があるのではと思えてきます。「ラップ」と呼ばれて利用されている食品用ラップフィルムは、手軽に食品の乾燥を防いだり、他の食品のにおいなどを遮断するという便利な物として使われています。

 食品用ラップフィルムの登場は1955年、アメリカにおいて開発されたとされ、その5年後の1960年には日本でも呉羽工業、旭ダウなどの今日の大手メーカーによって国産化が行われ、発売されています。当時は素材となるポリ塩化ビニリデンが高価であったために食品用ラップフィルムも今日のように気軽に使える物ではなかったのですが、1960年頃から冷蔵庫が、1970年代の後半には電子レンジが普及し始める事に呼応して一般家庭への普及も進んでいきます。

 食品を低温化において保存性を高めるという冷蔵庫は、食品から水分を奪ってしまうという一面があり、また、多くの食品が混在する事から食品固有のにおいの問題も意識する必要があり、食品用ラップフィルムの普及が冷蔵庫の普及を助けたとい見方もできると思えます。

 日本の食品用ラップフィルムは非常に優れているという声をよく聞かされる事があり、大きな違いとしてサクっときれいに切れるといわれます。日本以外の国の製品は非常に切りにくく、引きちぎるようにして切った後、すぐにラップ自体がくっついてしまい、それを剥がすだけでも大変な手間となると聞かされ、大した手間も感じずに使っている事は、それだけでも凄いことではと思えてきます。

 一見、同じに見える日本製のラップにも細かく分けると幾つかの種類があり、主流となっているのがポリ塩化ビニリデン製の物となっています。ポリ塩化ビニリデン製のラップはバリア性に優れ、水蒸気や酸素を通しにくい事から食品を乾燥やにおいの付着、酸化などから保護してくれるという事ができます。

 ポリ塩化ビニリデンと似たような素材のポリ塩化ビニールの製品も使われていて、粘着性に優れ適度な気体透過性を持ち、電子レンジとの相性が良いそざいともいわれます。

 高い経済性を持ち、冷凍下での安定性に優れた素材としてポリエチレンや多層構造を持たせた事で気密性に優れたポリオレフィンのラップも存在し、主流となっているポリ塩化ビニリデンやポリ塩化ビニール製の物のように、充分な高温とならなして売られています。

 今日、食品用ラップフィルムは食品の保存だけでなく、電子レンジと合わせる事で水分を閉じ込め、その水分で蒸したような調理をする事にも利用され、調理の下拵えを軽減してくれるという便利な利用法もされています。無意識のうちに使っていますが、ストレスなく使える事に感謝しなければと思ってしまいます。


 

第2282回 店の最高峰



 大学も2年になると学校や周りの状況にも慣れてきた事もあり、自分のために料理を作るという時間が増えていきました。幸いな事に通学路に昔ながらの大きな商店街があった事も、食材の確保やメニューを考える事に結び付いて、料理を趣味とするには良い環境だったように思えます。

 その頃、新しい食材や調味料などが頻繁に登場していた事から、スーパーの売り場へ行くと商品説明や簡単なレシピなどを記したパンフレットがたくさん並べられていて、それを見ているだけでもとても楽しかった事が思い出されます。

 そんなパンフレットの中に当時、日本の市場へ本格的な参入を開始したイギリスの高級ジャムメーカーのものがあり、パンに塗る物という意識しかなかったジャムという食品へのこだわりや商品の種類の多さに驚かされた事があります。

 お馴染みのものから初めて名前を聞くものまで、さまざまな果物を使ったジャムが並び、同じサイズでも素材によって価格が違う事から、素になった素材が現地ではどの程度貴重な物なのかが伺えるような気がして興味深く思えていました。

 子供の頃、野イチゴをたくさん積んできてジャムを作ってもらった事を思い出しながら眺めていると、そのメーカーの製品の中で最高峰の位置付けになっているのはイチゴのジャムである事が判り、数ある高級そうなベリー類の中から何故イチゴがと思える半面、シンプルな物の方が奥が深いとも思えてきます。

 イギリスはジャム作りにおいて先進的な立場にあり、それは大航海時代に世界の海を制覇し、さまざまな素材に触れる事ができたという幸運や、その後、しばらくジャム作りに欠かせない砂糖の貿易を独占できたという事も深く関わっています。

 そのイギリスにおいてイチゴは豊富に自生していただけでなく、宗教的な意味合いから大切にされた事や、エリザベス一世の時代にイギリス式庭園を彩る植物としてイチゴを栽培する事が流行した事などから、旬の時期には大量に手に入り、ジャムを作るには最適な素材であった事が判ります。

 ジャムを仕上げるには果実に含まれるペクチンがゼリー化する必要があり、そのためには糖分が60~65%になる必要があります。庭でたくさん採れ、甘いイチゴといえども砂糖を加えずにはジャムにする事ができません。

 砂糖が手に入りやすい環境にあっただけでなく、貴重だった砂糖を使う事ができた貴族文化と結び付いた事がイギリスをジャムの先進国として発展させ、そんなイギリスで愛された素材がイチゴであった。最高峰のイチゴジャムからは、さまざまな時代の想いが見えてくるようにも思えます。


第2281回 毒の話(2)



 英語では毒の事を広く「ポイズン」と呼んでいます。その中で生物に由来した毒は「トキシン」と呼ばれ、さらに動物の牙やトゲなどによって体内に注入される毒は「ベノム」と呼んで区別されています。毒蛇は「ポイズンスネーク」と呼ばれる事から、毒蛇に噛まれて体内に注入される「毒蛇の毒」は「ポイズンスネークのベノム」という事になり、変な細分化が行われているような気がしてきます。

 毒の強さを正確に示す指標として「LD50」が使われ、日本では「半数致死量」と呼ばれる事もあります。動物実験に絶対反対の立場を採る身としては、非常に嫌な言葉のように思えるLD50は、ある物質の毒性を判断する際に投与したマウスの半数だけを正確に死に至らせる量とされ、半数よりも多く死なせてしまうのは多過ぎ、半数よりは少ない際は少な過ぎとして正確な量が判定されます。

 LD50を基準にすると最強の毒性を持つ毒物はボツリヌス菌が作り出す「ボツリヌストキシン」とされ、体重1kg当たり0.0000011ミリグラムという極めて微量で殺傷能力を発揮する事から、食中毒菌として名前を聞くボツリヌス菌が如何に怖ろしい存在かという事が判るといえます。

 自然界ではボツリヌス菌に続く物としては破傷風菌が作り出す「テタノスバスミン」が二番目に強力とされ、次いでサンゴ礁に棲息するサザナミハギという小魚が持つ「マイトトキシン」、イワスナギンチャクの「バリトキシン」、腸管出血性大腸菌O-157の「ベロ毒素」などが続いています。

 生物由来の毒というとフグが持つ毒素「テトロドトキシン」が思い浮かんできますが、ボツリヌストキシンはテトロドトキシンの9100倍も強力とされ、テトロドトキシン自体も代表的な致死性の毒物、青酸カリの500倍も強力とされる事から、天然由来といっても侮れない事が伺えます。

 私の中では最も強力な毒として表現されているのは狂言の演目「附子(ぶす)」の中に出てくる毒物「附子」で、触れただけでも死んでしまうし見ても死ぬ、附子がある方から吹いてきた風に当たっても死んでしまうという怖ろしい毒であると語られます。結局、附子の正体は砂糖だったのですが、そこまでの毒と脅されながら食べてしまう太郎冠者と次郎冠者の姿を、毒に関する話題に接するたびに思い出してしまいます。


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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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