第2300回 カブのランタン?



 今年も10月の終わりと共にハロウィンがやってきました。子供の頃、初めてその存在を知った時はとても楽しそうに思えて、欧米の子供たちが羨ましく感じられたのですが、最近では日本でもハロウィンパーティーが行われている事をよく聞かされ、日本の子供たちも羨ましく思えてきます。

 ハロウィンをテーマにした飾り付けを行う店も増えたせいで、10月に入るとオレンジ色や黒を中心とした色合いが街に多く見られるようになります。そんなハロウィンに欠かせない存在としてカボチャの提灯、「ジャックオーランタン」があると思います。

 カボチャは日本でもとても親しまれている食べ物で、語源がカンボジアにある事から東南アジアが原産のような感じもするのですが、アメリカ大陸が原産地となっていて、唐辛子やジャガイモ、トマトなどのように新大陸発見以降、世界に広まった食材となっています。

 アメリカ大陸の中でも大きく分けると原産地は三つに分ける事ができ、アンデス山脈の高地で栽培されていた西洋カボチャ、メキシコや中央アメリカの熱帯地方で栽培されていた東洋カボチャ、北米南部の乾燥地帯で栽培されたペポカボチャのいずれかの系統に属します。

 日本ではカボチャを使った料理名にパンプキンの名前を使う事が多く、カボチャの英語名はパンプキンだと思われていますが、正確にはパンプキンは表面がオレンジ色のカボチャのみを指す言葉なので、日本で流通しているカボチャのほとんどはパンプキンではなく、「スクウォッシュ」と呼ぶべきものとなっています。

 最近では不気味な中にもどこかユーモラスであったり、可愛く描かれる事も多くなっているジャックオーランタンですが、もともとはカボチャではなく、萎びたカブであったとされます。

 ジャックオーランタンの由来は、堕落した生活を送り続けた後に死んだ男の魂が、あまりの堕落ぶりに地獄でも受け入れを拒否され、行き場に困って途中で拾った萎びたカブをくり抜いた提灯の灯りを頼りに彷徨っているいる姿とされます。

 また、ずる賢い男が悪魔を騙して、死後、地獄に落ちない契約を交わしましたが、実際に死んでみると契約通りに地獄へは落ちませんでしたが、生前の悪行が災いして天国へ行く事もできずに彷徨う姿だともいわれ、悪魔がくれた石炭が光源に使われているとされます。

 そうした話がアイルランド人によってアメリカに移住する際に伝えられ、カブは移住の地で多く生産されるようになったカボチャへと変化しています。そのため古い話がそのまま伝えられているスコットランドでは、今でもカボチャではなくカブがハロウィンの夜に燈すランタンとして使われていて、見慣れたカボチャとの違いに戸惑ってしまいます。

 この世とあの世の境が曖昧になって、先祖の霊が帰ってくるとされるハロウィンの夜。日本のお盆のようなものだと思いながら、先祖の霊だけではなく悪霊も来てしまうというところに文化的な違いを感じます。近所に子供がいない事もあり、お菓子を用意しておかないといたずらされてしまう事はなさそうですが、自分用に用意しておこうかとも考えています。


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第2299回 菊という伝統



 子供の頃、たまたま見ていたプロレス中継で、入場してリングに上がった悪役のレスラーが受け取った花束を食いちぎり、奇声を上げるというパフォーマンスをしていたのですが、花束には日本を表現するためか菊の花が多く使われていたため、叫んでいる口の中が黄色く染まり、菊には独特な芳香がある事から、悪役とはいえ大変だなと思ってしまった事があります。

 最近では食べる事を目的としたエディブルフラワーもさまざまな種類が売られていて、花も食べられる部位であるという事が広く定着してきている事とは思いますが、当時は花は食べ物とは思えなかった事もあり、花にかじり付く姿は大きな違和感となっていました。

 そんな事もあり、食べられるようになったのは最近の事のように思えてしまう菊の花なのですが、実は伝統野菜として古くから親しまれてきた食材となっています。

 菊は日本でも古くから親しまれ、「日本書紀」にも菊の記載が見られるほどの歴史を持っています。当初は野菊として自生していたものを観賞用として栽培したりしていた事が考えられますが、中国で延命長寿の秘薬とされ、菊茶や菊花酒、漢方薬として愛用されていた影響を受け、苦味が少ない花びらの部分を利用するかたちで奈良時代から栽培、品種改良が行われるようになっています。

 今日、食用菊の主流となっている品種、「もってのほか」はこの頃に中国から伝来したとされ、平安時代の中期に行われた延喜式には「黄菊花」として名前が記されています。

 それほど古い歴史を持つ食用菊ですが、庶民の間に広まるのは江戸時代に入ってからの事で、元禄10年(1697年)に記された「本朝食鑑」に「甘菊」の記載がみられ、松尾芭蕉の大好物であったとも伝えられています。

 茹でた菊の花びらを四角く広げて乾燥させた物は「菊海苔」と呼ばれ、築地市場の野菜類を扱う売り場で「海苔」というと菊海苔の事を指すほど定着した食材となっています。

 エディブルフラワーが定着して花も食材として受け入れられるようになり、見た目が綺麗なだけでなく意外と栄養価が高い事も知られるようになってきていますが、残念な事に伝統食材としての食用菊の生産量は減ってきているとされ、最盛期の半分以下とさえいわれています。

 どうしても悪役レスラーのイメージが強い上に、丹精込めて育てられた菊の花びらだけを摘んで使うというのはとても贅沢な気がしてしまうのですが、伝統食材の保護のためにもお吸い物の表面を一面に彩る華やかないただき方をしてみなければと思っています。


 

最2298回 謎の灯り



 とても気になる事の一つに、エジプトのピラミッドの中の壁画や彫刻などで飾られた部屋からススが発見されないという話があります。ピラミッドは大きな窓を持たない建造物なので、少し中に入り込むと光が届かない暗い空間が広がる事となります。

 そのため何らかの光源を用いないと作業どころではなくなってしまうのですが、当時の光源といえば松明かろうそくが真っ先に思い浮かびます。特に松明は最も原始的な携帯光源なので、暗いピラミッドの中では便利な物であったように思えます。

 ろうそくというとピラミッドの雰囲気ではないようにも感じられるのですが、古代エジプトではミイラ作りですでに蜜ろうを使う技術があり、ろうそくに関する知識も持っていて、すでに実用化されて使われていた記述も残されています。

 明るさでは松明、光の安定感ではろうそくのように思えるのですが、両方とも何かを燃焼させて光を得ている事や、当時の精製技術を考えると燃料の中に不純物が含まれる事から、それなりに燃焼に伴うススが発生していた事が考えられます。

 それなのに内部からススが発見されないという事は、松明やろうそくといった燃焼系ではない光源を使ったという事になります。その答えとして鏡を使う事で外の陽射しを内部へ誘導したという説明がされていますが、その頃の鏡の反射率を考慮すると鏡の2、3枚目で光が物を見るには適さない明るさにまで減衰してしまうといいます。

 小さな素焼きの壺に果汁やワインなどの酸性の液体を満たし、2本の電極をその中に浸す事で電気を発生させられる事がすでに知られていた事を示す遺物が残され、古代エジプト人も利用していた可能性がありますが、電気抵抗を利用して光を得る事が行われたのは19世紀初頭の事であり、大気中ですぐに燃えてしまうフィラメントを安定させるにはエジソンの登場を待たなければなりません。

 電気を発生させて抵抗値が大きい素材に流し、光を発する事はできたとしても、それを覆うガラスの容器を作り、その中から酸素を追い出す技術は古代エジプトにはなかったように思え、またそうした遺物が見付かっていない事からも電球が使われていたとは思えません。エジプトの人々は何を使って暗いピラミッドの中を照らしていたのか、解明される日を心待ちにしています。


第2297回 秋の感謝



 「南京」「ボウブラ」「唐茄子」、一見したところでは何を指しているのか判りにくいのですが、親しみ深い食材の「カボチャ」を指す言葉となっています。カボチャというと冬至の日に食べるというイメージがあり、栄養価が高いだけでなく寒い冬の食卓に温かさを届けてくれる食材という感じがするのですが、旬の時期は秋となっています。

 カボチャは日持ちが利く事から、秋に収穫して冬まで貯蔵しておく事が可能な事から、野菜が少なくなる冬場にありがたい食材となっています。貯蔵中に豊富に含まれたデンプンが糖に変わる事から、旬の時期に採れたてをいただくより寝かせておく方が美味しさが増す事になります。

 広く知られている事ですが、カボチャはカンボジアから伝えられた事から「カボチャ瓜」と呼ばれるようになり、瓜が省略されてカボチャとなっています。

 別名で「南京」と呼ばれる理由については、カンボジアからの積み荷を積んだ船が直接日本へ入るのではなく南京を経由するため、経由地の南京から来たという意味が込められ、「ボウブラ」についてはポルトガル語でウリ科の植物を指す「アボボラ」に由来するとされ、「唐茄子」は唐から伝えられた茄子の意味で、唯一根拠に乏しい別名となっています。

 興味深いのは英語でカボチャを指す言葉、「パンプキン」の由来で、古代ギリシャの言葉で「熟す」という意味を持つ「ペプテム」にまで遡るとされ、「熟す」が「太陽を浴びて熟した」を意味する「ペポン」へと変化しています。

 古代ギリシャ語からラテン語へと伝えられたペポンは、フランスへと伝えられ、フランス語でウリ科の植物を指す言葉として使われるようになり、フランス風に「ポムポン」と呼ばれるようになります。

 主にメロンなどの瓜類を指していたポムポンですが、イギリスへと伝えられると「パムポン」へと変化し、小さいものを意味する「キン」が末尾に付けられて「パンプキン」へと変わっていきます。

 今年も旬という事よりもカボチャに注目が集まるハロウィンを迎えます。ハロウィンは古代ケルト人の秋の収穫を感謝する祭りに由来するとされる事から、秋に収穫されるカボチャに注目が集まる事は当然の事かと、食べ頃はもう少し先のカボチャを眺めています。


 

第2296回 眠りの効用



 中世のヨーロッパでは、眠りは死に繋がるものと解釈されていた事から、少しでも死を遠ざけるように座ったまま眠るという事も行われていました。今とはずいぶんと違う眠りの認識に驚いてしまうのですが、意外と近年まで何故眠るのかについてはよく判らないともいわれていました。

 夜行性でなければそれほど暗い中でも目が利くという事がないため、暗くてよく見えない中を行動する危険を避けるために、安全な場所を見付けてその中で大人しく日が昇るのを待つ。そうした行動の中で活動しない時間帯を使って有効に体を休ませるために眠るようになったという考え方があり、眠りのはじまりについて興味深く思えてきます。

 また、逆の考え方をする事もでき、眠っている状態が通常であったものが、食料を得るために短い時間だけ動くようになり、食料を得る事が困難であるために少しずつ活動時間が長くなって眠りに費やす時間が短くなったとも思えてきます。

 いずれにせよ限られた人生の中でかなりの時間を使う事になってしまう睡眠ですが、研究が進むにつれてパソコンなどの電子機器のスリープモードのように機能を低下させて消費するエネルギーを抑えている訳ではなく、眠っている間も脳をはじめさまざまな器官が活動している事が知られるようになってきています。

 脳は眠っている間に情報を整理して記憶の定着などを行っている事は広く知られるようになっていますが、眠りは脳にとってさらに重要な役割を持っている事が最近の研究によって明らかになっています。

 脳は頭の中に満たされた脳脊髄液に浮かんでいるかたちになっているのですが、脳に直接触れている脳脊髄液を通して脳細胞は栄養を得ています。また、神経細胞の活動によって発生する老廃物も脳脊髄液を使って排出している事が事が判っていましたが、就寝後、脳から老廃物を排出するための循環が活発化し、一気に脳内の清掃が行われるている事が確認されています。

 そうした老廃物の中にはアルツハイマー病の原因と見られている特殊なタンパク質、アミロイドベータも含まれていて、就寝中に活性化される清掃活動の重要性が伺えます。

 起きている間に活発に活動した事によって生じた老廃物をは就寝中に盛んに排出するというのは、人生の多くを費やす睡眠の意味を理解する事には成りますが、脳を清掃するために眠るのか、眠っているからその間に清掃するのか、睡眠が生まれたきっかけを解き明かす鍵にはならないかと考えてしまいます。


第2295回 単位いろいろ



 1mmが10個集まると1cm、1cmが100個集まると1m、1mが1000個集まると1km。一定の数値になったところで単位が変わり、膨大な数値を扱わなくて済む事から、頭を整理して考えやすくなっています。

 教わった当初は10、100、1000と単位が変わっていく間隔が一定ではない事に違和感を覚えたりもしたのですが、×10、×10×10、×10×10×10と均等に10の乗数であったり、1mmの1000倍が1mで、その1000倍が1km。1cmはその中で日常的に接する大きさを便宜的な単位にしたと考えると納得がいくと勝手に思ったりもしていました。

 そうした単位に囲まれながら生活していて、時折見掛けるドリンク剤の宣伝文句、1000mgを耳にするたびに1gというのが適切なのではと思えてきます。それが最近では30000mgという表現も耳にする事から、1000mgは可愛い方とさえ思えます。

 食品の成分を見ていると、意外と多くの単位が登場してきて、単純には比較できないような複雑なものを感じてしまいます。基本的に栄養成分の場合、可食部100g当たりに含まれている量が基準となっている事が多く、mgの単位をよく見掛ける事になります。

 ビタミン類などの場合、mgよりはさらに細かい単位が使われ、「μg(マイクログラム)」で表記されている例を見掛けるようになります。1μgは1mgの1000分の1で、1gから見ると100万分の1となります。

 さらに小さい単位としては「ng(ナノグラム)」があり、1ngは1μgの100分の1となっています。ngとなるとかなりの微量となり、栄養成分の含有量としてはほとんど使わない単位となるのですが、環境ホルモンが大きな話題となった際は、ngよりもさらに小さな単位である「pg(ピコグラム」が登場し、ngの100分の1、1gから見ると1兆分の1という微量さ加減には、どのように測定するのだろうと不思議にすらなってしまいました。

 一説には学校にある25mプールに水を満杯にして、そこへ1滴だけ落とした液体が全体に均等に分散するとpgレベルになると聞かされたのですが、それだけ微量でも作用してしまうとされる環境ホルモンに恐怖を覚えると共に、できれば縁のない単位であってほしいと思えてきます。


第2294回 鼻血治療



 小学校の低学年の頃、担任ではなかったのですがとても怖い初老の先生がいて、生徒が鼻血を出すと鼻に詰め物をしたり、外側から押さえて血を止めようとすると中で固まるからと、血を止めずに出すように指導されていて、鼻血一つでも人それぞれ考え方が違うものだと子供ながらに思った事があります。

 鼻血の治療法、いわゆる止血方法にも幾つかのやり方があり、場合によっては手術を伴う事があると聞かされて驚いてしまった事もあります。

 鼻血の多くは鼻の入口から1.5cmほど奥に入った辺りの「キーゼルバッハ部位」と呼ばれる粘膜に傷が付いて出血していて、小鼻をしばらく押さえておく事で止血できるとされます。

 キーゼルバッハ部位からの出血が全体の90~95%を占めるとされるのですが、残りの5~10%はより奥の方からの出血とされ、その場合は小鼻を押さえる事では止める事ができず、重度の出血の場合、手術を施しての止血となるといいます。

 ニューヨーク州立大学の研究チームによって5万7千人にも及ぶ鼻血で手当てを受けた患者の分析によると、ガーゼなどを詰めるもしくはレーザーで出血している血管を焼くといった施術で治療した例が最も多く、全体の53.3%になったとされます。

 詰め物やレーザー治療に次いで多かったのが小鼻を押さえるという圧迫法で、全体の38.3%。手術によって出血している血管を縛って止めたという例は4.7%、血管内に栓をして血管を詰まらせて止血したという例は3.4%あったそうです。

 気になるのはガーゼを詰めて鼻血を止めた際よりも血管に栓をして止めた場合の方が、その後の脳卒中のリスクが4.7倍に上がっていたとされる事ですが、脳卒中のリスク上昇については止血方法よりも、そこまでして止めなければならなかったという出血理由の方にあると分析されています。

 鼻血は突然の出血で驚かされる事も多いのですが、冷静な対処と分析が求められるように思えてきます。身体に起こる変化は注意深く観察しなければならないというのは、健康管理の上では重要な事なのかもしれません。


第2293回 梅漬け仮説



 毎年、梅のシーズンを迎えると、「今年は梅干しを漬けようか」と悩んでしまいます。結局、今年は土用の時期に3日も梅干しに関わっている暇がなさそうに思えたので断念したのですが、その後、あまりに見事な梅に出会ってしまい、衝動買いしてしまった事から「梅漬け」を作っています。

 梅干しも梅漬けも梅が完熟していた方が美味しくできるので、購入後に風通しの良い場所に置いて追熟させます。購入後、3日ほどでとても良い果物のような香りがしてくるので、その段階で水に漬けてアクを抜きます。

 一晩かけてアクを抜いた後、丁寧に水気を拭き取りながら塩をまぶし、保存容器に入れて重しをしておくと塩の浸透圧で梅酢が大量に出てきます。今回はシソを使わずに仕上げる事にしたので、その段階で出来上がりなのですが、シソを使う場合はシソのアクを抜きながら梅酢を使って赤く発色させて漬け込みます。

 暑さの盛りを迎える土用の頃、「三日三晩の土用干し」と呼ばれる梅とシソを梅酢から引き上げて干す工程を経て、梅漬けは梅干しとなるのですが、今回はこの工程を省略する事からお手軽な梅漬けとなっています。

 漬け込んでしばらく様子を見ながら、充分に梅酢が出てきたので油断していると、表面に白い膜が張ってきて塩分が充分ではなかった事が判ります。急ぎ梅を引き上げて焼酎をまぶし、梅酢は鍋で沸騰させて消毒します。

 産膜酵母の働きによって梅酢に甘いにおいが着いてしまった事を後悔しながら、さらに塩を追加して産膜酵母が繁殖できない塩分濃度とします。その際、ふと思い出したのが減塩タイプの梅干しを作る際は産膜酵母が発生しやすく、製造業者の中にはわざわざ産膜酵母を発生させて梅の果肉を柔らかく仕上げていると聞かされた事があります。

 気になって産膜酵母に触れていた梅と梅酢に深く沈んでいて触れていなかった梅を食べ比べてみると、確かに触れていた梅は果肉がとろけるように柔らかくなっていて、高級品とされる梅干しの食感となっています。

 消費者の健康志向から塩分を減らし、それによって産膜酵母が繁殖するリスクが高まってしまったのですが、そのリスクすら有効に活用するのかと感心しながら、産膜酵母が作り出す甘ったるいにおいは不快に思えるし、産膜酵母が膜を張るとその上にはカビが発生して全体をダメにしてしまう事を考えると、制御可能なノウハウなのかと疑問が湧いてきます。

 衝動買いした1kgの梅でもいろいろと考えさせられて楽しめるものだと思いながら、来年はもう少し多めに漬けてみようかとも考えています。


第2292回 重要調味料



 自他共に認めるサラダ好きという事もあり、既製品や手作りの物も含めそれなりの数のドレッシングが冷蔵庫の中に常備されています。どちらかというとさっぱり系の物が多く、クリーミーなタイプが少ないという傾向がある事に気付き、自分でもシンプルなレシピの物を好んで作っているように思えます。

 ドレッシングを作る際、欠かせない存在の一つが「酢」となっています。酢もさまざまな用途に合わせて使う事から、一般的な醸造酢や合成酢をはじめ、赤、白のワインビネガー、イタリアのバルサミコ、中国の香酢、鹿児島や宮崎の黒酢と取り揃えています。

 いろんな野菜で甘酢漬けを作っていた頃は、かなりの頻度で醸造酢を買っていたのですが、その頃ほどではないにしろ調味料や隠し味、下拵えなどに登場してくれる事から消費量は多い方になるのではと思っています。

 酢は人類最古の調味料といわれ、紀元前5000年頃にはすでに存在していた形跡が残されています。よく「酒を作ろうとして失敗して酢ができた」「酒を長期保存していたら酢ができていた」といった偶然の発祥説がいわれますが、古い時代の酒造りや発酵の様子などを考えると酢は明確な意思の下に作られていたという事ができます。

 日本で酢が作られるようになったのは4~5世紀頃とされ、中国から酒造りが伝えられた際に酢の醸造法も伝えられ、それに基いて酢の醸造が行われるようになっています。早くから国産化が行われていた酢ですが、高貴な食卓を彩る調味料という一面が強く、庶民の間に普及するのは江戸時代に入ってからの事となっています。

 江戸時代になると酢の製法が全国的に広まり、各地で生産されるようになり、酢を使った料理がたくさん考案されるようになります。そうした恩恵を受けて普及したのが「寿司」という事ができ、日本の食文化に大きな影響を与えた調味料という事ができます。

 大正時代になると安価に大量生産ができる「合成酢」が登場し、化学的に合成された氷酢酸を希釈して作るという製法は第二次世界大戦後の食糧難の際、米を酢の醸造に使う事が禁止された事もあり、市場に出回る酢のほとんどが合成酢によって占められるという状態になっていました。

 その後、法律によってわずかでも氷酢酸を用いた物は合成酢と表示するように義務付けられ、消費者が合成酢を好まず醸造酢を選んだ事から醸造酢の生産体制が整えられ、今日のように流通する酢のほとんどが醸造酢という市場構成ができあがっています。

 酸味を加える調味料としてだけでなく、含まれている豊富なアミノ酸を使って旨味を加えたり、アクセントとなったりと活躍してくれる酢ですが、古来より調味料だけでなく薬用としても愛用されてきました。上手に接していかなければと思える存在となっています。


 

第2291回 大豆危機?


 最近、新しい食材として大豆の粉を見掛ける機会が増えてきました。大豆の粉というと黄粉がすぐに思い浮かぶのですが、黄粉は煎った大豆を粉にした物で、生の大豆を粉にした新素材の大豆粉とは別物となります。大豆はタンパク質が豊富な事から、小麦粉や米粉と混ぜる事で、これまでにない食感のパンや麺ができるのではと楽しみにしています。

 大豆由来というと、以前、朝食をゆっくり摂る時間がなかった頃があり、手早く栄養補給できるように大豆のシリアルバーをまとめ買いしていた事があります。タンパク質を中心に栄養が摂れるので良いと思っていたのですが、来る日も来る日も続く事で食傷してしまい、やっと買い置きしていた分を食べ終える事ができた日の夕方、立ち寄ったコンビニエンスストアでくじを引き、景品として新発売の大豆のシリアルバーを渡されて素直に喜べなかった事が思い出されます。

 それ以来、シリアルバーは食べていないのですが、味噌やしょうゆ、納豆に豆腐、豆乳など大豆にはとてもお世話になっています。そんな大豆を食べるなという気になる記事があり、思わず目を留めてしまいました。

 大豆を食べない方が良い理由としては、含まれている幾つかの成分が上げられていたのですが、その中にフィチン酸が含まれていて、玄米と同じような論争になるのかと思えてしまいます。

 フィチン酸は玄米をはじめ穀物や豆類に広く含まれ、玄米を有害とする理由の一つとされています。フィチン酸を有害とする理由はフィチン酸が持つ強力なキレート作用にあり、キレート作用によって体内のミネラル分の排出を促す事から、玄米を常食としていると慢性的なミネラル不足に陥り、思わぬ健康被害を生じるというのが玄米有害論の一つとなっています。

 キレート作用とは、ミネラル分などをカニのハサミのように挟み込んで体外に排出される事を促す働きで、フィチン酸には強力なキレート作用が備わっているとされます。

 玄米はミネラル分が豊富で、日常的なミネラル補給にも役立つという意見もあるのですが、フィチン酸によるミネラル不足の助長と相反する事にどちらを信用するべきかと思えてきます。

 玄米にはフィチン酸もミネラル分も多いのですが、両者は玄米の中で結合して「フィチン」の状態になっていて無害化されているというのが結論とされます。フィチン酸はフィチンからわざわざミネラル分を外してやらなければキレート効果を持つフィチン酸の状態にはならないため、玄米に含まれているミネラル分の多くがフィチンとして吸収される事なく排出される代わりに、体内のミネラル分も損失する事はなくなっています。

 大豆に含まれるフィチン酸にも同じ事がいえ、フィチン酸ゆえに大豆を有害とはいえないとは思うのですが、発芽をコントロールするためのホルモンや植物には専門的に食べる動物が増えないようにする仕掛けとしてアクが含まれている事を考えると、その他の成分についても検証してみなければとも思えてきます。

 本能的に感じ取った危険性が長い付き合いである大豆を主食としなかった理由という意見もありますが、大豆が主食とならないのは大豆が脳に必要な栄養素であるデンプンをあまり含んでいないためだと少しだけ大豆の弁護をしてあげたくなっています。


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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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