第2377回 治療と抑制



 先日、子供の気管支喘息の治療に広く使われているステロイド剤について、気になるニュースが報道されていました。ステロイド剤の使用によって、子供の身長の伸びが抑えられるという副作用の懸念があるとして、より慎重に使うように注意喚起が行われています。

 小児喘息は15歳以下の子供の20人に1人の割合で、0~1歳までの乳幼児に発症例が多いとされます。アレルギー反応によって気管支に炎症が起こるのが原因とされ、激しい発作が治まった後も炎症が続く事から、治療は長期間に渡り、根気が要るものとなっています。

 治療の際に良く使われているのが吸入型のステロイド剤で、吸入した薬剤を直接炎症を起こしている部分に触れさせる事で炎症を抑える働きがあります。そうした吸入型のステロイド剤の使用によって身長の伸びが抑制され、その影響は成人後にも続いたとする報告が3年ほど前から米国で相次いでおり、今回の注意喚起はそうした報告を受けての事となります。

 ステロイド剤と骨との関係というと、以前、我家にいた猫の事が思い出されます。ある朝、猫が急に転んで置き上がってもまた転んでしまい、自分でも何が起きているのか理解できないらしく、パニックになっていた事がありました。

 体の向きを変えようとすると急に下半身の力が抜けたように腰砕けになってしまい、その場に倒れこんでしまうのですが、継続的に力が入らない訳ではないので麻痺ではないと思え、脳に障害でも起きているのではと心配しながら獣医の下へ連れて行きました。

 レントゲンを撮ってみると腰の部分の背骨の一部が異常なほど隆起していて、それが神経に触れて一時的な麻痺を引き起こしていた事が判りました。

 高齢でもあったので手術によって骨を削るのは負担が大きいだろうという事で、副作用としてカルシウムが骨から流れ出す作用があるのでそれを利用しようといわれてステロイド剤が処方されました。

 思えば若い頃に尿路結石を発症してしまい、それ以降、処方食としてリンを制限した食事が中心となっていました。リンを極端に制限した事でカルシウムの排出がうまくいかず、長年の間に骨を隆起させた事が解ります。

 その際、隆起した骨を縮小させるほど骨のカルシウムに影響を与えるというステロイド剤が怖ろしくなったのですが、骨への影響を思うと身長の伸びを抑制する事は理解できます。

 吸入型のステロイド剤は薬剤が患部にのみ触れる事から、影響は少ないと考えられていましたが、今回の発表を受けて身長の伸びに最も影響を受けやすい乳幼児の場合、最初に使う薬をステロイド剤以外にするなどの指摘がされています。

 喘息に関しては、アレルギーの炎症を長期に渡って抑える新薬の報告もされています。吸入型ステロイド剤は治療の根幹を担ってきた薬剤だけに、新たな治療法の確立を願ってしまいます。


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第2376回 風が吹けば...



 日本の古い諺に「風が吹けば桶屋が儲かる」というものがあり、一見すると明らかに無関係な事でも巡り巡って最終的には思わぬ結果に結び付くという事を教えてくれています。

 諺の初出は江戸時代の明和5年(1768年)に書かれた浮世草子「世間学者気質」であったとされ、当初は桶屋ではなく箱屋とされていました。その後、風が吹いて儲かるのは桶屋となり、最終的に桶屋が儲かるまでの経路も風が吹いて土埃が立つ事から始まり、いくつかのバリエーションが見られていて、思わぬ結果に結び付くまでの流れは一つではない事を示してくれているようにも思えます。

 最近では映画化された事もあり、カオス理論の一つであるバタフライ効果が知られるようになり、始まりの時点での僅かな差異が最終的には大きな結果の違いとなって生じる事がいわれるようになり、いつの時代にも風が吹くだけで何かが変わってくるものだと思ってしまいます。

 食の世界にも似たような事が多く、一つの事象が思わぬ部分への影響となって顕在化する事に驚かされる事があります。

 以前、地球に埋蔵されている石油の量の限界に関するピークオイル論が盛んにいわれていた際、当然のごとく原油価格は高騰したのですが、原油の使用量を減らすためにバイオ燃料を添加して使うという事から、バイオ燃料を製造する際に必要となるエタノールの原料となるトウモロコシや小麦の値段も高騰してしまいました。

 トウモロコシ価格の高騰は冷凍コーンやコーンスターチといった直接トウモロコシを使用していた製品の値段だけでなく、家畜の配合飼料の値段も上げてしまう事から、一見関係なさそうな卵の値段にも反映されてしまいます。

 小麦に関しても同じ事が見られ、パンや麺類、スナック菓子だけでなくさまざまな食品に波及し、意外なところでは貼り付けて成型するための糊の原料となっていた事から、段ボールの価格上昇にまで繋がっていました。

 段ボールの価格が上昇してしまうと物流に影響が出て、輸送される製品の価格に反映される可能性があり、商品を購入する消費者だけでなく販売して利益を上げている企業、企業の収益が分配される所得など生活面の幅広い部分に関わってくる事が判ります。

 つい先日もまた鳥インフルエンザのニュースが聞かれていましたが、中国で大規模な鳥インフルエンザが起こると、大量に鶏が処分され、飼育数の減少によって飼料が不要となる事から、アメリカの大豆価格に影響が出るという事がいわれています。

 グローバル化がいわれて久しい現代、僅かな事が思いもよらない結果へと発展する度合いは、桶屋が儲かっていた時代とは比べものにもならないほど大規模なものへと変貌してしまっている、そんな事をふと思ってしまいます。


 

第2375回 特異な鍋



 鍋物というと、とても身近で家庭的な雰囲気を感じます。それぞれの季節に応じた旬の食材を集め、家族で鍋を囲んで湯気の上がる鍋で調理しながら食べるというのは、日本の家庭における団らんの風景とも思えます。

 鍋物は地域に根差した伝統的な物から新たに考案された物、従来の物に一工夫した物など食材や味付けなど無限に近いバリエーションが存在するように思えます。そんな多種多様な鍋物の中で一つだけ異彩を放ち、家庭での調理は不可能と思える物が「すっぽん鍋」だと思います。

 すっぽんという食材自体が通常は入手が困難という事もあるのですが、2000度にも達するコークスを燃焼させるという強烈な火力や、それに耐えられる土鍋の使用、強力な火力を使用するためにわずかな時間で調理を完了する事、具材がすっぽんのみである事など、すっぽん鍋は他の鍋物とは大きく違う特徴をたくさん有し、家庭料理ではない事を強く感じさせてくれます。

 鉄さえも溶けてしまう高温にさらされる土鍋は、何度もコークスの火に当てて文字通り鍛えてから使われるといわれ、高温に耐え抜き、継続使用ができるようになる事を「鍋が育つ」ともいわれます。

 通常よりも厚手に作られた特別な土鍋も使われるそうですが、それでも育つ鍋は10個中、2、3個ほどとも100個に1個ともいわれ、せっかく育った鍋もあまり長期間に渡っての使用には耐えられないとされます。

 育てている間もしょうゆや酒を染み込ませたり、すっぽんの脂を塗り重ねたりという後の味に関わる工夫が施され、割れそうな雰囲気が感じられるとその鍋は長期間外気にさらされ、乾燥と生地を締める事が行われて割れにくくするといわれます。

 そうした世界観がすっぽん鍋を家庭料理から遠ざけ、専門店でのみ食べられる料理としているようにも思えるのですが、すっぽん自体はかなり古くから食べられていて、縄文時代の貝塚からも当時の人がすっぽんを食べていた痕跡が発見されています。

 それだけ古い歴史を持ちながらすっぽん鍋が家庭料理から離れて行った背景には、高い温度で一気にゼラチン質を分解させる事ですっぽんの深い美味しさが引き出せる事を経験的に学んだ結果という事ができます。

 家庭料理という位置付けを捨て、多くの土鍋を破壊しながら美味しさが追求されるすっぽん鍋には、何かを得るためには何かが犠牲になるという言葉を思い出してしまい、近寄りがたいものさえ感じてしまいます。


第2374回 百では済まない・・・



 酒としょうゆを合わせた物に少量のごま油、山盛りの生姜を添える...。大好きな池波正太郎の時代小説、「剣客商売」に登場する主人公、秋山小兵衛のお気に入りの豆腐の食べ方として記載されています。

 小兵衛は豆腐が大好物という設定で、月に豆腐代として三両も使ったとされるので、かなりの量を食べていた事が伺えます。一両は一人が食べる主食の米、一年分の価値である事や、そばの値段を元に現在の価値に換算すると13万円に当たるとされる事から、かなり高級な豆腐をたくさん食べたのではとも思えてきます。

 それだけ豆腐が大好きな主人公のお気に入りの食べ方とあっては、真似をしてみなければと試した事もあるのですが、なかなか加減が難しく、ごま油が少しでも多いと香りが強過ぎ、しょうゆや酒のバランスも微妙となってしまいます。

 主人公の妻、お春は料理上手な設定なのですが、そのお春も小兵衛の好みに合わせるにはそれなりの時間が掛かったようなので、一朝一夕にできるものではないのかと思ったりもします。

 日本人と豆腐との関わりは非常に深く、豆腐の食べ方も非常に多くのバリエーションを見る事ができます。最も単純な料理のように思える冷奴でさえも、味付けに使われるタレの調合や薬味などにさまざまな変化が見られ、好みが分かれる事となっています。

 そうした豆腐に関する専門書として最古の物とされているのが、江戸時代に書かれた「豆腐百珍」で、豆腐に関する料理が文字通り100種類登場しています。

 豆腐を使った料理が100種類というだけで大変な事と思えるのですが、豆腐百珍には続編があり、「豆腐百珍続編」と「豆腐百珍余禄」が翌年とその2年後に書かれています。

 版元とされる大阪高麗橋の春星堂藤屋善七なる人物については謎とされていますが、豆腐百珍の100種類に合せ豆腐百珍続編でも100種類、豆腐百珍続編の付録に38種類、豆腐百珍余禄に40種類の豆腐料理が記載されている事から、かなり博識の人物であったと思われます。

 また、登場する豆腐料理は、どこの家庭でも普通に作られている「尋常品」や食通でなければ知らない「通品」、尋常品の中でも優れた料理の「佳品」、意表を突いた驚くような料理の「奇品」、奇品の類でありながら料理としても優れている「妙品」、豆腐の美味しさを活かし切った最高クラスの料理である「絶品」に分けられていて、料理のランク付けとしても見る楽しみがあります。

 豆腐百珍に関しては当時の難解な文体ではなく現代語訳が出版されているので、読んでみるだけでも楽しめる事と思えます。100品全部作ってみるかといわれると、いつも豆腐を前に思う、豆腐は冷奴が一番という思いが邪魔をするように思えてきます。


第2373回 食べない特産品



 何かがたくさん取れたり、特産品として名物になっていたりする場所の事を「○○どころ」と呼んでいて米どころなどが良く知られ、それぞれの地域にその名産品に関するレシピが多く存在するのですが、その食材の名産地にはその食材に関する独自のレシピはほとんどなく、実際にその地域では生産はされていますが、ほとんど食べられていないという奇妙な農作物があります。

 その農産物の名は「大豆」。大豆の生産量世界一を誇るアメリカでは、大豆を食べる食文化はなく、国民の間にヘルシーな食材という認識は浸透していながら、ほとんど食べられていないという状態になっています。

 アメリカが大豆生産量世界一の地位を得たのは1954年の事で、それまで世界一を誇っていた中国を抜いて世界一となり、それ以降、一度も一位の座を明け渡す事もなく、大量の大豆を生産し続けています。

 すでに半世紀を超える世界一の生産の歴史の中、アメリカ人が大豆を食べようとした形跡は見られず、大豆を食べるという発想がなく、大豆を食材として認識していないとも思えるのですが、健康志向が強いアメリカ人は日本人以上に大豆に含まれるタンパク質やレシチン、イソフラボンといった成分の効能について認識していて、アメリカ合衆国政府も健康のために大豆を食べる事を推奨しています。

 地産地消が定着している日本人の感覚からは、何故食べもしない物を大量に作り続けるのだろうと不思議に思えるのですが、大豆は大豆油の原料となり、家畜の飼料としても使われています。

 大豆に含まれているタンパク質は飼料として与える事で牛の肉へと変換され、アメリカ人にとって重要な食材である牛肉として食べられているという事もできます。

 タンパク質に焦点を当てて食の効率という部分から見ると、牛肉を得るためにはその7倍の大豆が必要となる事から、如何に大量の大豆が必要になるかという事が理解でき、肉食がエコではないといわれる理由も判ります。

 FDA(米国食品医薬品局)によって大豆が多くのアメリカ人の死因となっている心臓病のリスク低下に有効である事が発表されて以来、大豆を食べる事は広がってきているとされますが、牛乳と同じ感覚で売られている豆乳を除き、市場の拡大はそれほど見られていないといわれます。

 その背景には家畜の飼料を食べるという事への抵抗感や、大豆を消費するようになる事で飼料としての大豆が高騰したり、品薄になったりして牛肉価格の安定や供給に支障が出るのを嫌ったと考える事もできるのですが、単純に大豆特有の青臭いにおいが受け入れられなかったともいえます。昆布と一緒にふっくらと煮上がった大豆の美味しさを知らないのは、かなり不幸なようにも思えます。


 

第2372回 小麦の疑問(2)

 自生していた小麦の粒を地面に蒔いておくと、次の年も同じように小麦が得られる事に気付いて以降、人類は小麦の栽培を行うようになり、自然な交雑や品種の淘汰によって、より栽培や収穫、食用に適した小麦が作られるようになり、栽培地域の拡大や農法の発達によって人類にとって最も重要な穀物の一つとなり、多くの地域で食文化の中心的存在となっています。

 長い栽培の歴史を持ち、その間に膨大な量が食べられてきながら生活習慣病を引き起こした事例は見られず、小麦が多くの生活習慣病の原因となり得るという説には違和感を覚えずにはいられません。しかし、人類と共に過ごした長い歴史を持つと思っていた小麦には、近年になってある変化が加えられており、その変化が小麦を有害な物へと変えてしまったと否定派の人たちは主張しています。

 小麦が変化する源流は、今から200年ほど前のある経済学者の一言から始まったという事ができます。イギリスの経済学者トマス・ロバート・マルサスは、世界の人口が食料の栽培能力を追い越してしまう日がそう遠くない事を予測しています。

 それに対しアメリカの能楽博士、ノーマン・ボーローグは高い収量を持つ品種を開発し、農業技術の改善を行って穀物の大幅な増産を行い、「緑の革命」と呼ばれた農業改革によってメキシコでは3倍の生産量を達成するなど大きな成果を上げています。

 小麦などの穀物は収量を増やそうとすると穂の重量が増してしまい、倒れてしまって収穫できなくなるリスクを持っています。ボーローグ博士は小麦農林10号を親にする事で背が低く、茎が丈夫な小麦を作る事に成功し、数億人もの人を食料危機から救ったとされます。ボーローグ博士の小麦は「奇跡の麦」と呼ばれ、同じような手法を用いた米などの奇跡の品種の開発が相次ぎ、世界規模での緑の革命が起こっています。その功績によってボーローグ博士は、1970年にノーベル平和賞を受賞しています。

 否定派によると奇跡の小麦は突然変異によって生まれたとも、遺伝子操作によって作り出されたともいわれ、そのために小麦に取って重要な成分であるグルテンに変化が起きており、特にグルテンの元となるグリアジンがそれまで人類が接してきた小麦のものとは大きく変化してしまっているとされます。

 変化したグリアジンは血糖値を急激に上昇させる働きを持ち、それが小麦を食べた後のインシュリンの分泌や血糖値を下げるための糖分の行く先である脂肪細胞の成長といった弊害に繋がり、生活習慣病を助長していると考えられています。

 また、奇跡の小麦は多量の肥料を与えても小麦の丈が高くならず、倒れないという特徴がある事から、収量を少しでも多くするために肥料を与え過ぎてしまう事も問題視されており、生産量が飛躍的に向上した事で価格が下がり、より多くの小麦が消費されるようになった事も問題を深刻化したと考える事もできます。

 糖質を制限するダイエットが流行し、昔のような主食を多く、おかずを少なくといった食事が評価されなくなってきている中に出てきた小麦有害論。納得させられるものを感じつつも、小麦を食べないという食生活は実現不可能と思えるほど困難なものとなるのではと思えてきます。


第2371回 小麦の疑問(1)



 食べるべきか、食べないべきか、これまで牛乳や玄米についてはそうした意見に触れる事があり、このコラムでも採り上げた事があります。そこへ新たな食材、小麦が加わるとはパン好きの身としては考えもしない事となっていました。

 小麦を食べる事に関する否定的な意見の出所は、アメリカの医学博士、ウィリアム・デイビス博士の著書、「小麦は食べるな」に端を発しており、循環器系科の医師であり、その筋の権威とされるデイビス博士によると高血圧や肥満、糖尿病をはじめとした多くの生活習慣病の原因が小麦にあるとされ、適切に小麦を食べない食生活へと切り替える事で、多くの症状が軽減されえといいます。

 人類が農耕生活を始め、穀物を主食としてたくさん食べるようになったのは、人類の歴史から見ると僅かな期間という事もできますが、時間的にはそれ程短い期間という訳でもなく、また、そのすべてにおいて生活習慣病に苦しめられていたという訳ではないと反論したくもなってしまいます。

 小麦は中央アジアのコーカサス地方から西アジアのイラン周辺が原産地と考えられ、1万5千年ほど前に1粒系と呼ばれる小麦の栽培が始められています。その後、1粒系小麦はクサビコムギと交雑した事で2粒小麦となり、さらに野生のタルホコムギと交雑して今日見られる普通小麦が生まれています。

 普通小麦が誕生したのは紀元前5500年頃と見られ、メソポタミア地方で栽培が行われた後、紀元前3000年頃にはヨーロッパやアフリカへと伝えられています。そのため少なくとも5000年近い歴史を普通小麦は持つ事となり、生活習慣病が問題となるのは近代のわずかな期間に過ぎないと思えます。

 栽培が始められた頃の小麦は小麦の穂が実り、成熟すると風などによって飛び散ってしまう性質があり、収穫には大変な手間を要していたとされ、その貴重性から小麦は通貨のような物として使われていた形跡が残されているといいます。

 栽培する土地がさらに拡大する中で、小麦の品種に関する淘汰が進み、厄介だった成熟した穂が飛び散るという性質が失われた事で小麦は主食に近い位置を占める事になっていきます。しかし、その当時は小麦のライバルとして大麦が存在し、収量が多く収穫が早い大麦の方が小麦よりも重要な穀物として見られていました。

 その頃、小麦も大麦も粒ごと鍋で煮てお粥のような物として食べられていましたが、挽き臼が使われるようになって製粉技術が向上すると粘りを持つタンパク質、グルテンを豊富に含む事で加工が容易な小麦の重要性が高まり、最も重要な穀物として捉えられるようになっていきます。

 中国へはシルクロードが開かれた紀元前一世紀頃に伝えられたと考えられていますが、当時の中国で主食となっていた粟や米と比べると粉に挽かなければ食べられないという一手間の多さが妨げとなり、自動的に粉に挽いてくれる水車が発明されるまでは大きな普及には至っていません。

 現在の主要な生産地とされるアメリカやカナダ、オーストラリアで小麦の生産が始められるのは、新大陸発見以降の大航海時代に植民者が持ち込んでからの事とされ、生産地の拡大、農法の改善などによって小麦の価格は下がり、徐々に食生活の中心的存在となっていきました。

 そうした小麦が庶民の生活に溶け込んでいくのは18世紀以降の事とされますが、それにしても生活習慣病が問題となるには悲観的な開きが大きく、どことなく小麦と生活習慣病の関係は薄いようにも思えてしまいます。


 

第2370回 生き残るために



 何かの役に立つのかと聞かれると首をひねるしかないのですが、サバイバルのためのテクニックに関するテレビ番組を見ていたりする事があります。生き残るための知恵を身に着けるというより、そのような過酷な環境で人が遭難する可能性があるという方が興味深く、生きているうちにはまず行く事のない環境を見て楽しんでいるという方が正確かもしれないと思います。

 その番組の中で繰り返しいわれる事ですが、やっと見付けた水でも動物の死骸が浮いていた場合は決してその水を飲んではダメで、その理由として死骸によって水が汚染され、お腹を壊してしまうからだと説明されます。

 サバイバルのような極限状態でお腹を壊し、下痢を引き起こしてしまうと死に繋がる可能性が非常に高まり、下痢は死に繋がる病である事を認識するようにいわれていて、清潔で栄養を充分に確保する事ができ、薬剤も水分も必要なだけ補給できる環境にあると下痢は不快な症状を及ぼすだけのように思えてしまうのですが、現在、世界中の子供の死因の第二位は下痢となっています。

 第一位は肺炎となっているのですが、多くの病気で体力や免疫力が低下し、肺炎を併発して死に至る事を考えると、下痢は非常に高い死亡率を持っている事が判り、肺炎と下痢を合わせると子供の死因の約3割にも上るとされています。

 日本に限っていうと肺炎も下痢も子供の死因のトップ3には入ってもいないのですが、世界的には肺炎で130万人、下痢で70万人もの子供の命が奪われているといいます。

 肺炎と下痢による死亡の7割がアフリカ大陸のサハラ砂漠より南の地域か、東南アジアの15カ国に集中しているとされ、多くの地域で死亡率が低下する傾向にありながら、一部地域では毎年増加しているともいわれ、途上国では深刻な問題である事が判ります。

 肺炎や下痢を引き起こす原因はさまざまとされる中、栄養状態や衛生状態の悪化、授乳が適切に行われていないなどの共通の危険因子が見られるとされ、改善が可能な問題であるという事もいえます。

 日本では下痢が死に至るという認識はほとんどありませんが、深刻な事を引き起こす可能性も持っている症状である事や、世界の子供たちに暗い影を投げかけるものである事を認識し、下痢が怖くない環境にある事への感謝と困っている子供たちに対し何か出来る事はないのかと考えてしまいます。


第2369回 飲み水リスク



 以前、お気に入りのお好み焼き屋があり、よく食べに行っていたのですが、ある日、店主のおばさんと話をしていてピロリ菌がなかなかいなくならなくて困っていると告げられ、飲み水を介して感染する事を考えると何となく怖くなり、それ以降、食べに行っていないという事がありました。

 ピロリ菌は、それまではいかなる微生物も棲息できないとされてきた胃の中にいる細菌として発見され、ピロリ菌の繁殖によって胃炎や胃ガンなどが引き起こされるといいます。

 飲み水などを介して胃の中に入り込み、繁殖すると考えられており、日本は先進国の中でも高い感染率を持つ国とされていて、高齢者の約4割が感染していると見られています。

 ピロリ菌への感染率は年代別に調査すると若い世代になるほど感染率が下がるとされ、1955年以降に生まれた人に顕著にその傾向が見られ、1970年代以降の生まれの場合、高齢層が4割にも感染率が達する事に対し、1割程度と極めて低い感染率となっています。

 そうした傾向は飲み水に関する環境整備が進んだ事が理由として考えられ、安全で良質な水を得られるようになった事がピロリ菌の拡散を防いでくれているという事ができます。

 ピロリ菌を殺菌する専用の抗生物質も処方されるようになり、以前ほどは怖くなくなった感じがするピロリ菌ですが、日本の水道事情の改善が感染者を減らし続けているのであれば、これからも無縁のままでいきたいと思ってしまいます。


第2368回 丼文化



 明らかに日本の食文化でありながら、和食かといわれると少し抵抗を感じてしまうもの、丼物はそのような微妙な位置付けを持つ食べ物のようにも思えます。

 日本の正式な作法では主食であるご飯とおかずは別々に盛り付けられ、それぞれを箸で一口分ずつ口に運ぶ事から、ご飯とおかずが一緒に盛り付けられた丼物は、合理的ではありながら正式ではないように思える所以とも考える事ができます。

 丼物の「丼どんぶり)」の語源については諸説があり、江戸時代に安価な食事を提供していた飯屋を「けんどん屋」と称していて、ご飯のおかわりを出さない代わりに最初の一杯を多めに出すために器が大きくなり、それを「けんどん振り鉢」と呼んだものが短縮されて丼鉢となり、丼という名称が生まれたともいわれます。

 また、表記された文字が井戸を意味する文字の中に点を持つ事から、井戸の中に何かを投げ入れた際の「どんぶり」という音が語源であり、大きな器で中に何でも投げ入れる事からその名が付いたともいう説も説得力を感じさせてくれます。

 しっかりと日本の食文化に根付いている丼物ですが、歴史を見てみると意外と浅く、ルーツと見られている「芳飯」にしても室町時代にならないと登場しません。比較的歴史があるとされる天丼も最初の丼物といわれる事の多い鰻丼も、江戸庶民が愛したとされる深川丼も誕生するのは19世紀に入ってからで、江戸時代末期の事となっています。

 そうした歴史の浅さが和食と丼物の微妙な距離感に繋がっているようにも思えます。時代が明治になると今日の牛丼のルーツとなる牛鍋の割り下をご飯に掛けた牛鍋丼や、牛鍋の割り下を卵でとじた開化丼、肉を牛から鶏に変えて卵でとじた親子丼なども登場し、洋食華やかな大正時代にカツ丼が考案されています。

 最近では丼物も日本の食文化として海外で紹介され、食べられるようになってきています。現地でその土地の食文化を採り入れて新たな丼物が生まれ、また、日本でも大手のチェーン店を中心にさまざまなバリエーションが考案されています。時と共に変化を続けるという柔軟性も伝統的という観点からは外れてしまうのかとも思えてきて、やはり微妙なものを感じてしまいます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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