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第2569回 殺しの青



 師走になると街中のさまざまな場所で工夫を凝らしたイルミネーションが見られ、冬の景色もずいぶんと変わったものだと思えてきます。特に光源がLEDに変わった事で消費電力が抑えられ、光源としての寿命も長い事から、より多くの光が見られていると思います。

 LEDが登場する前は豆電球や麦球などの小型の電球が使われていて、消費電力が大きめであった事や、何より光源としての寿命が短かった事から、イルミネーションのライン上に光が欠けている箇所を見掛ける事が多かったのを懐かしく思い出してしまいます。

 当時は青い色を表現したくても青いカバーの中で光る電球の色が黄色いために、どうしても光は緑色になってしまい、今日のような完全な青い光を見ると綺麗と思える反面、冬空の下ではどこか寒々としたものを感じてしまいます。

 そんな青色LEDの光に殺虫効果がある事が報告され、可視光線に生物を殺傷する効果があるという事で、驚くべき発見と思ってしまいました。光の波長は短くなるほど毒性が強くなる事が知られ、UVCと呼ばれる100~280nmの波長やUVB(280~315nm)といった短い波長の紫外線には生物に対する明らかな強い毒性が確認されていました。

 しかし、同じ紫外線でももう少し波長が長いUVA(315~400nm)には明らかな致死効果は報告されておらず、それよりも波長が長く、肉眼でも捉える事ができる可視光線の青色光に昆虫のような生物に対する致死効果がある事は全く考えられていませんでした。

 今回行われた研究では、さまざまな波長のLEDの光をショウジョウバエの蛹に当てて、殺虫効果の有無を検証したもので、青色光を照射した蛹はその後、羽化する事なく死亡する事が確認されています。特にショウジョウバエの蛹に対しては440nmと467nmの波長が高い効果を発揮する事が観察され、467nmでは卵、幼虫、成虫に対しても効果がある事が確認されています。

 また、蚊の蛹に対しては417nmの青色光に効果が認められ、小麦粉の害虫として知られたヒラタコクヌストモドキの蛹に対しても高い効果がある事が確認されていて、今後、駆虫に最適な波長の解明が進めば、安全性の高い防虫システムの開発に繋がる事も考えられます。

 青色光が殺虫効果を発揮する事については、波長の短い光が内部組織に吸収され、活性酸素が生じる事で細胞や組織が損害を受けるためと推測され、クリーンな殺虫技術の開発以外にも青色光やそれに起因した活性酸素の生体への影響を評価する研究への応用も期待されています。

 LEDは消費電力が小さく、電球のような熱も発生させない上にコンパクトで長寿命でもある事から、タンスの中を照らして防虫効果を発揮したり、蚊を寄せ付けない網戸の照明などが思い浮かんでしまうのですが、液晶画面のバックライトの弊害がいわれはじめている昨今、早く影響面の研究が進めばと思ってしまいます。



第2568回 交雑種



 最近はホームセンターが生鮮食料品を扱ったり、スーパーの中に地元に農家が持ち寄って露地栽培のコーナーが設置されていたりして、さまざまな種類の野菜や花に触れる機会が増えてきました。

 旬を感じさせてくれたり、お得な価格で販売されていたりと見ているだけでも楽しくなってくるのですが、多彩な野菜や花たちにはある共通点が存在します。それはほとんどの野菜や花が「F1」であるという事です。

 F1というと自動車レースのフォーミュラ1を思い出してしまうのですが、農産物に関しては交配によって作り出された一代目の雑種の事を指していて、新たな品種の一代目という事になります。

 従来から存在した品種の親を掛け合わせると、メンデルの法則によって一代目の子孫たちは均一な遺伝子を持ち、「雑種強勢」と呼ばれる遺伝法則から親よりも生育が良く、優れた形質を得る事ができます。均一な遺伝子は作物の姿を統一して規格に合せられるといったメリットがあり、優れた形質は栽培の容易さや作物の付加価値に繋がり、農業を考える上でF1交配種の存在は欠かせないものとなっています。

 しかし、良い作物ができたからといって種を採取して次の世代を栽培しようとしても、やはりメンデルの法則によって第二世代以降は遺伝子の均一性が得られず、F1ほどの収穫や優れた作物を得る事ができなくなってしまいます。

 そうした困った性質から農家は作物を栽培するために、毎年、種を種苗メーカーから購入する必要があり、農家の負担となってしまう反面、毎年の安定的な売上に繋がる事から種苗メーカーの優れたF1交配種開発への大きな意欲となってもいます。

 消費者の立場からは雑種強勢によってより良い農産物が得られる事や、売り場で厳しく見定めなくても安定的に良い物が得られる事は喜ばしく思えます。

 F1交配種については、在来種の市場を脅かしてしまう事や次の世代に繋がらない「循環しない作物」として否定的な意見も聞かれますが、地上に存在しないものを人の都合だけで作り出す遺伝子組み換えの作物と比べると、一代限りとして大自然が栽培を許してくれたものという感じもしてしまいます。



第2567回 眠れる薬



 子供の頃から寝付きが良く、眠りに付く事ができないという事がほとんどありませんでした。眠りに付いてしばらくすると目覚ましが鳴って朝の訪れを知り、気が付くと充分な時間のはずなのに睡眠時間が終わってしまっている事に、どこか損をしたような気持になる事もありました。

 それがこの数年、眠りが急に浅くなって明け方近くに目が覚めてしまうようになり、またすぐに眠りに付ける事から困った癖が付いた程度にしか考えていませんでした。

 相変わらず寝付きは良い事や、目が覚めてもまたすぐに眠ってしまえる事から、不眠症とは無縁と思っていたのですが、詳しく調べてみると連続した充分な睡眠が得られない事も睡眠障害や不眠症の類に入るらしく、いわれてみると日中に眠気や疲労感を感じています。

 現在、成人の3人に1人は何らかの睡眠障害を抱えているといわれる事から、深刻な社会問題と思える反面、自分に関してはあまり大変な問題とも捉えられず、これといった治療については考えずにいました。そんな中、これまでとは作用の仕方が異なる睡眠薬が開発され、不眠症の治療範囲が大きく拡大する事を感じています。

 これまで不眠症の治療に使われていた睡眠導入剤は、GABA(γアミノ酪酸)が受容体に結合しやすい状態を作り出して眠気を誘発したり、眠気に関わるメラトニンによく似た働きの成分をメラトニン受容体に結合させて眠気を生じさせるといったものが中心となっていました。

 眠りに付く事ができずに苦しむ人に眠気を誘発して眠らせるといった治療効果を発揮してきたこれまでの睡眠薬に対し、新たに開発されたベルソムラは脳内の神経伝達物質であるオレキシンの働きを阻害する事で作用を生じます。

 視床下部乃神経細胞でオレキシンは作られ、覚醒中枢のオレキシン受容体に結合する事で覚醒した状態を作り出しています。ベルソムラはオレキシンよりも先にオレキシン受容体と結合して、オレキシンの結合を阻害する事で眠りの状態を作り出します。

 そうした働きによってこれまで対応が難しかった寝付きは良いのに途中で目が覚めてしまうといった症状にも対応する事ができ、薬の効果が切れた後も眠気が続くといった事がないといいます。

 私的にはまだまだ治療の必要はないと思っていますが、夜中に何度も目が覚めて辛い思いをしている人たちの役に立てばと、新たな治療薬の登場に思ってしまいます。


第2566回 気からのメカニズム



 昔から「病は気から」といわれ、気の持ちようで病気を防いだり、病気になってしまう可能性がある事がいわれていました。中にはその発展形なのか、「風邪と認めた時が風邪をひいた時」という乱暴な意見も聞かれたりもするのですが、精神面が体に及ぼす影響は大きいように感じられます。

 これまで気持ちの変化やストレスによって脳の働きが変化し、免疫系に影響を与えてしまう事が知られており、「病は気から」が根拠のない事ではない事が知られていました。しかし、その詳細なメカニズムについては未解明の部分が多く、傾向として確認される二留まっていました。

 先日、大阪大学免疫学フロンティア研究所の鈴木一博洵教授を中心とした研究チームによって、「病は気から」のメカニズム解明の一端となる発見が行われ、興奮や緊張の際に活発になる交感神経が関与している事が指摘されています。

 研究チームはマウスを使った実験で、リンパ球の表面にある「β2アドレナリン受容体」と呼ばれる物質に着目し、調査の結果、β2アドレナリン受容体はケモカインというタンパク質と共に交感神経の興奮の度合いに応じてリンパ球がリンパ節から出ていく量を調節している事を突きとめました。

 リンパ球による体内のパトロールは免疫にとって重要であり、リンパ球がリンパ節からリンパ液の中に出て、リンパ液が血液と合流する事でリンパ球は全身のパトロールへと出ていきます。緊張やストレスによって交感神経の状態が変化し、リンパ球がパトロールに出る数が少なくなってしまうと、病原体を見落とす確率が増えてしまい病気に罹りやすくなる事は容易に想像する事ができます。

 今後、研究が進んで、交感神経が関与するストレスやメンタルの変化と免疫の変動が詳細に解明されれば、交感神経の応答を制御する事で病気の治療を行うという新たな概念の医学が確立される事も考えられます。病は気から、昔からいわれてきた事は未来に繋がっていたようにも思えてきます。


 

第2565回 影の薄い力



 寒波が訪れるとインフルエンザの流行が気になり、免疫力を高めておかなければと思えてきます。免疫力は体を守る重要な力であり、健康の維持には不可欠な存在ではあるのですが、筋力などのように可視化する事ができない事もあり、漠然として捉えにくいものでもあります。

 食材に含まれる成分の中にも免疫力を高める働きを持つものがあり、それらを抽出して製品化した健康食品も存在するのですが、免疫力の高まりを実感するという耐寒性の低さからなかなか普及しにくいものとなっています。

 かつて免疫力は健康や生命を守る力という捉えられ方をしていましたが、臓器移植が行われるようになると生命や健康を確保するために移植された他人の臓器を免疫が攻撃してしまうという事が見られ、単純に健康を守護するものという存在ではない事が判ってきます。

 免疫の語源はラテン語の兵役や納税などの義務を免れる「免除」にあるとされ、免疫に関する最古の記載は古代ギリシャの歴史家、トゥキディデスによって記されています。病人や死にそうな人はかつて病気から回復した人によって手厚く看護されるとして、その理由を以前病気に罹った人は再び病気に罹る事もその病気で死ぬ事もないと説明していて、今日の獲得免疫の存在を伺わせています。

 臨床的な視点から免疫について記載を行ったのは、中性の錬金術師であり医師、科学者、哲学者でもあったペルシャのラーズィーによるものとされ、天然痘と麻疹に関する論文の中で、病気に接する事で長期にわたってその病気に罹らない力を獲得する事に触れているのですが、免疫という直接的な表現は使わずに説明を行っています。

 細菌によって病気が引き起こされ、感染後、如何に人が障害を受けないように抵抗力を獲得するかといった近代的な免疫の考え方を確立するのは、免疫学の父とされるパスツールで、今日のワクチン接種にも大きな影響を与えています。

 今日、ワクチンの普及もあり、免疫の働きや仕組みは広く理解されているのですが、冬の間に風邪をひかなかったのは免疫によるものかは判断が着かず、免疫のありがたみは実感できないものとなっています。それでも体温を高めたり、良質のタンパク質を摂ったりと免疫力を高める事に気を付けておかなければと思っています。

第2564回 静かな絶滅を前に



 子供の頃、野生動物の様子などを特集した番組があり、とても楽しみに見ていました。未だに世界中の大自然の中を旅して回るという事は現実的にはありえないと思っているので、そうした番組があるとつい見入ってしまいます。

 番組の中で野生動物が死に瀕していてもスタッフは決して助けてはいけないというルールが語られていたのですが、大自然に干渉しないという配慮からとは思ってはいても、絶滅の心配がいわれる生物が増えてきている今日では助ける方が正しい事のように思えます。

 地球の歴史の中では、さまざまな生物が誕生し、進化を遂げていく中で種として枝分かれしながら絶滅するという事は珍しい事ではないのですが、人の社会が高度に発達して経済活動が盛んになる中、経済活動の結果として特定の種を絶滅させてしまうという事は許されない事といえます。

 人によって生物が絶滅させられてしまうパターンは、大きく4つに分ける事ができると思います。一つは人が直接乱獲を行う事によって絶滅させてしまうもので、オーストラリアの飛べない鳥、ドードーが食べ尽くされてしまった事がよく知られています。

 先日、絶滅危惧種の第二類に指定されたクロマグロもこのパターンという事ができ、乱獲によって個体数を減らした上、数が減ってしまったために成魚になる前の個体を漁獲する事で数の回復を大きく妨げてしまう事が懸念されていました。

 二つ目は環境を汚染したり、環境そのものを人の都合の良い状態に作り変えてしまう事で棲息が困難となり、絶滅してしまうというもので、特定の種の絶滅といわれると真っ先に思い浮かぶ理由となっています。

 三つ目はやはり環境に関連した事で、人が特定の種の数を減らしてしまった事でその生物が捕食していたものが異常に繁殖して環境のバランスが崩れたり、捕食者の繁殖に適した環境を作り出してしまったためにエサとなる生物が激減したりといった事があります。

 四つ目が最近、最も心配している事で、人の手によってもたらされた外来種との交配によって在来種が本来の種でなくなってしまうという絶滅で、目立たず静かに進行する事から、普段、見掛けていたのに実は絶滅していたという事にもなってしまいます。

 先日、雑草のオナモミが絶滅危惧種となっている事を知りました。オナモミはトゲのある実が特徴で、子供の頃、藪の中に入るといつの間にか服にくっついていて、「くっつき虫」とも呼ばれていた馴染み深い雑草です。

 外来種の「オオオナモミ」が入り込み、一気に交配が進んで地域によってはすでに交雑種しか存在しない絶滅した状態にあるともいわれ、子供の頃、嫌な思いをさせられた存在が、こんなにも簡単に絶滅してしまうのかと思えてきます。

 絶滅危惧種というと希少な動物にばかり目がいってしまいますが、懐かしいくっつき虫もこれから保護の対象となるのか、とても気になってしまいます。最近目にしていないように思えるので、枯れ始めた草原で探してみようかと思っています。


第2563回 板からの必然



 11月15日は「かまぼこの日」となっています。少し不思議なのは、その日を選んだ理由についてですが、「類聚雑用抄(るいじゅうぞうようしょう)」に関白右大臣の藤原忠実が京都の三条に引っ越し、その祝賀料理の献立に蒲鉾の名前と絵図が記されているため、その日の永久3年(1115年)7月21日を記念して11月15日に記念日を制定したといわれ、1115年から11月15日となったそうですが、何故、7月21日ではないのかと思えてきます。

 蒲鉾はその名の通り蒲の穂に姿が似ていた事から名付けられたのですが、今日でいう竹輪が蒲鉾であったという事ができます。室町時代の中頃に発行された「宗吾大草紙」には蒲鉾の事を「蒲のほこに似せたる物なり」と記しており、1848年に書かれた「近世事物考」には「後に板に付けたるができてより、まぎらわしきにより元のかまぼこは竹輪と名付けたり」と説明されていて、板付け蒲鉾の登場によって区別するために蒲鉾と竹輪が分けられた事が判ります。

 豊臣秀頼が大阪城へ帰城する際、京都の伏見で梅春という料理人から蒲鉾を振舞われた事が伝えられており、その中で蒲鉾の事を「板に付けて焙る」と説明されている事から、安土桃山時代には板付け蒲鉾が存在し、当時は竹輪と同じように焙って仕上げられていた事が伺えます。

 竹に巻き付けて調理されていた物が板に乗るようになった正式な理由や、誰の手によるものかは定かではありませんが、一本ずつ竹に巻き付けるよりも板にすり身を乗せる成型方法の方が手早い事から、より高い生産性を求めるかたちで板付け蒲鉾は誕生したように思えます。

 その後も蒲鉾は焼き上げて仕上げられていたのですが、江戸の末期になって蒸して仕上げる蒲鉾へと変化していきます。1887年に書かれた「守貞慢稿」には、「江戸にては焼いて売ることなく、皆、蒸したるのみを売る」と記され、江戸の街では蒸し蒲鉾が主流となっていて、焼き蒲鉾が売られていない事に驚いた様子が記録されています。

 蒸し蒲鉾の登場には蒲鉾が板に乗った事が深く関わっていて、竹に巻かれなくなった時点で蒸し蒲鉾となる事は運命付けられていたようにも思えます。板にすり身を乗せた後、当時の熱源を考えると板を垂直か薪の炎の方へと向けて傾かせる必要があります。その際、すり身に充分な粘りや硬さがない場合、急角度によってすり身は板から剥がれて落ちてしまう危険性があり、しかも一度にたくさんの量を調理する事ができなくなっています。

 今日のオーブンのように上面から熱を加えられればすり身は水平な板の上に乗った状態で仕上げられる事から、すり身が崩れてしまったりする事もなく、たくさん並べて調理する事ができます。そこで蒸し器を使えば全体に均一に熱を加える事ができ、しかも板は水平の状態で何層にも蒸し器を重ねればたくさんの量を調理する事ができます。

 蒸し上げられる事でしっとりと仕上がった蒲鉾は、表面に焼けた皮を持つ竹輪とは完全に違った質感を持つようになり、今日では同じ練り物でも全く違う物として扱われるようになっています。子供の頃、何故板に乗っているのか不思議に感じられていたのですが、いろいろと事情が判ってくると必然であったように思えています。


第2562回 焙りと煮込み



 風が冷たくなり、肌寒さを感じるようになるとおでんが食べたいと思ってしまいます。いつも自分で作ると根菜類が中心となり、牛スジや練り物が入らない事からできあがりがおでんではなく、根菜類の煮込みとなってしまうため、毎回、これではないと思いながら食べています。

 おでんの「お」は丁寧語である事から、「でん」とはと思えてくるのですが、おでんという名前は女房詞であり、宮中の女性たちが「おでんがく」を省略しておでんと呼んだ事が元になっている事から、おでんは田楽から派生したものである事が判ります。

 田楽とは本来、豊作を祈願して田の神様を祀るために畦で笛や太鼓を鳴らして舞った「田楽舞」を指すもので、平安時代から伝統的に行われてきた田楽舞では、笛や太鼓、舞いや曲芸を専業に行う田楽法師も見られていました。

 田楽法師の舞いの道具の一つに一本の棒に足場を付けた「高足」と呼ばれる一本足の竹馬があり、串にさして焙られる食材の姿がその高足に似ている事から豆腐やこんにゃくを串に刺して焙り、味噌などの調味料を着けた料理を田楽と呼ぶようになっています。

 江戸時代に入ると田楽をメニューに加えた飯屋が増えていき、天明の飢饉を境に急速に増えた屋台や辻売りでも田楽を出す店が増えていき、串に刺してある事から手軽に食べられる田楽は庶民の人気の軽食となっていきます。

 その後、田楽に使われる食材のバリエーションが増えていき、豆腐やこんにゃくだけでなくナスやサトイモ、魚なども田楽として食べられるようになっていくのですが、本来は串に刺して焙り焼く料理がいつ、どのようにして煮込み料理に変化したのかについては、今日も謎のままとなっています。

 田楽が庶民の間に広まり、宮中の女房詞のおでんと呼ばれるようになった事は容易に想像が付くのですが、そこから煮込み田楽が派生して、やがておでんの主役となり、煮込み田楽と焙り田楽を区別するために焙り田楽を本来の名称であった田楽と呼ぶようになったという展開には、いろんな事を考えてしまいます。

 あまりにも姿が違う田楽とおでんですが、当初のおでんは今日とは少し違うものであった事が考えられます。今日のおでんの元になったのは明治20年(1887年)に創業した「呑喜」で売り出された「改良おでん」で、鉄鍋を使って汁気を少なくして煮ていたそれまでのおでんを汁気を多くする事で人気となり、特に近くに東京帝国大学があった事から学生たちの間で評判となり、その美味しさを憶えて地元に帰って各地に伝えたという事も考えられます。

 串に刺して焼いていたものが鍋で煮る事によって作り置きができるようになり、注文を受けると即座に熱々の状態で出す事ができるため、せっかちな江戸っ子には最適という事ができ、そうしたニーズが煮込み田楽を主流の地位に押し上げ、改良おでんによって完全に田楽とおでんは分かれてしまったと両者の関係について考えています。


第2561回 警報と準備



 人が何らかの危機に遭遇した際、思わず悲鳴を上げてしまいます。その悲鳴を聞いた人は何らかの事態が起こった事を察知し、周囲を警戒したり、異常事態の情報を知るために悲鳴がした方へ移動したりといった行動を採るのですが、悲鳴だけでは事態の詳細を知る事はできず、どのように対処するかを判断する事もできません。

 蜂の場合、攻撃を受けたり、巣に近付くものがあれば毒液を放出し、その毒液に含まれる「警報フェロモン」によって外敵の存在と攻撃の必要性を知らせる事ができます。

 蜂が発する警報フェロモンは比較的単純な成分で構成されているとされ、自然界にも同様の成分が多い事から誤報を防ぐために3種類の成分を並行して使う事で、無駄に攻撃モードにならないようにしています。

 人の悲鳴と比べて蜂の警報フェロモンはとても合理的な仕組みのように思えるのですが、さらに優れた警報システムを植物が採用している事が先日の研究によって明らかにされていました。

 植物にも感情があり、電極を設置して電気の流れを観察する事でその存在を知る事ができるという実験を見た事があるのですが、葉を虫にかじられた植物はともかく、その近くに生えている同種の植物も同じような感情を抱き、その虫に対する毒素を用意する事も知られていました。

 その仕組みとして葉を虫にかじられた際、植物はフェロモンのような物質を放出し、近くにいる同種の植物は放出されたフェロモンに触れる事によって葉を食べる虫が近くにいる事を知ります。

 さらに植物はそのフェロモンを細胞内に取り込んで変化させ、虫に対する毒素として使うという事が先日行われた研究によって明らかにされていて、警報と共に武器になるというのは非常に合理的な仕組みのように思えます。

 人に置き換えると、何かに襲われた人が悲鳴を発し、その悲鳴を聞いた人は悲鳴を体内に取り込んで自分が襲われた際の防御用の武器とするというもので、緊急事態の察知と防御の準備が同時に行える事になります。

 不測の事態に応じてその場を移動して逃れるという事ができない植物故に発達し、洗練された仕組みという感じがして、危機を知らせ、警戒と準備を同時にさせるという合理性の中に植物の優しさが感じられるようにも思えます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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