FC2ブログ

第2664回 原子の時



 あまり興味はなかったのですが、使ってみると意外なほど便利で手放せなくなってしまった物の一つに電波時計があります。電波を感知して自動で表示する時間を修正してくれる事から、これまでの時計のように時々時報を元に修正をしたりしなくても、常に正確な時間を表示してくれている事はとても頼もしく思えてしまいます。

 電波時計の基準には原子時計が使われているされ、現在、その精度は3000万年に1秒のズレという途方もないものとなっています。セシウム原子が正確な周期で振動し、その周波数に一致したマイクロ波を吸収したり放出したりする性質を利用して正確な時を計測しているのですが、138億年と推定される宇宙の年齢の前では8分間のズレを生じてしまう事になるといわれます。

 原子を用いた時の計測に誤差が生じる理由としては、原子自身の位置が変化する事にあるとされ、位置が動いてふらふらしてしまうためにマイクロ波の周波数にドップラー効果が加わって測定結果の絶対性が確保できなくなっています。

 そうした原子の揺らめきを押さえ込む方法として、特殊な波長のレーザー光を干渉させて多数の閉鎖空間を作り出し、その中に原子を閉じ込めるといった手法があり、その方法を採用した光格子時計が現在得られている3000万年に1秒という精度を作り出しています。

 現在、研究が進められているストロンチウム原子を用いた新たな原子時計では、光格子時計の改良が進められていて、気温の僅かな変化が原子の振動に影響を与える事から、マイナス180度に保つ装置を組み合わせて20度の室温で動作する原子時計の100分の1にまで誤差を減らす事ができたとされます。

 研究が完成すれば宇宙の年齢に等しい138億年でも0.4秒しか誤差が生じなくなるとされ、そこまでの精度が何に必要になるのだろうと思ってしまうのですが、アインシュタインの一般相対性理論の証明をはじめ、多くの未知の物理現象の研究に役立つといわれます。

 一般相対性理論では重力が強い所では時間がゆっくり進むとされ、それが証明されれば複数のストロンチウム原子時計を使う事で重力の測定が可能となり、地下のマグマの状態を知る事も可能になると考えられます。火山の近所に住む私もその恩恵を受ける日が来るのかもしれないと、超正確な時計の誕生を心待ちにしてしまいます。


第2663回 バターの代わり



 以前ほどではありませんが、相変わらずバターの品薄が続いています。売り切れて店頭から姿を消したり、入荷しても購入には数量制限が設けられたりする事で余計に品薄感が助長され、購買意欲が通常よりも高められてしまう事も品薄に繋がっているようにも感じてしまいます。

 生乳が余ってしまったために生産調整を行い、それが誤った方向に進んだために原料不足に陥ってしまった。発展途上国の生活水準が向上し、牛乳を多く消費するようになったために乳製品全体の原料が不足している。生乳を輸送が簡単で保存もしやすい粉乳に加工してしまうので、原料不足が起こっている。などの多くの理由が聞かれますが、今後も品薄傾向は続くそうなので、お菓子作りやパン作りには厳しい時期が続く事となりそうです。

 そうした中、バターに代わって売上を伸ばしているのがバターの風味を持たせたマーガリンといわれ、バターを配合したコンパウンドマーガリンがバターの代わりに使われるという例も増えてきています。

 マーガリンは牛乳以外の油脂から作られた物で、油脂の含有率によって3種に分けられています。食用の油脂が全体の重量に対し80%以上の物が「マーガリン」、75%以上、80%未満の物が「調整マーガリン」、75%未満の物が「ファットスプレッド」とされ、風味付けができる事や軽い食感が求められる事から家庭用に普及している製品のほとんどはファットスプレッドとされています。

 家庭用のファットスプレッドをマーガリンとしてバターの代わりに使うためにマーガリンでは水分が多くて仕上がりが悪い、風味の点ではバターには及ばないという評価が定着しているのですが、バターの代わりに使う事を念頭に開発されているコンパウンドマーガリンは水分量が少なく作られていて、香りも香料が加えられている事から仕上がりの風味に驚いたという意見を聞かされる事もあります。

 人工的に調整されたものであり、使い勝手も充分考慮して開発された製品なので、天然由来のものを上回る特徴を持つ事は充分に考えられます。バター不足からその代わりになる物の開発にナポレオン3世が懸賞金を掛け、マーガリンが誕生してからもうすぐ150年が経とうとしています。今日のコンパウンドマーガリンを見せて、ナポレオン3世がどのような言葉を発するのかと興味を掻き立てられてしまいます。


第2662回 高さの恩恵



 南阿蘇村のお隣り、高森町は南阿蘇村よりも標高が高く、行き付けのスーパーへ行く際は緩やかな長い上り坂を登って行く形になります。高森町の標高の高さを感じさせてくれるのが店頭に並べられたカップ麺たちで、薄い蓋の部分が盛り上がり、製造された工場がある町よりも標高が高いために気圧が低く、容器内の圧力が蓋を押し上げている事が判ります。

 普段使っている水筒は少しパッキンの部分が弱く、飲物を入れて熊本市内へ出掛け、飲んでしまって帰宅すると熊本市内で蔦を閉じた水筒内の方が気圧が高く、僅かに残った水分が蓋の部分ににじみ出てきている事からも体感は無くても気圧の違いがある事を感じさせられます。

 そうした気圧の違いや帰宅する道のほとんどが上り坂である事、冷涼な気候くらいしか標高の高さを意識する事はないのですが、標高が高い地域に住んでいる事が思わぬメリットをもたらしてくれている事を先日、とある研究で知る事となりました。

 以前から標高が高い地域に住んでいる人は、低い地域に住んでいる人よりも肥満の比率が少ない事が知られていました。しかし、標高と肥満に関する詳細な研究は行われておらす、単なる傾向としてのみ認識するに留められていました。

 先日、スペインのナバラ大学において行われた研究では、標高456メートル以上に暮らす人は124メートル以下の地域の人に比べて肥満のリスクが13%も低い事が判り、標高が肥満に明らかな影響を与えている事が確認されていました。

 肥満ではない9302人を8年間に渡って追跡調査した今回の研究では、郵便番号を元に居住地域を割り出し、標高差によって124メートル未満の「低」、124~455メートルの「中」、456メートル以上の「高」という3グループに分類してその後の肥満の発生を比較し、「高」標高グループで明らかな肥満の発生率の低さを確認し、詳細な分析を行っています。

 高標高で肥満のリスクが減少する理由として、標高が高く酸素濃度が低い状態では食欲を抑える働きがあるホルモン、レクチンが多く作られるためとされ、肥満を避けるために標高の高い地域へ転居するというのは現実的ではないとしながら、今後の研究によっては生活習慣病の軽減に繋がる手法を見付けられるかもしれないと期待されています。

 標高が高く、肥満のリスクが低い地域に住んでいるのかもしれませんが、ちょっとした買い物にも車を使わなければ行く事ができず、意外なほど運動不足にはなってしまっているようなので、高標高のメリットに甘えず、健康管理に勤しまなければと思ってしまいます。


第2661回 分散勉強法



 高校生の頃、通っていた学校は特に英語の教育に力を入れていたという事もあり、定期的な学力試験とは別に隔月で英単語の試験が行われていました。分厚い単語帳の中から一定の範囲を決めて出題されるのですが、その頃に見たテレビ番組に出演していた脳生理学の学者が「憶えるべき事を眺めた後、すぐに寝てしまう事が効果的」と話していたのでそれを実践する形で試験の前日に範囲内を読破し、そのまま眠りに就いていました。

 3年間を通して充分な結果を得る事ができていたので、勉強法としては正解だったように思えるのですが、一般的にはいわゆる「一夜漬け」の勉強法はあまり良いものとはされていません。一夜漬けによる記憶は一時的なものであまり長期には定着せず、学習効果に繋がらない事については経験的に語られる事が多く、詳細なメカニズムについては言及されていませんでした。

 毎日、少しずつ繰り返して勉強する方が効果的であるという事は「分散効果」と呼ばれ、勉強に限らずスポーツなどにおいても効果的であるとされていて、一日に一時間の勉強をするよりも毎日15分の勉強を四日に分けて行う方が同じ一時間を勉強に費やすにしても記憶が定着しやすく、高い学習効果を上げられると報告されています。

 記憶に関しては、勉強を行っている最中よりも勉強を終えてからの方が記憶の定着という事が行われており、勉強を終えて休んでいる間も脳は働き続けている事が知られていますが、その際、脳内で何が行われているのかについてはこれまでは判っていない状態となっていました。

 見ている物が動くと、それを目で追いかけていってぶれを抑える働きを「視機性眼球運動(OKR)」と呼びます。OKRは移動する車の中から景色を見ている際などに見られる反射運動で、慣れてくるとより目の動きが大きくなってより良く物を追いかけられるようになります。そうしたOKRの働きに着目し、数理モデルを使って小脳との関係を調べたところ、学習や訓練に関する分散効果がどのような形で成立するのかが判ってきています。

 小脳での記憶は、神経細胞の繋ぎ目となるシナプスでの信号の伝わり方が変化する事で形作られています。OKRの訓練を一時間行うと、小脳の表面にあたる小脳皮質にあるシナプスの信号の伝わり方が弱くなり、目がより大きく動かせるようになりますが、訓練を終えると目の動きは元に戻ってしまいます。

 その状態でも小脳皮質から送られてきた情報を蓄積する深部小脳核では、OKRの訓練後にシナプスの信号の伝わり方が強くなる事が観察され、記憶の定着が訓練後に行われている事が判ります。

 そのため同じ一時間の訓練を行うにしても、一度に一時間の訓練を行うと訓練後の記憶の定着は一度しか行われませんが、何回にも分散して行う事で記憶の定着が何度も行われる事になります。実際、一日に一時間の訓練を行ったグループより7分半を8日に分けて行ったグループの方が9日目のOKRの成績が良い事が確認されており、分散効果が確かなものであるという事ができます。

 一夜漬けではなく、短い時間でも毎日コツコツと、同じ時間を勉強するにしても途中で休憩を挟みながら、脳に記憶を定着させる時間を与えながら勉強する事。学生の頃に知っていたら、今とは少しは違う世界を見ているのではと思えてきます。


 

第2660回 米の利用



 立夏を迎え、気温の高い日が増えてくると涼しげな料理という事で、生春巻きを作る機会が増えてきます。米を原料とした半透明のライスペーパーは最初はまるで薄いプラスティック板のようなのですが、水で軽く湿らせるとすぐにα化してもちもちした食感になり、好きな具材を巻き込む事で主食の米とおかずを手軽に食べる事ができる料理となってくれます。

 ライスペーパーはベトナムやタイの料理の食材として親しまれ、米との関わりが深く、さまざまな米の利用法を持つ日本の食文化には例を見ない物となっています。一般的な作り方としては米を粉砕して水を加え、乳液状にした物を布の上に広げて蒸気で蒸し上げてから乾燥させて仕上げるというもので、日本では馴染みのない米の利用法のように思えます。

 食感を増すために乳液状の米にタピオカのデンプンを加える事もあり、反乾きの状態で細く切り分けたものはベトナムの麺料理として人気となっているフォーになるといわれます。

 米から作られる日本の食文化にはないライスペーパーとフォーの関わりは仕上げの違いという事は理解できるのですが、同じく米を原料とする日本にない食材として「ビーフン」が思い浮かんできます。

 ビーフンも米から作られているのですが、ライスペーパーやフォーとは異なる食感を持っています。中国南部の福建省周辺が発祥の地とされ、小麦の生産量が少なく米作を中心となる事から小麦粉由来の食材を意味する「麺」ではなく、米から作られた麺を意味する「粉」と呼ばれ、台湾語の発音がそのまま日本でも使われた事がビーフンの名前の由来となっています。

 ビーフンの製造は米に水を加えながら挽いて白濁液にするところまではフォーと似ているのですが、ビーフンではそれを濾過してデンプンを採取し、加水加熱しながら練って生地を作ります。生地をパスタのように筒状の型に入れて押し出し、紐状に成型したものを熱風乾燥させるか、熱湯に落して煮沸した後、冷まして乾燥させるとできあがり、フォーよりも手間が掛かっている事が判ります。

 ベトナムにもビーフンは存在していて、「ブン」と呼ばれています。ブンは本来のビーフンを指すというより断面が丸い麺を指す意味が強く、断面が丸ければブン、平打ち麺であればフォーとその境は曖昧なものとなっています。

 タイにも広東省周辺から伝わったとされるビーフンが存在し、「クイティアオ」として食べられています。ベトナムと同じく麺の断面が丸くなると呼び名が変わり、細い物はセンミー、太めのものはセンレック、扁平になるとセンヤイと呼ばれて区別されていて、レストランで注文する際、太さや汁物にするか炒め物にするかといった選択が可能となっていて、食感の違いよりも断面の形状が重要視されているように思えます。

 日本でライスペーパーやフォー、ビーフンといった食文化が成立しなかった背景には、日本は気候的に小麦の栽培も可能となっており、麺を作るには小麦の方が向いていた事や餅の存在が米を平たく伸ばした食品や麺に加工する必要性を感じさせなかった事にあるように思えます。ビーフンはともかくフォーはまだまだ目新しい食材という感じもしますが、米という食文化の一つとして根付いていく事を願ってしまいます。


第2659回 米の粉



 新たな食材として初めて米粉が紹介された際、上新粉はどうなるのだろうと思ってしまった事が思い出されます。米との関わりが深い日本の食文化では、主食としてのご飯以外の米の使い方も高度に発展していて、米を粉にして使う上新粉なども古くから親しまれており、粉に挽いて新食材の米粉という事にはどこか抵抗を感じてしまいました。

 上新粉は精白した米を洗って乾燥させ、少量の水を加えて製粉して作られます。製粉した後、ふるいに掛けて粒子の大きさで分けられていて、粒子が粗い物から新粉、並新粉、上新粉に分けられ、上新粉よりも粒子が細かい物は上用粉と呼ばれ、団子や柏餅、ういろう、饅頭などの用途に応じた和菓子の材料として使われてきました。

 同じ米の粉でも原料がうるち米からもち米へと変わると、同じ製法で作られていても上新粉ではなく「餅粉」と呼ばれる物になり、水を加えながら更にきめ細かく仕上げられた物は「白玉粉」。うるち米、もち米のどちらでも水に浸した後に粉に挽いて乾燥させた物は「だんご粉」として利用されています。

 粉にする前に加熱の工程が入ると米の粉のバリエーションは更に多くなり、精白したもち米を水洗いし、しばらく浸した後に蒸して餅にして、色が付かないように焼いた物を粉に挽くという非常に手が掛かる「寒梅粉」や蒸したもち米を餅にせずに乾燥させて粉に挽いた「みじん粉」、粗く砕いた「道明寺粉」、もち米を蒸さずに焙煎して粉に挽いた「落雁粉」、道明寺粉をきめ細かくした「上南粉」、炊き上げたうるち米を粉にした「乳児粉」と非常に多くの種類の米の粉が利用されてきた事が判ります。

 それに対し今日広く普及している米粉は製粉技術の発達によって誕生したという事ができるもので、微細粉砕が可能になった事でこれまでの米の粉製品にはなかった性質を持たせる事ができるようになっています。

 従来の米の粉では小麦粉のように粘りを持ったタンパク質であるグルテンが含まれないために、発酵などによって生じた気泡を閉じ込めて生地をふんわりと焼き上げるといった事が苦手となっていました。何らかの加工を施さなければ小麦粉の代わりにパンを焼く素材とする事は不可能だったのですが、微細粉砕する事で損傷デンプンを極力少なくする事に成功し、グルテンの代わりに糊化したダンプンの粘りによって小麦粉のようにパンを焼く事が可能になっています。

 米粉を使ったパンは小麦粉のパンよりももちもちとした食感が特徴で、日本人の好みによく合い、広く普及する原動力となっただけでなく、小麦粉の代わりとして使える事で米粉自体の用途も大きく拡大する事になり、多くの米粉を使ったレシピを見掛ける事となっています。

 今後も技術開発が進めば新たな米粉や利用法が誕生する可能性もあり、米離れがいわれて久しい中、米と日本人の深い関わりは続いていくように感じています。


第2658回 ういろうに思う



 「ういろう」というと名古屋の土産物という感じがするのですが、隣県の福岡には「ういろう伝来之地」という石碑が建立されていて、ういろうが伝来したものであり、福岡に由来するものという事に大いに違和感を抱いてしまいます。

 ういろうの由来については諸説があり、有力視されているものとしては、発祥については触れられていませんが江戸時代には既に存在していて、「外郎薬(ういろうやく)」と呼ばれる「透頂香」という薬に色合いが似ていた事からういろうと呼ばれるようになったという事が「和漢三才図会」に記されています。

 また、三河地方で伝統的に作られていた「生せんべい」が原形となったとする説や、中国から亡命した陳宗敬の子、宗奇が上洛した際、足利義満に下郎薬を献上し、口直しに添えたお菓子がういろうであったとする説も有力であるとされていて、いずれもそれなりの説得力を有しています。

 透頂香が外郎薬と呼ばれるようになった由来は、唐の時代、律令で定められた定員以外の官僚を「員外郎(いんがいろう)」と呼んでいて、員外郎であった陳宗敬が日本へ亡命した際に透頂香を伝えたとされ、帰化した陳宗敬が家名を「外郎」と称した事が薬の名前となり、「外」を「うい」と読むのは唐の発音とされます。

 宗敬が当初在住したのが博多の妙楽寺となっていた事から伝来の地として石碑が建立される事となっていますが、宗奇が透頂香を献上した際に添えた事が元になるのであれば、上洛した京都が発祥の地、生せんべいが原形であれば三河と博多以外の可能性もいわれています。

 現在、ういろうを名物としている地は名古屋以外に小田原、伊勢、京都、神戸、山口、徳島、宮崎と多く、親しみやすい和菓子として普及している事が伺えます。外郎の誕生に宗敬、宗奇親子に関わりがあるとすれば原形は何であったのか、唐の食文化についても興味が湧いてしまいます。


第2657回 地元産の意味



 子供の頃に大好きだった絵本の一つに、海沿いに住み、海で獲れる魚ばかりを食料として生活する海の村の若者と、山の中に住み、山で採れる野菜ばかりを食料とする山の村の娘さんが結婚し、双方の村に交流が生まれてそれまでは病気をするとなかなか治らなかった海の村では病気が治り、怪我をするとなかなか治らなかった山の村では怪我が治りやすくなったというものがありました。

 健康を維持する上で食べ物が果たす役割の重要さを子供に教える食育の走りのような内容ですが、当時は海の村と山の村が幸せに暮らせるようになった事が嬉しく思えて、魚や肉、野菜などの食べ物をバランス良く食べなければ病気や怪我が治りにくくなってしまうと考えるようになりました。

 子供の頃は素直だったという事もあり、食べ物のバランスが持つ重要性を理解するだけでしたが、大人になって素直さが失われてくると、どことなく地産地消(地域生産・地域消費)を否定している話のようにも思えてきます。

 地元で採れる食材にこだわった料理を出すレストランや旅館が増えていく中、健康志向の高まりや食の欧米化への懸念などもあり、その地域で生産される食材を使った昔ながらの生活を送る事が、その地域で暮らす人の健康に繋がるといった考え方を生んでしまい、それが極端になるとかつての海の村、山の村のようになってしまうようにも思えます。

 地産地消という語句が見られるようになるのは1984年頃の事で、戦後、日本人の死因の第一位だった感染症が克服され、代わりに第一位となった脳卒中への対策という背景があるとされます。

 当時の農村では伝統的な米と味噌汁、漬物といった内容の食事が行われており、特に漬物は保存性を高めるためと少量でも多めのご飯を食べる事ができるように塩分が多くなっていて、塩分の摂り過ぎによる高血圧の改善が脳卒中の抑制に必要と考えられていました。

 また、伝統的な食事では脂肪酸やタンパク質、カルシウムの不足が見られる事から、不足しがちな栄養素を含む食材を新たに食事に採り込む事も健康生活を実現する上では重要となります。しかし、他の地域から不足する栄養を補うための食材を購入する事は農村部のエンゲル係数を増大させてしまう事に繋がりかねないため、地元でそうした農産物を作るように奨励した事が地産地消のはじまりとなっています。

 その後、地産地消は円滑な栄養素の確保による健康生活の実現だけでなく、余剰米の問題を解消するための減反政策、さまざまな品目の作物を生産する事による気候変動などのリスクヘッジとも結び付いて、農家の収入安定などの側面を持ちながら推進されていて、地元産の伝統食材が地域で生活する人の体質に合うといった考え方とは異なるものである事が判ります。

 昨今、地産地消を耳にする際、観光客を相手にした地元産食材の提供を多く見掛ける事があります。その場合、地産地消から派生した「地産来消」という言葉が当てられるようになってきていて、本来の趣旨からかなり離れてしまっているようにも思えます。それでも食材が消費されるまでに費やされるエネルギーの事などを考慮したフードマイレージなどの観点からは、移動距離が少ない地元産食材の地元消費は良い事と思えてきます。


プロフィール

kcolumnist

Author:kcolumnist
にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

リンク
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR