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第2686回 卵の復権



 卵の権威という博士が毎日たくさんの卵を長年食べ続けていて、健康的ではつらつとしておられ、卵と血中コレステロール値は無関係と話されていたのが印象的で、それ以降、健康診断で血中コレステロール値が高めという結果が出ていても、卵を食べるという事をそれほど意識しなくなっていました。

 アメリカでは栄養摂取ガイドラインの政府試案から卵をはじめとするコレステロール含有食品の制限に関する記載が削除され、コレステロールを多く含む食品を摂取しても血中コレステロール値には影響せず、コレステロール値が高い状態を作り出している体の方に問題がある事が定説となってきています。

 日本でも2015年版の「食事摂取基準」で、卵の摂取量と心疾患、脳血管疾患および死亡率との関連が疑問視された事もあり、卵の摂取に制限値は設定しなくなってきています。

 そんな中、卵を摂取する事の有用性が示されるようになってきていて、卵が健康に及ぼす効果が積極的に再評価されるようになっています。

 先日、フィンランドで行われた研究では、卵が2型糖尿病の発症リスクを軽減させる事が示唆されていて、完全栄養食ともいわれる卵の評価が高まる事を感じさせてくれます。

 42~60歳の男性、2332人に対し食事に関する調査を行い、平均で19年ほどの追跡調査を実施したところ、追跡期間中に432人が2型糖尿病と診断されました。卵との関係を調べると、卵の摂取量が増えると2型糖尿病の発症リスクが低下する事が示され、週に4個の卵を食べる男性は、週に1個程度しか食べない男性に対して37%も発症リスクが低くなる事が判りました。

 運動量や肥満度、野菜や果物の摂取量といった他の要因を調整しても卵が2型糖尿病の発症リスクを低下させるという傾向は一貫していて、卵の摂取が健康面にプラスに働く事が確認されています。

 4個以上食べる事については高価の高まりは見られないそうで、たくさん食べたからより健康的とはいえないという結論も得られています。

 今回得られた傾向は卵に含まれる何らかの成分が作用したというより、卵にバランス良く含まれる必須アミノ酸やビタミン、ミネラルといった栄養素が血中のブドウ糖代謝を促進し、炎症反応を抑えてくれる事が影響していると考えられ、バランスの取れた食生活を送る上で卵が果たす役割の大きさを伺わせてくれます。

 いまだにコレステロールを意識して卵の摂取を制限する声を聞いてしまいますが、一日も早く卵への誤解が晴れて、卵を使った健康的な食生活が普及する事を願っています。



第2685回 しらたきパスタ



 好きな食材ではあるのですが、それほどこだわりがあるとか大好きというほどではないと思いながら、こんにゃくを使った食品はかなりの数を試していて、ほぼ見掛けた全てを食べています。事の起こりはこんにゃくラーメンと出会った事で、猫舌ゆえにスープがある程度冷めるまで待っても麺がのびないという事は大いに助かると思って食べたのが最初となっています。

 その後、刺身やうどん、パスタなど、多くの製品を見掛けるたびに購入して試食していて、先日もレバーの生食が禁止された事に合せて発売されたこんにゃくレバ刺しを食べたのですが、やはりこんにゃくはこんにゃくという事を感じながら、さまざまなこんにゃく製品が発売されるのを愉しんでいます。

 こんにゃくパスタを食べた際、小麦粉で作られるパスタとの食感の違いや、どうしても残されるこんにゃくの風味に違和感を感じ、表面の艶のせいでソースが絡みにくい事も合わせてこんにゃくをパスタとする事はあまり良い試みではないと思えたのですが、本場イタリアでは意外なほどこんにゃくがパスタとして食べられているといいます。

 イタリアで人気のこんにゃくは「ゼンパスタ」と呼ばれ、日本では「しらたき」として親しまれている糸こんにゃくだといいます。日本からの輸入品となるため、乾燥させたしらたきを水で戻して食べられているそうですが、レシピの特集が組まれるほど人気の食材となっています。

 食べ方は水で戻した後、水気を切ってパスタソースと絡めるというパスタそのもので、食物繊維を豊富に含んでいて腹もちが良い事や、同じ重量のパスタと比べてカロリーが25分の1しかないという低カロリーな部分が健康志向のイタリア人に支持されていて、パスタの一種として定着してきているとされます。

 食品輸入会社の社長が日本で食べたすき焼きに入れられていたしらたきをパスタの代用とする事を思い付いた事がきっかけとなったそうで、当初は重いしらたきをイタリアへ輸入する事は輸送コスト面から不可能と思ったそうですが、その後、乾燥させたしらたきに出会い、イタリアへの輸入と普及が計られています。

 発売の際に日本をイメージしやすいように「膳」と、パスタとして使ってもらえるように「パスタ」を合せた「ゼンパスタ」としたそうで、イタリア人には憶えにくそうな「こんにゃくパスタ」ではないところも普及に貢献したように思えます。

 遠く離れた意外なところでこんにゃくが頑張っているのだと思いながら、考えてみると以前、自分でも作ったこんにゃくのペペロンチーノは美味しかった事を思い出してしまいます。


第2684回 辛い歴史



 子供の頃、理由は判りませんがデパートのレストランに一人残され、食事をしながら母親を待つという事がありました。食べていた料理には小鉢に盛られたキャベツとキュウリ、トマトの簡単なサラダが付いていて、無色透明なフレンチドレッシングがかけられていたのですが、何もかかっていないように見えてしまい、何か味付けをする物がないかとテーブルに上を探してしまいました。

 テーブルの上にはペーパーホルダーに入った紙ナプキンと、同じステンレス素材のトレ―に乗せられた塩と小さな小ビンが置かれています。

 とりあえず小ビンを手に取り、中の液体をサラダにかけようとするのですが、薄いケチャップのように見える液体は一振りで一滴しか出てこず、何度もビンを振りながら何でこんなに使い勝手が悪いのだろうと考えてしまうのですが、液体がかかった部分を食べてみて、一滴でも怖ろしく辛い味に驚き、その液体が薄いケチャップなどではなく、それまでに経験した事のない調味料である事を知りました。

 その後、その辛い調味料は「タバスコ」である事を知り、今ではピザやパスタ、肉料理などに欠かせない存在となっているのですが、当時は辛い物に免疫がなく、出された料理は全て食べてしまうように躾けられた事もあり、涙を堪えながら何とか完食した事が思い出されます。

 タバスコは南北戦争の直後、エドムンド・マキルヘニーによって考案され、1868年には販売が開始されています。メキシコのタバスコ州から帰還した南軍の兵士からもらった唐辛子を庭に蒔いてみたのですが、南軍に塩を供給していたために北軍に追われ、終戦後に帰宅すると荒れ果てた土地に一株の唐辛子が生えていて、その果実を使って大好物の牡蠣にかけるソースを作ったのがはじまりとされます。

 一滴ずつ出てきて使いやすいように香水のビンに入れて販売を開始したのですが、すでにタバスコ州から輸入されていた唐辛子は「タバスコ・ペッパー」と呼ばれ、1850年頃には「タバスコ・レッドペッパーソース」、1853年には「タバスコ・ペッパー濃縮エキス」が売り出され、類似品も多かった事から商標権を得る事は困難を極めました。

 エドムンドの名前を取ったマキルへニー社は、それでも何とか1905年に商標権を得る事ができたのですが、エドムンドよりも先にタバスコソースを作っていた人たちからの異議申し立てにより4年後の1909年には商標権が取り消されてしまいます。

 タバスコという言葉がよく知られた唐辛子の品種名やメキシコの地名という一般名である事が取り消しの主な理由とされますが、それに対しマキルへニー社では「タバスコといえば長年使われて馴染まれているマキルへニー社のソースを意味するようになっている」といった主張を展開し、1920年に商標権が再度認められるようになりました。

 その後も10年ほどに渡って商標権を巡る争いは続けられますが、やがて提訴される事もなくなり、タバスコのブランドが確立される事となります。

 今ではタバスコというと醸造酢の酸味と唐辛子の辛味がすぐにイメージされるのですが、その存在も知らなかった子供にはあまりにも刺激的な体験となって、忘れられる事なく強烈に残されています。


第2683回 しょうゆ習慣



 最近では健康志向の高まりや塩分の摂り過ぎに関する意識の高まりもあり、何にでもしょうゆをかけて食べるという習慣を持つ人を見掛けなくなったように思えます。食事が始まるなり、味も見ないうちにしょうゆを回しかけるという行動は昭和のオヤジ的行動なのかもしれません。

 せっかく手間暇掛けて味を調えたのに、味見もしないうちにしょうゆをかけられ、自分の料理を全否定されたようだという不満の声を聞いた事もあるのですが、意外としょうゆをかけるメリットは多く、何にでもかけてしまうのは意味のない行動ではなかったようにも思えます。

 しょうゆには高い「緩衝能」と呼ばれる力が備わっているとされ、味の急激な変化を感じにくくしれくれるといいます。酸味の場合のように急激に味覚の変化が生じた際、美味しいと感じる事ができないのですが、緩衝能があるしょうゆをかける事でそれが緩和され、美味しさを感じやすくしてくれます。

 また、しょうゆに含まれるメラノイジンなどの成分には、素材の臭味を感じさせないようにする「マスキング効果」があるとされ、魚介類の生臭みや野菜類の青臭さを防ぐ事に一役買ってくれています。

 塩味を和らげる効果もあり、焼き魚などの塩分が濃過ぎる際にしょうゆをかける事で、マイルドな味にして食べる事ができます。濃過ぎる塩分にしょうゆの塩分が加わって、より一層塩辛くなってしまいそうなのですが、しょうゆに含まれる香味成分や乳酸などが塩味を和らげてくれます。

 しょうゆをかける事で香ばしい風味を加えたり、高い抗菌作用で食の安全性を確保したり、最近では抗腫瘍作用がある事も判ってきていて、食品添加物などの発ガン性を抑えてくれる事も期待されています。

 万能の調味料でもあり、多くのメリットを持つしょうゆですが、確かに料理が目の前に運ばれてくるなり一気に全体に回しかけてしまうという行動は行儀が悪いように思えて、このまま過去のものとなってしまう事を願ってしまいます。


愛2682回 飲まない理由



 いつの頃からか、何が理由だったのかは思い出せないのですが、坊ちゃんがご飯を食べるテーブルと水を飲む場所は少し離れた位置になっています。後になって知ったのですが、猫にとって与えられたキャットフードとはいえ獲物の一環である事から、近くに飲み水があるという事は水が獲物の死体から出た体液で汚染され、少し時間が経つとバクテリアが繁殖する可能性があると捉えて嫌うといいます。

 猫も大変だと思いながら最近のお気に入りとなっているサバイバル関連の番組を見ていると、飲み水の確保やそれを煮沸する事の重要さが繰り返し語られ、一見、綺麗に見える小川の水でもそのまま飲むのは自殺行為のようにいわれます。

 知り合いに山歩きが好きで、山中を歩き回って途中で発見した湧水を飲むのを趣味としている人がいて、これといったトラブルもなく、元気に山歩きを続けられるのは日本ならではと思えてきます。

 以前、聞かされたところでは聖書の中には水を飲む場面が一つも存在せず、ヨーロッパ人が日常的に水を飲む習慣がない事を示しているといいます。聖書に限らず、古代ギリシャやローマの文献にも水を飲む話は稀とされ、高度な建築技術を駆使して周辺の地域から水を集めた事で有名なローマの水道も、多くは浴場で使われ、水洗トイレまで完備していながら水は飲んでいなかった事が伺えます。

 ヒポクラテスの著書の中には「泉から湧き出る水、深く掘った井戸の水、溜めた雨水は飲んでも大丈夫」との記載が見られ、数少ない水を飲む話と受け取れる反面、安全な水を確保する事ができなかった事がヨーロッパ人に水を飲む習慣を根付かせなかったと考える事ができます。

 ヨーロッパでも局地的に良質のミネラルウォーターを産出する地域や、アルプス山脈が控えるスイスなどでは水を飲む習慣がある事から、ミネラル分が多い硬質の水が直接の飲用に適さなかった事が影響していると思えてきます。

 ほとんど水を飲むという事がなかったヨーロッパ人が水を飲むようになるのは、コーヒーや紅茶が普及して、水を沸かす事で飲める状態になるという認識が広まってからといわれ、100年ほど前の事と歴史が浅い事が判ります。

 南阿蘇には多くの水源があり、どこへ行っても安心して湧水が飲めるだけでなく、美味しいという事に感謝しなければと思えてきます。


第2681回 冷たさのために



 水は気化する際に周囲から気化熱を奪い、周囲の温度を下げます。その逆はといわれると凝結熱という形で結露する際に周囲に熱を与えています。冷たい飲物を入れたコップの表面にはたくさんの結露が付いてしまいますが、その結露が凝結熱によって飲物の温度を上げてしまっている事はあまり知られていません。

 米国ワシントン大学のデュラン博士は、気化熱に関する研究は多く存在するのに、凝結熱に関してはあまり研究されていない事に気付き、コップの表面にできる結露が凝結熱によってどのくらい飲物の温度を上げてしまうのか計算してみる事にしました。

 その結果、0度に冷やされた350ml缶の表面にできた0.1mmの厚さの結露が持つ凝結熱は600cal/gに達し、缶に入った350gの水の温度を4.9度も上昇させてしまうという驚くべき内容となっていました。

 計算上、結露がこれほど大きな凝結熱で飲物を温めている事に驚いたデュラン博士は、実際の水の温度上昇に凝結熱がどのくらい関わっているのかを実験で確かめたいと考えるようになりました。

 これまで周囲の気温による温度上昇と結露による上昇を分けて測定した実験は存在せず、デュラン博士は手製の実験装置から始めて幾つかの実験を繰り返した結果、缶の中の水の温度上昇は、その半分が周囲の気温によるもので、残りの半分が結露による凝結熱が温度を上昇させていた事が判ります。

 実験の結果から小まめにコップの結露を拭き取ったり、表面の撥水性を高めたコップを使う事で結露の付着を防ぐ事ができれば、中に入れた飲物が温くなってしまうのを防ぐ事ができる事が判り、保温用に表面を覆う保冷ジャケットは周囲の温度を遮断するだけでなく、結露を防ぐ事でも温度上昇を防いでいた事になります。

 高温多湿の日本の夏は、飲物の冷たさを維持する事を難しくしている事を実感してしまいます。


第2680回 調理しない理由



 自然界における火の恩恵は計りしれず、野生動物や虫などを遠ざけ、暖を取るだけでなく飲み水を煮沸消毒して安全性を確保したり、食べ物を美味しく消化吸収に適した状態にするといった事が考えられます。火によって加熱調理をするようになった事で食材が食べやすい状態になり、食事に要する時間が短くなって余暇が生じた事が文明に発生に繋がったともいわれます。

 調理する事によって消化吸収が円滑化され、栄養の摂取がより良く行われるようになった事が脳の発達を促したともいわれ、人の祖先が加熱調理を行うようになったと考えられる時期と、脳の容量が増えた時期は一致している事も確認されています。

 人と共通の祖先を持つチンパンジーも加熱調理された食べ物を好む事が知られ、簡単な調理法を教えると実践できる事も確認されています。チンパンジーに生のエサを与え、それを用意した箱に入れるとスタッフが調理して返すという事をすると、チンパンジーは調理箱を活用して調理されたエサを食べるようになります。

 自分でもできるように簡単な調理法を教えて調理器具を与えると積極的にエサを調理するようになり、チンパンジーは調理されたエサを好むだけでなく、調理するという行為を受け入れる素地がある事が判ります。

 野生のチンパンジーにおいても山火事などで加熱されたエサに触れる可能性があり、調理されたエサの美味しさを認識する事が考えられますが、チンパンジーが進化の過程において調理をしなかった理由については、野生動物ゆえに火を怖れた事やエサとなる果実が調理する必要性がなかった事などが考えられますが、それ以上に社会性の欠如が大きな理由として上げられています。

 チンパンジーの日常ではエサを手に入れた場合、すぐに食べてしまわないと誰かに奪われてしまう可能性があり、ゆっくりと調理する暇がないという事ができます。そうした仲間が信用できない状態が調理という習慣が根付くのを妨げ、人との進化の過程を分ける事になったと考える事ができます。

 安心して食事ができるかどうかという事が人とチンパンジーの進化を分けたようにも思えて、改めて食の在り方の大切さを思ってしまいます。


第2679回 インドの和食



 和食がユネスコの無形文化遺産に登録された事を受けて、和食の範囲が話題になった事があります。その際、カレーライスは和食に含まれるのかという疑問も出されていたのですが、日本で独自の発展を遂げ、国民食と呼ばれるほどになっている事を考えると、立派な和食ではないかと思えてきます。

 インド人の留学生が日本へ来ると何かにつけカレーライスを食べさせられ、「このベタベタして甘ったるく、薬臭い日本料理は何なのだろう」という印象を受けると聞かされた事があるのですが、実際、本場と思われているインドにはカレーライスはなく、カレーという言葉自体ないといいます。

 日本でほとんどの場合、カレーライスを指しているカレーという料理名は、英語の「Curry(カリー)」が訛ったものとされますが、インドではカリーという料理自体が極めて稀な存在となっています。

 カリーという料理名の誕生は大航海時代、インド人の食事についてイギリス人が質問をした際にタミール語でソースを指す「Kari(カリ)」と答えた事が料理名と勘違いされた。ヒンズー語で「美味しい物」という意味を持つ「Turcarri(ターカリー)」が元になったともいわれ、イギリス生まれの料理名である事が判ります。

 インド料理の調理法を3000種も紹介した料理辞典にカリと名の付く料理は25種しか登場しないとされ、カレーの元となったカリでさえもほとんどインドでは使われていない料理名である事が伺えます。

 イギリスがインドを統治した際、香辛料で具材を煮込む料理がカリーとして紹介され、エキゾチックな魅力と共に普及する事となるのですが、複雑なスパイスを料理に合わせて調合する伝統がなかったイギリス人向けに調合したのがカレー粉であり、イギリスがカレーの普及に果たした役割はかなり大きなものであるという事ができます。

 イギリスの海軍を手本としていた日本の海軍でカレーは正式採用され、作り方を憶えた兵士たちによって家庭へと持ち帰られてその後、日本の家庭で独自の発展を遂げる事となり、ご飯と出会ってカレーライスが誕生しています。発祥の地、インドになく、普及に大きな役割を果たしたイギリスにもないカレーライスは、日本独自の和食のように思えます。


第2678回 硬軟の文化



 うどん発祥の地というと諸説がある中、その一つとして福岡の博多といわれます。博多の承天寺の境内には「饂飩蕎麦発祥之地」と記された石碑が建てられ、仁治2年(1241年)に中国から帰国した聖一国師円爾が製粉の技術を持ち帰り、粉物の食文化を広めた事が伝えられています。

 発祥の地で伝統の味をいただきたいと博多の老舗うどん屋へ赴いた事があり、期待に胸を膨らませながら注文したのですが、出されたうどんのつゆを最初にいただき、さすが老舗のうどん屋と思いながら麺を食べてその食感に大いにがっかりした事が思い出されます。

 うどんというとそうめんやそばなどと比べて太い麺が特徴であり、太さに比例してコシのあるしっかりとした食感が美味しく思えます。それに対し博多のうどんは柔らかく茹で上げられていて、麺の美味しさの一つであるコシを否定するかのようなふわふわとした食感になっています。

 一説には博多は商人の街であり、忙しい商人たちが手早く食事を済ませる事ができるように柔らかい麺になった。朝食や軽食として食べられる事も多いので、消化を考えて柔らかく仕上げるようになったともいわれ、他ではあまり体験する事のない柔らかさとなっています。

 それに対しコシが強く、硬い食感のうどんの代表というと「吉田のうどん」が真っ先に思い付きます。箸や唇でも簡単に切ってしまう事ができる博多のうどんに対して、山梨県の富士吉田市を中心とする地域で食べられてきた吉田のうどんは、しっかりと歯で噛まないと切る事ができないほど強いコシの硬い食感を持ち、特に中心部に向かって硬い食感を残すという特徴があります。

 富士吉田市を中心とした地域は冷涼な気候と溶岩に由来した土壌という稲作に適さない地域であったため、伝統的に麦の栽培が行われて小麦粉を中心とした食文化が根付いていました。小麦粉の食べ方としては「ほうとう」と「うどん」があり、野菜を中心としたほうとうと貴重な小麦粉を使った麺が中心のうどんといった住み分けが行われ、日常的にはほうとう、特別な日にはうどんが食べられてきました。

 日常的な食であるほうとうにはコシが求められず、それほど硬い印象もないのですが、うどんだけが強力なコシを持つようになった背景には特別な日の食という存在感を演出するうちに硬さが育まれたと考えられています。

 また、江戸時代に盛んに行われた富士登山の登山客に対してうどんの販売が行われ、その際、専門的な店舗を構える事なく民家の一部を開放するという営業が根付いたため、今日でも吉田のうどんを提供する店では看板やのれんを出さない、一見民家風の店舗が多い事も特徴の一つとなっています。

 トッピングが茹でたキャベツという事も非常に変わった特徴ともいわれますが、キャベツが大好きでコシの強いうどんを好む身としては、一度現地へ赴いて、民家のような店で食べてみたいと憧れを募らせてしまいます。


第2677回 カレーと南蛮



 ずいぶん長い事、食べていないと思い返しながら、カレーうどんは私の中では最も危険な食べ物の一つとなっています。出汁が利いた和風のカレーつゆはカレーライスのルウよりも粘度が低く、弾力がある太いうどん麺は箸で持ち上げると絡んでいたものが解ける際の勢いで方々にカレーつゆを飛び散らせ、気が付くと服にシミを作ってしまいます。

 そうならないように工夫をするとうどんを持ち上げる量や高さが少なくなり、丼にできるだけ顔を近付けてしまう事から行儀が悪く見えてしまい、美しく安全に食べるためにはどうしたものかと悩ましく思えてきます。

 カレーライス用のルウを使えば粘度の高さから飛び散るリスクが半減するようにも思えるのですが、カレーライス用のルウをうどんにかけても意外なほど美味しく感じられない事から、カレーうどんとはかなり考えられたメニューなのだという事が伺えます。

 カレーうどんの歴史は意外と古く、今から100年以上も前の明治37年(1904年)に東京、早稲田の「三朝庵」で供されたのが始まりといわれています。その4年後には東京、麻布に店を構えていた「朝松庵」がカレー南蛮を考案したとされますが、カレー南蛮の誕生には明治41年の朝松庵、42年の大阪、東京そばの2店が発祥という説が存在しています。

 カレーうどんとカレー南蛮の違いについても諸説が存在し、うどんにカレーつゆをかければカレーうどん、そばにカレーつゆをかけた物がカレー南蛮とするものや、そば屋で南蛮というと長ネギを指す事から、長ネギが入っていればうどんであってもカレー南蛮ともいわれます。

 カレーうどんはカレーのルウを出汁で伸ばした物が使われ、カレー南蛮は出汁にカレー粉で風味付けをした物に片栗粉や小麦粉などでとろみを着けているという意見もあります。

 誕生当初から明確な違いが存在したのかという疑問も生じてしますが、うどんという和食に急速な普及が進む洋食の要素を取り入れた物がカレーうどんで、伝統的に使われてきた長ネギを使う事でより和食寄りにした物がカレー南蛮とも思えてきます。

 カレー南蛮というメニューで麺がうどんかそばかといった選択が可能な場面も増え、その境はさらに曖昧になってきているようにも思えます。食通の方に聞いたところでは、そば屋のカレーライスは美味しいとの事なので、そば屋とカレーの関係についていつの日か掘り下げてみたいと思っています。


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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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