第3003回 日々のアルミ



 日々の生活の中、見掛けない日がないような物というと、その中の一つにアルミニウムがあると思います。アルミニウムは軽く、丈夫なだけでなく、薄く展ばせるという展性にも優れる事から多くの製品に使われて私たちの身の回りに多く存在しています。

 よくアルミニウムは錆びないと思われる事がありますが、実は錆びやすい金属ともいわれています。しかし、表面に錆びによって頑丈な酸化被膜が形成されるとそれ以上内側へは錆びが浸透しない事から、表面に強制的に酸化被膜を作ったアルマイトは錆びないと思われています。

 軽くて頑丈なイメージがあるアルミニウムですが、実は単体ではそれほど頑丈ではなく、他の金属を添加したアルミニウム合金という形で強さを作り出していて、身の回りにあるアルミニウム製品のほとんどが純粋なアルミニウムではなくアルミニウム合金によって作られています。

 ほとんどのアルミニウム製品がアルミニウム合金で作られていて、純粋なアルミニウムを見る事は稀なように思えてくるのですが、純粋なアルミニウムは意外と身近なところに存在していて、普段から身の回りにある貨幣の最小単位、一円玉は純粋なアルミニウムによって作られています。

 薄く延びる性質からアルミホイルとしても接しているのですが、先日、そんなアルミホイルでユニークな実験が行われていました。

 板状のガムなどの包み紙として使われている片側に紙が貼られたアルミホイルを使い、縦長の形状の真ん中付近の両側を切り取ってくびれがある状態にします。その両端に電池の両極を繋ぐと、真中のくびれて細くなった部分からすぐに火の手が上がり発火していました。

 身近なもので簡単にできる火起こしとの事だったのですが、緊急災害時、火があるかどうかで大きく状況が変化するともいわれます。多分、今後も使う事はないにしても、記憶しておくべき知識だと思って眺めていました。


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第3002回 膨らみの粉



 パンがふんわりと焼き上がるのは、小麦粉に含まれているグリアジンとグルテニンが反応してできる粘りのあるグルテンが発酵によって発生した炭酸ガスを封じ込めていて、それが焼き上げる際の熱で膨張してたくさんの気泡を作ってくれるためです。

 そのためパン作りにはグルテンの量が多い強力粉や準強力粉といった小麦粉が使われるのですが、お菓子作りにはグルテン量が少ない薄力粉が用いられる事が多くなっています。

 薄力粉を使ってふわふわのスポンジを焼き上げるには、生地の中にたくさんのきめ細かな気泡が必要となるのですが、炭酸ガスを封じ込めるグルテンも少なく、炭酸ガスを発生させるための発酵もお菓子作りでは行われない事から生地を上手に膨らませるためにベーキングパウダーが使われています。

 ベーキングパウダーはベーキングソーダとも呼ばれる重曹を主成分としていて、重曹に水分と熱が加わる事で分解され、その際に炭酸ガスが発生する働きを使って生地を膨らませています。

 重曹とベーキングパウダーの最大の違いは、重曹が純粋な炭酸水素ナトリウムである事に対し、ベーキングパウダーは重曹の分解を促進する酸性の助剤や使用する前に重曹と助剤が反応しないように両者を遮断しておく分散剤が含まれている点にあります。

 ベーキングパウダーと重曹の使い分けは、生地を作ってすぐに焼き上げる場合、重曹と助剤の反応が充分に進まないために重曹の方が向くとされ、チョコレートやヨーグルト、はちみつなどの酸性の素材が多く含まれていて重曹の分解を促す助剤の必要がない場合も重曹が使われます。

 重曹には特有の苦みや風味がある事から生地に使うとかすかな苦味や風味が残される事となり、また生地が重曹の作用で黄色く焼き上がるという特徴があります。その事をうまく利用したのがどら焼きで、しっとりとした黄色い生地は重曹の働きによって作り出されています。

 ベーキングパウダーは重曹のそうした特徴を打ち消して利用しやすくされており、助剤の酸性によって重曹の分解によって生じた苦味の素の炭酸ナトリウムを中和し、雑味のない白い生地に仕上げる事ができます。

 職人やパティシエによっては両者には膨らみ方にも違いがあるとされ、ベーキングパウダーは生地を縦方向に膨らませる力が強い事に対し、重曹は横方向へと膨らませる力が強いとされています。

 ベーキングパウダーは高名なドイツの化学者、リービッヒの弟子であったホースフォードによって研究が進められ、今年は研究開始からちょうど160年となります。お菓子作りでしか見掛けないような少々縁遠いような印象もありますが、「膨らし粉」という別名を使うと急に懐かしい物のようにも思えてしまいます。


第3001回 硬く長いパンの決まり事



 初めてフランスパンと出会ったのは、小学生の頃、いつも朝食で食べていた食パンの代わりとしてテーブルに上った大手製パンメーカーのものでした。今から思うと日本人向けにアレンジされた「ソフトフランス」と呼ばれる類の物だったのですが、それでも食パンと比べると随分と硬く、子供の力では細かく千切って食べるのにも苦労した事が思い出されます。

 日本ではもちもちした食感が好まれる事から、大手製パンメーカーから発売されているフランスパンの多くはグルテンの多い小麦粉を使って、粘りを活かした製法が用いられるために食感が本来のフランスパンよりももちもちした弾力があり、厳密なフランスパンとは味わいが異なっています。

 元々フランスでは気候や土壌の影響によってグルテンの含有量が少ない、本来であればパン作りには不向きな小麦が栽培されていて、他の国のようにふっくらとしたパンを焼く事が難しくなっていました。

 グルテン量が少ない小麦を粉に挽いて生地を作っても粘りが少ないものしか作る事ができず、内部に発酵によって生じた気泡を閉じ込める事ができない事から、硬い外側とサクサクした食感の中身を持つパンしか作る事ができません。

 また、伝統的にパン生地を発酵させるイースト菌のようなパン酵母を用いなかった事から、生地を一気に混ぜて直焼きするといった製法が用いられ、今日のようなフランスパンの登場には酵母菌や小麦粉を製粉する技術が向上する19世紀を待つ事となります。

 フランスパンといって真っ先に思い付く細長いバゲットが普及するのは20世紀になってからの事で、1920年代に施行された法律によってパン職人が午後10時から午前4時までの深夜帯に働く事が禁止されたため、朝食までにパンを焼き上げる工夫として早く火が通るように細長い形にした事が元になっています。

 フランスパンを見掛けた際、細長いとバゲット、丸いとブール、楕円形だとバタールと呼んでしまいますが、フランスでは厳密に大きさによって呼び方が決められていて、バゲットは重さが300gから400g、長さは70cmから80cmとなっています。

 クープと呼ばれる外側に入れられる切れ目の数も決まっていて、バゲットでは6ないし7本、バタールでは3か4本、ブールでは十文字に切り込みを入れるようになっています。

 クープは焼き上がる過程で大きく広がり、独特な形を構成するのですが、クープの開き加減も職人の腕やパン焼き窯の質の良さに関係するといいます。

 そうして焼き上げられたバゲットの中には、大小の不揃いな気泡がたくさんできているのですが、この不揃いな気泡を作り出すのも職人の腕といわれます。

 細かな決まり事やこだわりが存在するバゲットですが、パリっと焼き上げられた外皮と柔らかな内側、小麦の香ばしい風味を思うと、難しい事は抜きに楽しみたいと思えてきます。



第3000回 フランスと米



 新しいパン屋を発見したら、まずフランスパンを買ってみると良いと教えられた事があります。小麦粉に水、塩、イーストのみで作られるフランスパンは、シンプルなだけに職人の技量が大きく反映される事から、そのパン屋を評価するのに最適だといわれます。

 最近では冷凍生地やミックス粉、製造機器の発達や普及もあり、素直に職人の腕と信じる事もできなくはなってきていますが、焼き立てのフランスパンが冷えて収縮をはじめ、表面の皮が割れてパチパチと音を立てる「パンの声」を聞くと、それだけで良いパン屋のようにも思えてしまいます。

 フランスパンというとその名の通り本場はフランスと思えるのですが、美味しいフランスパンに出会える意外な土地としてベトナムがあるといわれます。

 ベトナムは東南アジアの国という事で、米を食べるイメージが強く、実際に米が主食となっているのですが、フランスの統治時代にパン作りがもたらされ、当初は外国人向けだったものが現地の食文化に溶け込み、フランス仕込みの質の高いパンが作られているとされます。

 「ベトナムでパンを食べると日本の高級パンが霞む」という意見もあるほどで、現地のパンの質の高さが覗えます。最近では日本でもベトナムのサンドイッチにあたる「バインミー」が人気となり、食べられる店も増えてきています。

 バインミーは棒状に焼かれるバゲットに切り込みを入れてバターやパテを塗り、野菜や肉、パクチーなどのハーブを加えて現地の調味料、ヌックマムで味付けされます。大きなバゲットを使う事から、大きく具だくさんの豪快なサンドイッチという感じがするのですが、パンにバゲットを使用している事や野菜が多い事から意外とあっさりとした食べ心地ともいえます。

 一見、同じように見えるフランスとベトナムのバゲットですが、ベトナムのバゲットにはフランスでは使用しない米粉が含まれている点で大きく異なっています。現地の米食文化を反映したものと思えますが、米粉の存在によってバゲットの生地に柔らかさともちもち感が加わり、もちもちした食感を好む日本人により美味しく感じさせるのかもしれないと思えます。


第2999回 心太く



 高校生の頃、有名なギタリストが微量元素が効率良く摂れるとして、海藻をよく食べるとインタビューで話していた事がありました。その当時はあまり微量元素については詳しくなかったのですが、何となく良さそうな感じがして海藻から作られる身近な食べ物、トコロテンをよく食べるようにしていました。

 トコロテンは今でも大好きな食べ物となっていて、微量元素よりも感じで表記した際の「心太」から、心を図太くもつための開運食のように思って接しています。

 トコロテンの起源は定かではないとされ、おそらく海藻を煮溶かしていて放置していたところ偶然に固まってできたと考えられています。日本へは、かなり古い時代に伝えられており、正倉院の中の書物にもトコロテンの存在を示す記載が見られています。

 当時は辛子を加えたしょうゆで食べられていたとされ、しょうゆが高貴な人にしか手に入らない事を考えると、かなりの高級品として限られた人にしか食べられない物となっていました。

 江戸時代には庶民の間食として愛されるようになり、天秤棒で吊るした桶に入れられてトコロテン売りによって販売されるようになり、砂糖やしょうゆで味付けをして夏の涼を演出していました。その頃の販売価格は寛永通宝の一文であったとされる事から、現在の貨幣価値で40円程度である事から、平安時代の高級食は庶民の間に根付いていた事が伺えます。

 ほとんどが水分で低カロリーである事からダイエット食とされてきたトコロテンですが、最近では食物繊維が血糖値の急激な上昇を抑えるとして、食事に加えたい一品としても注目されるようになってきています。

 高校時代の事を思い出して懐かしさを覚えつつ、秋を迎えて店頭で目立たなくなる前に食べておかなければとも思えてきます。


第2998回 プリン考(3)



 子供の頃、高級な洋菓子店のショートケーキ詰め合わせをいただき、その中にプリンがあるのを発見してワクワクした事があります。ガラスの容器に入れられたプリンをスプーン一すくいして口に運ぶと、甘さとバニラの風味が広がるのですが、思っていた以上に硬くざらついた食感に驚き、食べ慣れたプリンとの違いに戸惑ってしまいます。

 容器に貼られたラベルの品名に「カスタードプリン」と書かれている事から、いつも食べているプリントは別物でカスタードプリンという種類のプリンであるために食感が違うのだと思い込み、それ以降、カスタードという種類のプリンは避けようと考えてしまいました。

 日本では江戸時代の後期、もしくは明治時代の初期にプディングがもたらされて以降、カスタードプディングだけがプリンとして根付いて独自の発展を遂げてきました。そのためプリンというと洋菓子のカスタードプディングを指す事が当たり前のようになっていて、イギリスのように多様な蒸し料理の一環というイメージはありません。

 そんな日本に根付き、独自の食文化となっているプリンですが、大きく分けると二つに分ける事ができ、伝統的な卵が熱で凝固する働きを使って固めるプリンに対して、ゼラチンなどの凝固剤を使う事で熱の働きを利用しなくても固める事ができるプリンを「ケミカルプリン」と呼んでいます。

 ケミカルプリンはゲル化剤の働きによって滑らかな舌触りとなり、弾性も高まる事から見た目にも柔らかな印象を受ける事となります。使用するゲル化剤はその特性によって冷して固めるゼラチンや冷さないでも固まるカラギーナン、歯切れの良さが特徴の寒天などが使われていて、複数のゲル化剤を合せる事で独自の食感を作り出す例も見られています。

 子供の頃に感じた違和感はケミカルプリンしか知らず、慣れ親しんでいたところに伝統的な製法のプリンを食べてしまったために生じたものだと今になって思えてきます。大好きでありながらそれほど知らなかったという事になるのですが、累計51億個も売れていればケミカルプリンが正式なものに思えてもしかたないと考えてしまいます。


第2997回 プリン考(2)



 プリンの語源となったイギリスのプディングというと甘いお菓子だけでなく、中には肉を使ったおかずのような物も多く、あまりの世界観の違いに驚かされてしまいます。

 イギリスでのプディングは、蒸して固められる料理の総称となっていて、普段からスイーツとして接してきたものは、その中の一つ、カスタードプディングという限定的な存在となっています。

 プディングの誕生については、語源となる古英語の「プデュク」に腫れ物を指す意味があり、後に腸詰を指すようになる事から、腸詰の一種としてプディングが誕生したと考えれています。

 また、限られた食料を無駄にせず、手早く調理できるように船乗りたちが工夫した事によって誕生したともいわれていて、どちらも説得力を強く感じてしまい、プディングの由来の謎と思えてきます。

 腸詰としてのプディングは、腸という動物由来の肉の中では特に傷みやすい部位を使う事から、狩猟を行うシーズンにしか作る事ができず、やがて腸に代わって布などの身近な素材が使われるようになったとも考えられています。

 さまざまな食材を溶き卵と混ぜて蒸し上げ、固めるという料理は、食材の無駄を省くだけでなく、蒸し器に入れておけば焦げる心配もない事もあって広く普及する事となるのですが、慣れ親しんでいるカスタードプディングの誕生には幾つかの段階を経る事となっています。

 最初にカスタードプディングへと通じる道を開いたとされるのは、小麦粉に卵、牛乳、牛脂などを混ぜて塩で味を着け、オーブンで焼いて固めたヨークシャープディングであったとされ、その誕生は12世紀にまで遡るとされます。

 続いて16世紀の後半には砂糖は使わないのですが、ホワイトクリームに卵を入れて煮詰めたカスタードクリームの原型ともいえるヘイスティプディングが登場し、19世紀の後半には砂糖を加えて焼き上げる甘いバーントクリームへと変化していきます。

 長い時を経て着実に現在のプリンへと近付いてきている感じがするプディングですが、今日のスタイルのプリンが誕生したのは、伝統を持つイギリスではなく、海を隔てたお隣のフランスとなっています。

 18世紀のフランスでは才能溢れる優れたシェフやパティシエが多数輩出されていて、新たなレシピが多く考案されていました。その中に卵にミルクを加え、砂糖で味付けをしてバニラの香りを利かせたものを容器に入れて、水を張った天板に乗せてオーブンで蒸し焼きにするというものがあり、今日のカスタードプディングとほぼ同じという事ができます。

 アクセントとしてカラメルソースをかけるというアイディアも同時に考案されており、慣れ親しんだプリンは18世紀のフランスで誕生した事が判ります。日本への伝来は江戸時代の後期、もしくは明治時代の初期とされていて、ポッディングプッジングと耳慣れない言葉と共にカスタードプディングが紹介されたようですが、やがてプリンという日本人にも発音しやすい言葉として定着し、独自の発展を遂げる事となっています。


第2996回 プリン考(1)



 子供の頃、大手お菓子メーカーが販売しているプリンのコマーシャルを見て、容器の底の部分の突起を折る事で、容易にプリンが容器から出てくる様子に画期的なもののように思えていました。

 その後もそのプリンはロングセラーとして販売が続き、40年間で累計51億個も販売されて世界記録としてギネスブックに掲載されていると聞かされ、あまりの膨大な数に驚くと同時にその中の一部には自分が食べた分も含まれていると少々誇らしく思えたりもします。

 プリンの語源はイギリスのプディングにあり、イギリス生まれのお菓子とされます。本場のイギリスでのプディング事情というと、必ずしもミルクとバニラの香り、滑らかで柔らかな食感、上からカラメルがかけられたというお馴染みの姿ではなく、肉やパンが含まれたおかずのようなレシピが多く存在していて、あまりの違いに驚かされてしまいます。

 プディングの由来については、腸詰から派生したという説と、大海原を航海する船乗りが考案したという二説が有力視されています。特に船乗り説は航海中、限られた食料を無駄にせず、忙しい水夫たちが手早く調理できるように工夫したという点がプディングらしさを感じさせてくれ、古い時代のプディングが庶民の料理であった事からも有力なように思えます。

 細切れの肉や野菜、残ったパンなどに溶いた卵を加えて蒸して固めるという調理法は、残り物の食材を有効活用できるだけでなく、栄養面でも優れていて、一旦材料を混ぜ合わせれば火に掛けて放置しておくと調理が完了するなど忙しい水夫には最適な料理という事が考えられます。

 プディングという言葉の語源は古英語の「プデュク」にあるとされ、もともとは「腫れ物」を指していたとされます。それが時代を経てソーセージや腸詰を指す言葉となり、現在では多様な蒸し料理を示すようになっています。

 そのため腸詰から派生した料理がプディングともいわれ、実際、初期の頃のプディングには動物の腸が使われていたといいます。動物の肉の中でも内臓は傷みやすい事から、その頃のプディングは狩猟を行う時期にしか作る事ができず、やがて腸は布へと変化していき、季節を問わず簡単に作れる料理として普及していきました。

 こうした変化が腸詰めから気軽にできる蒸し料理へと分化し、プディングを船乗りに最適な料理へと進化させ、後の定番スイーツの誕生へと繋がると思えてきます。


 

第2995回 実と恐怖



 知り合いからお土産として蓮の実をいただいたのですが、それまで蓮は根を食べるものとだけしか認識していなかったので、実を食べるという発想が全くなく、実が成る事自体考えた事もなかったので、手渡されたどんぐりくらいの大きさの緑色の実が何かも判らず、オリーブのようなのでとりあえず食べてみるかと口に運び、慌てて止められて食べ方を教わる事となりました。

 蓮の実は軽く噛んで外側の皮に割れ目を作り、そこから皮を剥いて中の白い部分を食べます。「苦味があるので気を付けて」とアドバイスを受けながら噛み砕いてみると、構えていた苦味はなく、コリコリとした面白い食感とかすかに青臭い風味が口に広がります。

 後になって知ったのですが、白い実の中心部分には緑色の芽が準備されている事があり、その芽が苦味の素らしいのですが、私がいただいたのはまだ未熟だったらしく、芽の不在が食感以外あまり特徴的なものを感じられなかった事に拍車を掛けていたように思えます。

 蓮の実は、蓮の花が散った後、茎が分厚くなった花托(かたく)と呼ばれる部分にできます。秋を迎えて花が散ると徐々に花托が大きくなり、表面に開いた通気口の穴の中に実が育っていくのですが、その姿がグロテスクとしてネット上にはたくさんの画像を見る事ができます。

 蓮は茎や根の部分が水中にある事から、花托を通して空気を送り込み、呼吸をしています。そのため、花托の表面には通気口となる穴がたくさん開いていて、根の部分、レンコンに直結しているのですが、その姿が「気持ち悪い」と感じられたり、気分を害したり、中には吐き気やめまいを覚える、パニック症状を引き起こすという事も見られるといいます。

 花托の姿に恐怖を覚えてしまうのは「トライポフォビア(集合体恐怖症)」と考えられ、毒を持つ生物を本能的に避けるために柄などに対して生理的な嫌悪感を持つ機能が過剰に反応しているとされます。

 集合体恐怖症と名前が付いてしまうと特殊な病気のようにも思えてくるのですが、20%程度の人がその症状にあるとされる事から、実が育ち始めた花托に恐怖を覚えてしまうのは特異な事ではないようにも思えます。

 育つ姿は恐怖の対象となるのかもしれませんが、蓮の実は栄養価が高く、生薬としても使われています。改めて効能について知ってしまうと、美しい花、美味しいレンコン以外の新たな恵みとして、広く根付いてくれる事を願ってしまいます。


 

第2994回 辛味の旅



 コロンブスの新大陸発見によってヨーロッパへともたらされた唐辛子ですが、すぐに忘れ去られてしまい、食の歴史に華々しくデビューするという事はできませんでした。その後、ブラジルを訪れたポルトガル人によって再発見され、再び唐辛子は海を渡ってヨーロッパを目指す事になります。

 ポルトガル人は唐辛子を観賞用の植物ではなく、自分たちの国でも栽培する事が可能な胡椒に代わるものとして捉えた事が、辛味系の調味料として世界中の食文化に影響を与えるきっかけとなっています。

 辛味に関わる調味料は胡椒のような熱を伴うもの、山椒のように痺れを伴うもの、シナモンのように痛覚を伴わない刺激を持つものに大きく分ける事ができるのですが、唐辛子は熱を伴う辛味でありながら、その他の辛味とも置き換わる形で世界へと広まっていきます。

 輸入に頼るしかなかった胡椒に比べ、唐辛子は自国で自給できる事から南欧を中心に栽培が広がり、16世紀にはそれまでは大規模な胡椒の輸入元だったインドへも伝えられ、胡椒、ショウガ、ターメリックが中心となっていたカレーの味付けにも影響を及ぼしています。

 日本へ伝えられた唐辛子は、当初は観賞用として栽培されていましたが、あまりの辛味に毒があると考えられ、その後の乱世では戦に利用されるようになります。

 特に朝鮮出兵の際は城攻めに用いられ、籠城する敵に対して唐辛子を燃やしてその煙を城や砦に送り込むといった利用法が行われています。

 また、血流の増進作用も知られていて、朝鮮半島の慣れない寒さのために凍傷にならないようにも利用され、それが現地に根付いて今日の韓国のキムチ文化に繋がっています。

 激辛ブーム以降、新手の品種も見られるようになり、辛さの基準のスコビル値も認知されるようになるなど、近年、唐辛子への関心が高まってきているように思えますが、ポルトガル人による再発見以降、世界はカプサイシンの辛味に翻弄され続けているようにも思えます。


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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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