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第3045回 朝の選択(3)



 朝食の必要性の議論には少々方向性が違う話なのですが、朝食に関する気になる研究結果が報告されています。朝食で何を食べるかによってその日の行動が変わってくる可能性が確認され、その日をどんな一日にするかを考慮した上で朝食の内容を選択をする必要がある事が判ってきています。

 今回の研究はドイツのリューベック大学で行われたもので、参加者のその日の朝食の内容を聞き取った上で二人一組になってゲームをしてもらい、その結果から行動の傾向を分析して朝食の内容と合わせて朝食の影響が分析されています。

 ゲームは二人一組で片方がAとなり、もう片方がBとなります。Aは主催者から提示された金額を二人でどのように分配するかを決めてBに伝えます。Bがその金額に納得してOKすると、Aによって決められた金額がAとBに支給されますが、Bが分配に納得せずOKしない場合はA、Bともにお金を受け取る権利を失ってしまいます。

 より多くのお金を受け取りたいという普通の感情やBを納得させないとすべてを失うというリスク、少なくても何も得られないよりは良いとBが判断するかもしれないという観測、主導権を持つが故により多くを手にしようとするBのAへの気持ちなど、多くの感情や思いが錯綜する事になるゲームですが、行動の判断基準を窺い知る事ができます。

 分析の結果、朝食で炭水化物を多く摂った人ほど積極的な反面、寛容な気持ちに欠ける傾向があり、タンパク質を多く摂ると寛容な気持ちが勝る事が判っています。

 炭水化物を多く摂る事で血糖値が上がり、アドレナリンが分泌された後の状態に近くなる事や、タンパク質を多く摂る事でドーパミンなどの脳内物質やホルモンが作られやすい状況になる事が影響している事が考えられるのですが、まだ研究は始まったばかりで詳細なメカニズムの解明には今後の研究を待つ事となっています。

 今後、研究が進めばその日をどのようにデザインするかという機能が朝食に求められるようになり、何を食べるかが重要視されるようになってくると思われます。その際、食べないという選択肢がもたらす傾向も判るようになり、朝食を食べるべきかどうかという事への一つの結論が得られるような気がしています。


 
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第3044回 朝の選択(2)



 最近の子供に覇気がないのは朝食を摂らずに登校するため、充分に血糖値が上がり切れれてない事が原因という事を幾度となく聞かされてきた事もあり、成長期の子供には特に朝食が必要と思えます。

 しかし、忙しさに終始する現代の日常では朝から質の高い朝食を用意する事は難しく、そうした事情を受けての事か「早寝早起き朝ごはん」というスローガンが掲げられ、国民運動として文部科学省から推奨されていました。

 子供たちが健やかに成長していくためには、適切な運動、調和の取れた食事、充分な休養と睡眠が大切とされ、最近の子供には「よく体を動かし、よく食べ、よく眠る」という事が欠けていて、基本的な生活習慣が乱れてしまっている事が学習意欲や体力、気力の低下に繋がっていると考えられ、「早寝早起き朝ごはん」の重要性が感じられてきます。

 朝早く起きる事で朝食を美味しく食べる事ができ、しっかりと朝食を摂る事で生活のリズムが整って、夜も早めに充分に質の高い睡眠が得られるとされ、しっかりと朝食を摂って朝から消化器官を動かし、血糖値を上げる事が体内時計のリセットや生活習慣の改善にも役立つとされています。

 日々の生活を通して狂いがちな体内時計のリセットにも役立つとなると朝食の効能は絶大と思えてきて、朝食は絶対に必要という感じがしてくるのですが、体内時計を調節するホルモン、メラトニンは食事では分泌されない事を考えると、少々朝食の効能を過大評価しているようにも思えてきます。

 メラトニンの分泌と体内時計のリセットというと、朝日を浴びるという事が有効とされる事から、早起きをする事が生活習慣の改善には良い働きをする事が判ります。「早寝早起き朝ごはん」はより良い生活習慣を確保する事には役立つと思えるのですが、朝食の必要性の議論には結論を出してくれないようにも思えてきます。


 

第3043回 朝の選択(1)



 食べるべきか、食べないべきか。朝食には以前から必要論と不要論が存在し、それなりの説得力を持つ理由が添えられています。最近では社会的に活躍されている方々の中に一日に一食だけというライフスタイルの方も多く知られるようになり、一日に三食を規則正しく摂るという事自体も正しい事なのかともいわれてきてきます。

 朝食が必要と思える理由は、朝食を抜いてしまうと夕食の次の食事は昼食となり、あまりにも長い時間、体は栄養を得られない状態が続いてしまいます。そのため高い集中力を発揮できるはずの午前中の血糖値が充分に上がらず、集中力が発揮できなくなるとされ、軽い飢餓状態で昼食を迎える事によって血糖値の急激な上昇を招くとも考えられます。

 逆に朝食が不要かもしれないと思う理由は、日々の食事を消化するために使われているエネルギーは意外なほど大きく、一定の時間、内臓を消化から解放してやる事で体は大きなエネルギーを修復に回す事ができ、さまざまなダメージをリセットする事ができるとされます。

 そのために必要とされる時間は一日の三分の二に当たる16時間ともいわれ、夕食から換算すると朝食では早過ぎてしまう事になるだけでなく、修復モードに入っていた内臓は充分に目覚めない状態で消化に入っているともいわれ、体に負担を掛けているとも考える事もできます。

 生物と寿命に関する研究の中では、摂取するカロリーが低い、栄養状態が充分とはいえない状況下では生物はパフォーマンスを低下させても身体の修復を最優先にして長生きするように働き、充分に栄養を得られる環境下では「太く短く」を体現するかのようにパフォーマンスを最大化させ、長生きよりも子孫繁栄に努めるとされます。

 朝食を抜いて一時的な飢餓状態を作り出す事で体の修復力を上げたり、しっかり朝食を摂る事でパフォーマンスを上げるという事は、そうした生物の基本設計に適っているようで、どちらを選択するべきかと相変わらず答えが出ないものを感じてしまいます。


 

第3042回 愛犬の効用



 坊ちゃんの部屋の掃除を終えて二階のホールへと出てくると、家の前の坂を下りてくるLEDの懐中電灯の灯りが見えます。近所の方が愛犬と散歩をされているらしく、思わず「お疲れ様」と声を掛けたくなってしまいます。

 我家の坊ちゃんは猫という事もあり、毎日の散歩はおろか外に出るという気もないらしく、その点では楽をさせてもらっているように感じています。最近では首輪とリードを着けて外を散歩する猫もいるそうですが、坊ちゃんには無縁の世界のように思えます。

 犬と暮らしていると毎日の散歩が大変と思えてくるのですが、その大変な毎日の散歩が飼い主には思わぬ恩恵を与えていて、犬と暮らしている人はそうでない人と比べて健康状態が良いという統計結果が存在します。

 ある調査では、犬と暮らしている人はそうでない人と比べてウォーキングなどの運動をする時間が22分間も多いとされ、その時間も通常のウォーキングとは異なり、犬のペースに合わせさせられた早歩きとなるため、より大きな運動量となるとされます。

 そうした日常の運動に併せ、犬と触れ合う事によるアニマルセラピーの効果が健康効果を高めている事も考えられ、さまざまな要因が犬と暮らす事による恩恵となっていると思えます。

 散歩に誘い出すよりも外出を控えて一緒にいる時間を確保する方へ向かわせる坊ちゃんの存在ですが、癒しという点では絶大な効果があるように思え、犬だけでなく猫も充分に健康に寄与すると思いつつ、私の寿命の一部でも坊ちゃんに与えられたらと思う日常が続いています。


 

第3041回 洋食の真実



 食と健康を語る上で必ずといっても良いほど出てくるキーワードに、第二次世界大戦後の高度成長期以降に顕著となった「食の欧米化」があります。従来の魚食を中心とした食生活から肉を多く摂る食生活へと変化した事が、生活習慣病をはじめとする健康不安を助長したと考えられています。

 欧米化した食というと主食のパン、肉類の主菜と付け合わせのサラダ、汁物としてのスープというメニューが思い浮かび、カロリーや脂質の摂取量が多くなってしまう事が健康に悪影響を及ぼすと思えてきます。しかし、意外にもそうした洋食を中心にした食生活でも、健康にはそれほど悪影響しないという研究結果が存在しています。

 和食というと世界遺産にも登録されているほど健康的な食として捉えられていて、その反対の存在として洋食があります。根菜類の煮物をおかずに主食のご飯、味噌汁といった取り合わせの和食に対し、肉類のおかずにパンの主食、スープといった洋食があるのですが、長期にわたる大規模な調査を行うと和食、洋食どちらも食べ続けていてもそれほど健康には有意な差はみられないといいます。

 和食は脂質の摂取量が少なく、カロリーが低めで食物繊維を多く摂る事ができるのですが、タンパク質の摂取量が少なめになっています。それに対し洋食は脂質が多めでカロリーも高くなってしまうといわれすが、タンパク質を充分に摂る事ができ、意識して肉類を脂質の少ないものにする事でカロリーも抑える事ができ、サラダなどで食物繊維やビタミン類を摂る事もできます。

 また、一緒にコーヒーを飲む事も健康に寄与しているともいわれ、最近、多くの健康効果が確認されてきているコーヒーも味方している事が、洋食を食べ続けても健康に悪影響しないという結果を支えています。

 最近では脂肪酸の働きも知られるようになり、脂肪を摂る事自体も悪い事ではない事が判ってきていて、洋食の最大の欠点のようにいわれてきた脂肪分が多いという事もそれほど悪いとはいえないように思えます。

 諸悪の根源のようにいわれてきた食の欧米化がそれほど悪いものではないという事が判ると、食への安心感が増すと同時に現在の生活習慣病の蔓延という状況の原因という新たな犯人捜しをしてしまいます。


 

第3040回 絶滅危惧店



 人気のアニメで主人公が乗る車のドアに家業の豆腐店の名前と、「(自家用)」と書かれたものが登場します。そういえば以前は(自家用)と書かれた車を見掛ける事があったのに、最近ではあまり見掛けなくなったと思えてきます。

 車両には対価を受け取って荷物を運ぶ「業務用」の車両と、自社の荷物のみを運ぶ「自家用」といった区別が存在し、豆腐店の車両で店で作った豆腐のみを運んでいる場合、(自家用)と記載していたようなのですが、制度が変化したのか見掛けなくなっています。同じく見掛けなくなったものに、(自家用)の前の部分、豆腐店があるのではと思ってしまいます。

 豆腐は日本の食文化にしっかりと根付いていて、豆腐自体の需要は今も昔も変わらないといいます。しかし、豆腐を買う場面を考えると、近所の豆腐店へ行って買ってくるというよりスーパーの売り場で名の知れたメーカーのものを選んでしまいます。

 そうした消費者の変化が町の豆腐店を減少させたと考える事ができるのですが、それだけではない深刻な問題が豆腐店の減少には関わっています。多くの食品に影を落とす問題、過剰な安売りが豆腐店の存続にも影響しています。

 街の豆腐店が減少しているといっても、物心付いた頃には豆腐店自体をそれほど見掛けた記憶がなく、あまり実感が沸いてこないのですが、最盛期とされている1960年代には全国で5万軒を超える豆腐店が存在していたとされ、その数は今日のコンビニエンスストアとほぼ同じであったといわれると、驚くほど多くの豆腐店が営まれていたと思えてきます。

 大規模な機械生産の手法の確立や薄い豆乳からでも豆腐を作る事のできる凝固剤の採用、流通の発達などが豆腐の価格を引き下げ、最盛期の豆腐一丁の価格が平均で100円以上であった事に対し、今日では60円を下回るともいわれ、変化しない需要、上昇する物価の中でも豆腐価格が下落していった事が窺えます。

 価格の低迷によって充分な利益の確保が難しくなる中、手作業による豆腐の製造には体力が要求され、製造者が高齢化していった事、後継者を確保できない事が豆腐店の廃業に繋がったとされ、豆腐とは大手メーカーの工場で生産されるものという消費者の意識の変化に拍車を掛けたとも考える事ができます。

 今後、更に生産者の高齢化、後継者不足に合わせ、多くの豆腐店が製造機械の耐用年数の限界を迎える事が考えられ、古い製造機械は修理用の部品の確保が難しく、新たな機械を導入しても設備投資を賄うだけの利益が確保できないという問題から廃業へと向かう流れが本格化するとも考えられます。

 一部の豆腐店では売り方を変えて差別化を図り、新たな販路を確保するという動きも見られ、実際、実家の近くにあった豆腐店では二代目が後を継いだ事を契機に、名前も「豆腐店」から「豆腐工房」と改められ、店構えもモダンにした事で繁盛していました。

 価格破壊、後継者、設備投資といった大きな流れの中、座して廃業を待つのか、新たな世界へと舵を切るのか、豆腐という身近な存在も激流にさらされているのだと思えてきます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
食と健康をキーワードに最新の医療情報から科学技術、食文化や献立まで毎日更新で幅広くお届けします。是非ご覧ください。

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