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第3089回 方角と匂い



 テクノロジーについていけていない訳ではないのですが、普段からカーナビは使わない人となっています。理由は簡単で、最も知りたいのは目的地の詳細な情報なのに、目的地周辺に到着するとそこで「目的地周辺に着きました」と案内を終了して突き放されてしまう事にあります。

 目的地が郊外の大きなショッピングモールなどであれば良いのですが、小規模な事業所や隠れ家的な店舗の場合は、周辺までは一人で行けるので、そこからをしっかりと案内してほしいと思ってしまいます。

 そのため初めての場所へ行く際は事前に地図で場所の確認と、ある程度の町並みのイメージをしていくので、迷子になる事もなく目的地に到着できています。また、誰よりも早く匂い気付くことから、一部では「犬の人」とありがたくない呼び名を与えられたりもしています。

 一見、関連性がないように思える方向感覚と嗅覚。実は二つの感覚には関連性があり、方向感覚が鋭い人は嗅覚も鋭い傾向にある事が判ってきています。以前からその可能性は示唆されていましたが、最近行われた研究によって裏付けられる事となりました。

 カナダ、マギル大学で行われた研究は、参加者57名にVR(バーチャルリアリティ)によって作られた町を散策してもらい、町の様子を憶えてもらった上である場所からある場所へと正確に移動できるかをテストし、さらに40種類の匂い当てテストも行っています。

 その結果として匂い当てテストの成績が良いほど散策テストの成績が良い事が判り、方向感覚に優れた人は嗅覚も鋭いという傾向があるという結果が得られています。

 両感覚にはあまり関連性がなく、二つのテストは何の関係もないように思えますが、実はどちらも「mOFC(内側眼窩前頭皮質)」と呼ばれる脳の前頭葉の中でも、眼窩の上にある部分を刺激していて、海馬と同じ領域に関わっているとされます。

 これまでの研究ではmOFCの左側が厚いほど方向感覚に関わる空間記憶が向上し、右側が厚いほど嗅覚が鋭くなる事が判っていて、両感覚に優れる事が生存に適していた事が進化に影響を与えた事を考える事ができます。

 長く狩猟を食糧確保の手段としてきた人類にとって、野生動物や植物の匂いにいち早く気付ける事が食糧確保や危険回避に有効に働く事が考えられ、正確に荒野を移動できる能力と合わせて重要な働きとなっていたと考える事ができます。

 mOFCの左側が方向感覚、右側が嗅覚と対応する器官が分かれている事から例外も生じてしまうとは思うのですが、進化の過程を思うと納得できる方向感覚と嗅覚の関係と思えてきます。


 
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第3088回 一石二鳥の可能性



 副作用というと医薬品の使用に伴って生じる好ましくない身体反応と思えてきますが、厳密にはそうした好ましくない作用は「薬物有害反応」と呼ばれ、本来の副作用は医薬品の使用に伴う本来の目的に沿わない反応の全てを指します。副作用の中には本来の目的とは異なりますが、結果的に好ましい作用を発生するものがあり、副作用の方が中心的な効能として取り扱われる事もあります。

 有名なところではバイアグラやミノキシジルなどが知られ、臨床試験の最中に意図した効能は充分に得られない代わりに思わぬ副作用が確認されて、その後、副作用の方が中心的な役割の薬剤として使われるようになっています。最近、開発された皮膚炎の治療薬にも思わぬ効果がある可能性が確認され、万人にも同様にその副作用が得られるのであれば、新たな治療薬として使う事も考えられます。

 その薬剤の名前は「デュピルマブ」。アトピー性皮膚炎によって起こる酷い皮膚の炎症を緩和する薬剤として開発されました。そのデュピルマブに思わぬ発毛促進効果が見られたといいます。発毛はデュピルマブの投与を開始してから見られ、投薬を中止するとせっかく発毛した頭髪が抜け始めた事から、デュピルマブの副作用である事が覗えます。

 発毛促進の薬剤というとミノキシジルやフィナステリドなどが思い浮かびますが、デュピルマブはそうした薄毛に対して効果を上げるのではなく、自己免疫疾患によって引き起こされる「全頭性脱毛症」の治療に効果があると考えられています。

 アトピー性皮膚炎の患者は自己免疫疾患になりやすく、過剰に反応した免疫が自分自身の正常な細胞や組織を誤って攻撃してしまう事が起こります。頭髪の元となる毛包は過剰反応した免疫の攻撃を受けやすいとされ、毛包が損傷されると頭髪を失い、全頭性脱毛症を引き起こしてしまいます。

 全頭性脱毛症を患ったアトピー性皮膚炎の患者の中に、皮膚の炎症治療としてデュピルマブを投与されているうちに発毛が見られた事が報告され、治療の状況からデュピルマブの副作用によって発毛が促進された可能性が高くなってきています。

 今のところ発毛に繋がった詳細なメカニズムは不明となっていますが、いずれ詳細な研究が行われ、他の患者にも有効に作用する事が確認されれば、皮膚の炎症を抑えながら自己免疫疾患の脱毛を治療するという、文字通り一石二鳥の治療薬となる可能性があります。

 副作用とは思わぬ効果として現れるものですが、デュピルマブの副作用は多くの患者を救うこととなると期待を大きく持ってしまいます。


 

第3087回 人食いアメーバ



 以前、酷い頭痛に悩まされ、その後、発熱、嘔吐も見られた事や少し前にアメリカから帰国していた事から、思わずフォーラーネグレリアの感染を疑ってしまった事があります。今から思うとフォーラーネグレリアへの感染は極めて稀な事なので、心配する必要はほとんどなかったのですが、とりあえず深刻な症状ではない事だけでも確認しようと、脳神経系で評判の良い病院で診察を受けました。病名はただの髄膜炎で、すぐに入院するようにいわれましたが、そのための準備をしてきていないといって一旦帰宅し、病院の方々に呆れられてしまうという事がありました。

 フォーラーネグレリア(学名ネグレリアフォーレリ)は、通常は25~35度ほどの温水環境に棲息しているアメーバで、湖や温泉などの温かい淡水の環境で繁殖しています。人に対し病原性を持つ事が確認されており、フォーラーネグレリアに感染した事で引き起こされる疾患は、「PAM(原発性アメーバ性髄膜脳炎)」と呼ばれます。

 PAMはフォーラーネグレリアが棲息する淡水を浴び、それが鼻に入った際に鼻粘膜や鼻腔組織を貫通してフォーラーネグレリアが体内に入る事によって感染が起こります。当初の症状は風邪に似ているとされますが、組織を溶解させる物質を分泌する事から、嗅球の著しい壊死によって鼻血が見られ、神経繊維をたどって脳に達すると髄膜炎特有の症状が発症する事になります。

 脳内に達したフォーラーネグレリアは細胞を溶解させる物質を分泌し、前頭葉の組織を溶かしながら口のような摂食器官を使って栄養を吸収するため、一部の例外を除いてほとんどの場合、症状が発症してから5日以内という早い時期に死亡するとされます。

 症状の進行が非常に早い事から、致死率も極めて高くなっていて、アメリカでは1962年以降に起こった143件の感染例のうち、生存できたのは僅かに4名とされています。その高すぎる致死率から「人食いアメーバ」とも呼ばれ、脳を食べるアメーバとして怖れられています。

 最近、地球温暖化の影響で徐々にフォーラーネグレリアの生息域が拡大しているともいわれますが、症状の深刻さや脳を溶かして食べられるという大きなインパクトの割には感染率は極めて低いともいわれ、フォーラーネグレリアに感染するよりも棲息している湖へ行く途中に交通事故に遭ってしまう方がはるかに確率が高いといわれます。

 日本での感染は1996年11月の佐賀県鳥栖市の女性が唯一の感染例とされる事から、万が一私が感染していたら稀な感染例として歴史に名を残す事になっていたと思えてきます。亡くなられた女性の病理解剖では、脳はすでに形状を保てないほど溶かされていたとされ、それを聞かされるとただの髄膜炎でよかったと、当時の事を思い出してしまいます。


 

第3086回 危険な香



 以前、坊ちゃんに一緒にドライブに行く事を好きになってもらおうと、近所のスーパーへの買出しに付き合ってもらった事がありました。車の中では少しでもストレスとならないように自由に動き回れるようにしていたのですが、普段から外出する事がなく、怖がりの坊ちゃんには車で出掛ける事自体がストレスとなってしまいました。

 その際、坊ちゃんの体からは、普段とは違った香がしていて、同じような事は、幼少期、カーテンをボロボロにしてしまって叱られた際にも見られた事から、猫はストレスを感じると特有の臭いを発するのだと思っていました。しかし、同じ事は人間にもありえる事が最近の研究で解明されています。

 1999年、大手化粧品メーカーによって年齢を重ねる事によって生じる「加齢臭」の原因を特定して以降、2013年には中年の男性に見られるという「ミドル脂臭」、2018年には10~20代の女性に特有の甘い香り「SWEET臭」などが特定されています。

 今回の発見は大手化粧品メーカーで長年行われているパフューマーや臭気判定士による体臭に関する研究の中で、緊張状態にある人からは、いつも硫黄化合物のような特徴的な臭いがすると臭気判定士が気付いた事がきっかけとなり、ストレスを与えた人から発散される皮膚ガスを採取して分析した事によって成分を特定。「STチオジメタン」と名付けられています。

 ストレス臭は硫黄化合物であるため、特有の臭いがしますが、人によっては不快に感じるものではないとされ、年齢や性別には関係なく、体のさまざまな部位から発散されます。ストレスが強いほど臭いも強くなる傾向があるとされ、緊張によって心拍数が高くなった人ほど臭いは強く出るとされます。

 ストレス臭の影響は臭いだけに留まらず、心理学で用いられる検査を行ったところ、臭いを嗅いだ後では「疲労」と「混乱」に関する指標が高くなっている事が観察され、ストレス臭を発している人だけでなく、周りにいる人たちも疲労や混乱に陥ってしまう可能性がある事が示唆されています。

 現在、ストレス臭に対応する技術の研究が進められているそうですが、高ストレス社会といわれる現代。気付かないうちに漂ってきたストレス臭を嗅いでしまい、思わぬ疲労感や混乱を感じてしまうという事は日常的に起こっている事なのかもしれません。

 

第3085回 脳の糖尿病



 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと昔からいわれますが、己はともかく相手の事が解らないままでは、確かに勝利へと続く道のりも見えてこないと思えます。アルツハイマー型認知症もそうした状況にあり、原因が良く解らないまま完治させるための方向性が見出せない疾病となっていました。

 かつてアルツハイマー型認知症は「アミロイドβ」と呼ばれる特殊なタンパク質が脳内に蓄積され、脳の認知機能が損なわれる病気と考えられていて、何故アミロイドβが作られ、蓄積され、どのように除去すれば良いのかが解らないとされていました。

 その後、アミロイドβの蓄積は結果であって、原因ではないのではないかという考え方も出てきて、アルツハイマー型認知症はますます解らない病気という印象が強くなり、治療も症状の進行を抑えるものに限られていました。そんなアルツハイマー型認知症の正体が明らかにされようとしています。アルツハイマー型認知症は、脳の糖尿病の可能性が高くなってきています。

 糖尿病はアルツハイマー型認知症のリスク因子の一つとして知られ、糖尿病患者のアルツハイマー型認知症発症リスクは、そうではない人の2倍以上にもなる事が知られていました。最近、判ってきたのは、糖尿病と深い関わりのあるインシュリンがアルツハイマー型認知症の発症と深く関わっているとされます。

 インシュリンは血液中のブドウ糖を細胞内に取り込ませたり、エネルギーとして消費させたり、蓄えられるのを促したりといった役割を持ち、血糖値を下げて一定に保つ働きを担っています。そんなインシュリンの作用に障害が生じて血糖値を下げられなくなるのが糖尿病で、インシュリンの量に見合った作用が発揮できない事を「インシュリン抵抗性」と呼びます。

 インシュリン抵抗性が生じてしまい、インシュリンを分泌しても効かない状態になると、大量のインシュリンが分泌されて「高インシュリン血症」になってしまいます。この高インシュリン血症がアルツハイマー型認知症の大きなリスクとなる事が判ってきています。

 健康な状態では、膵臓で作られたインシュリンは血液脳関門を通過して脳内へ入り、脳で作用します。インシュリン抵抗性の状態になるとインシュリンは血液脳関門を通過する事ができなくなり、脳内へ届かなくなってしまいます。インシュリンは記憶を掌る海馬にブドウ糖を取り込む働きも担っているため、インシュリンがない状態では、海馬は重要な栄養素を受け取る事ができなくなってしまいます。

 また、脳内の伝達物質であるアセチルコリンはブドウ糖によって作られているため、脳内のインシュリン不足は伝達物質の不足にも繋がってしまいます。さらに高インシュリン血症では、役目を終えたインシュリンを分解するためのインシュリン分解酵素が多く消費されてしまい、もう一つの重要な役割であるアミロイドβの分解に手が回らなくなってしまい、その結果として脳内にアミロイドβが蓄積する事となります。

 アルツハイマー型認知症が脳の糖尿病だとすると、脳内で効率よくインシュリンが機能するようにすれば治療法の確立に繋がる事も期待されます。すでに経鼻インシュリン吸入薬や一部のアルツハイマー治療薬が脳のインシュリンシグナルを改善させる事が確認されており、良い知らせがもたらされるのもそう遠くない、そんな気がしてしまいます。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
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