第3110回 硬い関係
リビングの窓、サッシの部分に坊ちゃんが興味を示すので、何かがいるのだろうと考えながら、最近、家の中に侵入する事が増えてきているカメムシではない事を願いつつ、怖るおそる様子を見てみると黒っぽい色のゾウムシがいました。
特徴的な長い口からすぐにゾウムシと判り、一安心しながらそっと紙の上に乗せて捕獲し、窓の外へとお引き取りいただいたのですが、食欲旺盛な草食昆虫という事で、植えたばかりの花の苗に被害が出ない事を願ってしまいます。
ゾウムシは昆虫網甲虫目ゾウムシ上科に分類される昆虫で、さまざまな生物の分類上、ゾウムシ上科に属するのは最多数を誇るとされるくらい多種多様な生物で、小さなものは顕微鏡レベルから大きなものでは40mm近い大きさのものが世界中に分布しています。
判っているだけでも約6万種が存在し、そのうちの1000種以上が日本に生息しているとされます。その中の一種、石垣島に生息するクロカタゾウムシはその名の通り黒くて硬く、その硬さは最強とまでいわれていて、ネットで調べてみても「死んだクロカタゾウムシを拾ったので、試しに指で潰してみようとしたが、指が痛くなるだけで潰せなかった」「標本用昆虫針の一番太いステンレス製の5号でも貫通できなかった」「硬くて消化できないので、鳥もクロカタゾウムシを食べようとしない」といった言葉が見られます。
ひたすら硬くなる事で天敵がいない状況を作り出してきたクロカタゾウムシですが、その驚異的な硬さの秘密が先日解明されていました。ゾウムシをはじめとする甲虫は、外敵や乾燥から身を守るために体の表面に硬い外骨格を持っています。クワガタやカブトムシと比べてもクロカタゾウムシの外骨格の硬さは群を抜いており、その硬さの秘密はアミノ酸の一種である「チロシン」にあるとされます。
チロシンは外骨格を形成するタンパク質とキチン質を結合する役割を担っており、クロカタゾウムシの体内ではこのチロシンが豊富であるとされます。しかし、豊富なチロシンを作り出しているのはクロカタゾウムシ自身ではなく、クロカタゾウムシの体内に棲みついている「ナルドネラ」と呼ばれる細菌である事が、今回の研究によって解明されています。
ナルドネラは1億年前からゾウムシの体内に棲息するようになった事が知られており、そのナルドネラのゲノムを解析したところ、生存に必要な最低限の遺伝子しか持っておらず、大半の遺伝子を失いながらチロシンの生成に特化した機能を有している事が判っています。
試しにクロカタゾウムシの幼虫に抗生物質を投与して体内のナルドネラが少ない状況を作り出すと、クロカタゾウムシの体液中のチロシン濃度の大幅な低下が観察され、その後、成長した成虫では黒い色素が失われて赤い色合いの柔らかい外骨格になる事が確認されていました。
別な実験では高い温度で飼育する事で体内のナルドネラが死滅させると、クロカタゾウムシは成虫になる事ができない事も判っており、クロカタゾウムシが成虫になるにはナルドネラが必要である事も示唆されています。
ナルドネラはクロカタゾウムシという最適な棲息環境を得る代わりに大量のチロシンを提供し、クロカタゾウムシの健やかな成長と天敵を寄せ付けない強靭な外骨格を支えていた事になります。
1億年もの間続けられてきた共生関係という事になりますが、強さの秘密が解明された事で新たな脅威がゾウムシに迫っているともいえます。その旺盛な食欲から害虫扱いされているゾウムシですが、今回明らかになった共生のメカニズムを逆手に取って、共生細菌だけを標的とした薬剤を散布すれば人体に悪影響を及ぼす可能性が低い方法でゾウムシ類を駆除する事ができると考える事ができます。
強さの秘密が判った事で危機を迎える。ドラマチックな展開のようにも思えますが、細菌相手の攻撃は薬剤耐性菌の問題のように怖いものを感じてしまいます。共生細菌を利用しているのはゾウムシ類に限らず、昆虫全体の2割近くが成長や生存、繁殖といった事を共生細菌の影響を受けているとされ、その中には害虫も多いといいます。
ゴキブリ、シロアリ、シラミ、アブラムシ、ウンカ、ヨコバイ、カイガラムシなど、名立たる害虫たちが共生細菌の恩恵を受けている事から、共生細菌を攻撃する事で多くの害虫問題を解決できるようにも思えます。しかし、細菌の対応力の高さを思うと、下手に関わらない方が良いようにも思えてきます。
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