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第2736回 鋳掛屋という商売



 子供の頃、古い鍋の底に小さな穴が開いてしまっているのを発見し、その事を母親に告げると「昔は鋳掛屋さんという商売の人がいて、こうした穴の開いた鍋を修理してくれていた」という事を教えられました。

 アルミをプレス加工した安価な鍋なので、わざわざ職人に費用を払ってまで修理するというほどではないのかもしれませんが、一緒に生活してきた物という愛着があり、近所に鋳掛屋があれば良いのにと思った事が思い出されます。

 その後、時代劇を見ていて、民家の軒先で鍋の底を叩いている姿を見掛ける事があり、あれが鋳掛屋なのかと感心した事があるのですが、町内を声を掛けて回り、それぞれの家の鍋を修理する事で生活が成り立つという事にはどこか不思議なものを感じてしまいます。

 江戸時代、鋳造によって作られる鍋や釜は重要な家財道具となっていたのですが、当時の鋳造技術では「鬆(す)」が入る事も珍しくなく、使っているうちにピンホールができたり、ひび割れによって穴が開く事も見られていました。

 当時、鍋や釜を含む金属製品は泥棒が真っ先に狙うといわれるほど貴重で高価な物であった事から、穴が開いたくらいで容易に捨てて買い替える事ができる物ではなく、完全に使い物にならなくなるまで補修を繰り返しながら使われていました。

 そうした補修を専門に請け負うのが鋳掛屋なのですが、鍋や釜が貴重で高価であり、鋳造技術が未熟であった事が需要を生み出して成り立っていた商売という事が判ります。

 時代を感じる隙間産業という感じがする鋳掛屋ですが、道具箱の中に「ふいご」を持参していて、鍋や釜の穴やひびを修理するために鋳鉄を溶融するだけの熱を軒先で発生させていたという、意外なほど本格的な物であったという事もできます。鋳掛屋の語源は「溶かして=鋳て」かける事が元となっているとされ、鍋の底を叩いて直すだけではない事が覗えます。

 江戸時代が終わり、明治、大正と時代が進んでも鉄製の鍋や釜の品質はそれほど向上せず、鋳掛屋は必要な商売として成り立っていくのですが、昭和に入り、工業が近代化されてくるとプレス加工された安価な鍋が出回るようになり、補修するよりも買い替える方が手軽となったり、鍋の素材がアルミになった事で補修が格段に難しくなってしまった事も鋳掛屋の衰退に繋がったという事ができます。

 今日、鍋の内側にはフッ素樹脂やセラミックなどのコーティングが施されている事が普通になり、鋳掛屋も成り立たなくなってしまっていますが、フッ素樹脂加工の鍋のように説明書通りの使い方をしていても数年で駄目になる事を考えると、補修しながら長く付き合っていたという昔の鍋が良い物のように思えてきます。


 
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