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第1822回 江戸のアサリ事情



 日本では主食であるご飯とおかず、味噌汁などの汁物、漬物といったセットを一食の基本形として考え、それぞれは独立して食べられていて、ご飯に汁物をかけてまとめて食べるという事はあまり品が良い事とはされません。

 特に汁物が味噌汁であった場合、「ねこまんま」と呼ばれて料理の一環とは考えられないのですが、味噌汁の具がアサリ貝の剥き身であった場合は「深川飯」となり、一つの料理として成立してしまいます。

 深川飯は文字通り、江戸時代の末期に江戸の深川近辺で食べられていた物で、当時、隅田川の河口にあたる深川ではアサリ貝がたくさん獲れていた事から、安くて栄養があり、手早く調理できるアサリの味噌汁が好まれ、気が短い江戸っ子の漁師達の間でご飯と味噌汁を一緒に素早くかき込んで食べられるよう工夫したのがはじまりとされ、ご飯の量を多くするために丼に盛り付けられた物は「深川丼」とも呼ばれます。

 以前、大好きな時代劇の中で美食家の主人公と食通の配下の者との間で、深川飯に関するやり取りの場面があり、深川飯は味噌仕立てで野趣溢れる物が良いとする主人公と、上品にしょうゆ仕立てでなければならないとする配下の者とで双方とも譲れない論争が展開され、珍しいしょうゆ仕立ての深川飯の存在と江戸の人達の深川飯への思い入れに興味を引かれてしまうという事がありました。

 江戸時代、アサリは江戸の庶民に人気の食材となっていて、剥き身というとアサリの剥き身を指すようになっていました。その頃、深川近辺でたくさん獲れたアサリから砂を抜き、殻から外して剥き身にする事を生業とした職人も存在し、アサリという食材がいかに江戸の庶民に好まれていたかを伺う事ができます。

 近年、深川飯としてご飯にアサリの味噌汁をかけた物ではなく、アサリを使った炊き込みご飯が出される事が増えてきているとされます。アサリを長ネギや油揚げなどの他の具材と共にしょうゆ仕立ての煮汁で煮込んで味付けをし、その煮汁を使ってご飯を炊いた後、具材を戻して混ぜ合わせるという少々手の込んだ物ですが、具材を一緒に炊き込まないあたり、火を通し過ぎると身が固くなってしまうアサリの特性がよく理解されているようで、江戸っ子のアサリへの思い入れが今日にも伝わっているように思えます。

 「アサリを味噌で煮て飯にさっとかけて・・・」「アサリを煮るのはしょうゆでなくては、これだけは譲れません」と争う二人に、今日の炊き込みご飯となった深川飯を見せたらどのような反応が返ってくるのか、ついそのような事を考えてしまいます。


 
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