第3016回 文豪に思う(1)



 森鴎外というと明治から大正にかけて小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医、官僚と幅広く活躍した近代の偉人で、小学校の教科書ででもその名に出会う事ができる歴史上の偉大な人物として知られています。

 特に代表作の「舞姫」は名作として知られ、高校の教科書で原文を呼んだ際は、現代の小説との文体の違いに驚きながらも独特な世界観に時を越えて読み継がれる名作の一端を感じる事ができました。

 そんな偉大な人物の森鴎外なのですが、二つの理由によってどことなく素直に尊敬する事ができずにいます。一つは個人的な事なのですが、自身をモデルにして書いたとされる小説、舞姫の中でヒロインのエリスをもっと大切にする事ができなかったのかという事で、時代背景や代々藩医を務めてきた家柄の出身といった諸事情はあるにせよエリスを幸せにする事を優先してほしかったと思ってしまいます。

 もう一つの理由は、どちらかといえばこちらの方が遥かに大きいのですが、ビタミンの存在が知られていなかった当時、命に関わる重大な問題の一つだった脚気の原因を感染症説に固執し、経験的に知られていた麦飯の効果を否定して犠牲を拡大してしまったという事にあります。

 古くから江戸患いとして知られ、死に至る事もある重大な疾患として扱われてきた脚気に対し、鴎外は陸軍省医務局長に就任するなり臨時脚気病調査会を設立して脚気の調査と克服に当たっています。

 調査会では脚気の原因解明が最大の目的とされ、陸軍大臣の監督の下、国家機関として多くの研究者が集められ、多額の予算が投入されて脚気研究の土台を作り、ビタミン研究の基礎を築いたともいわれています。

 その反面、鴎外が研究会で活躍した16年は、脚気の栄養障害説(脚気=ビタミンB1欠乏症)に柵をかけ、その承認を遅らせるためだけのものでしかなかったという評価もあり、鴎外が柔軟に脚気に向き合ってさえいれば陸軍だけでも約25万人の罹患者、約2万7千人もの犠牲者は生じなかったとも考えられます。

 ビタミンの存在が知られていない時代の事ではありますが、今日でも意見が分かれる鴎外と脚気、微妙な思いの目を向けてしまいます。


 
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