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第3018回 文豪に思う(3)



 大正2年(1913年)に出版された岡崎桂一郎の「日本米食史・附食米と脚気病との史的関係考」に鴎外は序文を寄せており、その中で「臨時の脚気病調査会長になって、米の精粗と脚気に因果関係があるのを知った」としており、精米された白米を食べる事で不足する栄養障害が脚気の正体である事を知っていたと語っています。

 それにも関わらず栄養障害説を無視するというより排除する方向へ動き、細菌原因説に固執した事が調査会が正しい結論を出す事を遅らせ、脚気の被害を拡大させた事になります。

 そうした脚気との関わりについて鴎外を擁護する意見もあり、そもそも一軍医部長が軍隊の運営に関わる決定が行えたのかともいわれます。

 経験的に脚気の発生を低減させる事が知られていた麦飯の採用に否定的な立場を採り続けた事についても、当時は麦の生産量が少なく、陸軍の全体を賄う量が確保不可能だった事や、輸送能力が充分ではなく、離れた前線には届けられない事を考慮した結果とも考えられます。

 また、白米は庶民にとっては憧れのご馳走であり、麦飯は貧しい食として蔑まれていただめに、死の危険に晒される兵士には良い物を食べさせたいという現場の感情的なものもあったとされます。

 富国強兵が合言葉のようになっていた当時、数十万人単位の兵士の食料は自国で自給できる食べ物で賄うべきという考えが当然視される中、鴎外は「日本兵食論大意」において陸軍軍医として兵食の栄養学的研究が中心的課題であり、脚気はその中の一部の問題に過ぎないという立場を採っています。

 そのため確たる理論や信念を持たない門外漢として関わらざるを得ない事から、当時の学術的権威の間違った説を信じ、事態を悪化させてしまったとも考える事ができますが、やはり軍医たる者、兵士の健康、生命を第一に行動してほしかったと思えてしまいます。

 
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