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第3022回 逃げ水を追って



 子供の頃に読んだ本に砂漠の蜃気楼が「逃げ水」と表現されていて、砂漠を彷徨う旅人がやっとの思いでオアシスを発見し、そこまでいけばと最後の力を振り絞って進むと、オアシスと思えた光がさらに先の方へと移ってしまっているという事が怖ろしく思えていました。

 同じような事は砂漠のオアシス探しに限らず多くの場面に存在し、高圧物理学の世界では「金属水素の生成」もその一つとなっていました。

 水素は私たちにとって非常に身近な存在で、酸素と結合した水は生命の維持に欠かせないものとさえなっています。最近では燃料電池や水素で走る自動車も開発され、「来るべき水素社会」という言葉も聞かれるようになってきています。

 そんな水素はマイナス253度まで冷やすと液状化する事が知られ、ロケットの燃料として使われています。さらに低い温度まで冷やすと水素は個体となるのですが、ここまではまだ人類にとって馴染みのある水素の姿という事ができます。

 金属水素は水素に非常に高い圧力をかける事で金属化したもので、その存在は80年も前に予測されていましたが、未だに誰も見た事がない物質となっていました。

 通常、水素は水素原子二つが結合した「水素分子」の状態で存在し、水素原子が持つ一つの電子をお互いに共有する形を持っている事から安定した物質となっていて、電子の状態が安定している事から電気を通さない絶縁体となっています。

 水素分子に非常に高い圧力を掛けると電子を共有している状態が崩れ、水素原子が規則正しく並びながら電子が自由に動き回れるという金属の状態になると考えられています。理論上は存在するとされながら、水素をその状態にするまでの圧力は地球上には存在せず、地球よりも質量が大きな木星や土星の中心部分には液状化した金属水素が存在すると考えられていました。

 存在が予想されてから80年以上もの間、どのくらいの圧力を掛ければ水素が金属化するのか、どのようにしてそこまでの圧力を発生させるのかといった問題が科学者たちを悩ませ続け、何とか必要と思える圧力を発生させる装置を開発しては充分ではない事が判るだけで、生成に必要とされる圧力の数値がどんどん上がっていき、砂漠の逃げ水状態に陥っていました。

 そんな金属水素について、昨年の10月、ハーバード大学の研究チームが生成に成功した可能性がある事が報じられていました。ダイヤモンドを使った特殊な万力のような装置を使った実験では、495GPa(ギガパスカル)もの圧力を発生させ、装置の中の水素が金属のような光沢を放つ事が観察され、その反射率から理論的な金属水素の性質との一致が確認されています。

 495GPaというと私たちが普段、意識せずに感じている大気圧(1気圧)の495万倍という途方もない数値で、地球の中心部分に掛かる圧力よりも高いものとなっています。

 現時点では、実験は一度しか行われておらず、本当に成功したのかについては多くの検証を必要とするとされていますが、実用化に成功すると世界は大きく変わるともいわれています。

 金属水素は常温でも超電導の性質を持つとされる事から、送電やエネルギーの貯蔵システム、リニアモーターカーや電気自動車、コンピューターや携帯電話にも影響を与える事が考えられ、エネルギー効率の向上は地球温暖化を防ぐ事にも繋がります。

 それ以上に金属水素はそのものをエネルギー源とする事も考えられていて、生成された金属元素が水素分子に戻る際、膨大なエネルギーが放出されるとされ、そのエネルギー量は強力なTNT火薬が爆発する際の50倍にも上るといいます。

 現在、液体水素を燃料としているロケットのエンジンに応用した場合、4倍近くも効率を上げるともいわれ、宇宙開発も大きく変わるとも考えられています。

 想像上の存在でしかなかった金属化した水素ですが、逃げ続ける砂漠のオアシスにたどり着ける可能性が見えたようで、世界が変わる瞬間を見てみたいと期待が高まってしまいます。


 
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