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第3085回 脳の糖尿病



 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと昔からいわれますが、己はともかく相手の事が解らないままでは、確かに勝利へと続く道のりも見えてこないと思えます。アルツハイマー型認知症もそうした状況にあり、原因が良く解らないまま完治させるための方向性が見出せない疾病となっていました。

 かつてアルツハイマー型認知症は「アミロイドβ」と呼ばれる特殊なタンパク質が脳内に蓄積され、脳の認知機能が損なわれる病気と考えられていて、何故アミロイドβが作られ、蓄積され、どのように除去すれば良いのかが解らないとされていました。

 その後、アミロイドβの蓄積は結果であって、原因ではないのではないかという考え方も出てきて、アルツハイマー型認知症はますます解らない病気という印象が強くなり、治療も症状の進行を抑えるものに限られていました。そんなアルツハイマー型認知症の正体が明らかにされようとしています。アルツハイマー型認知症は、脳の糖尿病の可能性が高くなってきています。

 糖尿病はアルツハイマー型認知症のリスク因子の一つとして知られ、糖尿病患者のアルツハイマー型認知症発症リスクは、そうではない人の2倍以上にもなる事が知られていました。最近、判ってきたのは、糖尿病と深い関わりのあるインシュリンがアルツハイマー型認知症の発症と深く関わっているとされます。

 インシュリンは血液中のブドウ糖を細胞内に取り込ませたり、エネルギーとして消費させたり、蓄えられるのを促したりといった役割を持ち、血糖値を下げて一定に保つ働きを担っています。そんなインシュリンの作用に障害が生じて血糖値を下げられなくなるのが糖尿病で、インシュリンの量に見合った作用が発揮できない事を「インシュリン抵抗性」と呼びます。

 インシュリン抵抗性が生じてしまい、インシュリンを分泌しても効かない状態になると、大量のインシュリンが分泌されて「高インシュリン血症」になってしまいます。この高インシュリン血症がアルツハイマー型認知症の大きなリスクとなる事が判ってきています。

 健康な状態では、膵臓で作られたインシュリンは血液脳関門を通過して脳内へ入り、脳で作用します。インシュリン抵抗性の状態になるとインシュリンは血液脳関門を通過する事ができなくなり、脳内へ届かなくなってしまいます。インシュリンは記憶を掌る海馬にブドウ糖を取り込む働きも担っているため、インシュリンがない状態では、海馬は重要な栄養素を受け取る事ができなくなってしまいます。

 また、脳内の伝達物質であるアセチルコリンはブドウ糖によって作られているため、脳内のインシュリン不足は伝達物質の不足にも繋がってしまいます。さらに高インシュリン血症では、役目を終えたインシュリンを分解するためのインシュリン分解酵素が多く消費されてしまい、もう一つの重要な役割であるアミロイドβの分解に手が回らなくなってしまい、その結果として脳内にアミロイドβが蓄積する事となります。

 アルツハイマー型認知症が脳の糖尿病だとすると、脳内で効率よくインシュリンが機能するようにすれば治療法の確立に繋がる事も期待されます。すでに経鼻インシュリン吸入薬や一部のアルツハイマー治療薬が脳のインシュリンシグナルを改善させる事が確認されており、良い知らせがもたらされるのもそう遠くない、そんな気がしてしまいます。


 
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