第1984回 共通現象
今すぐその場を離れなければと思いながら体に全く力が入らない。見知らぬ二人の子供が体の両端から見詰めていて、動けない私の様子を笑っている。中途半端に半分だけ目を覚ましてしまったと思っていたのですが、人によるとそれが「金縛り」らしく、鈍感な私には恐怖の心霊体験というのは無縁のものなのかと思った事があります。
金縛りの原因は、この世に何らかの思いを残して成仏できない地縛霊などが引き起こす霊障で、地縛霊の怨念が強力な場合、呪われてしまったり、取り憑かれてしまう事があるため、霊能力を持つ者にお祓いをしてもらって身を守らなければならないという意見もあり、それを素直に信じていれば貴重な金縛り体験も怖々と楽しめたのかもしれませんが、変な寝方と思っていては情緒に欠けるものがあると思ってしまいます。
科学的に金縛りの原因は解明されており、医学的には「睡眠麻痺」と呼ばれています。睡眠は閉じた瞼の中で眼球が激しく動いている「レム睡眠」と動いていない「ノンレム睡眠」の二つに分けられ、金縛りはレム睡眠の最中に起こるとされます。
レム睡眠中は脳が活発に動いていて、記憶の整理などで夢を見ています。夢の中の出来事に対応して体が動いてしまうと危険でもある事から、レム睡眠中は夢と体が連動しないように筋肉の動きが抑制されていて、その最中に意識だけ覚醒してしまうと金縛りによって体が動かないという事になってしまいます。
レム睡眠中に筋肉の動きが抑制された事により、肺を動かす筋肉の動きが悪くなると息苦しさや胸部の圧迫感を味わう事となり、意識通りに動けない事から押さえつけられたり、勝手に動かされたという感覚も生じます。そうした感覚との折り合いを着けるために脳は誰かが押さえ付けているという夢や幻覚を作り出すとされ、それが心霊現象として捉えられてきています。
金縛りは肉体の疲労と関連しているともいわれ、普段、あまり運動をしない人が激しい運動をした夜に体験する事が多く、特に有酸素運動が金縛りを誘発するとされています。よく旅行などで宿泊した旅館などで金縛りに合うという話を聞かされますが、旅行の移動や環境が変わった事などによる疲労が引き起こしていると考える事ができます。
金縛りに関する研究は進んでいて、肉体疲労以外にもストレスなどによって引き起こされる事も判ってきています。寝入りが悪い人が金縛りに掛かりやすい傾向にあるとされ、事前に「この旅館は昔から幽霊が出る事で知られている」といった話を信じ込ませて精神的なストレスを高めておいたり、寝ている間に何度も起こすというストレスを掛ける事で金縛りを人為的に誘発する事も可能とされています。
条件さえ揃えば誰にでも起こる生理現象である事から、世界各地に金縛りに関する言い伝えが残されており、全体的な傾向として精霊や妖精、悪魔などが寝ているうちに体を圧迫するという共通点があります。中にはニューギニアの「スク・ニンミヨ」のように、神聖な木が寿命を伸ばすために人のエキスを吸収しているので睡眠麻痺が起こるというものや、トルコの「カラバサン」のように睡眠中の人を襲う生き物といった変わったものもあります。
日本の金縛りという言葉は英語圏でも使われる事が多く、研究者による正式な学術論文にも「Kanashibari」として表記される事もあります。怨念を持った地縛霊によって引き起こされるというストーリーも諸外国の言い伝えと比べて格段に怖いように思え、単なる生理現象も文化的なものにまで高められているようにも思えてきます。
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