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第2454回 蛮族の頭



 小さなこだわりなのですが、一番美味しい甘酒饅頭を探すという事をライフワークとしています。引きのあるふんわりとした生地、艶やかで小豆の風味がしっかりした餡と、さまざまな点から美味しさを追求しているのですが、今のところ一番のお気に入りとなっている店はとても遠い場所にあり、評価に自宅からの距離も加える必要があるかもしれないと考えています。

 日本には饅頭に関する系統が二つあるとされ、共に中国から伝えられたものですが、奈良に伝えられたふくらし粉を用いる「薬饅頭」と、博多に伝えられた甘酒を使う「酒饅頭」に分ける事ができるとされます。大好きな甘酒饅頭は博多の直系という事ができ、南宋に端を発する歴史ある食べ物と思えてきます。

 日本に伝えられた饅頭は、当初は中国と同じように中身に肉が使われた今日の肉まんのような物が作られていたのですが、仏教の影響から肉が使われなくなり、それでも甘くない惣菜風の餡が詰められた「菜饅頭」が小豆を使った和菓子としての饅頭と並行して作られていました。

 その後、淘汰されて和菓子としての饅頭が定着する事となるのですが、日本の饅頭の元となった中国では、どのように饅頭は作られるようになったのだろうかというと、意外な人物が関わっていたとされています。11世紀に書かれた文献、「事物起源」によると、饅頭を作ったのは三国志の名宰相、「諸葛孔明」であると記されています。

 諸葛孔明が南方へと遠征し、凱旋する途中、濾水という川に差し掛かり、激しく濾水が氾濫していた事から思わぬ足止めをされてしまいます。しばらくその地に留まって氾濫が収まる事を待ち続けたのですが、一向に川は落ち着く様子が見られず、孔明たち一行は帰還する事ができず途方にくれてしまいます。

 足止めされている土地には蛮族が住んでいるとされ、現地の古くからの言い伝えでは「49人の蛮人の首を切って、川の神に供えれば氾濫が収まる」とされています。孔明はその地に留まり続ける事はできないため、回りからは蛮族狩りを進言されましたが孔明はそれを拒み、小麦粉を捏ねて作った生地で羊や豚の肉を包み、蒸した物を人の頭に見立てて、川の神に供えて氾濫を鎮め、無事に帰還する事ができました。

 それ以来、孔明が考案した食べ物は「蛮人の頭」という事から「蛮頭」と呼ばれ、大地を収める力がある物として神に捧げる神聖な物として扱われるようになり、いつしか「饅頭」と呼び名は変わりましたが、広く親しまれる物となったといいます。

 孔明の考案とされる物では、ロウソクの熱で飛ばす小さな熱気球、「孔明灯」が大好きなのですが、饅頭も考案したとなるとこれまで以上に尊敬の眼差しで見てしまいます。


 
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