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第2616回 伝統からフランスへ



 自他共に認めるパン好きで、たまに「どんなパンが好きですか」と聞かれて「リーンなパン」と答えると、「パン屋に厳しいですね」といわれてしまう事があります。リーン名パンとは「質素な」「貧しい」パンという意味で、油脂類や砂糖といった副材料をほとんど含まないパンを指します。

 リーンなパンに対する言葉はリッチなパンで、卵や砂糖、バター、生クリームなどを使った贅沢な配合となっています。リーンなパンはそうした副材料を含まないため、小麦本来の風味や作り手の技量が問われ、シンプルな分、ごまかしが利かないパンという事もできます。

 リーンなパンの代表というとフランスパンやパン・ド・カンパーニュ、コッペパンなどが上げられるのですが、中でもフランスパンは最も身近なリーンなパンではないかと思います。

 パンを焼く際にはしっかりとグルテンを形成する必要がある事から強力粉が使われ、フランスパンはその硬さからかなり強力な小麦粉が使われるような気がするのですが、意外にもフランスパンにはフランス粉と呼ばれる事もある強力粉と中力粉の中間くらいの小麦粉が使われています。

 フランスでは土壌や気候の影響によってグルテンを多く含んだ小麦を作る事ができず、他の地域のパンのようにふっくらとした物を焼き上げる事ができないために、皮が硬く中がサクサクした食感のパンが作られていました。

 19世紀に入って酵母による発酵技術が向上し、パンの製造技術も大きく発展して今日のようなフランスパンが作られるようになり、さまざまな形の多彩なパンが焼かれるようになります。しかし、20世紀に入って、パン職人の夜中の労働を禁止する法律が施行されると、朝食の時間までに主流となっていた従来の丸いパンを焼き上げるには時間が足りなくなり、早めに焼き上がる棒状のパン、今日のフランスパンの代表的な形状であるバゲットが主流となって普及していきます。

 日本へは明治時代の初頭には製法が伝えられ、明治5年(1872年)には築地精養軒ホテルの初代料理長として招かれたスイス人のカール・ヘスによってフランスパンが焼かれていますが、本格的な普及はパンの神様とまで称されたレイモン・カルヴェルの昭和23年(1954年)、カルヴェルの弟子のフィリップ・ビゴの昭和40年(1965年)の実演講習以降の事となっています。

 ビゴは師匠であるカルヴェルによって日本におけるパンの普及に努めるように派遣されたとされ、その後の日本のパンの基礎を作っています。1965年というとビートルズが来日した年でもあり、日本の文化の転換点の一つとも思えます。

 フランスパンは本国フランスでは、本来は「トラディショネール」と呼ばれ伝統的なパンとされていましたが、諸外国でフランスパンと呼ばれている事から「フランセ」と呼ばれるようになっています。伝統や文化を大切にするフランスにおいて諸外国に合せた名称変更というのは意外な感じがしますが、世界に誇れるフランスの食文化という事なのかもしれないと思えてきます。


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