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第3088回 一石二鳥の可能性



 副作用というと医薬品の使用に伴って生じる好ましくない身体反応と思えてきますが、厳密にはそうした好ましくない作用は「薬物有害反応」と呼ばれ、本来の副作用は医薬品の使用に伴う本来の目的に沿わない反応の全てを指します。副作用の中には本来の目的とは異なりますが、結果的に好ましい作用を発生するものがあり、副作用の方が中心的な効能として取り扱われる事もあります。

 有名なところではバイアグラやミノキシジルなどが知られ、臨床試験の最中に意図した効能は充分に得られない代わりに思わぬ副作用が確認されて、その後、副作用の方が中心的な役割の薬剤として使われるようになっています。最近、開発された皮膚炎の治療薬にも思わぬ効果がある可能性が確認され、万人にも同様にその副作用が得られるのであれば、新たな治療薬として使う事も考えられます。

 その薬剤の名前は「デュピルマブ」。アトピー性皮膚炎によって起こる酷い皮膚の炎症を緩和する薬剤として開発されました。そのデュピルマブに思わぬ発毛促進効果が見られたといいます。発毛はデュピルマブの投与を開始してから見られ、投薬を中止するとせっかく発毛した頭髪が抜け始めた事から、デュピルマブの副作用である事が覗えます。

 発毛促進の薬剤というとミノキシジルやフィナステリドなどが思い浮かびますが、デュピルマブはそうした薄毛に対して効果を上げるのではなく、自己免疫疾患によって引き起こされる「全頭性脱毛症」の治療に効果があると考えられています。

 アトピー性皮膚炎の患者は自己免疫疾患になりやすく、過剰に反応した免疫が自分自身の正常な細胞や組織を誤って攻撃してしまう事が起こります。頭髪の元となる毛包は過剰反応した免疫の攻撃を受けやすいとされ、毛包が損傷されると頭髪を失い、全頭性脱毛症を引き起こしてしまいます。

 全頭性脱毛症を患ったアトピー性皮膚炎の患者の中に、皮膚の炎症治療としてデュピルマブを投与されているうちに発毛が見られた事が報告され、治療の状況からデュピルマブの副作用によって発毛が促進された可能性が高くなってきています。

 今のところ発毛に繋がった詳細なメカニズムは不明となっていますが、いずれ詳細な研究が行われ、他の患者にも有効に作用する事が確認されれば、皮膚の炎症を抑えながら自己免疫疾患の脱毛を治療するという、文字通り一石二鳥の治療薬となる可能性があります。

 副作用とは思わぬ効果として現れるものですが、デュピルマブの副作用は多くの患者を救うこととなると期待を大きく持ってしまいます。


 

第3087回 人食いアメーバ



 以前、酷い頭痛に悩まされ、その後、発熱、嘔吐も見られた事や少し前にアメリカから帰国していた事から、思わずフォーラーネグレリアの感染を疑ってしまった事があります。今から思うとフォーラーネグレリアへの感染は極めて稀な事なので、心配する必要はほとんどなかったのですが、とりあえず深刻な症状ではない事だけでも確認しようと、脳神経系で評判の良い病院で診察を受けました。病名はただの髄膜炎で、すぐに入院するようにいわれましたが、そのための準備をしてきていないといって一旦帰宅し、病院の方々に呆れられてしまうという事がありました。

 フォーラーネグレリア(学名ネグレリアフォーレリ)は、通常は25~35度ほどの温水環境に棲息しているアメーバで、湖や温泉などの温かい淡水の環境で繁殖しています。人に対し病原性を持つ事が確認されており、フォーラーネグレリアに感染した事で引き起こされる疾患は、「PAM(原発性アメーバ性髄膜脳炎)」と呼ばれます。

 PAMはフォーラーネグレリアが棲息する淡水を浴び、それが鼻に入った際に鼻粘膜や鼻腔組織を貫通してフォーラーネグレリアが体内に入る事によって感染が起こります。当初の症状は風邪に似ているとされますが、組織を溶解させる物質を分泌する事から、嗅球の著しい壊死によって鼻血が見られ、神経繊維をたどって脳に達すると髄膜炎特有の症状が発症する事になります。

 脳内に達したフォーラーネグレリアは細胞を溶解させる物質を分泌し、前頭葉の組織を溶かしながら口のような摂食器官を使って栄養を吸収するため、一部の例外を除いてほとんどの場合、症状が発症してから5日以内という早い時期に死亡するとされます。

 症状の進行が非常に早い事から、致死率も極めて高くなっていて、アメリカでは1962年以降に起こった143件の感染例のうち、生存できたのは僅かに4名とされています。その高すぎる致死率から「人食いアメーバ」とも呼ばれ、脳を食べるアメーバとして怖れられています。

 最近、地球温暖化の影響で徐々にフォーラーネグレリアの生息域が拡大しているともいわれますが、症状の深刻さや脳を溶かして食べられるという大きなインパクトの割には感染率は極めて低いともいわれ、フォーラーネグレリアに感染するよりも棲息している湖へ行く途中に交通事故に遭ってしまう方がはるかに確率が高いといわれます。

 日本での感染は1996年11月の佐賀県鳥栖市の女性が唯一の感染例とされる事から、万が一私が感染していたら稀な感染例として歴史に名を残す事になっていたと思えてきます。亡くなられた女性の病理解剖では、脳はすでに形状を保てないほど溶かされていたとされ、それを聞かされるとただの髄膜炎でよかったと、当時の事を思い出してしまいます。


 

第3086回 危険な香



 以前、坊ちゃんに一緒にドライブに行く事を好きになってもらおうと、近所のスーパーへの買出しに付き合ってもらった事がありました。車の中では少しでもストレスとならないように自由に動き回れるようにしていたのですが、普段から外出する事がなく、怖がりの坊ちゃんには車で出掛ける事自体がストレスとなってしまいました。

 その際、坊ちゃんの体からは、普段とは違った香がしていて、同じような事は、幼少期、カーテンをボロボロにしてしまって叱られた際にも見られた事から、猫はストレスを感じると特有の臭いを発するのだと思っていました。しかし、同じ事は人間にもありえる事が最近の研究で解明されています。

 1999年、大手化粧品メーカーによって年齢を重ねる事によって生じる「加齢臭」の原因を特定して以降、2013年には中年の男性に見られるという「ミドル脂臭」、2018年には10~20代の女性に特有の甘い香り「SWEET臭」などが特定されています。

 今回の発見は大手化粧品メーカーで長年行われているパフューマーや臭気判定士による体臭に関する研究の中で、緊張状態にある人からは、いつも硫黄化合物のような特徴的な臭いがすると臭気判定士が気付いた事がきっかけとなり、ストレスを与えた人から発散される皮膚ガスを採取して分析した事によって成分を特定。「STチオジメタン」と名付けられています。

 ストレス臭は硫黄化合物であるため、特有の臭いがしますが、人によっては不快に感じるものではないとされ、年齢や性別には関係なく、体のさまざまな部位から発散されます。ストレスが強いほど臭いも強くなる傾向があるとされ、緊張によって心拍数が高くなった人ほど臭いは強く出るとされます。

 ストレス臭の影響は臭いだけに留まらず、心理学で用いられる検査を行ったところ、臭いを嗅いだ後では「疲労」と「混乱」に関する指標が高くなっている事が観察され、ストレス臭を発している人だけでなく、周りにいる人たちも疲労や混乱に陥ってしまう可能性がある事が示唆されています。

 現在、ストレス臭に対応する技術の研究が進められているそうですが、高ストレス社会といわれる現代。気付かないうちに漂ってきたストレス臭を嗅いでしまい、思わぬ疲労感や混乱を感じてしまうという事は日常的に起こっている事なのかもしれません。

 

第3085回 脳の糖尿病



 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと昔からいわれますが、己はともかく相手の事が解らないままでは、確かに勝利へと続く道のりも見えてこないと思えます。アルツハイマー型認知症もそうした状況にあり、原因が良く解らないまま完治させるための方向性が見出せない疾病となっていました。

 かつてアルツハイマー型認知症は「アミロイドβ」と呼ばれる特殊なタンパク質が脳内に蓄積され、脳の認知機能が損なわれる病気と考えられていて、何故アミロイドβが作られ、蓄積され、どのように除去すれば良いのかが解らないとされていました。

 その後、アミロイドβの蓄積は結果であって、原因ではないのではないかという考え方も出てきて、アルツハイマー型認知症はますます解らない病気という印象が強くなり、治療も症状の進行を抑えるものに限られていました。そんなアルツハイマー型認知症の正体が明らかにされようとしています。アルツハイマー型認知症は、脳の糖尿病の可能性が高くなってきています。

 糖尿病はアルツハイマー型認知症のリスク因子の一つとして知られ、糖尿病患者のアルツハイマー型認知症発症リスクは、そうではない人の2倍以上にもなる事が知られていました。最近、判ってきたのは、糖尿病と深い関わりのあるインシュリンがアルツハイマー型認知症の発症と深く関わっているとされます。

 インシュリンは血液中のブドウ糖を細胞内に取り込ませたり、エネルギーとして消費させたり、蓄えられるのを促したりといった役割を持ち、血糖値を下げて一定に保つ働きを担っています。そんなインシュリンの作用に障害が生じて血糖値を下げられなくなるのが糖尿病で、インシュリンの量に見合った作用が発揮できない事を「インシュリン抵抗性」と呼びます。

 インシュリン抵抗性が生じてしまい、インシュリンを分泌しても効かない状態になると、大量のインシュリンが分泌されて「高インシュリン血症」になってしまいます。この高インシュリン血症がアルツハイマー型認知症の大きなリスクとなる事が判ってきています。

 健康な状態では、膵臓で作られたインシュリンは血液脳関門を通過して脳内へ入り、脳で作用します。インシュリン抵抗性の状態になるとインシュリンは血液脳関門を通過する事ができなくなり、脳内へ届かなくなってしまいます。インシュリンは記憶を掌る海馬にブドウ糖を取り込む働きも担っているため、インシュリンがない状態では、海馬は重要な栄養素を受け取る事ができなくなってしまいます。

 また、脳内の伝達物質であるアセチルコリンはブドウ糖によって作られているため、脳内のインシュリン不足は伝達物質の不足にも繋がってしまいます。さらに高インシュリン血症では、役目を終えたインシュリンを分解するためのインシュリン分解酵素が多く消費されてしまい、もう一つの重要な役割であるアミロイドβの分解に手が回らなくなってしまい、その結果として脳内にアミロイドβが蓄積する事となります。

 アルツハイマー型認知症が脳の糖尿病だとすると、脳内で効率よくインシュリンが機能するようにすれば治療法の確立に繋がる事も期待されます。すでに経鼻インシュリン吸入薬や一部のアルツハイマー治療薬が脳のインシュリンシグナルを改善させる事が確認されており、良い知らせがもたらされるのもそう遠くない、そんな気がしてしまいます。


 

第3084回 時を巡る旅(3)



 時を超えるというテーマの物語には、大きく分けると二つのタイプがあるように思えます。一つは偶然に生じた時空の裂け目に迷い込み、時を超えた世界へと行ってしまうというもの。もう一つは明らかな意図をもって時空を超える旅に出るというもので、そのための装置としてタイムマシンが登場します。

 タイムマシンは登場する物語によって形状や動作原理が異なり、これといった定番の形というのはないのですが、意外にもタイムマシンという概念が登場し、時間旅行を行うという発想が一般化するのはH・G・ウェルズの「タイムマシン」が発表された1895年以降の事となっています。

 時を超える物語自体は古くから存在していて、ヒンドゥー教の神話「マハーバーラタ」や仏教の経典「パーリ仏典」には時の流れが遅い天上界へ行ってしまったために、地上へ戻るととてつもない時間が経過しているという話が登場します。

 同様の話は日本でも浦島太郎の物語として知られ、「日本書紀」にも記載されている事から早くから存在していた事が覗えます。中国では昔話の「爛柯(らんか)」、アイルランドでは神話の「ティル・ナ・ノーグ」、イスラム教では聖典「クルアーン」の「洞窟の章」に同じような話が登場していて、世界的に古くから語られていた事が判ります。

 それに対し過去への旅となると、最も古いものでも1838年に匿名の作家によって発表された「神隠しの馬車・時代を超えた男」という短編小説が最初とされ、突然、1000年前の世界へ送り込まれた語り手が8世紀の修道院で聖職者のベーダ・ヴェネラビリスに未来の世界を皮肉交じりに説明するというものとなっていて、語り手は突然元の1837年8月に戻されるという展開となっています。

 未来への旅の物語が紀元前から存在していた事に対し、過去への旅が登場するのは19世紀と両者の間にはかなりの時間的隔たりがあると思えてきます。「神隠しの馬車」以降、幾つかの時間を超える旅が描かれる中、1887年には最初のタイムマシンと見られている「時間遡行機」が同名の小説の中にスペインの作家、エンリケ・ガスパール・イ・リンバウによって描かれています。

 「時間遡行機」から8年後の1895年、H・G・ウェルズによって「タイムマシン」が発表され、その後のさまざまな作品に影響を与える事となります。過去へも未来へも行く事ができるが、場所を移動する事はできないというタイムマシンはその後のスタンダードの一つとなるのですが、実はH・G・ウェルズがタイムマシンを描くのはそれが最初ではなく、アマチュア時代の1888年に書いた「時の冒険家たち」という作品の中でも時を超える機械を登場させています。

 そうした19世紀に相次いで時間旅行の概念が確立されていった背景には、印刷技術の発達によって過去が詳細に保存されるようになった事。産業革命によって目まぐるしく世の中が変化するようになり、未来が現在の延長ではないと感じられるようになった事。通信技術の発達によって時差という事なる時間で日常生活が行われている地域の存在が認識されるようになった事などが考えられます。

 小説にタイムマシンが登場してからすでに100年以上が経過していますが、いまだに理論的な確立もできていない状況となっています。本当に未来において可能となるのか、タイムマシンがあったら見に行ってみたいと思えるところにもタイムマシンのロマンがあるのかもしれません。


 
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にんにく卵黄本舗の健康コラムです。
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